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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
王の遠征
36/67

稚拙な罠



小高い丘の上に、一本だけ大きく枝を広げた木の下。

その木に背中を預けて、男がくつろいでいる。

風になびく茶色の髪に、どこか人好きのする表情。

それは、黒狼王の右腕として恐れられる、ユージィーンその人であった。

その足元には、何故か大きなロープが蛇のようにとぐろを巻いているのだが。

そんなことは気にせず、その後ろでは3頭の馬が、思い思いに草を食んでいる。

実に長閑(のどか)な風景だ。

ただし、それはここだけの話だった。

「…19…20っと…それにしても、アランはやっぱり、化け物だわー。敵にアイツいたら、全力で逃げるな…」

不謹慎な独り言を漏らしながら、眼下を流れる川を、アーモンドの瞳で愉快そうに眺める。

その視線の先では、激しい戦闘が繰り広げられていた。



調査に訪れたジークたちを、待ち構えるかのように現れた覆面の集団。

あたかも、窃盗団のような成りをしていても、肝心の剣術を隠蔽(いんぺい)するまでの知恵は、どうやら無かったようだ。

実に系統だった動きを見せる野盗もどきに、ユージィーンは思わず苦笑する。

「この程度の罠で、どうこうできると思われてんなら、心外だね」

一騎当千の活躍を見せるアランのお陰で、雲か(かすみ)のように沸いていた野盗もどきも、そろそろ打ち止めのようだ。

野盗たちは明らかに混乱していた。

それを見届けて、ユージィーンはその場を離れる。

馬たちは一瞬、首を上げたが直ぐに、食事を再開した。

(本能のままっていいよなー)

思わずその自由を(うらや)みながら、足音に気を付けて、さらに上流を目指していく。

徐々にその流れは細くなり、かすかに茶色く濁っているのがわかる。

どうやら、敵は予想以上のアホのようだ。

(やれやれ…これだから三流のやることは…)

予想通りの展開に、ユージィーンは笑いを堪える。

「全く…ちょっと可哀想になっちゃうな…」

言葉と裏腹に、茶色の瞳には欠片の同情もない。

目標は定まった。

あとは、それをいかに活用するかに掛かっていた。

ユージィーンの頬に、酷薄な笑みが刻まれる。

(お仕置きはどれにしようかな…)

そのアーモンドの瞳は、既に勝利の先を見つめていた。



ジークは目の前の敵を叩き伏せながら、赤毛の護衛の姿に眉をしかめていた。

3人に囲まれて、苦戦してるのかと思いきや、華麗な足払いで軒並み振り払っている。

殺すな、と言うジークの命令を受けて、その腰の剣は、未だに鞘のなかに収まったままだ。

体術だけであっさり、相手を翻弄するグランに、ジークは思わず舌打ちする。

「やっぱり、手加減してたな」

自分との打ち込みでは封印していたそれに、思わず不満が漏れる。

ユージィーンが聞いたら、盛大に笑われていただろう。

「これ以上、強くなってどうする?戦でも始める気か?」

強くなりたい、の先にあるものが見える男なら、きっとそういって、止めてくれるはずだ。

どんなにひねくれていようと、ジークにとって、ユージィーンは王としての良心を支える(いしずえ)であった。

自分がそうであれば、きっと。

(アイリは泣かず、シン=ハ様は生きていたはず…)

どこにも行き着かない思いは、行き着かないが故に、いつまでもたゆたい、自分のなかにとどまり続けている。

「…ィヤアッ!!」

もう何度目かの、その物思いを裂くように、剣が繰り出される。

お手本のような、剣さばきだ。

教わりたてのように、辿々(たどたど)しいそれにジークは思わず、隻眼を細めた。

澄んだ光を放つ瞳は、戸惑いと怒りに揺れていた。

覆面で見えないが、きっと年若い見習い騎士だろう、と当たりをつける。

(どう吹き込まれたか…)

国政を操る残虐王を、退けるための聖戦だとでも持ち上げたか。

ジークはイストーリ伯の少し、腹の出っ張ったカエルのような姿を思い描く。

今頃は安全な自分の巣で、よい報告を酒を片手にまっているだろう醜悪な姿を。

(ユージィーンがキレないといいが…)

彼は、無能な指揮官がピーマンよりも嫌いだった。

因みにピーマン嫌いは筋金入りで、どんなに細かく刻もうとも全てをより分けて食べる、全く必要のないスキルも持っている。

手元を見ずに、緑の宿敵だけをより分けていく神業を思いだし、ジークは我知らず微笑んでいた。

「くっ…!!」

それを挑発ととった相手が、勢いに任せて突っ込んでくる。

(その勢いはよし…だが、まだ青い)

さらりと交わし様に、がら空きの胴をついて、打ち倒す。

「…ぐっ…」

それだけで、相手は籠った息を吐き出して、前のめりに倒れた。

それが最後の一人だった。

傍らに転がる黒装束の男たちを見下ろして、ジークは剣を納めた。

(余りにも…弱すぎるな)

東の辺境を任される伯爵の、騎士団がこの程度とは、到底思えなかった。

ジークはゆっくり近づいてきたグランに、声をかけた。

「帰ったら、もう一戦付き合えよ」

その言葉に赤毛の護衛は、少し驚いたように目を見開いた。

「…はい」

その答えに、鷹揚に頷いて、ジークは倒れ付した敵をみやる。

「予想したより、数が多い…ユージィーンの仕掛けでは、間に合わないだろう。何か他の策があるか?」

ジークの問いかけに、グランはその空色の瞳を巡らせる。

その瞳が、大きく枝を広げた大樹に定まった。

「…多少粗いですが」

短い返答に、ジークの隻眼が三日月を描く。

「ないよりましだ。任せる」

「はい」

即断して、ジークは男たちに向き直った。

その足元で小石が激しく跳ね始める。

川の流れが、一気に(せば)まる。

ジークの耳は、すでに轟音を聞き付けていた。

「時間がない。急ぐぞ」

その言葉に、弾かれたように、走り出すグランを見送り、ジークは隻眼を険しくした。

(とりあえず、人手がいるな)

先ほどの戦闘でも、少しはマシであった隊長らしき大柄な男に。

「…ッがはっ…!!」

気付けを施した。

苦しい息をはいて、意識を取り戻した男が、自分を蘇生させた男に気づき目を見開く。

「な、何故…?!」

不信に満ちたその瞳を、黙って見つめ返して、ジークは簡潔に伝える。

「命が惜しかったら、手伝え」

「な、なにをだ?!私は何も知らんぞ?!」

尋問と勘違いする相手に、嘆息する。

こう言うときに、自分の目付きの悪さを呪わずにはいられない。

「足元を見ろ。お前も土地の人間なら分かるだろ」

ジークの言葉に、男は今は半分くらいまで狭まった川に気づく。

それは少しずつ茶色く、そして、小さな小枝や石が流れに交じり始めていた。

その様子に、男の血の気が引いていく。

「…鉄砲水…!!」

嵐などで増水した川の上流で、何かの原因で塞き止められた水が、そのつっかえていたものがとれたときに、一気に溢れる現象を鉄砲水という。

その威力をいやと言うほど知り抜いている男は、にわかに覚醒した。

その瞳に敵意を越えたものを感じ、ジークは少し隻眼を和らげる。

「とりあえず、体力のあるものを教えろ。そいつから気付けをする。急ぐぞ」

「はい」

即席の部下となった男を従えて、ジークは走る。

水音はもうすぐそこだ。

(急がねばな…)

わずかばかりの焦りが、ジークの動きを(にぶ)らせた。

頭上に影が差した時には、それはもう迫ってきていた。

「危ない…!」

轟音をと共に、伐採された巨木がジークにのし掛かってくる。

衝撃に大きく地面が揺れ、激しく水が跳ね上がった。

「黒狼王…!」

その言葉にいらえはなかった。


―しばらく後、水は全てを洗い流した。

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