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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
夜会に向けて
34/67

内緒の城下町

2014.7.19話数短縮のため、内容を改変・再構築しました。


刺繍(ししゅう)の手を止めて、レインは思わず溜め息を(こぼ)す。

(あー…退屈…)

後宮に来て数週間。

怒濤(どとう)のように過ぎていった、始めの頃を思えば、平穏としかいいようがない日々である。

でも、正直にいえば―

「おじゃまするわよ」

「茉莉花様!」

涼やかな声に、崩していた姿勢を正した。

一呼吸あけて、いつみても(あで)やかな第二側妃は、優雅に入室してきた。

侍女もなく一人である。

「レインも退屈してるかと思って、遊びにきたの」

「皆…忙しそうですよね…」

そういうレインのもとにも、侍女の姿はない。

それもそのはず。

数日前の季節外れの嵐は、各所に甚大な被害をもたらした。

その影響は、この王宮も例外ではなく、温室の一部と、数日後に控えた夜会の会場になるバンケットルームが被害にあっている。

今日はその片付けで、大方の使用人は駆り出されていた。

もちろん、梔子やクリスも例外ではない。

「あら?レインが暇なのは、それだけじゃないんじゃない?いっつも傍にいるあの方が、お留守ですものね」

その茶化すような声音に、レインはかっと赤面する。

「なっ!!ちが、違います!」

そう。

このところ、明らかに接触過多だった王は、特に被害が甚大(じんだい)な東方に、視察に出ていない。

正直、レインは歓迎していた。

頬を撫でられたり、手を撫でられたりは、もはや当たり前。

部屋にいるときは、常に膝に抱えられてるか、膝枕で王を寝かしているか。

そんな状況で、誰が心安く休めるというのか。

(ほんと…あんなお願いするんじゃなかった!!)

「離れられて、清々しております!」

つい、力説してしまうレインに、茉莉花はクスクス笑った。

「そうなの?むしろ、あの幼馴染みくんがいない方が、寂しいの?」

グランは、王の勅命(ちょくめい)で視察団に加わっている。

ユージィーンに言わせると、王の体が鈍らないための相手役に連れていくのだそうだ。

横取りされて、アヴィカは相当悔しがっていた。

「そんなことも…ありませんが…」

そういえば、数日とはいえ、グランと離れるのも珍しいことだった。

レインが王宮に浚われ…もとい、連れてこられたのが初めてだろう。

(でも…寂しくはない…のよね)

あの隻眼の王のように。

ふとしたときに、頬を撫でる指を。

膝枕で(くつろ)ぐ、意外と幼い寝顔を。

愛しいものを見るような優しい赤い瞳を。

思い出してしまうようなことは、ない。

(…って!違う…!なんかこれじゃ…王がいなくて寂しいみたいじゃない!!)

ついつい、王のアレコレを思い出して赤面したレインは、それを誤魔化すべく、いきなり立ち上がる。

「今、お茶いれますね!」

慌ててお茶をいれにいこうとするレインを、茉莉花が笑って止める。

「あ、いれなくて大丈夫。お茶に誘いにきたんだから」

茉莉花の言葉に、レインは首を捻る。

「王妃様のところですか?」

唯一の例外であろう、ディアナの顔を思い浮かべたレインに。

茉莉花は艶然と微笑む。

「もっと、楽しいところよ」



「茉莉花さま…やっぱり不味いんじゃないでしょうか??」

フードを目深にかぶり、レインは小声で話しかける。

「あら?だって陛下がお留守の時くらいしかできないでしょ?お忍びで街にいくなんて」

にっこりと微笑む茉莉花に、レインもぐっと言葉につまる。

(それは…そうなんだけど…)

レインだって、行きたくない訳はない。

自分が作った庇が、どうなったのかも気になるし、前回叶わなかった市内観光もしたい。

しかし、そのあとのお仕置きを思えば、なかなかお願いできなかったのだ。

(護衛にヒグマつけるって脅されたし…)

あの凶悪面と、普通に街あるきができたら、何でもできる気がする。

青くなったり、赤くなったり忙しいレインの様子を、面白そうに観察しながら、茉莉花は止めの一言を放つ。

「それにもう出てきちゃったし?どのみち怒られるなら、楽しんでからのがいいじゃない?」

確かに、もう門は越えてしまったし、街にも入っているのだ。

腹を(くく)るしかなかった。

(要するに、陛下にバレなければ大丈夫なんだし…)

後ろ向きながら覚悟を決めて、表通りを見つめれば、進行方向に青い(ひさし)が見えてきた。

「あ、ここだわ!」

茉莉花が嬉しそうに指を指した店。

レインは思わず口許を押さえた。

そうしないと、喜びに叫んでしまいそうで。

(…これ…私の…!)

太陽の光の下、蒼い影の中にきらりと浮かび上がるのは、輝石が織り成す太陽の文様。

幾何学模様にも見えるそれに。

「言いたかないけど…レインって絵心ないわよね?」

茉莉花が苦笑する。

レインは、浮かんでいた涙が引っ込むのを感じた。

(そういえば、ユージィーン様とか妙な顔してたのは…わかってなかったのね!)

脱力して、その場にへたりこみそうになる。

「あ、ごめんなさい。気づいてなかったのね?でもなんだか分からないところが好評みたいよ?だから、元気だして?ここ、暑いし日焼けしちゃうから中に入りたいし」

最後の方は、思いっきり本心が漏れていた気もするが…。

レインは微笑んで頷いた。

まずは、店の主に、お礼を言おう。

自分の商品を気に入ってくれた人。

(一体どんな人かしら…?)


扉を開けると、一気に甘い香りに包まれた。

どうやらサロンを併設した菓子店のようだった。

流麗な文字で、[ジンジャーブレッド・ハウス]と書かれているのは店名なのだろうか。

「お菓子の家かぁ…」

幼い兄妹が迷いこんだ魔女の家。

(あれ?…この香りどこかで…嗅いだような??)

甘い香りに微かに漂うそれ。

(これは…紅茶の??)

しかし、ショーウィンドウが目に入った途端、全ては吹き飛んでしまった。

「綺麗…!!」

そこには、宝石のように燦然(さんぜん)と輝くスイーツが並んでいた。

色とりどりの果物をのせたケーキ。

カラフルなマカロン。

重厚な焼き菓子たち。

そのどれもが、可愛らしい一口サイズにカットされ、美しく飾り付けられている。

リンゴの形に作られたリンゴパイや、持ち帰りたくなる陶器の器にいれられたプリンなど、どれをとっても、乙女心をくすぐられるデザインに、レインの胸もキュンとしてしまう。

「素敵でしょ?サロンも併設されているから、そっちに案内してもらいましょ」

茉莉花は常連の風格で、スタスタとサロンの中を歩いていく。

その背を追いかけながら、レインは思わず辺りを見渡してしまう。

サロンは所々に花が飾られ、華美ではないが優雅な落ち着く空間を演出している。

そして、席を埋めているのは女性ばかりだ。

色鮮やかなドレスに、華やかな笑い声が上がる。

「随分と、女性に人気のお店なんですね?」

空いてる席に腰かけたあと、茉莉花にそう話すと、事も無げに返された。

「あぁ。ここは男子禁制なのよ」

「え!」

レインは心底、びっくりした。

貴族は男性社会だ。

その城下町に、あえて女性向けの店を作るとは。

「それは…かなり思いきった決断ですね」

「私もそう思うわ。でもそれが良かったみたいよ」

茉莉花は、どこか誇らしげに、店を見回した。

サロンは満席、ショーケースの前にも人が絶えない。

間違いなく人気の店なのだろう。

茉莉花とレインが席についたことを見届けて、席の間を優雅に歩いていた女性が、近づいてきた。

「これは、茉莉花さま。お久しぶりですわね」

しっとりとした大人の微笑みを浮かべたその女性の瞳が、琥珀色だったことに、レインは微かに動揺した。

(王妃さまの瞳に似ている…)

はっきりとではないのだけれど。

醸し出される雰囲気が似ている気がする。

「お久しぶりね、オリガ。最近はどうかしら?」

きびきびとした所作で水を配りながら、オリガと呼ばれた女性は、ふんわりと首を傾けた。

きっちりまとめたお団子から少し解れた亜麻色の髪が一筋、優雅に流れる。

「お陰さまで、繁盛しておりますわ。今日はどちらになさいます?」

オリガの問いかけに、茉莉花は微笑んだ。

「今日はジンジャーブレッドでお願いするわ」

「では、ジンジャーを呼んでまいりますね」

(呼んでくる…??)

その言葉に、レインは小首を傾げた。

「茉莉花さま…いまのは…?」

レインの質問に茉莉花は悪戯っぽく微笑んだ。

「ないしょ。まぁ楽しみにしといて♪」

そういわれれば、レインはだまるしかなく。

出された水を一口含む。

それはミントが浮かべられ、スッキリと冷えていて美味しい。

そして、まもなく現れたジンジャーブレッドをみた瞬間。

盛大にそれを吹き出した。

くすんだ金色の巻き髪をスッキリとまとめ、機能的なドレスに身を包んではいたけれど。

少しつり上がった強気な瞳は、輝くようなエメラルド色。

「ヒ、ヒルデガルドさま?!」

間違いなく、それはこの場にいるはずのない、第一側妃だった。

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