68、砕けぬ盾 民を照らす光となれ
激しく激突するかと思えた両雄の立ち上がりは、静かなものだった
マリーは片手で持つ斧の先を、ブリュッセル侯爵へと向けたまま動かず、侯爵は姿勢をやや落とし、ジリジリと間合いを詰めて行く
両者の武器の先が、触れるか触れないかで、侯爵が仕掛ける
「ギィーン」と斧の腹を槍で払うが、マリーの斧は微動だにしない
侯爵はその感触を確かめると、槍を後ろに大きく引き、一言、二言呟くと、淡い黄色の光が侯爵の体を覆い、その光は槍の先まで行き渡る
侯爵は渾身の力で、地から天へ、槍を跳ね上げるように振るう
「ギャリーーーーーーン!! ギリギリギリ」と斧と槍が激突し、大音量の金属音が響く
侯爵は激突の負荷に顔を歪めるも、槍を持つ腕に更に力を込める「ブチブチッ、メキ」と不甲斐な音が自身の腕から聞こえた直後、激痛が襲う
このまま力を込めれば、自身の腕が使い物にならなくなると即座に判断、槍を持つ手を離し、槍が弾け飛ぶ前に、柄を逆手に持ち変え、衝撃をやり過ごすと、一歩後ろへ下がる
侯爵の首筋に冷たい汗が流れる、本陣から見た事で、おおよその力は理解していた筈だが、実際に対峙し、刃を当て、改めて分かる、正しく化け物であると
この地の強者は皆、例外無く魔力を使う、直接的な魔法に魔力を使う者、身体強化に魔力を使う者、大きく分けるとこの二つである
ではマリーはどうか? 一切の魔力を使用していないのである、対して侯爵は、身体強化を使用している、更に言うならば、侯爵は腕力強化、頑強のスキルも所持している、マリーも持つこの両スキルは、父から娘へ遺伝した物だった
この両スキルに身体強化を加えて放った攻撃を、生身で受け止め、微動だにしないばかりか、振るった方が腕を痛める結果になったのだ
貴族の娘にとっては、喜ばしくない両スキルに、恵まれた体格だが、騎士としてならば理想的、侯爵も当初は、貴族の娘と言う道では無く、騎士としての道へと考えたが、マリーには魔力がほぼ無く、その上、両スキルを扱う技量、戦いのセンスが皆無だった
侯爵はマリーが嘆き、自身の居場所が無いと感じ、絶望している事は承知していたが、自身の立場や周囲の反応を考えると、どうすることも出来なかった、マリーと同じ女性でありながら、英雄と呼ばれるランギールならば、マリーに何か道を指し示す事が出来るのではと、預けたのだが
目の前に立つ騎士は、我が娘ながら人の領域を逸脱していると侯爵は感じていた
ブリュッセル侯爵を始め、皆が一切の才能が無いと感じるマリーだが、彼女には一つだけ才能がある
それは、攻撃と耐久に関して、レベル上昇時の伸びである
ブリュッセル家は、攻撃と耐久に優れた者が多く、騎士として優秀な者を数多く輩出している
マリーの伸び率は、歴代の名だたるブリュッセル家の者を遥かに超えていた
マリーの場合、本来、魔力や技量に割り振られる物が、全て力と耐久の成長率に集約していたのだった
対してマリーが感じていたのは、単純に「弱い」である、いや以前不覚を取った帝国軍の指揮官より強い事は分かるが、現在マリーの訓練の相手はギーである、比較すると動きは遅く、打ち込みも軽い
マリーは言葉を選び、父である侯爵に告げる
「、、王国の守護者よ、投降されよ、、」
「笑止、私が投降して何となる、民は? 騎士は? 王国は?」
「指揮官である貴殿が投降すれば、王国軍の士気は地に落ちます、民も騎士も悪戯に殺める事はしないと誓いましょう、兵達の投降にも応じます、王国は、新たな時代を迎える事になります」
「甘いな、それでは民は護れん、大きな被害を出すだけだ」
「ネズミの対処は考えてあります、被害は必ず抑えてみせます」
侯爵は一瞬、後方に目を向け
「ネズミには気付いていたか、、しかしそれでは足らん、貴殿等にとって、今最も有効な事は、私を討ち取る事だ、貴殿、、いや、マリー! お前の覚悟を見せてみろ! 新時代を切り開く英雄の支えになりうるか否か、このマシキム=ブリュッセルが見極めてやろう!!」
マリーがその力を本気で振るえば、侯爵は紙クズの如く千切れるだろう、どうするか迷うマリーに侯爵が続ける
「マリー、ブリュッセル家の成り立ちは知っているな?」
「はい、初代グランギール王が国を作る前より、共に戦った仲間だったと」
「そうだ、ではこの盾について知っているか?」
侯爵は左手に持つ盾を、マリーに向ける、その盾の中央には、ブリュッセル家の紋章があり、槍や鎧に比べて、貧相で、黒ずみ年代物である事は分かるが、見覚えの無い盾に、マリーは首を横に振る
「初代ブリュッセル家当主が、使用していたという盾だ、代々当主へと受け継がれている、初代はこの盾を使い、数多の敵から初代グランギール王を護ったとの事だ、この盾は神具であり、扱うにたる者が、真に護るべき者、護るべき時に、自身の命を削る事で奇跡を起こすと伝えられている、、、が実際は年代物の飾り盾だ、扱うには酷く重く、強化魔法をかける事も出来ない、但し材質は硬く傷一つ付いた事が無い、私が父より受け継ぐ前は文字通り、部屋の片隅に飾られていた」
「何が言いたいのですか?」
「つまり教示だ、ブリュッセル家の家訓とも言えるな、真に護るべき者の為に、決して砕けぬ信念を持って進めとな、私はそう思っている、マリー、お前がこれより先、進む道は険しい物になるだろう、護る、支えるとは綺麗事だけでは済まん、進む者の光が強ければ強い程、お前は影となり支えなければならない、時には周囲から非難を浴びるかも知れん、またその主から叱責や疎まれるやも知れん、真に護り支えるとは、只従うのでは無い、肉親相手だからという理由で、手を抜き、得られる好機を逃そうとする者では務まらん、お前の主の器は確かに王となるに足りるであろうが、甘い、お前が甘さを捨てろ、真に大陸一の英雄の剣と盾ならば、この場でこの私を見事討ち取ってみせよ! マリー=ブリュッセル!貴殿の全力を持って、このマキシム=ブリュッセル超えて見せろ!!」
マリーは息を一つ吐くと、一言呟く、するとマリーの身体を金色の光が覆って行く、その光は歪で、身体強化魔法として見ると、拙く、明らかに失敗だ、失敗ではあるが、強化される事に変わりは無い、不必要に魔力を放出し、燃費も悪いであろうが、強化されるのである
マリーは更なるパワーレベリングで、僅かではあるが上昇した魔力を使用し、その生来の不器用さながら、必至に努力し、ついに習得した身体強化魔法であった
その失敗と言える強化魔法を見つめる侯爵は「よくぞ、習得した」と一言呟き、盾と槍を構える
「いきます、父様」
そう一言告げたマリーは、全力の一撃を侯爵へと叩き込む
強化魔法により、格段に上がった速さで踏み込むと、踏み締めた大地は抉れ、その勢いのまま斧を横凪ぎに振るう
対する侯爵は盾と槍を交差し迎え撃つ
激突の衝撃で、光が弾け、周囲を光が覆い、光に遅れて爆発音が鳴る、侯爵の後方、王国軍へその衝撃派と巻き上げられた、土煙が襲う
土煙が晴れると、そこには二人の人影が見える
一人は悠然と立つマリー、もう一人は侯爵、両膝を地面に付き、左手には盾を、右手には槍を持っている
但し、見事な白銀の鎧は破損しボロボロ、右手に持つ槍は穂先が消失、盾は無傷だが、盾を持つ左腕は歪に曲がり、槍を持つ右腕も又、有り得ぬ方向へ、衝撃を受け止め、踏ん張った右足も、膝からあらぬ方向を向いていた
「見事だ、、マリー、すまなかったな、無力な父を許せ、、お前は私の誇りだ、、さぁやれ」
マリーは、下唇をギュッと噛むと、最後の一撃を父へと降り下ろした
その瞬間、「パーーーーン」と王国軍本陣から、狼煙の様な物が上がる
その音に、一瞬固まるマリーに対して、侯爵は折れた足ながら素早く立ち上がると、斧を降り下ろすマリーに背を向ける
マリーの斧が、侯爵の右肩へ刺さるとほぼ同時に、空から放物線を描き、巨大な槍、黒い光の槍が二人に襲いかかる
侯爵は折れた左腕を無理矢理掲げると、その左手に持つ盾で黒槍を受け止める
音もなく激突する黒槍と盾だが、黒槍の勢いに盾がぶれ、弾かれそうになるが、侯爵は右手に持つ槍を離すと、折れた右手で盾の縁を掴み支える
「おおおおおぉぉぉ!!」
と振り絞る様に声を上げ受け止める侯爵、黒槍に触れた右手が指の先から消滅して行く、盾との激突で黒槍の破片とも言える光が周囲に散っているが、その光が落ちた大地は、黒く穴が空いていた
「父様!!」 斧から手を離し、近くに寄ろうとするマリーを、侯爵が止める
「来るな! お前は必ず護ってみせる!グゥゥゥ!!」
盾を逸れた黒槍の光が、侯爵の肩や足へと襲い、その身体に穴を開けていく、そして遂には支える事が出来なくなり、左手が盾から離れる
「まだだ!」
侯爵は盾の持ち手を歯でくわえ、全身を使い支えたその時だった
盾から金色の光が放たれると、周囲を光が包み込む
光が消えると、黒槍の姿は無く、満身創痍の侯爵と、その傍らには黒ずんだ盾では無く、金色に輝く美しい盾が転がっていた、侯爵はその場に糸の切れた人形の様に倒れ込む
「父様!」と直ぐにマリーは駆け寄り、肩に刺さる斧を抜き、傷口へ回復薬を振り掛ける
マリーは侯爵を抱き起こすと、全身へと更に回復薬を掛ける
「ぶ、、じ、か、、?」
「はい、早くこの回復薬を飲んでください!」
侯爵は差し出す回復薬を手で払うと
「き、け、、たみを、て、らす、ひかり、と、、なれ」




