十一話 この者を処刑する
登場人物
元囚人女性、洗脳の使い手 主人公 セーレ
セーレの仲間 マーク、ビィシャア
過去の仲間、顔だけの男 ルーサー
他
「私はあなたが憎いし、一生恨むかもしれません」ビィシャアは少し真剣な目でセーレを見つめたが、それを気にせず彼女は返答した。
「好きなだけ憎みなさい」
「ふふふ、あははは――――」
お互いに笑い合った。
ビィシャアは、セーレより若い印象。ボサボサの黒髪から見える目は、くりくりで愛らしい。セーレが抱き寄せた彼女の体が大人しくなり、少しだけ距離を取った。
「せっかくの砂漠のオアシスだし、水でも飲みましょうか」
「はい、飲みたいです」
二人とも喉が渇いていたのか、オアシスの水をがぶ飲みした。思わず、二人の間に笑みが溢れた。
「はっ……気が緩み過ぎました」
「いいじゃない、お互い喉が渇いていたんだし」
少し頬を赤らめたビィシャアが、恐る恐るセーレの顔を窺う。まるで、子供が悪いことをして、叱られまいと隠しているようだ。その様子に「ふふふ」とセーレは笑いを堪えた。
「あなたに聞きたいことがあるわ」
「……何が聞きたいですか?」
突然の質問に、ビィシャアは心の準備ができていなかった。
「あなたの使役していたオークとインプについてよ」
「あれですか」
少し安堵の表情で、彼女の話を聞いた。
「私はあの類の生き物を見たことがあるわ。もしかして、無駄に顔が良い男から何か渡されていないかしら?」
「どうして、それを知っているの。そう、これをもらいました」
ビィシャアのポーチから黒の石を取り出した。
丸くて、三角のマークが中心に刻み込まれていた。セーレは「それを貸してくれ」と頼んだ。
「こんなものは、こうしてやる」
足を上げる。
マサカリを振るうように、オアシスの水へ投げ入れた。ぽちゃんと沈み、水の気泡がぶくぶくと泡立った。
何かが勢いよく、浮上した。「その生き物はネズミ?」
「間違いない、これは奴が眷属としたネズミだわ」
「このネズミは、何なの?」ビィシャアは驚くしかなかった。
オアシスから這い上がり、チュー、と愛嬌を振りまき、近寄ってくる。
「こいつらは、ある男に魅了されているの」
「魅了?」
「そうよ、顔だけが取り柄のクズ男。魅力の男爵ルーサー」
ルーサーの驚くべき『クズの所業』をセーレは話し出した。
まず、女を泣かせる。
格好をつけて女を口説く。他に可愛い子がいれば、すぐ乗り換える。
次に、仲間以外の男は絶対覚えない。
戦時中、支援班を労うのも女性だけ。男性は目の前から「消えろ」という。
最後に、アイツは女垂らし。
気に入った女性は、地の果てだろうが、どこまでも追いかける。
「そうでしょう? 眷属を操るクズヤロー、ルーサー!!」
「いやいや、久しぶりに会ったのに、酷いじゃないか、セーレちゃん」ネズミが目を青く光らせていた。
「残念だな。せっかく、セーレちゃんを口説くチャンスだったのに」
「えっ、キモい」
「その発言酷くない」
「いやらしい」
「えっ……言葉遊びしてる?」
「…」
「黙らないでよ、セーレちゃん!」
眷属ネズミ(ルーサー)とのやり取りに思わず、セーレはため息が出た。このルーサーという男の言動は、まるでチャラ男そのものだ。引いても、めげずに押してくる。
大抵の女性は、整った顔立ちにメロメロになるが、セーレはこのクズ男の本質を知っている。だからこそ、できれば関わりたくなかった。敢えていうならひとつ。「キモい」
「えっ……二回も言う? 酷くない?」
「あの……」
ビィシャアがしびれを切らし、ネズミとセーレの会話に割って入った。
「あなたは、私に黒の石を託しました。その力で、オークとインプの眷属を得ました。なぜ、お力を貸してくれたのですか?」
「……それはがっかりするから……聞かない方が」セーレは二人の間に割って入るが、遅かった。
「良くぞ、聞いてくれた。では説明しよう」
「うわぁ、キモい」
セーレは、露骨に嫌そうな顔をした。
その姿はペットの異常行動に、同情するような哀れみの表情だ。それとは相反し、ネズミは悠長に喋り始めた。
「私と初めて会った君は、セーレに深い恨みを持っていた。説得しようにも止めることが出来ず、監視の名目で、この黒い石を託したんだ。直接セーレと対面すれば誤解が解けるんじゃないか、と思ってね」
「えっ……まともな返答……」
「騙されないで。なら、なぜ、もっと早く助けに入らなかったのよ」
眷属ネズミにかけられる圧がより一層強くなった。傍から見れば、動物虐待をしているのでは、と疑われてもおかしくないほどだった。
さて、ルーサーの助けに入らなかった返答はいかに。
「実は、君がピン……」
「何よ、聞こえないじゃない。もっと大きな声で言いなさいよ」
「だから、君がピンチにな……」
「言いたいことは、はっきりと言いなさい」
「あーも、君がピンチになるのを待っていたんだよ。もうシチュエーションは考えていたんだ。そう、ラブロマンス作戦さ」
「もういいわ」
「君が追い詰められて、石から……」
「もういいって、言ってるでしょう!」
セーレの髪色が白髪から銀髪へと変わり、眷属ネズミに洗脳の術を施した。
あなたは「クズからの指令を受けず自由よ。さぁ、野生に帰りなさい」と。
ルーサーの声は聞こえなくなり、ネズミは茂みの中へと消えていた。一悶着解決し、何やらバイクのエンジン音がこちらへ近づいてきた。
マークだった。
「やっと見つけた……無事だったかって……お前はビィシャア=エドモンド!」
「あら、彼女は敵ではないわ。一時休戦中」
「そういうことにしました」
「へっ……どういうことなの……?」
バイクの排気筒には爽やかな空気が流れ出た。電流音もせず、静寂と調停が混じり合う。青年が安堵する中、彼女たちの反応は平静だった。
マークは、セーレとビィシャアのそばまで、バイクを徐行し近寄った。
「とりあえず、どこかで体を休めたいわ」
「それなら、セーレ。私の村へ招待するわ」
ビィシャア、ぐっと身を寄せてきた。
「……村か、ありがたいわね。それなら、あなたに案内をお願いしましょうかしら」
「えーと、ビィシャアさん。バイクは二人乗りなんだが、君の村はここから遠いのか?」
「遠くはないわ、それに私にも移動手段ならあるわ」
ビィシャアのポーチから石を取り出した。石が勢いよく火柱を上げた。
「中二病でも発症したのか」とセーレは心配になった。
ビィシャアは火が消えると、握った手を開いた。赤い石が輝いていた。その石を上空に投げる。
「何をしたんだ?」食い入る様にマークは見つめた。
「今からよ、見てなさい」
砕けた石は、地面に落ちた。
触手みたいに柔らかくなり周囲のオアシスの水、地面の土、草花を吸収していく。やがて、石だったものは"馬の姿"に変化した。赤い鉱石でできた、ガラス細工のような美しい鉱石に見えた
「私はこれに乗っていくわ」
「凄いな、これは何なんだ?」
「これはね、このブレスレットのおかげなの」
「そのブレスレットは宝飾や飾りが施されているな。かなり高価なものなのか」
ビィシャアは少し考えて、返答した。
「高価かどうかは知らないわ。けど、このブレスレットには特殊な魔力が込められているようです」
ビィシャアとマークがブレスレットの話をしてる様子をセーレは、黙って静観していた。
セーレは、そのブレスレットに見覚えがあった。
かつて、召喚術師を輩出し戦時下に参加した一族があった
その名は『ネイサン』。
彼らは鉱石を自在に操るという。
「さぁ、セーレ。案内するわ、私の後についてきてね」
やけにビィシャアに、懐かれてるのは気のせいだろうか。私を憎むといった気持ちは、なくなったのか。そんな気持ちとは、裏腹に彼女は足早に村への道を案内するのであった。
「何か、薄暗い村だな」
マークが見た村の入り口には、何やら異様な雰囲気が漂っていた。家の外壁が全て黒。怪しげな薬を売っている老婆も黒ローブを着用。子供もいるが、笑い声が聞こえない。
「やけに静かだ」
空気が重い。雨上がりのような、じめじめとした湿気を感じ取るマークだった。
「私の家はあれよ」
ビィシャアが指を指した家は、木組みで外壁はやはり黒。もはや、この村のしきたり的なものなんだろう。
「ただいま、ママ」
彼女が玄関ドアを開ける。
開けた先には四十歳そこらの女性がトマトを包丁で切り、サラダを作っていた。彼女は母親に駆け寄り、セーレとマークを紹介した。
「お母様、初めまして。私はセーレと申します」
家の中は、黒で統一はされていない、普通の住居だった。マークは胸を撫で下ろした。どうやら黒一色ではないらしい。
ビィシャアの母親は、料理をする手を止めた。
二人に近づき、挨拶をした。セーレは自己紹介の後に、膝をついて頭を下げた。
「私は、あなた方家族に許しがたい行いをしてしまいました」
「えっ……急に何をなさるんですか」
その行動に彼女の母親は驚いた。
「エドモンド家のご主人は、私たち『言論の自由』の活動メンバー。その方は、偵察部隊リーダーで情報のためなら、命を投げ出すことを厭わない勇敢な人でした」
「知っています。主人は仕事一筋でしたから」
頷きながら、またゆっくりと口を開いた。
「私は、自分の弱さと未熟さで、守るべき人達が殺される姿をただ傍観するしかありませんでした。全て私が不甲斐ないからです。申し訳ございません」
セーレは、頭を深々と下げた。
ビィシャアの母親は、セーレの肩へ優しく手を置き、静かに首を横へ振った。
「あなただけが悪い訳ではありません。私も主人が亡くなって驚きはしましたが、彼も本望だったんだと思います」
「ですが、私が……」
「セーレさん、あなたはお優しいのですね。こうして、一兵士の家族にまで律儀に謝罪してくれる。そのお気持ちだけ、いただいておきますね。どうか自分を責めすぎないでください」
瞳に涙が溢れ、ビィシャアの母親の両手を掴み深々と頭を下げた。
「ありがとう……」
ビィシャアの母親は料理に戻る。
娘に対し「この村の紹介をして」とお願いをした。
セーレとマークは、ビィシャアの案内で村を見学して回る。ある場所が目に止まる。そこは、一際大きな歓声が上がる集団がいた。
「これは、巨大なモニター?」
「そうよ、凄い技術でしょう。なんでも天才発明家が作ったそうよ」
「あぁ、クライか」
どうやら、どこかの内政放送を生中継しているようだ。
「この者を処刑する!!」
セーレは、処刑される罪人の顔を見た途端、急に頭を抑え苦しみ出した。何か記憶の重要なピース。しかし、記憶を封じられているような感覚に襲われた。
あの男を見ると胸が苦しく、張り裂けそうだった。
マークとビィシャアが「どうした?」と心配そうにセーレに近寄る。モニターの音声放送が続く。
「この者は、不敬にもセーレ様の恋人を名乗った。よって罪人は死刑との判決をアーネス様が下された」
モニターには刑の執行を待つ、囚人の前に王城から一人の男が現れた。胸には数々の勲章と白マントを携えていた。
「あなたなの、アーネス? どうして、あなたに何があったの」
彼と彼女のすれ違わない視線。古き面影に仲間の月は困惑した。優しき中にある影の情報を伝達し、理解が及ばない二人の距離は架空となっていた。
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