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しらないところで  作者: 南 紅夏
変動編

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99/163

通学路にある修羅の館

「里菜子!?そんなとこで何してんの」

 柔道部での部活を終えて駐輪場にやってきた五月が、通路の角に突っ立っていた私に気付き声を掛けてきた。


「五月と少し話したくて。…あれ?」

 五月の後ろには、今は大牙の家で下宿しているという大森航がいた。

「…オジャマ…デシタカ?」

「なんでそーなるんだよ。帰る方向一緒ってだけだよ」

 変に気を使った私の言葉を、友人は素のままの顔で否定した。


「ん?俺が邪魔か」

 航が気を使って、どこに逃げれば良いかきょろきょろしている。

「…いえいえ、大丈夫」

 私も鍵を挿し、駐輪場から自転車を動かした。

 今まで接点もなく、あまり話したことがない航がいるので、大丈夫と言ってしまったが確かに話は切り出しづらい。

 自転車を押す私と五月、徒歩の航が3人で既に暗くなった家路をゆっくりと辿りはじめた。


「…で?話って?」

 言い出しあぐねていた私に、五月の方から話を振られてしまった。

「えーっと…五月、好きな人とかいないのかなって。…急に…気になって…」

 そう言った瞬間、航が横を向いてぷすっと笑った。すかさず五月の腕が真横に伸び、航の肩にヒットした。


「なんで急に今?」

「木原さんたち大牙と一緒で生物部って言ってたじゃん。…みのりサンが何か言ったんだろ、絶対」

 焦る五月の後ろで、航が静かに笑って的確な推察を口にした。

 そこで思い出した、川田ちゃん、下の名前がみのりだった。


 五月は、諦めたようにため息をついた。

「聞いたんだ…そうだよ、私は昔大牙が好きだったよ」

「…ソウデスカ…」

「聞いといてなんだよ、その感じは」

「ごめん…全然知らなかったから、それはそれでショックというか…」

「だって、学校違う知らない人の話したって伝わんないじゃん」

「うん、まあそりゃそうかもだけどさ?…で何?過去形?今は好きじゃないの?」

「…イヤな聞き方するなあ」

 五月が顔を顰めた。


「じゃあ、フラれたの?」

「告ってもなければフラれてもいない。私が勝手に諦めた」

「…なんで!?」


 歩きながらちらりと目をやると、少し後ろで何とも居心地の悪そうな顔で、航が目を背けている。


「何かね…隣に立つのは私じゃないなって唐突に思っちゃったんだよ。ものすごく違和感あるなって」

 五月の発言で、航の顔が少し辛そうに歪んだ気がした。

「いやいや?そこまで遠慮する必要ある?ちょっとガタイが良くてちょっと顔がいいだけで、あいつ中身普通じゃん?なんか特別視しすぎじゃない?」


「じゃあ、誰なら違和感ないんだよ?」

 なぜか、航が五月に質問してきた。

「…そうだね、私の頭の中にずーっと浮かんでたのは美雨。あいつなら、大牙と一緒にいるのがしっくりくるなって思ったんだよ。入学式の日、ついに出会っちゃったーって思ったんだ」

「うああああ!」

 思わず私はかすれるような抑えた小声で叫んでしまった。

「やだあ、美雨はだめぇ!他にして!」

「うん…里菜子はそう言うと思ったから何にも言えなかったんだよ…」

「ああ…鈴川さんなら…なんでだろ?大牙と並んでる画が思い浮かぶな」

 航も何か納得したように呟いた。


「ところで、大森くんは何で大牙くんちに下宿してるの?」

「受験終わって、合格発表聞いて、制服も買ったところで親の転勤が決まって…」

「Oh…」

「大牙の所は道場と下宿とどっちもやってるから、朝一で体も動かせるし元の家より学校近いし。家族会議の結果、俺だけこっちに残ることになったんだ」

「晴香さんと離れたくなかったって言えよ」

「う、うるさいな、違うし」

 五月が仕返しとばかりに突っかかると、航は真っ赤になって反論した。


「晴香さん…大牙くんのお姉さん?」

 さっき、川田ちゃんから聞いた名前だ。

「そ。あの道場に通ってる男子、特に下宿生なんかみーんな晴香さん大好きなんだよねー」

 ニヤニヤと笑いながら、五月が横目で航の方を見る。

「ま…あ…?特に大学生の下宿生とか?好きな人もいるみたいだけど?」

 航は何もない空中に視線を逃がしながら、自分は違うと言わんばかりに誤魔化した。


「ん…?あ…え?じゃあ、竜馬くんも?入り浸ってるって…」

 記憶を手繰り寄せていたら、ふと竜馬のことを思い出した。その瞬間、五月と航が同時に微妙な表情になった。

「あいつは…昔の五月以上に分かり易いよな」

 航が、少し困ったような顔で笑った。




「じゃあ俺、ここだから」

 いつの間にか、航の下宿先についていたらしい。

「え、メチャクチャ学校から近いな」

 見上げると、立派な門構えの和風の塀が続いている。

「そっか、ここかぁー!」

 毎日通っている道の、気になっていた建物のうちの一つが大牙の家だった。


 その和風の門のすぐ内側の右手には、普通の洋風の一軒家が建っていて、奥に2階建ての和風建築が見える。

「なに?武家屋敷なの?」

「正面の母屋のこと?あそこは昔旅館か何かだったところらしいよ。それの残ってるところが程よく下宿になってんの」

 五月が謎の和風建築の説明をしてくれた。


「ウチの前で何やってんだ?」

 学校とは反対方向から、大牙が現れた。

「あ…大牙くん、美雨は…えっと、英会話教室どうだった?」

 私は努めて冷静に大牙に質問した。

「美雨ちゃんはマンションの前まで送った。英会話教室は…面白かった。…あの先生メチャクチャ面白い!絶対通いたい」

 大牙は、笑顔なのに何故か今すぐ何かと戦うかのような気合いの入った顔をしていた。


「え?大牙が英会話?…美雨と?」

 五月がかなりのびっくり顔で航を見た。

「…なら、『挑戦』か!?」

 航も一瞬ぽかんとした顔をしていたが、急ににやりと笑ってそう言った。


 大牙は一つ頷くと、

「うらぁ!たのもー!」

 右の拳をぱんぱんと左の手の平に打ち付けながら、自分の家であるはずの門を、道場破りのような掛け声と共に通り抜けた。


「…見てみる?」

 航が大牙に続いて門をくぐりながら、私達の方を振り返った。五月もなぜかぎらついた目で笑った。

「もちろん!…里菜子も来る?」

「え?あ、うん…」

 何が起こるのか分からないまま、私は五月の後を追って門の中まで自転車を引っ張って行った。




 門の中は、外から見るよりはるかに狭い通路だった。

 入ってすぐ右手が今風の二階建て住宅なのはわかっていたが、左手すぐが柔道場だった。ただ、柔道場の入り口は門から見ると裏側にあるので、少し回り込まなければならなかった。

 どこからともなく美味しそうな煮物の匂いが漂ってくる。しかし道場破りのような大牙の声で、正面の母屋の縁側のような所の窓が次々に開き、中からごつめの…大学生だろうか。恐らく下宿生と思われる男たちが数人現れた。


「もー!もうすぐ夕飯だってのに、何で今からなの!?」

 怒りながら、くすんだ赤茶色に金のメッシュの入った大牙によく似た髪色の女性が出て来た。目鼻立ちの整った、随分な美人だ。

「あれが晴香さん」

 こそっと五月が情報をくれた。

「あら?五月ちゃん、お友達?」

「あ、はじめまして。えっと、お邪魔してます」

 大牙の姉が私達に気付いて声を掛けてきたので、取り急ぎ挨拶をすると、彼女の後ろからひょこっと竜馬が現れた。

「お?里菜子ちゃんじゃん。いらっしゃーい。そういや、いつの間にか部活から消えてたね?なに?ウチに入門?」

 しゃもじを手にしているポニテ男は、まるでこの家の住人のような話しぶりだった。


 母屋の中の広い座敷には宴会場のように座卓が並んでおり、そこには布巾を持った川田ちゃんもいた。

「おーおー、今日は来てよかった。大牙が『挑戦』って初じゃない?」

「うん…多分初めて」

 また大牙に似た髪色でロン毛の、男だが繊細な感じの美人が川田ちゃんの傍にいる。

「みのりサンの隣、この家の次男の風牙さん」

「…えっと、何人きょうだいよ!?」

 この時点で、大牙の上に3人は居ることが分かった。




 一気に中庭に人が増えてきたところで、後ろの柔道場の扉がガラガラと音を立てて開いた。

「大牙が俺に挑戦か?望みは何だ!」

 そこには、一段と迫力のある黒髪に白髪の差しの入った。いかつい顔の男性が立っていた。

「英会話教室の月謝、1万2千円を所望する!」

「おおー!!!」

 大牙が要求を叫ぶと、周りが一気に盛り上がって雄たけびを上げた。

 よく見ると川田ちゃんも一緒に拳を振り上げて叫んでいる。


「やめて、近所迷惑!」

 晴香が必死に叫んでいるが、全然盛り上がりは落ち着かない。よくよく見ると、柔道場の建物内に道着姿の小中学生の男女が何人かいたが、彼らも一緒に楽しそうに叫んでいる。


「何コレぇ…」

 何が始まったのか、何が起こるのか分からず、私は一人呆然と謎のお祭り集団を見ていた。


「東雲家ルール!習い事は月一万まで!」

「押忍!」

「大牙は既に毎月3000円消費済み、残り7000円!」

「え?待って?俺習い事今…つーか、今までも何にも習ってないんだけど…」

「俺が!柔道教えてるだろうが!月々5000円のところ、家族割で3000円、ありがたく思え!」

「もう習ってねーよ!しかも小学生たち教えるの手伝ってるじゃんか!」

「毎朝道場で下宿生たちと朝練してる!使用料だ!」

「バカじゃねーの!?クソおやじ!」


「面白くなってきたぁ!」

 川田ちゃんがわくわくして道場の入り口の二人を見つめている。


「これから、その差額の5000円を親が出すかお前が小遣いから出すかを決める。だが、相手が私ではお前に勝ち目はない。末っ子可愛さにパパが手を抜くと思うなよ?」

「誰がパパだ、気色悪い!差額は2000円だろーが!」

「5000円だ!可哀そうに、小遣い全額でトントンだな。…さて、結果の分かり切った勝負など、誰が見たい?だから、お前に丁度いい相手を用意してやる!…氷牙はいないのか?」


 みんなが、ハッとした顔をして周りを見回している。

「そういや見てないな」

 航が母屋の方を覗き込む。

「氷河なら、俺の部屋で寝てたよー…」

 美人の次男、風牙が、静かなのに不思議と通る声でそう伝えると、

「もう!…起こしてくる」

 と、ため息をつきながら晴香がエプロンを脱いだ。近くにいた竜馬がそのエプロン預かると、その顔がとても嬉しそうに輝いたのが見えた。と同時に、大学生らしき男たちが竜馬を羨ましそうに睨んでいた。


「ごめん五月、ちょっと状況が呑み込めない…」

「うん、この家は親に頼み事するとき、基本何らかの勝負で決めるってルールなんだって。習い事したいとかもそうだけど、何か買って欲しいとか、そう言う時」

「ええ?…意味わかんない」

「5人きょうだいだし、全員の望みなんかいちいち聞いてらんないって。習い事は一人一万までなら出すらしいけど、それ以上出して欲しい時はもう『挑戦』で決めるって事らしいよ」

 そう言われてしまうと、子供5人は確かにお財布に優しくはない。うちの場合、一人っ子の私の習い事に掛かっている金額を考えると、5人は確かに大変だ。取捨選択の基準が必要なのは分かったが、方法が脳筋過ぎる。普通は相談したり、話し合ったりするものではないのか。


「まあもう一番上の雷牙さんは社会人だけど…ああ、風牙さんも今はフリーターか。ん?雪乃さん今日いないの?」

「うん、今朝から地方巡業に行っちゃった。…でも大牙が英会話教室ってウケる」

 エプロンを大事そうに畳みながら、竜馬が私達のところまで来た。

「…あーあ、止める人いねーわこりゃ。あ、雪乃さんは大牙達のお母さんね。元プロレスラー」

 私に説明してくれながら、五月は入り口付近の一軒家の玄関ドアをチラチラと確認していた。

「うん、雪乃さんだったら英会話教室ならオッケーって言ってくれそうなのにな」

 腕組みしながら、航もため息をついていた。


 いつの間にか縁側に、小柄なおじいさんがあぐらに肘をついて道場の方を見ていた。その後ろで品の良い感じのおばあさんがてきぱきと箸を並べている。

「なんなの、このカオス…」

 そして一軒家の玄関ドアが開き、晴香が出て来た。その後ろには竜馬と同じくらいの身長の、でも顔と髪色は大牙にそっくりな男がいる。何というか、とても不機嫌そうだ。よく似た顔なのに、随分とガラが悪い感じに見える。羽織のように道着を肩から掛けて歩いてきた。


「あ、竜馬くんエプロンありがと」

 晴香は竜馬からエプロンを受け取ると、手早く背中で紐を結びながら母屋へ入って行った。

「おばあちゃんごめん、私がやるよ」

「ああっ、晴香さん、僕も手伝います!」

 航がカバンを持ったまま晴香の後を追うと、竜馬も慌てて母屋に駆け込んだ。


「ね?あいつら分かり易いでしょ」

 五月が少し悲しそうな顔で笑った。


「なんだよ親父、俺が大牙投げりゃいいのか?」

 不機嫌そうな顔のまま、目つきの悪いその男は、頭をぼりぼりと掻きながら父親の方を見る。

「そうだ、あ、お前さっき落としていったぞ。きちんと着ろ!」

 父親は、そう言うと帯を息子に手渡した。


「あれが氷牙さん、大牙の一個上のお兄ちゃん」

「似てる…顔は似てるけど、随分体格差があるんじゃない?」


 そしてあのちょっと悪そうな雰囲気は、間違いなく佳苗の好みだな、などとどうでもいい事を考えてしまっていた。

「それがさ、なんでか大牙は氷牙さんに勝てないんだよ」

 そっくりな兄の方から目を離さないまま、五月が気になる情報をくれた。


 だらしなく柔道着のまま寝ていたらしい氷牙は、父親から受け取った黒い帯を巻いた。

 途端に、ぴしっと空気感が変わったから不思議だ。

 いつの間にか姿を消していた大牙も、道着に着替えて母屋の方から現れた。

 大牙と並ぶと、10cm以上の差がある。素人目だと、どう見ても大牙が有利に思えてしまう。


 道場に大牙が上がると、お互いがっつりと睨み合った。二人とも、びっくりするほど怖い顔だ。まるで本気で怒っているように見える。

「ねえ…あの二人、仲悪い?ひょっとして」

「うん。小さい頃は良かったんだけどね、いつの間にかああなってた…」

 私の質問に、ややあきらめ顔の五月がそう答えてくれた。


 後ろでは、航と竜馬がキャッキャウフフと晴香の手伝いをしている声が聞こえる。前と後ろが別世界過ぎて、正直脳が処理落ちしそうだった。


「始め!…一本、それまで」

「え!?」

 あまりの瞬殺で、後ろに気を取られ過ぎていたせいか私は勝負を見ていなかった。

 おおおー!と、中庭に男たちの歓声が響いた。


「どっち?どっちが勝ったの?」

 大牙は氷牙に勝てない。そう聞いていたのに、どう見ても倒れているのは氷牙だ。

「大牙が勝った!綺麗な大外刈り」


 礼をして出てきた大牙は、笑いたいのを必死に嚙み殺しているように見えた。

 そんな末っ子の頭を、大学生の下宿人たちが

「やったな大牙!」

 と言いながら交代でぐちゃぐちゃに撫でまわしていた。

 大牙を撫でまわす集団の中に、喜色満面の川田ちゃんも混ざっていた。


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