第12話 本当の母
エバンスは身構えたがもうどうにもならないことを悟った。彼は迫りくる剣に対して身構えるしかなかった。いつその剣が自分に振り下ろされるかと・・・。しかしそうはならなかった。そばにいたカーラ夫人が急に前に出て、オルガにぶつかるようにしてその体を押さえたのだ。あまりのことにエバンスは訳が分からず、茫然としていた。それに対してカーラ夫人は叱るように大きな声を出した。
「行くのです! 早く!」
カーラ夫人は身を挺してエバンスを逃そうとしていたのだ。エバンスは信じられないという顔をしてつぶやいた。
「どうして私を・・・」
「いいのです。あなただけでも助かればいいのです!」
カーラ夫人はそう言って必死にオルガの腕をつかんでいた。エバンスを逃がすため、この手を絶対放すまいと・・・。だがいくら必死でも女の力ではどうにもできなかった。
「どけ!」
とオルガはカーラ夫人を振り払った。そして剣を振り上げてエバンスに斬りかかった。
「死ね!」
剣が振り下ろされた。ズバッと肉を斬る音がして周囲に鮮血が飛んだ。しかしそれはエバンスからではなかった。彼の前に覆いかぶさったカーラ夫人からだったのだ。彼女はエバンスをかばって背中を斬られていた。
「ああっ!」
カーラ夫人はそのまま床に倒れこんだ。エバンスはそれを見て思わず、
「母上!」
と叫んでいた。その時、彼は幼いころから受けてきたカーラ夫人の愛情を思い出したのだ。つらかった幼き日々を支えてくれたのは外ならぬカーラ夫人であった。つまらぬ悪口に惑わされていたが、ここではっきりと彼にはわかった。彼女は自分の母であると・・・。
すぐにエバンスは倒れたカーラ夫人のそばに寄った。彼女は苦痛で顔をゆがめていたが、彼の顔を見てやさしく微笑んでいた。エバンスは抱き上げて声をかけた。
「母上! 母上! しっかりしてください!」
だが深手を負ったカーラ夫人は答えることができなかった。すでに意識が遠のいているようだった。それでもエバンスは呼び続けた。その姿を見てオルガは鼻で笑った。
「ふっふっふ。この女のおかげで助かりましたな。しかし今度こそ!」
オルガが再び剣を振り上げた。その剣の刃が不気味に光った。だがそれは振り下ろされることはなかった。
「待て! 待て!」
と赤い服を着た見知らぬ男が走ってきて、兵たちを飛び越えてオルガを蹴りで痛撃したのだ。
「ぐうっ!」
オルガは吹っ飛ばされて床に転がった。キリンが助けに来たのだ。ヘイズは新たに現れた得体のしれぬ者に問うた。
「貴様! 何者だ!」
「俺はキリンだ! このお二人を守る。来るなら来い!」
「怪しき奴め! 斬れ! 斬り捨てい!」
ヘイズは大声を上げた。その声で後ろにいた剣士たちが剣を抜いて斬りかかってきた。キリンはその刃が届く前に剣士を叩きのめした。激しい戦いが始まり、その廊下は騒然となった。キリンは突きや蹴りを繰り出し、次々に向かってくる剣士を次々に倒していった。
「おのれ!」
オルガがやっと立ち上がって向かってきた。剣を鋭く振り回してキリンを斬ろうとするが、彼は身軽にすべてをかわした。そしてまたオルガは手ひどく痛撃されて床に転がった。
「これはだめだ。いったん退くぞ!」
不利な状況に慌てたヘイズはその場から逃げようとした。だが彼の背後からは伯爵と兵たちが駆けつけてきていた。
「ヘイズ! よくも反逆したな!」
ウエンズ伯爵が叫んだ。思わぬ事態にヘイズは慌てて、
「いえ・・・これには訳が・・・」
とこの場においてもなんとか弁解しようとしていた。それを伯爵の横にいた見知らぬ老人が怒鳴りつけた。
「もう逃げられんぞ! 観念せい!」
「何を! このくそじじいが! 貴様、何者だ!」
ヘイズは老人に悪態をついたが、ウエンズ伯爵が一喝した。
「だまれ! こちらのお方は稀代の方術師、ハークレイ法師様であるぞ。恐れを知らぬ者め! ひかえぬか!」
「えっ! な、なんと!」
ヘイズはひどく驚いてその場にしりもちをついた。ヘイズたちの配下の剣士たちもあらかたキリンによって打ちのめされ、「ハークレイ法師」の名を聞いてその場にひれ伏した。
「反逆者どもをとらえよ!」
「はっ!」
ウエンズ伯爵の命令で兵たちがヘイズやオルガ、そしてその場にひれ伏する剣士を縛り上げて連れて行った。
一方、背中を斬られたカーラ夫人はエバンスに抱きかかえられ、その腕の中でぐったりしていた。その顔は青ざめていた。
「これはいかん!」
ハークレイ法師はカーラ夫人のそばに寄り、呪文を唱えた。するとその傷はふさがり、出血は止まった。カーラ夫人の顔にも赤みが差してきた。
「もうこれで大丈夫じゃろう。数日すれば元のようになる。」
「ありがとうございます。ハークレイ法師様。」
エバンスはお礼を言うと、カーラ夫人に話しかけた。
「母上。もう大丈夫です。」
「エバンス。あなたは・・・あなたは私を母と呼んでくれるのですね・・・」
カーラ夫人の目には涙がたまっていた。そう呼ばれることはないとあきらめていた彼女にとってそれは何よりうれしかった。それを見てエバンスの目も涙であふれた。
「はい。私は思い出しました。生みの母に去られて寂しかった私を、あなたは懸命に慰めて面倒を見てくださいました。そして今、わが身を顧みず私を守ってくださいました。あなたこそが私の母です。母上!」
「ありがとう。エバンス。」
2人は手を握って涙を流していた。その光景を見てウエンズ伯爵も涙を流していた。ハークレイ法師は(これですべてが解決した)とおおきくうなずき、目を細めてにっこりと笑っていた。




