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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
王の遠征
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黒狼の心臓

「全治二週間、といった所ですかな」


穏やかな好好爺(こうこうや)、といった感じの老医者は、驚きに目を瞬かせながら続ける。


「しかし、あの水に流されて、腕と肋骨の骨折だけとは…本当に運が良いですな。しかも非常に綺麗に折られているから…治りもはやいでしょうな」


年老いているからこその、直さいな物言いに王は眉ひとつ動かさず、上衣を羽織った。

吊り下げた腕と腹は包帯で固められ、痛々しいがその身のこなしは、その不自由さをちらりとも感じさせなかった。


「ご苦労だったな。下がってよい」


(ねぎら)いの言葉に、老医者は少しだけ会釈して立ち去った。

医者の目から見た、多くの不自然さを口にしない賢さは、やはり年季のなせる業かもしれない。


(運がよいか…)


そんな言葉では済まないことは、ジーク本人が一番知っていた。


「お、終わったね」


入れ替わりに入ってきたのは、見慣れた、しかし久しぶりの、人好きのする笑顔の男。

そのチョコレート色の目が笑ってないことは明白で。

ジークはため息をついた。


「悪かった…やりすぎた」


素直に頭を下げる王に、宰相は厳しい瞳を向けてため息をつく。


「お前は命惜しみしなさすぎだ…その力…万能じゃないんだからな」


その言葉に、知らずジークは眼帯を押さえた。


「あぁ…そうだな…」


それは、黒狼の心臓と呼ばれるもの。

不死の力を司るもの。


しかし、それは万能でもなく、無限でもない。

力を行使するには、それなりの対価が必要となる。

生気を失えば、生気を。

血肉の代わりは、血肉を。

折れた骨は、骨を。


その素となるものを得なくては、修復は叶わなかった。

つまり、傷を修復するには、同じ人間と繋がる必要があったのだ。


「今回の対価は…高くついたな…」


ジークは、痛みに悶絶する菫の瞳を思い浮かべた。


ジークは痛みを感じない。

それは、不死を得る代わりに奪われたもの。

そして、ジークの感じる痛みを引き受けるのが、繋がった他者なのだ。


それは、ジークにとって最も残酷な、力の代償と言えた。


「あの、修復は…俺も二度は嫌だからな」


ユージィーンも、思い出したのか、顔をしかめて答える。


修復。

不死の力がもたらす再生の力を、ユージィーンはそう呼んでいた。

全く感情を感じさせない、ひたすらに壊れた箇所を治す、というそれは、まさしく修復とよぶに相応しい力と言えた。


「それでも…姫は恐れてないようだね?」


次の瞬間、ユージィーンは世にも珍しい光景を目にすることになる。


すなわちそれは、無言で顔を赤く染める、王の姿であった。


「なんだ…?お前のその反応は?!お父さんの知らない内に一線こえてないよね?!」

「…んな訳あるか!」


湯気を吹くかと言わんばかりに、顔を赤く染めながら、ジークは目をそらす。


「…もしかして…嫉妬してたりするの?」


その言葉に対する王の返事は、手元にあった枕だった。


「全く…これだから…」


難なくキャッチしたそれに、ユージィーンの顔にはいつもの、薄笑いが戻ってきていた。



主従のじゃれあいが一段落して。

宰相と王は公的な顔を取り戻していた。


「残念ながら、証拠は粗方、始末されていたね。全く…見事な手並みだよ」


珍しい宰相の手放しの激励に、ジークは唇を歪めた。


「しかし、お前でも読みきれない、この鮮やかなこの手並み…候補は限られるんじゃないか?」


端的に告げられた言葉に、ユージィーンは声をあげて笑う。


「言ってくれるね。ま、しかし覚えがない訳でもない。あのカエル…さすがというか、使用人

は一流を揃えてたようだな。近年の贈答品を一覧にしてくれてたよ。手間が省けてよかった」


渡されたそれを仔細に眺めて、王はニヤリと微笑む。


「なるほど…絹に水晶…随分と東の品物が多いな」

「廃れたとはいえ、ここは東の国境だからね…気を付けていたつもりだったけど、相手が悪かったかな」

「やはり…あの二人か」


知力の竜焔(リュウエン)、武力の竜翔(リュウショウ)と並び評される兄弟。

今、最も帝国の後継者争いで優位にたつとされる男たちを思い浮かべる。


国境に近い敵地を、敵に知られずに骨抜きにしていくそのやり方、罠の張りかた、そして素早い手の引きかたともに、二人の才覚が並々ならぬものであることを語っている。


我知らず、ジークの唇に笑みが浮かんでいた。


「もう、本当…お前のそれは病気だって…」


それをみて、何故かユージィーンはげっそりとしてみせる。


「…何がだ?」


不機嫌に聞き返した彼に、ユージィーンは呟く。


「強い奴に出会うと嬉しくなっちゃう、その習性ーアイツみたいで、ホント嫌だね」


その言葉に、ジークは押し黙った。

それは、彼の痛いところをついていた。


「それも、黒狼の心臓の恩恵、ってことか」


ユージィーンの口調は、毒に満ちている。

その毒を刺したいのは、ジークではない。

すでにいない、男にむけて。


「どうだろうな?俺自身、分からないんだ」


自分の意思がどこにあるのか、なんて久しく考えてなかったから。


ただ、与えられた使命にのみ生かされる命。

それを望んだのは、彼ではあったけど。


「…何のために力を得たのかは、忘れてない」


力を得るために、支払った代償のこと。


炎に沈む、祝霊の(ふるさと)と。

白くなるまで唇を噛み締めた、女性(いとしいひと)の横顔。


ユージィーンは、呆れたようにため息をついて、その頭を軽く小突いた。


「…それも、もうすぐ終わるだろ?」


ユージィーンのその言葉に、ジークはうっすらと微笑んだ。

その寂しげで優しげな微笑みは、この王には似つかわしくなかったが。


「あぁ。…もう少しだ」


その言葉に込められた万感の思いに、宰相は微笑み返した。


(そういう笑顔は俺じゃなくて、姫にみせるもんだけどな…)


という、彼らしい感想を隠しながら。

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