JD-068.「うごめく影」
思ったよりも相手の数は少なそう。
まずは街道沿いの動きを見ての感想はこれだった。
トスタの街での防衛戦を考えると、こちらに向かってくる数はやはり、少ない。
所々で、こちらに来るのを止める魔物らしい姿が見えるぐらいだ。最初の貴石術の射撃も効果を発揮したのか、ややまごついてるように見える。
おかげで相手を観察する時間が取れた。
今のところは、午前中に狩っていたスズメもどきに狼っぽい獣、そして遠くには人型のような物。
前にも思ったけど、どうやって感知してるんだろうな……。
「どうやら予備機材が一応動いてるみたいだねえ。それでも思ったようには動いてないのかな」
どこからか取り出した杖を構えつつ、おじいさんが街をちらりと見て呟いている。
つまりは、こちらに来ているのは結界の嫌な感じにも負けずに襲い掛かる気満々の好戦的な奴ということだ。
それはそれで厄介だ。奥の方で様子見をしている奴らもいつ襲い掛かってくることか……。
(失敗したなあ……もっと先に防具を選んでおけばよかった)
迫ってくる相手にわかりやすく氷の矢を撃ちだしながら俺は一人、後悔を心に抱いていた。
正直、街と結界の大きさに油断していたところがある。
何かあっても、自分たちが動く前に地元の人たちが動くのではないかという油断。
それが買い物の順番をその意味では間違えさせた。何がと言えば、ジルちゃんたちの防具購入である。
鎧の類は貴石解放時に悲しいことになるので、体格に関係のないような物等を買う予定はあったのだ。
残念ながら、それを実行に移す前にこうして事件は起きてしまったわけだけれども。
「マスター、どうしますの?」
「広い場所でそのまま戦うのは、ね。ニーナ、壁でこっちに誘導してみてくれ」
「はいなのです!」
魔物たちも木々の生えた部分や荒れた場所、といった部分は走らず、街道近くのなだらかな場所を走ってきている。
そろそろ打ち抜くのにつらい数と距離になってきた。そこでニーナにあちこちに土壁を生み出してもらった。
自然と、俺達の待機している場所に来たくなるような狙いだ。
「おばあちゃんとおじいちゃんは後ろにいてね」
フローラの知らせにより援軍が来るまで、切り抜ける。
同じ目標をもって俺達は前線へと脚を踏み出した。
街道の上を低空で突撃してくるスズメもどき。
「朝の復讐……なわけないか」
つぶらな瞳は俺達をうつしておらず、その向こうには街。
遮るように間に立つと、その瞳が殺気に満ちた物となって俺達を見る。
「しばらく焼き鳥が続くのです! お肉なのです!」
「回収してる暇があるといいのですけど……」
1匹1匹の強さはそうでもない分、逃がしそうで怖い。
そんな相手であるスズメもどきの対処をしている間に、街道を走ってくる四つ脚の獣。
トスタの街で見たような野犬と違い、体格がかなり大きい。
今までに見たことが無いので、普段はもっと別の場所か、奥地にいるのだろう。
それがこんな早く出てきている。
魔物達は誰かリーダー的な奴に操られてるんじゃないのだろうか。
そう思ってしまうほどの動きの速さというか、情報伝達具合だ。
もしかしたら、街の結界は魔物達にとっては常に騒音や、無駄に灯りが光る建物みたいに邪魔に感じるのかもしれない。
戦い自体は特別な事は何もない。ニーナが防ぎ、ラピスやジルちゃんが細かく仕留め、聖剣を俺が前線で振るう。
シュレッダーで紙を裂いているかのようだね。
機械も消耗するように、生きている俺達は言うまでもないのだけれど疲労が溜まる。
襲い掛かってくる相手もだんだんと人型が増えてきた。
こいつらは普段どこにいるんだろうか?
まさかゲームのように地面から湧いてくる……否定できないな。彼らが生きていくには食料が足りなさすぎる。
そう考えると、倒して石英をどうにかした後に消えていくのもなんとなくわかる。
だけど今はそれを考察している暇はない。
「ご主人様、何かくるよ!」
「!? 熊か! いや、手が多い!」
周囲にいる他の魔物ごと、その腕で吹き飛ばす勢いで巨体が街道を走ってくる。
普段でさえ力強く、人間など相手にならない……熊。
それが腕を四本にし、足もまるで立ち上がって腕を振るうためにあるかのように太い。
その分、地面を獣として駆けるのは慣れていないように不格好だけれども、代わりに不気味なほどの圧迫感を持たせている。
「まいったね、ベルス……亜種だ。まともにぶつかると吹っ飛ばされた上にどうにもならなくなるよ。ふむ……私でも時間は稼げるだろう。一度下がりたまえ」
おじいさんの言葉が染みてくるたびに、何かの感情が沸き立ってくる。
きっと、みんな無事に生き残るならそれが最良なのだと思う。
おじいさんたちを除いて。踏み出そうとした俺の心を何かがつつく。また勝手な感情で危険に飛び込むのか、と。
ジルちゃんたちとおじいさんたち、どちらを選ぶのだ、と。
「どちらも、選べやしない……」
敢えて言葉にすることで自分に言い聞かせるようにして覚悟を決めた。
既にやる気に満ちて熊、ベルスを睨んでいる3人。
俺は彼女たちの前に立ち、歩いてくるおじいさんの前に手をやった。
「予定通り、支援でお願いします。みんなで、生き残りましょう」
「……そうか、わかったよ」
この選択が正しいのかはやはり、わからない。
時間を稼いでもらい、合流した冒険者たちと一緒に敵を討つ、なんてパターンの方が安全かもしてないのだ。
ついには表情までわかりそうな距離にベルスが近づいてくる。
まるで車が突っ込んでくるみたいな迫力だね、まったく。
ここに至っては変な作戦などは必要ない。
いつも通り、ラピスたちが牽制をして、ニーナが岩の盾を繰り出して受けることはできずとも流すようにぶつかっていく。
今回は相手が悪く、小柄なニーナは盾ごと吹き飛ばされてしまうけどそれは予定通り。
逆にベルスはニーナの盾をどうにかしようと腕を振り抜いている。
例え四本腕があろうと、体の動きそのものは肉体がある限りあまり変わらない。
つまりは、勢いに流れた体は反対側には戻しにくい。
足元に風を産み、短距離を飛ぶように回り込む。
「せっ!」
首や急所にはまだ刃が届かない。
損な距離と角度であるため、まずは腕を狙う。
硬く、多くの敵の攻撃を弾き返してきたであろう剛毛に覆われた毛皮。
少し不安はあったが、骨船長らの力も取り込んだためか、硬いパンを切るような手ごたえと共に聖剣が食い込み、急に手ごたえを失う。
響く咆哮、その主はベルスだ。
のけぞるようにして後退し、そのまま俺達を睨む。
3本に減った腕を威嚇のように広げつつ。
「ははっ、熊の手っておいしいんだっけ?」
「4本だから1人分足りませんわ」
敢えて笑みを浮かべてやると、言葉はわからずともそれがわかるのがベルスの瞳にある光が変わった気がした。
そうだ、俺達は獲物じゃない、敵さ。吠えるベルス、その体に次々と貴石術による矢や槍がぶつかる。
おじいさんたちの援護射撃だ。的確なそれらは、ベルスの足や目元を撃ち、その動きを阻害する。
「これで!」
その隙に数歩、踏み込む。
「マスター!」
ラピスの悲痛な叫び。俺がベルスの攻撃範囲に無造作に踏み込んだからだろう。
だけど、それは誘い。邪魔をされ、苛ついていたであろうベルスはあっさりと残った腕で目の前に来た俺を切り裂こうと振り回す。
斬りかかるつもりのなかった俺があっさりと下がることでそれは空を切り、無防備な首元が見えてくる。
「ジルちゃん!」
「うんっ!」
煌めく剣閃が2つ。
ボトリとベルスの腕が落ち、そして根元まで首に刺さったジルちゃんの短剣の柄が光る。
俺はジルちゃんの腕をつかみつつ離れ、ベルスが倒れるのを見守り、息を吐く。
街からの援軍らしい声が届いたのはその時だった。
ブクマ、感想やポイントはいつでも歓迎です。
増えると執筆意欲に倍プッシュ、です。
リクエスト的にこんなシチュ良いよね!とかは
R18じゃないようになっていれば……何とか考えます。
誤字脱字や矛盾点なんかはこーっそりとお願いします




