71、母と焼き菓子
「先ずは、これを御覧下さい」
夫人がボロボロの羊皮紙の様な物をテーブルに広げる、そこには小規模な迷路が記してあった
「これは?」
「これはこの応接室にある隠し通路と、王宮を結ぶ地下通路の地図になります」
「マリエール殿、これはどういう意図があるのだろうか? それにブリュッセル侯爵は、私が王都に来ると見越していたようだが」
「時間が有りませんので手短に話します、マキシムは最早このグランギール王国に未来は無いと判断しました、ドラギール公爵の暴走とも言える数々の行動、それを御する事の出来ない王、王国に入り込んだ得体の知れぬ集団、王国から離れる民心、それらを正す事が出来ぬ己の無力、マキシムはランギール様が軍を率い、王国軍を破り王都へ入られる可能性が高いと考えていた様ですが、軍を囮として直接王都に来る事も考え、ランギール様との親交もあるマルク商会の動きに注視していたのです、我が夫、王国の守護者、マキシム=ブリュッセル侯爵としての遺言です、国とは民、国の未来を、王国に住まう全ての民の未来を、英雄ランギールに託す、との事です」
「ブリュッセル侯爵がその様な事を、、しかし遺言とは?」
「ランギール様がいるいないに関わらず、王国軍の士気の低下、異物の炙り出しの為、戦地にてマキシムは討ち取られるつもりです、民を虐げ、王国を腐らせた大罪人として、その首を民へ晒せと、もし命繋ぐ事となったら、王都にて民の前での打ち首を希望すると、無論その妻マリエールも同罪とするとの事です、こちらがそれらをしたためた書状です」
「馬鹿な事を!それにマリエール殿まで!」
声を荒らげるランギールに対して、落ち着き払ったマリエールは続ける
「新しい時代へ向かう為には、目に見える確かな悪は必要です、民の悲しみ、苦しみ、嘆き、怒り、それらの溜飲を下げる事に一役買う事が、最後の勤めだと申していました、しかしながら建国前より続くブリュッセル家を潰すのは、偉大な祖先に申し開きが立たないと、つきましては、全ての責はマキシム=ブリュッセルに有るとなし、現ブリュッセル家は取り潰し、代わりにマリー=ブリュッセルを当主として、是非ともブリュッセルの名は残して頂けるよう御願い致します、出来ればマリーを除く娘達にも恩情を」
深く頭を下げるマリエールに、言葉を失い顔を歪めるランギール
助け船を出してやるか
「吊し上げなどする必要は無い、ランギール、お前が国を手に入れた後、俺からの建国祝いの代わりに、全ての民、いや、この大陸の全ての者が、お前こそ王に相応しく、納得するだけの理由をくれてやる」
「貴殿方はいったい? ランギール様付きの騎士では無い様ですが」
「俺達はランギールの取引相手、それだけだ、何者かは貴様が知る必要は無い、話を進めろランギール」
ランギールは頷いた後に、ソフィアの膝の上に座るシアに目を向け
「事を成した後の話はその時に、決して人身御供の様な真似事はしないと誓おう、古の神にな」
「うむうむ、いいこころがけなの、もっといいこにしてたら、りょうえんにめぐまれるかもなの!」
誰だ、シアにろくでもない事を吹き込んでる輩は、残念エルフ辺りか、、
『レオン様、多数の反応がこちらに向かっています』
「数は?」
『200程かと』
それを聞いたマリエールは立ち上がると、使用人に目配せを送ると、使用人は急ぎ部屋を後にする
「やはり監視の目がありましたか、こちらから王宮へ」
マリエールは、部屋の隅にある古ぼけた虎の石像の口に、手に持つ鍵を射し込むと、床の一部がスライドし、その先に地下へと続く階段が姿を現した
「この通路は、王とブリュッセル家でも一部の者しか知らない物です」
「では、マリエール殿達も御一緒に、王宮手前で護衛として、こちらの騎士を数人残そう」
「はい、屋敷に残る使用人、警備の騎士達も宜しくお願い致します、ですが私はここに残らせて頂きます」
「それは了解しかねる、夫人一人残していったとあれば、英雄の名に傷が付く、何よりマリーが悲しむ」
ランギールの返しに、マリエールは俯くと
「あの子が悲しむとは、、マリーは私を恨んでいるでしょう、マキシム同様、苦しむあの子に何も出来なかった、それどころかどう接していいか分からず、疎遠になっていたのです」
「そんな事は無い、と言いたい所だが、そうであったかもしれんが、マリーは変わった、今は私の右腕とも言える存在に成長したのだ」
「それだけが心残りです、あの子に、不憫な思いをさせてすまななかったと、よくぞ逆境を跳ね除けたと、あの子からすれば不快かもしれませんが、私はあの子を誇らしく思いますと御伝え下さい、先程侯爵としてのマキシムの言葉を伝えましたが、最後に父親としてのマキシムの言葉を、娘を救ってくれてありがとう、とランギール様に」
「それはマリエール殿、御自身で伝える言葉だ、私が伝えるべき言葉でない」
「そうなのですが、ここの通路を閉じるには一人残らねばならないのです、マキシムに代わり、現在ブリュッセル家を預かる身、家長して残らねばなりません」
丁度そこに、ブリュッセル家の者達と、残してきたランギールの騎士達が応接室へと入ってくる
「お急ぎをランギール様」
「しかし、、」
「残りたいと言うならば、残していけばいい、但し俺もこの場に残るがな」
「レオン殿、それはマリエール殿を、御任せしても良いと言うことか?」
「俺は長旅で疲れた、ゆっくりしたいだけだが、俺の休息を邪魔する輩を許すつもりは無い」
「レオン殿、御任せする」
俺は、ソフィアの膝の上に座るシアへ、こいこいと手招きをして呼び寄せる
「それとシアもここに残る、ランギール、お前に同行するのはソフィアだけだ」
『レオン様!? 私も当然ここに残ります!』
「ソフィア、お前はランギールと王宮へ行け、奴の手の者が居ないとは言い切れんからな、保険だ」
『でしたらなおのこと、私も残り護衛を!』
「お前は俺の代わりに見届けろ、ランギールで無理な敵がいれば処理してやれ」
黙り込むソフィアに
「戦神絡みの可能性はまず無いだろう、奴等以外で、俺やシアの敵になる者がいるとは思えん、これは命令だ」
『しかし、、レオン様』
「水龍との戦いで何を学んだ? お前は変わらぬままなのか?」
ソフィアはビクンと肩を一つ震わせると
『分かりました、御期待に答えて見せます、くれぐれもお気を付け下さい』
「ママ、シアにおまかせなの!」
「心配するなソフィア、そうだな念のため、お前の剣を借りるとしよう」
ソフィアと剣を交換し、俺はソフィアにアブソルトウイナーを掛ける、しかし光剣も、翼も現れる事は無い、アブソルトウイナーのレベルが上がった事で、ソフィアの任意で剣を発現させる事が出来るようになった為だ
『では、行ってきます、シア、レオン様を頼みますよ』
「はいなの!」
どこまで信用ないんだ俺は、確かに魔法は使えんが、最早このステータスで負ける方が難しいだろうに
ソフィア、ランギールと騎士達、ブリュッセル家の者達が、地下へと行き、応接室には、俺とシア、それにマリエールの三人となる
ソフィアだけを行かせたのは、言った通りのもしもの保険だが、それだけではない
ソフィアはランギール対して、壁を作っている、ほとんど会話らしい会話もしていない
初めは俺絡みかと思ったが、明らかにランギールへの対応だけは不自然な物だ、不自然な程避けている
それが何なのかは分からんが、俺達は近くここを離れる、そして恐らく、ランギールを始め、この国の者達と再び会う機会は無いだろう
なればこそ、何か思う所があるならば、それが晴れた状態で別れた方が良いだろう
ソフィアは強い、これがゲームならば、それこそオートで全て楽勝だろう
水龍との戦いでは脆さが出た、俺やシアが絡む事での脆さだ
水龍の記録した映像から、敵の戦神の強さを俺なりに考えてみたが、奴がどんなに強くなっていたとしても、良くてソフィアと同等、多分ソフィアより弱いだろう、それほどまでに今のソフィアは強い
奴等もそれは分かっているだろう、だからこそあの寄生虫の様な奴を仕向けて来ている
つまりもう一つの目的、奴等を炙り出すには、ソフィアを離した方が確率は高まる
更に言えば、奴等は力を集めている、神木を狙っていたのもそれだ、奴等が危険を犯してまで、俺に接触して来た理由は、狙う神木が無くなり、効率よく力を集める事が、出来なくなったと考えるのが自然だろう
では、今一番効率良く力を得られる物は何か?
俺はシアの頭を優しく撫でる
そう、ここにいるシアが最も効率が良いだろう
ここで釣れる可能性は低いだろうが、試す価値はある、再び奴等を仕留められれば、シアの記憶が戻る可能性がある
結果、大本の場所が判明する可能性は高い、俺の手札も残り少ない、無駄に消費する前に終わらせなければな
そんな事を考えていると声が掛かる
「あの、レオン様とお呼びすれば宜しいでしょうか? 一つ御聞きしたい事があります」
「シアなの!」と元気良く手を挙げて挨拶するシアに
「シアちゃん、私が作った物だけど、良かったらこれをどうぞ」
と奥の棚から焼き菓子をシアに渡し、シアは上機嫌だ
「好きに呼べば良いが、聞きたい事とは何だ?」
「シアちゃんを見ていると、小さかった頃のマリーを思い出します、あの子もシアちゃん位の時に、私の作った焼き菓子を嬉しそうに食べていたんです、、、聞きたい事はマリーの事です、マリーを変えて下さったのはレオン様なのでは?」
「さぁな」
「マキシムが言っていました、ランギール様は王には足らないと、民を思うあまり、鬼になれない、甘いと、先頃の帝国との戦は凌げないとも、それが蓋を開ければ、あの結果です、マキシムにとっても嬉しい誤算だった様ですが、人の根幹とは其ほど簡単には変わりません、必要に迫られ急激な成長を成したか、もしくは、隔絶した力を手に入れたか、もしくはその助力を受けているかだと、マリーの成長もそうなのではと」
どうしたものかなと考えていると
「おばはん、せいかいはの! ママがきにしてたから、パパがたすけてあげたの!」
ドヤ顔で胸を張るか、その頬張る菓子を飲み込むか、どちらかにしなさいシア、口の中の菓子がマリーの母親に飛んでいるぞ
「たまたまだ、俺の連れが気にしていたのでな、気まぐれに少しの力を与えただけだ」
マリエールは深々と頭を下げると
「有り難う御座います、出来ることならば、マキシムと揃い、礼を尽くすべきなのですが、申し訳御座いません」
「気まぐれだと言っただろう、それに礼ならば、今シアが頬張っている菓子で十分だ、それでも足りないと思うなら、この焼き菓子をマリーにも食べさせてやれ」
「とってもおいしいの!」
「だそうだ、それよりも礼儀を弁えぬ客が到着したようだな」
屋敷の扉が破壊され、多数の侵入者が、踏み入る音が徐々に近付いていた




