十五話 標的
登場人物
元囚人女性、洗脳の使い手 主人公 セーレ
セーレの仲間 マーク、ビィシャア
魅惑の男爵 ルーサー、眠りの誘う女性 テマ
セーレ、マーク、ビィシャアは、満月亭からほど近い距離の飲食店で夕食を楽しんでいた。
「乾杯!!」
ジョッキ片手に、発泡酒の安酒が進む。
セーレはあっという間に飲み干すと二杯、三杯目とハイペースだ。
四杯目に入る頃には、セーレはべろべろに酔っ払っていた。どうやら、アルコールには弱く酔いが回りやすいらしい。
「そのくらいにしておいた方が……」
「あたし、まだ酔っ払ってねぇーわよ!」
マークは、ふらつくセーレを介抱するように見守っていた。普段は気の強い彼女が、こんなにも無防備になるとは思わなかった。
少し赤くなった頬に、いつもより緩んだ表情。言葉遣いまで変わってしまった彼女を見ていると、心配する一方で、どこか微笑ましくもあった。
(まったく……こんな姿を見せられたら、放っておけないじゃないか)
マークはセーレと介抱する姿に、ビィシャアは思わず頬を緩めた。
(うん……酔ったセーレは新鮮な感じね。可愛い……)
ジョッキを飲み干し、セーレはおかわりを要求。しかし、マークはそれを却下。
「なんでよ〜アンタ。はじめてぇ会ったときもケチだったわね」
「飲み過ぎだよ」
マークは、彼女のジョッキを奪い取り、自身のジョッキ近くに置いた。
「何すんのよ〜返しなさいよ」
「はい、水」
マークは、グラスに入った水をセーレに手渡した。
「ちぇっ……」
不機嫌そうに唇を尖らせながらも、セーレはグラスの水を飲み干した。
そんな彼女を見て、マークは小さく息を吐いた。
(こうして隣にいられるだけでも、俺には十分なのかもしれない。だけど、できることなら、もう少し俺を頼ってほしい)
彼女の記憶に自分の名前が残っていなくても、構わないと思おうとしていた。それでも、いつか自分の名前を呼んでほしいという願いだけは、どうしても捨てられなかった。
「わかったわよ〜。アンタが気になってる、この街のこと話してやるわよ」
「えっ……」
突然の申し出に、マークは目を丸くした。
「なによ、その顔。聞きたいんでしょ?」
「ああ、もちろん」
マークは、彼女の話を聞き逃すまいと姿勢を正した。
酔っているとはいえ、セーレの口から何が語られるのか。少しばかり不安もあったが、彼女が自分から話そうとしてくれたことが、何より嬉しかった。
「あれはね、戦時下のときに——」
エドモンドの死の一週間前。
セーレは夜の王城にいた。王城へ来た目的は神器回収だ。そもそも神器とは、王城の職人達が作った最高傑作であり、誰も使いこなせない無用の超物だった。
そこに忍び寄る影たち、侵入者が現れた。
人数は六人。
影は神器回収のため、王城の商業地区にある下水の排水口近くに集合した。
筋肉隆々な女性——テマは威圧的な口調で、セーレに文句をいう。
「おい、セーレ! お前が何で一緒なんだよ」
「私は味方よ。そんな言い方しなくても……」
「はぁ、良い子ちゃんみたいな言い分だね」
「もん、私はあなたに何か酷いことしたかしら?」
セーレは困ったように眉を下げた。テマが自分に敵意を向けていることは、以前から気づいていた。しかし、その理由まではわからない。
「いや、お前みたいな綺麗な顔の女を見てるとムカつくんだよな。同じ女なのに、こうも違うのかって」
あまりにも理不尽な言い分だった。
セーレは小さく息を吐いた。容姿を理由に嫌われることには慣れていた。恐れられ、妬まれ、時には憎まれる。自分の存在そのものが、誰かの感情を逆撫ですることもある。
それでも、今は仲間同士で争っている場合ではない。
横柄で反抗的な態度に呆れるも、セーレは何とか説得を試みた。
「そうなの、ムカついても同じ仲間よ。協力はしましょうよ」
「冗談じゃねぇ」
テマは、持っていた槍をセーレの顔目がけて突き刺そうとした。
その瞬間、セーレの表情から柔らかさが消えた。
白い髪が銀髪へと変わり、深紅の瞳が強く輝く。槍を握るテマの腕が、意思に反してぴたりと停止した。
「ちっ、手を操作しやがったな」
「それが、どうしたの?」
セーレは動じることなく、テマを見つめた。
できることなら、こんな力を仲間に使いたくはなかった。相手の意思を踏みにじることが、どれほど残酷なことなのか、彼女自身が誰よりも知っているからだ。
しかし、無抵抗で殺されてやるつもりもない。
「気にいらねぇな」
テマの険しい表情を見ても、セーレは言い返さなかった。ただ、銀色に変わった髪を揺らしながら、静かに槍の穂先を見つめていた。
(どうして、仲良くできないのかしら……)
力強く振り回された槍をテマは自在に操り、逆三角形のたくましい背中。髪型は黒のショートカットで男性のような体つきだった。
背筋が凍るような殺気。テマは肩を落とし、いつでも槍を振るえるように重心を低くした。どうやら、本気で臨戦態勢に入ったらしい。
セーレは、彼女の構えを注意深く観察した。鍛え上げられた肉体に、迷いのない眼差し。単なる虚勢ではない。実戦を幾度も潜り抜けてきた者の構えだった。
(ずいぶん好戦的な人ね……でも、引くつもりはないみたい)「あなた、本気なの?」
セーレは表情を変えずに問いかけた。できれば争いは避けたい。しかし、相手が本気で向かってくる以上、こちらも手加減できるとは限らない。
「その反抗的な目。ますます気にいらねぇな」
テマの挑発にも、セーレは動じなかった。深紅の瞳を細め、相手の目を真っすぐに見据える。
「そう。なら、ここで力の違いをわからせてあげるわ」
普段の穏やかな口調とは裏腹に、その声には一切の迷いがなかった。セーレにとって、力を誇示することに興味はない。ただ、仲間に牙を剥く相手を黙って見過ごすほど、お人好しでもなかった。
「望むところだよ」
二人が一触即発しそうな場面を止めたのは、ルーサーであった。
「テマちゃん、セーレちゃんも落ち着きなよ。我慢できないのなら、後でベッドで可愛がって、あ • げ • る !」
「いや……いいや」
「……キモい」
ルーサーの発言に、セーレとテマは気持ちがいっきに冷めた。二人の争いをあたふたしながら見ていた歩兵部隊の三人も、ほっとしていた。
「こほん。取り敢えず、私が眷属にした動物達によれば、潜入ルートと見張り番はここですね」
ルーサーは、軽いデッサン調で王城の見取り図と、各地区の見張り番の配置を描いてみせた。
「お前、非戦闘員なのに、こんな得意技あったんだな」
「ほんとね、絵が上手でわかりやすい」
「セーレちゃん、ほんと嬉しいな……」
「私たちは何をすればいいかしら?」
彼女は反応しない。ルーサーに興味がないようだ。
「……そうだね。神器の回収は、私が操る眷属のカンガルーたちがやってくれるよ。君たちは、カンガルーとオオワシ達が王城へ潜入する間、門兵を行動不能にしてくれれば問題ない」
テマは血の気が多く、暴れたがっている。
「そんな役回りか、あたしは暴れたいね」
「堪えてくれ。この作戦は見張り連中の洗脳と行動不能が目的だ。つまり、君たちが適任なんだよ。そうだろう、見えざる断罪者であり洗脳のセーレ。そして、夢の世界の誘い者であり眠りを誘発させるテマ」
お互いの顔を一瞬見て、すぐに前を向く。
「そう、任せておいて」
「あぁ、コイツより格上ってことを証明してやるよ」
その言葉を聞き、ルーサーは目を閉じる。
別の場所に待機していたオオワシの背中にカンガルーが飛び乗り、王城を目指し飛び立った。
「さて、私たちも行動開始ね」
セーレとテマは、下水道の排水口から、それぞれ別方向へ飛び出していった。
歩兵部隊三人には、眷属を操る無防備なルーサーの護衛を担当させた。
「ここが、王城の行政地区ね」
セーレは周囲を見渡しながら歩き、見張り番と思しき人物たちに次々と洗脳をかけていった。
能力は相手を視認できれば発揮できる。もちろん、目が合っていれば、より深く洗脳することも可能だ。セーレの感覚では、一度に操れるのは百人ほどが限界だった。また、洗脳以外にも人体の細胞に干渉し、相手の肉体を爆散させる応用攻撃もある。
その頃、別地域ではテマが能力を発揮していた。
「さて、お前らは寝ちまいな」
テマは口元を緩め、周囲に白い霧を漂わせた。彼女の能力は霧を操ること。その無味無臭の霧に触れた者は、次第に眠気に襲われ、やがて意識を失う。
荒々しい性格とは裏腹に、広範囲の敵を無力化できる便利な能力だった。そのため、王政地区の制圧を任されていた。
唯一の弱点は、霧が風の流れに左右されやすいこと。しかし、本日は無風。まさに絶好の条件だった。
「さて、王城の連中は寝たかな。後は……」
テマは槍を肩に担ぎ、周囲を見渡した。任務そのものは順調だった。だが、彼女の頭からは、先ほどのセーレとのやり取りが離れなかった。
(あの女……何様のつもりだよ)
自分の手を操られた屈辱が、今も胸の奥で燻っている。能力で人を支配する女。そのくせ、涼しい顔で正論を並べる態度が気に入らなかった。
一方、セーレは行政地区の見張り番の洗脳を完了させていた。
ルーサーが用意した眷属動物たちも、無事に王城へ潜入できたようだ。
「ふぅ……これなら、ひとまず安心ね」
セーレは周囲を確認し、任務が順調に進んでいることに安堵した。自分でも意外だった。初めて訪れる王城にもかかわらず、道に迷うことなく、見張りの配置や警備の状況にも対応できている。
(思ったより、うまくいっているじゃない)
少しばかり気が緩んだのか、彼女は行政地区にある人気のない公園を見つけると、ベンチに腰を下ろした。
夜風が頬を撫でる。銀色の髪を指先で整えながら、セーレは小さく息を吐いた。
束の間の休息。こうして静かな時間を過ごせるのも、任務が順調だからこそだった。
しかし、その安らぎは長く続かなかった。
何者かが近づいてくる気配。セーレはすぐに顔を上げ、相手の姿を確かめるように目を凝らした。
そこに現れたのは、見覚えのある筋骨隆々の女性だった。
「何であなたがここに?」
セーレはベンチからゆっくり立ち上がった。警戒心を強めながらも、相手の出方を窺う。
「よう。やっぱりお前とは、決着をつけないと気が済まねぇんだよ」
テマは槍を手に、獲物を見つけたような笑みを浮かべた。
セーレは呆れたように眉を寄せる。
「まだ根に持っているの? 私たちは任務の途中なのよ」
「うるせぇ。お前のそういうところが気に入らねぇんだよ」
テマの足元から、薄く白い霧が這い始めた。
セーレはそれを見逃さなかった。先ほどまでの不機嫌そうな表情が消え、深紅の瞳に警戒の色が宿る。
(なるほど……今度は能力を使うつもりね)
相手が何を仕掛けてくるのか、セーレにはまだわからない。それでも、先手を許すつもりはなかった。
テマとセーレ。行政地区の公園で、仲間内のいざこざが再び始まろうとしていた。
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