表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/6

第6話:時を越えた「おかえり」

 白光のなか、僕の意識はアルフレッドの深い精神世界へと溶け込んでいた。

 そこは、果てのない暗闇と、凍てつくような底冷えのする空間。

 中心には、ボロボロの甲冑を纏った一人の男が、膝を抱えて蹲っていた。伝説の英雄アルフレッド。彼の体からは、どす黒い怨念の霧が絶え間なく溢れ出している。

『……誰も来ない。誰も俺を助けてくれない。世界を救ったのに、俺はここで一人で死ぬんだ』

 彼の魂が、百年前の絶望を何度も何度も反芻し、呪いを紡ぎ続けている。

「アルフレッドさん」

 僕は血を流す右目を押さえながら、暗闇の中を歩み寄った。

『……誰だ。お前も俺を嘲笑いに来たのか? 光の当たる世界で呑気に生きている奴らが、俺の何を知っている!』

「僕は何も知りません。あなたがどれほど恐ろしい恐怖と戦い、どれほど寂しい思いで息絶えたのか、本当の意味で理解することはできない」

 僕は彼の目の前で膝をつき、両手で「銀の指輪」を掲げた。

「でも、これだけは分かります。あなたが闇に呑まれていくその瞬間まで、地上であなたを想い、待ち続けた人がいたんです。……見てください。これが、アリアさんの本当の記憶です」

 僕は魔眼を通じて、僕がアリアの墓前で受け取った「彼女の最期の瞬間の記憶」を、アルフレッドの心へと直接流れ込ませた。

 暗闇の世界に、ぽっと温かい光の映像が浮かび上がる。

 それは、教会のベッドで横たわる、老いたアリアの姿だった。彼女の枕元には、開かない鉄の小箱が置かれている。彼女の周囲には誰もいない。けれど、その表情は不思議なほど穏やかだった。

『アルフレッド……。結局、この箱は開かないままでした。でもね、寂しくはなかったんですよ』

 老いたアリアは、震える手で優しく小箱を撫でた。

『あなたがこの箱に、どれほど強力な封印をかけたか。それは、あなたが「私を絶対に巻き込みたくない」と、命がけで私を守ろうとしてくれた証拠だから。この箱の重みは、あなたの愛の重さそのものでした。……だから、恨んでなんていません。私は、あなたに愛されて、世界で一番幸せな聖女でしたよ』

 アリアはゆっくりと目を閉じる。その最期の瞬間に、彼女の唇がかすかに動いた。

『約束の続きは、あちらで聞かせてくださいね。……お疲れ様、アルフレッド』

 光の映像が、静かに消えていく。

 蹲っていたアルフレッドが、ゆっくりと顔を上げた。

 彼の目から、大粒の涙が溢れ、床に落ちていく。彼の体を覆っていたどす黒い霧が、嘘のように、柔らかな黄金色の光へと洗われていく。

『アリア……。君は、俺を待っていてくれたのか。呪わずに、ただ、愛してくれていたのか……』

 英雄は立ち上がり、僕の手から銀の指輪を優しく受け取った。

 その瞬間、彼の甲冑はかつての美しい白銀の輝きを取り戻し、その表情には、歴史書に描かれた通りの、優しく勇敢な微笑みが浮かんでいた。

『ありがとう、若き管理官。君が繋いでくれたおかげで、俺は最後の最後で、本当の自分を取り戻せた。……さあ、俺を彼女の元へ還してくれ』

 アルフレッドの姿が、きらきらと光るマナの粒子となって霧散していく。




「――ハッ!」

 気がつくと、僕は最果ての断崖の地面に倒れ込んでいた。

 空を覆っていた不気味な黒い霧は完全に消え去り、そこには満天の星空が広がっていた。激しい風も止み、世界は静寂に包まれている。

『おい! ルカ! 生きてるか!?』

 焦った声とともに、クロが僕の体を起こしてくれた。彼の影の体もすっかり小さくなり、いつものサイズに戻っている。

「……うん、なんとか生きてるよ。クロ、ありがとう」

 僕はふらつく体を起こし、目の前の地面を見た。

 そこには、巨大な魔獣の姿はどこにもなかった。ただ、かつて鉄の小箱だった、錆のすっかり落ちた美しい銀色の小箱が、静かに佇んでいる。

 蓋は開いたままで、中には一対の銀の指輪が、星空の光を浴びてきらきらと輝いていた。

 金属の足は、もう生えていない。

 未練が昇華され、この子はただの「美しい落とし物」へと戻ったのだ。

「ガチ……」

 そんな幻聴が聞こえた気がして、僕は微笑んだ。

 僕は指輪の入った小箱を大切に抱え上げ、隣に咲く一輪の『星見草』をそっと摘み取って、箱の中に添えた。

「これでお仕事完了だね。王都に帰ったら、ガイさんに美味しいお酒でも奢ってもらおう」

『へっ、当然だな。今回の出張は命がけだったんだから、特別ボーナスを要求してやるぜ』

 クロが僕の影の中で嬉しそうに跳ねた。

 数日後。

 王都へ戻る途中、僕たちは再び『オルフェの街』の廃教会へ立ち寄った。

 アリアさんの墓碑の前に、僕はあの銀の小箱を、開いた状態のまま、そっと供えた。

 二本の指輪と、一輪の星見草。

 百年の時を越えて、ようやく届いた、英雄からのプロポーズ。

「お預かりしていた落とし物、確かに返却いたしました」

 僕が深く一礼して振り返ったとき、教会の崩れた天井から、優しい風が吹き抜けた。

 それはまるで、百年前の恋人たちが手を取り合い、笑顔で「おかえり」と言い合っているかのような、とても温かい風だった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!『落とし物、お預かりします ――世界樹の麓の「未返却物」管理官――』は、これにて完結となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ