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静の姫君と嘘つきの王  作者: うぃすた
揺れる心
25/67

朝の庭

その日、レインは王宮にきて初めて、一人の朝を迎えていた。

どうやら王は、あのまま戻らなかったようだ。

王がちゃんと休めたのか気になったものの。

(うーん、なんていい目覚め!)

それ以上の開放感に、広い寝台で思いっきり伸びをする。

窓からは燦々と日差しが差し込み、清々しいことこの上ない。

(とりあえず、この貴重な時間を無駄には出来ないわ)

先日から気がかりだったあの場所にいくには、今しかないだろう。

(そうと決まれば…急がないと)

レインは勢いをつけて、寝台から立ち上がった。


早朝の庭園は静かだった。

水やりは既にされているようで、花びらや葉の上の水滴が、朝日にキラリと輝いている。

領地では咲かない珍しい花も多く、レインはついつい足を止めてしまう。

(良い香り…香水にしたらどんな風かしら?)

その大輪の花は頭を垂れていたが、その馥郁(ふくいく)たる芳香は、レインを引き付けた。

昨晩、クリスが熱心に語ってくれた一晩だけ咲く花、それがこれなのだろうか。

思わず、子細に観察してしまい、ハッと我にかえる。

(あ、イケナイ…これが目的じゃなかった…でも確かこの辺りよね)

朧気(おぼろげ)な記憶を頼りに、視線をさ迷わせると。

(あ、あそこだわ!!)

記憶の通り、王妃の部屋の傍の花壇に、その黄色い花は咲いていた。

小さな花は愛らしく、まん中の部分が少しだけ赤くなっている。

(この前は黄色だけだったはずなのに…もしかして、色が変わるのかしら?)

何時しかしゃがみこんで、レインは夢中で花を観察していた。

(色が変わる後で、染料に使えるようになるのかしら?うーん…調べてみたい)

今日は見るだけ、と思っていたにも関わらず、やはり持ち帰って色々試してみたくなり、レインは身悶える。

しかし、これを持ってかえれぱ、王に色々と問い詰められることは分かりきっている。

結局は、理性に軍配が上がった。

(今は我慢…こんど王妃様にお願いしよう…)

諦めて立ち上がる。

そして凝った身体を伸ばそうとして、レインはギクリと身を強ばらせた。

誰かの話し声が聞こえた気がしたのだ。


思わず、近くの木に隠れながら伺うと、王妃の部屋の窓から、さっと飛び下りる人影が見えた。

すらりとした黒衣の青年の赤い隻眼。

その赤い煌めきが、此方を向いた気がして、レインは身を縮める。

(なんで…あの人がここに…?!)

今、一番会いたくなかった王に見つかったかもしれない恐怖に、レインは固まった。

身の危険に注意するよう言われた昨日の今日で、ヒルダの差し金とはいえ、刺客にあった場所に一人でいるなんて。

(間違いなく…ヤバいわ…)

今更なから青ざめたレインだったが、王はどうやら気づかなかったようで、何事もなかったように、見送りに出てきた王妃の方を振り返った。

レインはホッと胸を撫で下ろし、じりじりと後退した。

後ろ姿になった王の表情は分からないが、少し頬を紅潮させた王妃の様子からすると、昨日は王妃の部屋で夜を明かしたのだろう。

頭の薄絹は取り払われて、その美貌を余すところなく晒していた。

琥珀に煌めく瞳に、雪のように白い肌、そして桜色の唇、それを彩る亜麻色の髪。

朝日に照らし出されたそれは、女神のように神々しかった。

(王が夢中になるのも分かるわ…)

レインも思わず嘆息する。

レインは初めて、ひれ伏したくなる美貌に出会った気がした。

見とれるレインの目の前で、王がなにかを囁き、王妃はその頬を紅潮させた。

からかわれて、不服そうな王妃に楽しそうな王の笑い声が響く。

(えーと…私、今すごくお邪魔虫…?って言うか野次馬しちゃってる!?)

仲睦まじい二人の姿に、見てはいけないものを見ているようで、今更ながら胸が痛む。

(はやくこの場を立ち去らないと…)

じりじりと後退を始めたレインの目の前で。

王妃がすっと身を屈めた。

王の長い指が王妃のあごにかかるのが見えた。

二人の影が近づいてー重なった瞬間。

レインの足は勝手に動いていた。

すなわち、そこから脱兎のように逃げ出していた。

心臓は破れ鐘のように鳴り、朝の冷たい風が目に染みる。

それでも足は止まらなかった。

(どうして…私、逃げてるんだろう?)

何から逃げているのかすら分からず、滲む涙を堪えながらレインは逃げた。


シリーンは、寝起きでぼーっとする頭を励ましながら、目の前の男に抗議していた。

「…だから、いきなり窓から押し入ってくるってどうなの?」

そんなシリーンの言葉に、ジークは受け流し用向きを告げる。

「今度の夜会で仕掛ける」

その言葉でシリーンの眠気を吹き飛んだ。

「泳がせるってこと?」

「そうだ」

知らず、シリーンは拳を握りしめた。

「それで…ジークはどうするの?」

自分の声が少し震えてることに気づいて、シリーンは深く息を吸う。

(もし…ジークが…)

そんなシリーンの恐れを跳ね返すように、返答は迅速だった。

「…決まってる。王妃を守るさ」

ジークの決意に、シリーンは嘆息した。

安堵した反面、どこか落胆していた。

「…決定的に、レインには嫌われそうだよね」

そこまでいってから、ジークの瞳に、剣呑な光が宿るのが見えて、シリーンは口をつぐんだ。

(何か、レイン関係は地雷なのかな…)

そんなシリーンに、怒りのやり場がないのか、ジークはタメ息をついて、目をそらした。

「とっくに嫌われてる。色々やったからな」

さらりと流す声音に、かすかに流れる後悔の念にシリーンは首を捻る。

(ジークらしくない、よね…)

嫌われることに慣れているはずのこの王が。

珍しく嫌われることを恐れている気がして。

「…そんな訳で、梟が来るからな。上手く使え」

「りょーかい」

ふざけて敬礼してみせるシリーンを、何か言いたげに見たものの。

結局は、無言でジークは窓から飛び下りた。

そして、舌打ちした。

「…あれだけ釘さしたのに…コレか」

目に見えて不機嫌になる、ジークの視線を追って、シリーンは吹き出しそうになる。

本人は隠れているつもりなのだろうが。

(全然隠れてませんから…!)

木からぴょこんと除く白い顔。

その珍しい菫の瞳に怯えを見てとり、シリーンはジークが釘をさしたことに思い至る。

(大方、過保護なこと言ったんだろうな…全く極端過ぎるんだから)

しかし、いつになく感情が表に出ているジークが面白すぎて、つい余計な一言がでた。

「ジークも好きな相手には弱いんだね?」

からかうように告げれば、ジークの眉がぴくりと持ち上がった。

そして、ニヤリと微笑まれる。

「…ジークも?」

強調された言葉に、自分の失言に気づいた。

(全くコレだから…可愛くない!!)

真っ赤になりながら、憮然とするシリーンに、ジークが声をかける。

「ちょっと顔を貸せ」

「え?あ、そーいうこと」

一瞬戸惑った後、ジークの意図が読めて、シリーンは身を屈めた。

こうすればレインからは、二人がキスしているように見える、はず。

(気まずくさせて、にげさせたいわけね?)

(うぶ)な彼女なら、当てられてイチコロだろうが。

上手く行ったか不安になって、シリーンは横目で彼女を伺った。

そして、驚きに目を見張る。

今にも泣きそうな顔で走り去ったレインの姿は、まるで―

「ジーク…やり方、間違えたかもよ?」

思わず声をかけて、シリーンはタメ息をついた。

まるで分かってない顔のジークが、急に憎らしく思えて思いっきり頬をつねる。

抗議の声は無視した。

女の気持ちを弄ぶ輩は、成敗されて当然なのだ。

(こっちの気も知らないで…)

夫婦の攻防は暫く続き、そのあと何故か赤い王の頬に、使用人の間でさまざまな憶測が飛び交うことになったのはーまた別のお話。


何度か誤って削除してしまい、心が折れました…。マダマダ亀更新続きます。

この山を越えれば…きっと明るい景色があるはずなんですが…先は長いです。

伏線回収ってむずかしいです…

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