満月の庭
※今回は少しBL的展開です。
まぁ今後発展しませんので笑、よろしければおつきあいくださいませ。
「わぁ…」
月夜の庭園に、クリスは思わず歓声をあげた。
夜の花は昼間に比べて、控えめなのにどこか妖しく、クリスを惑わせる。
(やっぱり来てみてよかった…)
領地を離れたのは、ついこないだのことなのに、遠い昔のように感じられる。
花に対する注意点は、全て庭師に申し送りして、本来は私の仕事ですからと、釘を刺されたことすら懐かしい。
久々の植物の気配に、スキップする位浮かれ、調子にのってターンしたところで、何かに躓き、クリスは派手に転倒した。
「った…!」
「いて!!」
自分の声以外に聞こえた気がして、素早く辺りを見渡すと、そこには足を押さえた若者の姿があった。
どうやらターンしたときに、足を引っ掻けてしまったようだ。
クリスは慌てて立ち上がり、若者に平謝りした。
「あ、すみません…いるとは知らず、失礼しました」
「い、いや!こっちもつい見とれて…な、なんでもない!!」
何故か慌てる若者の瞳は琥珀色で、闇に紛れるような髪と服装から、唯一浮き出るように見えていた。
「こんな所で何をしてるの?」
足を庇いながらも立ち上がった若者の問いかけに、一介の侍女である自分が、夜の庭園に忍んでいるという状況がどういう疑いをもたらすかに思い至り、クリスは青ざめた。
その様子に、何故か若者も狼狽えた。
「ど、どうした?怒ったりしないから話してみて」
その優しさに、クリスの瞳が潤む。
「わ、私大変なことを…あ、エレイン様は関係ないんです!!夜に忍んで王妃さまを害そうなんて、思ってないんです!!」
自分のしでかしたことに焦るあまり、若者につかみかかってしまう。
「ちょ、落ち着いて?わかったから!」
年下らしき若者に必死で宥められて、クリスは恐る恐る上目遣いで相手を窺うと、若者は何故か鼻をおさえていた。
(どこかにぶつけたのかな?)
「あの…本当に誓って見たい花があっただけなんです」
若者は鼻を押さえたまま、クリスに問い返す。
「み、見たい花とは?」
その質問に、クリスはにっこりと微笑んで答える。
「たぶん温室のなかだと思うんです。あれは匂いが強いから、外にあればたぶんわかると思うので。…ご一緒にいかがですか?」
「え?!」
戸惑う若者の手を取って、クリスは歩きだす。
こうして誰かと一緒にいれば、あらぬ疑いをかけられても切り抜けられるだろう、という計算もあったが、単純にあの花を一人でも多くの人に見せてあげたい、という気持ちもあった。
果たして、それは温室の一角で、夜目にもぼんやりと光輝いて見えた。
独特の馥郁たる芳香を、クリスは胸一杯吸い込む。
まるで蝶になったように、誘われてしまう自分を抑えられなかった。
「これは…」
たずねてくる若者の声にも、どこか上の空で答えた。
幾重にも重なる花弁の美しさに。その芳香に。凛とした佇まいに、相応しいその名を。
「"月下美人"という花ですよ。一年に一度満月の夜に咲く、と言われています。とっても美しいのに、たった一晩で枯れてしまうのですよ。でも、とっても美しい花でしょう?」
その言葉に、どこか陶然とした若者の声が返ってくる。
「あぁ…美しい…」
思わぬ心からの同意に、クリスは満面の笑みで彼を振り返った。
「分かっていただけて嬉しいです。付いてきて下さってありがとうございました!」
目的の花を見れたクリスは、この喜びを少しでも早く姉に伝えたくなって、挨拶もそこそこに早足に温室を立ち去った。
後にはただ、呆然と立ちすくむ若者がいるのみ。
「…妖精の名を聞きそびれたな」
そしてその独り言は、ただ月下美人だけが聞いていた。




