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刑徒の恩送り  作者: 鯖欄
第一章

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3話 始まりの日

登場人物

元囚人女性、洗脳の使い手 主人公 セーレ

無職の青年 マーク

セーレの仲間、癒しの使い手、老婆 ヘーゼル

ヘーゼルの孫 ミーア

「呪いですか?」

 マークは、その言葉を聞いて、少し胸が痛くなった。

「あぁ、私とセーレは呪いを受けたんだよ」

 ヘーゼルは、セーレをうつ伏せにして、背中の衣服だけを捲った。拷問を受けていたのか、体中、傷が目立つ。特に背中の大きな斜めの切り傷が印象的だ。

「久しぶりに見たが、この傷は消せないね」

「この大きな傷は何ですか?」

「この傷は、三年前のもの。相変わらず、凄まじい切り傷だね」

 ヘーゼルは、セーレの体を仰向けにし、口を開けさせて、歯の状態を覗き込むように確認した。虫歯だらけで、抜けた歯も複数あった。

 ヘーゼルは抜歯鉗子を手に取り、歯を乱暴に抜き取っていく。

「これはダメ、これもダメ、この歯もダメ……面倒だね、もう全部抜いてやる」

 セーレの歯はすべて抜き取られた。ヘーゼルが下着に手を掛けようとし、手を止めた。

「おい、マーク」

「これほどの傷を受けていたなんて、知らなかった」

「いや……そうじゃなくて……」

「そうだ。呪いって、一体誰に受けたものなんですか? 彼女のことをもっと、知っておきたいんです!」

「で……け……!」

「へ、何ですか。聞こえないです。もう一回、言ってください」

 マークはどこか惚けた顔をしていた。ヘーゼルは呆れた表情で、指示を出した。

「これからセーレを全裸にするから、男は出ていけって言ったんだよ!」

「失礼しました。すぐに外に出ていきます」

 玄関ドアをマークは開け、流れる動作で閉める。マークが出ていくのを確認すると、セーレの下着を脱がせ、全裸にした。

「あれから三年間、収監されていたんだね……この傷跡から、かなりの拷問を受けていたんだね。泣き虫だった、あんたも、もう一生分は泣いたんじゃないかい」

 ヘーゼルは、両手を青く発光させ、痛々しい傷に優しく触れた。先程の応急処置の色よりも、さらに濃い青色の手をしていた。


「大丈夫だろうか?」

 あれから、二時間が経った。マークがウッドデッキに座っていると、家のドアが開いた。

「終わったよ」

 扉の隙間から、ヘーゼルが顔を覗かせていた。

「セーレは?」

「治療できるところは、全て元通りに戻したよ」

「そうですか」

 淡々と、マークは答える様子に、ヘーゼルは忠告を切り出した。

「あんたは、なぜ、セーレと一緒にいるのか知らんが、悪いことは言わん。早めに手を切った方がいい。遅かれ早かれ、彼女と関わったものは、必ず不幸になる」

「不幸ですか? それも呪いと関係があるのですか?」

 ヘーゼルは煙草を左手に持ち、右手のライターで火をつけ、一服した。

「大アリだね。これは独り言だが、聞いてくれるかい?」

「はい」

 煙草の灰を受け皿に落とし、ヘーゼルは上空に舞う白い煙のうねりをぼんやりと見つめた。もう一度、口に咥え、深く煙を吸い、吐いた。

「昔、十二人の能力者がいた。

 お互いに関わり合いもなく、各々の生活をしていました。

 ある時、一人の男が、この世界を揺るがす力に目覚めました。

 その男は、この世界の平和のため、同じ能力のある十一人を集めました。

 十二人は言論の自由を謳い、不(・)自(・)由(・)を(・)強(・)い(・)る(・)者(・)達(・)と戦争を始めました。

 数では圧倒的に不利でしたが、十二人の力は圧倒的でした。

 その勢いで、敵勢力をあと一歩のところまで追い詰めることができました。

 しかし、一抹の不安が男を惑わせてしまうのでした。

 その原因が、銀髪に赤い瞳の美しい少女でした。

 男は少女に好意をもちましたが、別の男が好きということを知り、嫉妬心で気が狂い――」

「ちょっと。話長いし、勝手に無関係の人にペラペラ話さないでくれる?」

 ヘーゼルの話に割り込み、セーレが睨み、ゆっくりと、近づいてきた。

 治療直後で子鹿のように、セーレは足をプルプルさせていた。


「お早いお目覚めだね」

 ヘーゼルは呆れた様子だった。

「大丈夫なのか?」

 マークは驚くしかなかった。

「ちょっと、ヘーゼル! 傷の治療と歯の再生に関しては、大いにあなたに感謝してるわ。けど、そこの無関係な人を巻き込まないでくれる」

 セーレは、ふらつきながらも歩き出した。途中、足がもつれ膝をついてしまった。マークが駆け付けようとしたが、「来ないで!」と言い、再び立ち上がった。

「いつまで戦い続けるんだい? 過去に私達は不自由を強いる者達へ戦いを挑んだが、私達は負けた。その結果が今の世の中だ。それに一人の力では絶対に勝つことは不可能だ」

 ヘーゼルの諦めの助言に対し、セーレは歯向かった。

「不可能ね、嫌いな言葉の一つだわ」

「それはお前が一番よくわかってるはずだ」

「わかりません」と、セーレはとぼけた顔をした。

「何よ、そんなのやってみなきゃ、わからないじゃない」

「背中の傷、痛むんじゃないかい? それは私達の敗因となった出来事であり、お前に深手を負わせた張本人。私はお前を嵌めた訳ではない。全てはあの男の策略……」

「アーネス……」

 急に空気が重たくなってきた。マークは、二人の会話に入れず、黙って話を聞いていた。

「彼の過去の行いは、決して許されるものではないわ。でも、気の迷いを作ったのは、私が原因よ。そんな過去は、とっくに時効で水に流してあげるわよ。それに、今の私達には彼の圧倒的な力が必要よ」

 セーレは目を輝かせるも、ヘーゼルは目を伏せた。

「そうか、お前は知らなかったね」

「知らない? 何があったの」

 マークは疑問しか湧かない。頭で考えるも情報不足であり、ヘーゼルの返答に注目した。

「言論禁止思考概念を提唱し、今の世の中を構築したのはアーネスだよ」

 セーレは、唖然とした。

「まさか、いや……彼に限って。そんな筈はないわ。あんまり酷いことを言うから、嘘、ついているのよね?」

「全て事実だ。私はこの目で見たからね」

「ありえないわ。彼、言ったじゃない。聴衆者の意見は大切だ。それを弾圧しようとする社会は間違ってるって……」

 平静を装うセーレも、頬には一雫の汗が滴り落ちるのであった。


 セーレは、ヘーゼルの話を聞いて俯き、少し落胆したような顔もしていた。その顔を横で見ていたマークは、何か気の利いたセリフでも言ってやろうと思い立っていた。

「君が気にする必要はない。それは過去のことだ」と言いかけたが、セーレは迷わなかった。

「まぁ、仕方ないよね。彼がどう考えて行動したのか、何か理由があるはずだし。私は三年も牢屋の中だった。彼と私の目線はズレるもの。それに、今は何が真実かわからないしね」

 さらに目が輝くセーレに、マークは渋顔になった。

「あの……」

「何か言った?」

「いえ、何でもないです」

 マークは彼女の切り替えの早さに驚いた。悔しく納得ができず、もう少し悩んでと願う。そして、「俺に慰めのセリフを言わせる機会をくれよ」と頭の中でツッコんだ。

 仕方なく、マークは話題を変えようとした。

「あのう、ところでヘーゼルさん。呪いについては……」

 セーレはすぐに割り込んだ。

「あなたもしつこいわね、その話はナシ」

「……だそうだ。悪いね」

 マークの言葉はことごとく一蹴された。「もう何も言うな」ということなのか、と落胆するしかなかった。

「うふふ、なら私も自由にやらせてもらうわ」セーレは意気揚々だった。

「せっかく自由になれたんだ、もう十分だろう? 大人しく自由な生活を謳歌すれば良い」ヘーゼルは自制を促した。

「私、直接アーネスに会いに行って、聞いてみる」

 その発言を聞いたヘーゼルの顔が一層険しくなった。

「それだけは絶対に止めておいた方がいい。今の奴は、昔のアーネスではない。お前が牢屋にいたことは、奴も知らないはずだ。寧ろお前は死んだ者と思っている。それに、お前が生きていると知ったら、何をされるかわからんぞ」

 急な険しいヘーゼルの顔にセーレは戸惑った顔をした。

「何よ、何をするのも私の自由でしょう」

「忠告はしたぞ」

 ヘーゼルは、煙草を灰皿の中へ入れ、起き上がった。家の中へ入り、何かを手に取り、また戻ってきた。

「お前の髪と瞳は目立ち過ぎる。これを持っていきな」

「これは?」

 手渡された物をセーレはにぎにぎと触った。

「クライから貰ったものだ。羽織るだけで髪と瞳の色を変える代物らしい。もともとお前向けに作られたものだとさ」

「変人のクライからって、何これ? 黒いマフラーなんだけど」

「いいから羽織っていけ。脱獄生活を生き抜く、手助けにもなるだろう」

 セーレはマフラーをしてみる。髪と目の色は黒へと変わった。驚いたのも束の間、すぐに普段どおりの表情へ戻った。あっと言う間に順応した。

 ヘーゼルに対し、セーレは一番聞きたいことをぶつけた。

「それと、最後に私の神器について何だけど……」

「お前の神器か。確かアーネスに斬られた後、一緒に滝壺へ落ちたんじゃないか」

「そうなんだけどさ。目覚めたとき、川の下流で、保衛団に捕まっちゃったし、どこで落としたのか、わからないんだよね。へへへ……」

 セーレの開き直り、寧ろヘーゼルの情報に縋(すが)っているようだ。

「それなら、クライに頼るしかないね」

「やっぱり、あの変人か。話が噛み合わなくて、嫌いなんだよね。あ、そうだ。ヘーゼルも一緒に……」

「お断りだ。もう静かに余生を過ごさせてくれ」

 ぼんやりとヘーゼルは上空を見上げている。セーレには、その姿がどこか終わりを受け入れた人のように見えた。

 ヘーゼルは家の中をガサゴソと探して戻ってきた。そして、クライの居場所を地図に書き込み、セーレに手渡した。

「ありがとう。ねぇ、もう一つ聞いていい?」

「何だ?」

「あなたの神器が見当たらないのだけど。どこにあるの?」

「あぁ、私の神器は二度と使わないように封印した。もう使うことはないと思う」

「そうだったの、わかったわ」

 セーレは起き上がろうとしたが、立つことができなかった。

「お前は治療後だろう。もう少し安静にしないとダメだろう」

 そう言うと、ヘーゼルはマークを手招きした。的確な指示を受け、マークは手際よく血で汚れた車椅子を川の水で洗浄した。丁寧に布巾で水気を拭き取ると、車椅子の上にセーレを乗せた。

「今日は泊めてやる。但し、明日の朝一には出て行ってくれ」

「わかりました、ヘーゼルさん。ありがとうございます」

 マークは、セーレをベッドへ移動させた。横になり、数分で、彼女は眠りについた。

(セーレも寝た。よし、これで呪いについて、ヘーゼルさんから聞ける。セーレには無関係って言われたが、ここまで一緒に着いてきたし、呪いって何なんだ?)

 マークは、後方を振り返った。気になる疑問をぶつけようとした。

「ヘーゼルさん。さっきの呪いについて、教えてください」と言った、すぐに後悔した。

 既にヘーゼルも眠りについていた。この部屋で起きているのは、マークだけだった。内ポケットのウィスキーボトルを手に取った。そして、クイッと一杯、独り晩酌をやり、明かりを消し、眠りについた。

(何だよ、ちくしょうが)


 次の朝。

 マークは顔に違和感を覚えた。何やら、顔が痒い。頬に丸や四角の落書きがされているような感触がした。そっと、目を開ける。小さな女の子がクレヨンで落書きをしていた。

「君は誰かな?」

「私、ミーアだよ。おじさんは誰?」

「ミーアちゃん、おじさんじゃなくて、お兄さんだよ。まだ若いよ」

「いつまで寝てるんだい、早く起きろ!」

 早く追い出したいヘーゼルが現れた。

「あ、おばあちゃん」

「おばあちゃん?」

「そうだよ、ミーアは私の孫だよ」

 じっくりと二人の顔を見比べ、一言告げた。

「へぇ、ヘーゼルさんも若い時は美人だったんですね」

 ヘーゼルはにっこりと笑い、マークの腰あたりを手で掴み、窓から外の川へ投げ飛ばした。

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