JD-069.「自分一人じゃないということ」
ルシースの方角から聞こえる男達の声。
振り返るまでもなく、知らせを聞いてか、気が付いたからなのかやってきてくれた冒険者や街の衛兵たちの声だろう。
普段ならそんなに気にならない声だけど、こういう時には妙に安心するのはなんだろうな。
「どうやら間に合ったようだね。怪我が無くてよかった」
いつの間にか、そばに立っていたおじいさんの言葉に頷いたところで激しく音を立てている心臓に気が付いた。
(自信満々なように動いておいて、このありさまか……)
自嘲気味に首を振り掛けたところで肩に乗せられた手。
お年寄りらしいというと変だけど、細めで軽いのに、妙に力を感じた。
「その怖さはどこかで持っていた方が良い。無謀と勇気は違う物だからね」
どこかで聞いたような言葉ではあったけど、おじいさんの優しい瞳で見つめられたまま言われるとひどく心に刺さった。
(そうか、そうだよな)
気を取り直し、他の冒険者や衛兵と同じように戦場に踊っているジルちゃんたちの元へと駆け出す。
元より一時的な物として作り出した土壁はあちこちで崩れているが、それが逆に障害物となって魔物達の動きを制限しているようだった。
「それっ、もうひとつ!」
街道を真っすぐ走ってくる大きな狼のような相手へとラピスが両手からそれぞれに生み出した氷柱が時間差で放たれる。
直撃はしなくても避けるか何かしなくてはいけないその攻撃に狼は飛び上がることで回避を試みる。
が、そこには緑の髪の少女、フローラが服がめくれるのも気にせずに飛び上がっていた。
パンツどころかおへそが見えそうになるのだけはちょっと気にしてほしいかなと思う。
「ざんねーん」
どこか気の抜けそうな声と共に、彼女の手の中に生み出されたであろう風に吹き飛ばされ、地面へとたたきつけられてその狼は動かなくなった。
駆け寄った俺に、俺を魔物かと思ったのか振り返った2人。その顔はすぐに笑顔となっていく。
「二人とも調子は?」
「まだまだいけますわ」
「ボクも平気だよー!」
今回は最初から貴石術は好きなように使ってもらっている。
そのために、みんなのマナ残量が気になるところだけど今のところは大丈夫らしい。
こちら側の援軍がやってきたおかげで、俺達への圧迫というか魔物達の攻撃は分散されている。
その分、周囲を見る余裕が出来ているわけだけど、やっぱり思ったよりも数は少ない。
「ご主人様、近くにはいないみたいだよ」
「少しばかり物足りないのです」
幸運なことに、俺達のいる場所で魔物は一時的にいなくなっているようだ。
それでも視界には戦っている現場が目に入るからどこにいないというわけじゃあない。
「移動しながらフォローに入ろう。おじいさんたちはどうします?」
「そうだね。灯台も気になるから私たちはここで下がらせてもらおうかな。みんな、気を付けるんだよ」
本当なら現役は引退している2人。緊急事態だからと無理に戦ってくれていたんだと実感が強くなる。
近くにいた冒険者が、それを見て自分たちも一度戻るついでに護衛につくというので2人は任せて俺達は改めて戦場を駆けた。
外に出てきた人の中には、俺よりも若く、子供じゃないのかと思うような子達までいた。
もっとも、ジルちゃんたちと一緒にいる俺が言えることではない。普通に見たら大人のような男1人と女の子4人だもんね。
それでもそれぞれの持つ武器は相手の命を奪える、れっきとした凶器だ。
森から出てきたであろうオークの1匹と向かい合っている冒険者の背後に迫る別の影。
ゴブリンにしてはやや大きいような気もするそれに対し、俺は走ったままジルちゃんと一緒に貴石術で生み出した短剣を投げる。
こういう時に投擲武器の在庫を気にしないで済むのは非常にありがたい。
牽制にせよ、小さくダメージを与えるにしても便利だ。
「! 助かる!」
「お互い様!」
2人組の冒険者の背後をカバーするようにすべり込み、街道へと出てこようとするオークやゴブリンという姿だけならなじみの相手に向き直る。
彼らに文化というか、そういった類の物はあるのだろうか?
武器や衣服という物を身に着けているのだから道具を使うという頭はあるようだけども。
(今は、それを考えるところじゃないか)
「焼肉にはならないからお帰りくださいなのです!」
「とんじゃえ!」
自分の背丈ほどもある岩の盾を手にしたままでニーナはゲームのキャラクターのように踏み込み、正面からオークへと盾をぶつけた。
表面に突起物があり、当たったら痛そうなだと思っていた俺の前でオークが情けないほどの悲鳴を上げ、後ろへと倒れ込む。
側にいたゴブリンがびっくりしたようだけど……それではもう遅い。
駆け寄った俺の聖剣の光を目にした時は、既に首がはねられていたことだろう。
2人組と一緒に一度街道まで戻り、次に向かうべき方向を探していると、悲鳴。
慌ててそちらを見れば、見覚えのある四本腕、ベルスだ。やっぱりあの1頭だけということはなかったようだ。
(少し、小さいか?)
距離があるので何とも言えないが、俺達が倒した相手よりは少しばかり、小さいような気がした。
それでも相手は変異した熊のような相手、油断はできない。
近くの冒険者達と頷きあい、現場へと走っていくと襲われたらしい一人を引っ張りながら、
それを援護するべくベルスに立ち向かう仲間であろう男達、といった構図だった。
「そこの奴! 何か撃てるなら合わせろ!」
「了解!」
名前も知らない男の声に従い、俺は皆にも頷いて自分の手の中に力を注ぐ。生み出すのは、透明な短剣。
属性の偏りの無い、扱いやすい力だと思う。ジルちゃん自身、安定して戦っているしね。
そういえば冒険者の中には、貴石術の使えない人の方が多いらしい。
その証拠に回りは弓を構える人ばかり。ベルスへと向けていくつもの矢が降り注ぎ、刺さっていく。全身をハリネズミのようにしたベルスは弱弱しく吠えた後、倒れた。
数の暴力という奴を目の当たりにしたような気がした。
(お? この感じは……)
ふんわりとした、優しい波動。
ヒーターで暖かい風が部屋に吹き始めた時のような感覚が背中から迫り、街道沿いを満たしていく。
俺の立っている街道の上ならばより強く、だ。
あちこちで交換が終わったんだという叫びが飛び交う。
「マスター、戻りましょうか」
「うん。そうしよう」
あちこちについた埃や土汚れをはたくようにして4人を引き連れて街道を街へ。
途中、何人もの冒険者や衛兵の人達と出会うけど、誰もが疲れた表情をしている。
本当ならばルシースの街の結界の交換は1年ぐらい先らしいのだ。
突然の襲撃というか故障に、驚いているのは間違いないだろうね。
(ストームマンタはぶつかっていないけど、他にも何か影響していたんだろうか?)
ふと、そんなことを帰りながら思う。
ストームマンタは街に直撃する前に降ろせたし、シーゴーストも半魚人が砂浜に上陸した程度だ。
全く影響がないわけじゃあないだろうけど、偶然にしては怖いことだなと思うのだ。
今回のように、油断から街に戦力が少ない状態だったらもっとピンチで、苦戦していただろうからだ。
「あー、とーる。おなかすいたー」
「自分もなのです……ごはんが楽しみなのです」
みんなご飯じゃなくてもいいはずだけど、やはり覚えてしまったものは仕方ないのだろう。
ジルちゃんやラピスも、美味しいものに目がないのだ。
今日はどこの食堂に顔を出してみようか、等と考えつつ一度灯台へと顔を出し、無事を報告してから街へとそのまま繰り出すのだった。
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