1話
この世界には、魔王がいる。
三体。
それぞれが世界を侵略している。
だが、手を組まない。
互いに争いながら、それでも侵略を続けている。
だから世界は、まだ滅びていない。
そして、その脅威に立ち向かう者たちはこう呼ばれる。
――英雄。
剣と魔法を極め、人々を守る存在。
その頂点を目指す者たちが集う場所がある。
英雄養成学園。
そこに入ることができれば、“本物”に近づける。
もっとも――
「――そこまで!」
乾いた音が、中庭に響いた。
カンッ、と弾かれた木剣が宙を舞う。
「くそ……っ!」
地面に叩きつけられたカイルは、歯を食いしばる。
「また俺の勝ちだな」
見上げた先に立っていたのは、兄――セイル・アルヴェイン。
公爵家長男。
そして、英雄養成学園への入学が決まっている男。
「その程度で英雄?」
軽く笑う。
「無理に決まってるだろ」
その一言が、胸を強く抉る。
悔しい。
分かっている。
差は明確だった。
剣の速さ。
判断。
精度。
すべてが届かない。
「……見てろよ」
カイルはゆっくり立ち上がる。
手は震えている。
だが視線だけは逸らさない。
「俺は、英雄になる」
「何回目だ、それ」
「うるさい!」
怒鳴る。
セイルは肩をすくめるだけだった。
「まあ、やるのはいいけどな」
剣を軽く振る。
「そのやり方じゃ、一生勝てねぇぞ」
「は?」
眉をひそめる。
「ちゃんと見ろよ」
セイルは笑う。
「お前、毎回同じタイミングで踏み込んでる」
「……っ」
一瞬、言葉に詰まる。
「分かりやすいんだよ」
あっさり言われる。
カイルは何も言い返せない。
だが。
「……じゃあ」
剣を握り直す。
「変えればいいだけだろ」
セイルは少しだけ目を細めた。
「やってみろ」
再び構える。
「――はじめ!」
踏み込む。
だが、今までと同じじゃない。
わずかにタイミングをずらす。
角度を変える。
呼吸を変える。
(見る)
セイルの動き。
足の位置。
重心。
剣の軌道。
(……来る)
右足。
振り下ろし。
(そこだ)
回避。
返す。
当たる。
「……っ!」
初めて、セイルの表情が変わる。
だが。
「甘い」
弾かれる。
体勢が崩れる。
次の瞬間には、剣が喉元にあった。
「終わりだ」
静寂。
カイルは歯を食いしばる。
「……今のは」
「惜しかったな」
セイルは剣を下ろす。
「でも、それじゃ勝てない」
「……なんでだよ」
「当てただけだ」
一歩下がる。
「お前は“当てる”ところで止まってる」
カイルは黙る。
「俺は“終わらせてる”」
その差。
理解はできる。
だが。
「……でも、当たっただろ」
絞り出すように言う。
「だったら、その先もやればいいだけだ」
迷いなく言い切る。
セイルは少しだけ笑った。
「簡単に言うな」
「簡単だろ」
カイルは剣を肩に担ぐ。
「見て、読んで、勝つ」
それだけだ。
セイルは小さく息を吐く。
「……本当に諦めが悪いな」
「褒めてる?」
「半分な」
そのまま背を向ける。
「まあいい」
「続きはまた明日だ」
歩き出す。
カイルはその背中を見つめる。
遠い。
まだ届かない。
だが。
(見えてる)
動きは分かる。
癖もある。
なら。
(届く)
確信していた。
その時点では。
⸻
その日の夜。
ベッドに寝転びながら、天井を見つめる。
「……当たったんだよな」
小さく呟く。
確実に前に進んでいる。
だが。
勝てない。
「……なんでだ」
「単純ですよ」
声。
振り向くと、メイドのティアが立っていた。
「何がだよ」
「勝ち方を知らないだけです」
あっさりと言う。
「……は?」
「当てるのと、勝つのは違います」
淡々とした口調。
「当てた後、どうするか考えてます?」
「……」
言葉が詰まる。
「考えてないですよね」
ティアは少しだけ笑う。
「だから勝てないんです」
図星だった。
カイルは視線を逸らす。
「……じゃあどうすればいい」
「簡単です」
一歩近づく。
「最後まで考えてください」
それだけだった。
⸻
静かになる。
カイルは天井を見上げる。
(……最後まで)
当てるだけじゃない。
勝つところまで。
その先まで。
考える。
理解する。
組み立てる。
そして。
ゆっくりと起き上がる。
剣を取る。
「……やるか」
迷いはなかった。
⸻
この日。
カイルは初めて。
“勝つための戦い方”を考え始めた。
⸻
それが。
英雄への、最初の一歩だった。




