竜公爵は妖精姫を見つけ出す
レキュロスという竜人は、変わっていた。
その価値観が変わっていた。
特に変わっていたのは、レキュロスの恋愛観である。
――伴侶を決めるのに、見目だけを指標にするのはおかしい。
――まるで、伴侶を飼っているみたいだ。
他の竜人たちの伴侶への扱いを見て、そう思う。だからこそレキュロスは、決して伴侶を持とうとしなかった。
のだが。
兄のすすめで嫌々向かった先の国で出会ったエメラティーナという人間は、驚くほど美しかった。
生まれてはじめて一目惚れというものを体験したレキュロスは、自身のすべてを使ってでも彼女を手に入れたいと考えたのだ。
そしてその際気づいたのが、見目だけに惹かれたわけではないということ。
伴侶を飼っているわけではなく、伴侶しか見えていないから尽くしすぎている、という点だった。
これは本当に感覚的な問題なのだが、エメラティーナに会った際、彼女の見た目に惚れると同時に、中身にも惚れたのである。
魂というやつがこの世に存在するならば、きっとそれはそういった部分のことを指すのだろう。
しかし話したこともない者に「あなたの見目と魂の美しさに惚れました」と言っても、分かりはしないだろう。
レキュロスはゆえに、エメラティーナへの説明を省いたのである。
まあまさかそのせいで、勘違いが起きるとはつゆほども思っていなかったが。
色々あったが、レキュロスはエメラティーナに出会えて幸せだった。
毒花姫と彼女が呼ばれていたことに、歓喜すらした。
なんせたったそれだけで、エメラティーナに触れられる者はほぼ半分にも減るのだから。
しかも人間たちは、女ですら触れたがらない。
こんなにも美しく清らかな姫に触れたがらないなど、どうかしているとレキュロスは思う。
されど、他人には見せたくないし触れて欲しくもない。
そんな歪んだ想いから、レキュロスは極力エメラティーナを外へ出したがらなかった。
彼女自身が外に出たがらなかったというのも、要因のひとつだろう。ただたまにふたりで外に出ると、楽しそうな顔をしていた。
ただその度に「あまり頻繁に外に出ると、倒れてしまいそうですね。やはりわたしは、レキュロス様とともに過ごしている時間が一番安心します」などと笑っていたが。
それが可愛いのだと、何故気づかないのだろう。
レキュロスはエメラティーナの接するたびに、ずぶずぶと自身が沈んでいくのが分かった。
そしてその執着は、エメラティーナが死んでからもなお続く。
――ゆえにレキュロスは今日も、空を駆けるのだ。
『我ながら、なかなか醜いものです』
レキュロスはそう自嘲を浮かべた。しかし竜の姿では、軽いうなり声がもれるだけ。とてもではないが、笑っているふうには見えるまい。
瑠璃色の竜は、その巨大を空に滑らせ、雲を切る。
行く場所は特に決めていない。心惹かれるままに他国を回るのだ。
ただ、レキュロスは別に闇雲に探しているわけではない。
エメラティーナがこの地に再び降り立ったと、そう直感したからこそ旅に出たのである。
旅に出ると言った当初は、なかなか大変だった。
まず、王が「とうとう家出か!? 絶対に外には出さないぞ!?」などと言い出しひと悶着あり。
その後も理由をしつこく聞かれ、辟易した。言ったところで鼻で笑われるだけである。それをわざわざ言いたいとは、とてもではないが思えなかった。
そんなときフォローを出してくれたのは、事情を知るイェレクである。
イェレクは「え、何とうとう? とうとう来ちゃったの? てかお前の直感怖いよ普通分からんよ」などと言いつつも、周りを説得する手伝いをしてくれた。
そんなイェレクの尽力もあり、レキュロスはこうして空を駆け回っている。空はだいぶ暗くなってきていた。
レキュロスは気まぐれに旋回すると、そのまま下に向かった。
今日はこの町にしよう。
そう思い降り立った地は、そこそこ人の多い町だった。レキュロスの祖国の首都と比べたら小さな町だが、活気があるように見える。
周囲には分からぬよう目くらましの術をかけ、人の姿でそっと近くの森に降りた。そしてそこから一応もんを通り、旅人のふりをする。最近はブームらしく、レキュロス以外の旅行者も多かった。
レキュロスは日が暮れる前には必ずどこか手頃な町に降り、様々なものを見て回っている。
それは、物語が好きなエメラティーナに他国で見たもの、聞いたことを教えてやりたいという思いからだった。
金銭をこの国の銭に換金した後、レキュロスはふらりと酒場に入る。
酒場に入る理由は、様々な情報が手に入りやすいからだ。
適当に酒を頼みカウンターに腰掛けると、案の定様々な噂が飛び交っている。
内容は、今代の国王は横暴で戦闘狂だとか。
まるでこの国のことを考えていないだとか。
そんな、愚痴ともいうべき話の数々である。
しかしそれだけで、この国がどういうふうに動いているのかが分かる。
今代国王はどうやら、民草にあまり好かれていないようだった。
人とは面倒臭いものだな。
レキュロスはそう思い、酒を飲み干す。レキュロスの祖国は竜人による統制を何百年、何千年と渡り続けてきた大国だ。寿命という概念を持たない竜人を王に置き、統治するのである。
レキュロスの生みの親でもある母なる竜がいるが、かの竜は卵を産み育て孵化すると同時に、燃えて消えてしまう。しかし周期的に現れては、子育てを繰り返すのだ。
どう言った生き物なのか、レキュロスも分かっていない。ただ竜人とはそういうものなのだと、そう割り切るしかなかった。
新たに酒を注いでもらい、ついでにつまみも注文すると、レキュロスは気になる噂を耳にする。
「なあ。お前、知ってるか? 王様が隣国を滅ぼした際に連れてきたっていう、お姫様の話」
「ああ、知ってる知ってる。エルフのお姫様だろ? ひっでーことするよな。離宮に閉じ込めて、ことあるたびに折檻してるって噂だぜ」
「一度見たことがある兵士が、俺の知り合いにいるんだけどさ、そいつが言うにそのお姫様、まるで妖精みたいに綺麗なんだと。だから王都辺りじゃ、お姫様のことを皆妖精姫って呼んでるらしいぜ」
妖精姫。
その呼び名を聞き、レキュロスは目を見開いた。
なんせそれは以前、エメラティーナが祖国で呼ばれていた名前だからである。
確証はないが、可能性はあると思った。候補をつぶしておくのも、エメラティーナの生まれ変わりを探すために必要なことだからだ。
そう思ったレキュロスは酒とつまみをすべて胃袋におさめ、早々に王都へと飛び立った。
***
王都は、まるで要塞のような壁に阻まれた城を中心に形成されていた。
夜ということもありひとけはさほど多くないが、いないというわけでもない。レキュロスはそんな夜の闇に紛れ、そっと城壁の内側に忍び込んだ。
かなり高く積まれているが、竜の姿をしたレキュロスからしてみたら大した弊害ではない。
しかしそれよりも、首の辺りがぞわぞわとし、ひどく落ち着かない。
それはまるで、エメラティーナと出会う前の状態を思い起こさせた。
確信めいた何かに突き動かされ、レキュロスは警備の目を盗み離宮を探す。
結果辿り着いたのは、寂れた古塔のような離れだった。
その古塔は、上部に窓が付いているだけで、出入り口が見当たらない。きっと別の通路があるのだろう。
しかしレキュロスにとってそれは、大した障害ではない。竜人族の身体能力は、人間などと比べものにならないくらい高いのだ。その上魔術も使える。
レキュロスはゆっくりと浮上しながら、窓のところまでたどり着いた。
そして中の音を確認しつつ、窓をノックする。
何度かそれを繰り返していると、どうやら中にいる者も気がついたようだ。きい、と木の窓が開く。
そこから顔を出した姫君を見て、レキュロスは息を飲んだ。
思わず、過去の名前を呼んでしまう。
「……エメラティーナ?」
翡翠色の髪に、丸い金色の瞳。白磁の肌。
月の光しか差し込まないそんな時刻でもなお、エメラティーナは変わらず美しかった。
そして何ひとつとして、変わっていなかった。
違っている点をあげるのだとすれば、その耳がピンっと尖っているところだろうか。
あとは、服が妙に透けている点だろう。趣味の悪い国王だと、レキュロスは内心苛立った。
レキュロスが思わずそうつぶやくと、彼女の表情がぱぁっと華やぐ。
「レキュロス様!!」
そう呼ばれたとき、レキュロスは夢だと思った。
しかしエメラティーナが窓から飛び出しぎゅっと抱き着いてきたため、夢ではないと悟る。
レキュロスは彼女を抱き締めながら、歓喜に震えていた。
エメラティーナは矢継ぎ早に言う。
「わたし、ずっと待っていたんですよ? レキュロス様がいらっしゃるの、忘れずに待っていたんです。全部全部、忘れずに覚えていました……!」
「……ええ。エメラティーナ、おかえりなさい」
「はいっ」
レキュロスはしばしの逢瀬を堪能すると、エメラティーナを抱えたまま城壁を越えた。
壊すまでもなく手に入れることができた。しかも、エメラティーナも約束を覚えていたのだ。それ以上の幸福はなかろう。
そんな彼女を背中に乗せ、レキュロスは祖国へ帰還する。
昔と何も代わり映えしない、祖国へと。
帰還後。レキュロスは形ばかりの結婚式を挙げた。
それは、周囲への牽制も兼ねての挙式だ。今回はエルフなので、敵も多い。害虫はさっさと払っておいたほうが良いだろう。
そんな思惑などつゆほども知らないエメラティーナは、純白のドレスに身を包みこぼれんばかりの笑顔をたたえて言う。
「今世では、前世よりも長く一緒にいられますね?」
きっとわたしはレキュロス様と長く過ごすためだけに、エルフ族に生まれてきたのだと思います。
そう言いはにかむ姿は、やはり以前となんら変わらなくて。
レキュロスはそんな彼女を抱き締め、耳元で囁いた。
「これから先、ずっと。永久に。あなたの夫は、このわたしですよ? 良いですね?」
「はい!」
エメラティーナは、自分の体に絡みついている呪いのような言葉を知っていて、そんなことを言っているのだろうか。
どちらにしても、構わない。手放すことなんてできないのだから。
レキュロスはこれからも変わらず、エメラティーナが死ぬたびに彼女を探し続けるのだろう。
そして何度でも見つけ出し、エメラティーナとのみ生涯をともにする。
もしかしたらその果てに、エメラティーナはレキュロスと同じく寿命という概念を持たない種族に変わってしまうかもしれない。
むしろそうあれば良いと、内心思いながら。
レキュロスはそっと、エメラティーナに口づけを落とした。
――こうしてふたりの物語は、永久に続いていくのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!!
(「竜王陛下の逆鱗サマ」という中華風ファンタジーも書いておりますので、竜好きな方はぜひお読みください!こちらも溺愛ものです!
2/14〜3/14まで、『ドラゴン愛企画』なるものを私主催で行いますのでお楽しみに!!)