第9話 企み
エバンスは部屋に戻ってきた。ドアを荒々しく開けて壁を右手でどんどんと叩いた。父は自分が邪魔で王都に追いやろうとしているのを感じて、その悲しさと悔しさで胸がいっぱいになっていた。
(あの女がそう仕向けたのだ! 邪魔な自分をのけ者にしようと・・・。だったらそうしてやる! 今すぐ!)
エバンスは身の回りの物をカバンに詰め始めた。もうここに自分の居場所はない。だったら王都にでもどこにでも行って一人で自由に暮らしてやる。もうここには帰らない・・・彼の心は投げやりになっていた。
そこに執事のベーカーが来た。開けっ放しドア越しに声をかけた。
「若様。どうされたのです?」
「私はここを出ていく。もうこんなところに用はない! あの女は私が邪魔なのだ!」
エバンスの荒々しい返事にベーカーは驚いた。
「なんと仰せられるのです! 奥様は若様を自分の子のように思っておられます。どうか短慮を起こされませんように。」
「いや、私はすぐにここに出る! もうここには帰ってこない。この家とも縁を切る!」
「そ、そんな・・・」
エバンスの強い決意にもうこれはどうにもならないと、ベーカーはまたカーラ夫人のもとに慌てて戻っていった。
◇
ウエンズ伯爵は執務室に入った。エバンスのことがまだ尾を引いているらしく、仕事が手につかない状態だった。そこにヘイズが入ってきた。
「伯爵様。若殿に王都へ出すことを告げられたとか・・・」
「ああ、そうだ。」
「それならばジョン様を跡継ぎに。」
そのヘイズの言葉にウエンズ伯爵は首を横に振った。
「あくまで跡継ぎはエバンスだ。すこしの間、勉学に王都に出すだけだ。」
「それでは村の者が納得しないのでは?」
「いや。エバンスなら大丈夫だ。すこし頭を冷やせば迷いも取れよう。エバンスなら私に跡を継いでしっかりやってくれると思う。」
ウエンズ伯爵のその言葉はヘイズには意外だった。あれほどの悪評が立っているのにまだかばって跡継ぎを外さないとは・・・。ヘイズの見るところ伯爵の意志は固そうであり、覆すのは難しそうだった。彼はそのまま執務室を出た。すると、
「ヘイズ様。」
と後ろから呼びかけられた。ヘイズが振り返ると、
「お前たちか。」
そこにガイヤとオルガが立っていた。彼らはエバンスの外出の際、お付きの者として同行している。2人はヘイズに新たな企みを持ちかけてきたようだった。
「伯爵様はいかがでしたか? 若殿を追放しようとなされましたか?」
「いや、だめだ。あくまでも若殿を跡継ぎと考えているようだ。」
「それでは我らのこれまでしてきたことが無駄になるというもの。あの若殿のわがままに付き合ってきたというのに。」
ガイヤは不満気に言った。ガイヤとオルガはヘイズの陰謀に加担するため、いやいや若殿のお付きをしていたのだ。ヘイズは2人をなだめるようにポンと肩を軽くたたいた。
「確かにお前たちが若殿を焚き付け、村で粗暴なふるまいをするように仕向けた。」
「ヘイズ様も日頃から若殿にカーラ夫人の悪評を吹き込み、伯爵には若殿の村での乱暴をを大げさに報告されて仲たがいをさせましたな。お見事です。」
ガイヤの言葉にヘイズはニヤリと笑った。
「お前たちこそ、カーラ夫人の悪評を村にばらまいたであろう。」
「これで伯爵家への村人の信頼は低下しております。我らの思うつぼ。」
ガイヤとオルガもニヤリと笑った。
「しかし計画が狂った。若殿を廃嫡に追い込み、ジョン様を跡取りに立てようとしたが・・・。」
ヘイズは冷酷な顔になってそういった。その後をガイヤが続けた。
「病気がちな伯爵様を早く引退させて、ヘイズ様が幼いジョン様の後見として伯爵家を乗っ取り、とともに甘い汁を吸おうとするためと思っておりましたが。」
「我らの狙いがくるってしまいますな。ここは一思いに・・・」
オルガはそう言って目を光らせた。そういわれてヘイズも不気味な笑いを浮かべた。
「確かにそうだ。今日がチャンスかもしれぬ。伯爵と若殿が広間でいさかいをしたのを多くの者が見ている。2人を殺してしまい、後でこう言いつくろえばよい。若殿が自分を王都に追いやろうとした伯爵をカッとして殺し、その反逆により我らが若殿を討ち取ったと。それなら王都のハークレイ法師にも怪しまれまい。」
ヘイズがそういうと2人も大きくうなずいた。
「確かに妙案ですな。」
「それならば幼きジョン様が伯爵となり、ヘイズ様が好きなようにできるというもの。」
ガイヤとオルガが同意したのを見て、ヘイズは命令を下した。
「ではガイヤは伯爵の部屋に向かえ。オルガと私は若殿の部屋に行く。ぬかるな!」
「はっ!」
こうしてヘイズたちの魔の手が伯爵やエバンスに伸びようとしていた。