4話
森の奥は、静かだった。
だが。
(……いる)
気配。
複数。
カイルは剣を構える。
呼吸を整える。
(見える)
動きは分かる。
位置も、流れも。
だから。
「――来い」
踏み込む。
魔物が飛び出す。
速い。
だが。
(読める)
振り下ろし。
回避。
返す。
ザンッ!!
一体。
倒れる。
すぐに次。
横から。
(来る)
避ける。
斬る。
二体目。
問題ない。
「……いけるな」
小さく呟く。
余裕はある。
だが。
気配は、まだ消えない。
(……多いな)
三体。
四体。
増える。
だが。
(全部見えてる)
踏み込む。
斬る。
避ける。
返す。
流れは読めている。
だが――
「……っ!」
遅れる。
ほんの一瞬。
横からの一撃。
受けきれない。
衝撃。
身体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる。
「……ぐっ!」
息が詰まる。
視界が揺れる。
(立て)
歯を食いしばる。
まだ終わっていない。
気配。
囲まれている。
(……間に合わない)
読む。
だが。
処理が追いつかない。
一体ずつならいける。
だが同時に来る。
順番がない。
余裕がない。
(……違う)
初めて理解する。
(これは……)
一人で処理する戦いじゃない。
「……っ!」
再び来る。
無理やり身体を動かす。
斬る。
だが。
次。
さらに次。
連続。
休みがない。
「……ぐっ!」
直撃。
血が飛ぶ。
視界が赤く染まる。
(……まずい)
理解する。
遅い。
足りていない。
読めていても。
間に合わない。
そして。
初めて、思う。
(……死ぬ)
一瞬だけ。
本当に。
だが。
「……ふざけるな」
踏み込む。
最後の力。
剣を振る。
ザンッ!!
目の前の一体を斬る。
道を作る。
逃げる。
振り返らない。
走る。
ただ、生きるために。
⸻
どれだけ走ったか分からない。
森を抜ける。
屋敷が見える。
その瞬間。
膝が崩れる。
「カイル様!」
声。
誰かに支えられる。
そこで、意識が途切れた。
⸻
目を覚ます。
見慣れた天井。
自室。
「……戻ったか」
身体を動かそうとして、止まる。
痛みが走る。
「動かないでください」
ティアの声。
「丸一日、意識がありませんでした」
「……そうか」
「かなり危険な状態でした」
その言葉が、妙に重い。
「父上は……」
「すぐに来られます」
扉が開く。
空気が変わる。
「起きたか」
グラディウスが入ってくる。
「……申し訳ありません」
自然と頭を下げる。
「謝るな」
即座に返される。
「生きて帰ったことを評価する」
「……は?」
予想外の言葉だった。
「死ねば終わりだ」
一歩、近づく。
「どれだけ強くなろうと、どれだけ志があろうと」
「死ねば何も残らん」
視線がぶつかる。
「だから生きろ」
一拍。
そして。
「だが、その意味を理解しているか?」
カイルはわずかに眉を動かす。
「……どういう意味でしょうか」
グラディウスは静かに言う。
「なぜ“死なない戦い方”を知らなければならないかだ」
沈黙。
「お前は今」
「勝つことしか見ていない」
図星だった。
「だがな」
一歩、距離を詰める。
「お前は誰だ」
問い。
「……アルヴェイン家の人間です」
「そうだ」
頷く。
「公爵家の人間だ」
重く、言葉が落ちる。
「この領地を背負う立場にある」
カイルの呼吸がわずかに止まる。
「お前が死ねばどうなる」
答えられない。
だが。
続けられる。
「領地は混乱する」
「後継が不安定になる」
「指示系統が崩れる」
一つずつ、現実が並べられる。
「その結果どうなる」
一拍。
「民の生活が脅かされる」
静かに。
だが確実に刺さる。
カイルは言葉を失う。
「貴族とは何だ」
問いが重なる。
「守る側の人間だ」
「導く側の人間だ」
視線が逸らせない。
「その導くべき人間が死ぬ」
「それがどういう意味か、分かるか」
カイルの手がわずかに震える。
今まで考えたことがなかった。
「……自分一人の問題では、ありません」
絞り出す。
「そうだ」
グラディウスは頷く。
「お前の命は、お前だけのものではない」
その言葉が、重く落ちる。
「だから」
「生き残れ」
「それが前提だ」
一歩、引く。
「勝つのは、その後だ」
沈黙。
カイルは視線を落とす。
思い出す。
森での戦い。
無理をした。
押し切ろうとした。
結果。
(死にかけた)
もし死んでいたら。
そこで終わりだった。
自分だけじゃない。
全部が。
「……理解、しました」
静かに言う。
初めて、腹に落ちた。
「そうか」
グラディウスは短く返す。
「しばらく鍛錬は禁止だ」
「はい」
今度は迷わない。
「傷が完全に治るまで、剣を握るな」
「承知しました」
グラディウスは背を向ける。
「考えろ」
「お前が何のために強くなるのかを」
扉が閉まる。
⸻
静寂。
カイルは天井を見上げる。
(……俺が死ねば、終わる)
自分だけじゃない。
領地も。
民も。
(……だから生き残る)
拳を握る。
「……守るために、か」
小さく呟く。




