酒のツマミにされる話
もう、サブタイ考えるの苦手っす…。
湊太が薄暗い部屋へ一跳ねして降り立つと、足元灯のようなものがうっすらと部屋全体、ぐるりと壁際の床を照らしていた。
何かセンサーでもあるのか、そこから少しずつ間接照明が壁面全体を照らしはじめ、少し暗めの、目に痛くない程度の明るさになっていった。
「ちょっと暗いかな」
ぼそっと呟くと、一段階明るくなった。
「おおう」
思わず湊太は、口をグーで押さえてしまった。
これは便利なのかもしれないけど。ラムダもまだ着けてないのに、何かに監視されてるようでちょっと怖い。
部屋の中央に目をやると、さっき放置して帰ったお茶など一式は、テーブルからきれいに消えていた。
湊太は飾り暖炉の上から濃い青のラムダを掴むと、右耳に装着した。すぐに大牙に連絡しようとしたところで、ふと冷静になった。
「えーと…グノメさん?今何時ですか」
『地球時間に変換しますと、21時48分に当たります。なお、アステリアと地球では自転速度に差があるため、1秒が僅かに長いことをご承知おきください』
「ん??ん??なんだって?一秒が長い?」
『ざっくり申し上げますと、一日当たり30分程度、アステリアの方が長いのです』
「ああ…なるほど。そっか、そりゃ地球と1日の長さが同じって事はないよな」
目の前にディスプレイが現れた。そこに浮かんだ時計は4種類。数字のデジタル時計だ。
左上が「アステリアの首都」の時間、右上が「星団標準時」、左下が「地球の表示形式:アステリアの首都」、右下が「日本標準時」と書かれている。
『時計の方式自体が違いますので、時間のお約束などなさるときは変換してサポートいたします。慣れた方式でお話ししてください』
「あー、助かります…えと、ちなみにこっちの数って…何進法?」
ゆくゆくはこちらの言葉も覚えていけばいいな、などと考えていたのだが、ここで知らない〇進法をぶっこんで来られると「まずは簡単な数字から覚えよう」すら難しくなってしまう。
その上時計の方式まで違うと言われると、小学生の時に時間の計算なんてかなり困った記憶があるのに、対応できる気がしない。そうなったら、いきなりやる気が失せることが確実だ。
『通常使用は地球人と同じ10進法です』
「はー、安心した。了解です。じゃあ、大牙さんに連絡!」
グノメの回答にほっとして、回線を開いた。
『ふふっ、そろそろ来るかなって思ってたよ』
大牙の第一声はそれだった。
『こっちの部屋に来る?すぐ隣だよ。若干1名酔っ払いもいるけど…』
「あ、行きます!」
入り口のドアから出て、一瞬左右を見回す。一階のホールにあったハープだろうか、誰かか弦楽器を爪弾いているらしく、心地よい優しい音色が響いていた。
右側はホールに続く階段で、自分たちの部屋は最初の扉だった。ということは、隣部屋は左だな。
建物の奥に向かって、湊太はなるべく急ぎ足で歩き始めた。
しかし、たっぷり家2軒分くらい歩いただろうか、次の扉がなかなか出てこない。ホテルの感覚でいるとかなり遠く感じる。感覚で、20m以上歩いたであろう所に次の扉があった。
右側の吹き抜けを見ると、その扉の真正面あたりに吹き抜けを対岸に渡る通路と、やはりそ通路の中央にも応接セットがある。
「もう、なんなのこの応接セット…」
くるりと応接セットに背を向け、湊太はドアに向かった。
ドアに打ち付けられているパネルは、とてもシンプルな記号のような、ピクトグラム的な山の絵だ。
ここでいいんだよな、と思いながら、3回ノックした。
ドアが内側に開き、出てきたのは何とも妖艶な美女だった。長い金色の髪、若草色のシンプルなワンピースを着ているが、体のラインがはっきり出て、細身だがスタイルが良いのが分かる。うるんだ瞳と少し赤らめた頬に、目を合わせられず湊太は一歩退いた。
「す、すいません、部屋間違えました」
「いや、合ってるって!」
部屋の奥の方から大牙の声が聞こえた。
一瞬パニックになりかけたが、湊太は一つ深呼吸して「彼女さんかな?」と考えた。
まあ…彼女。いても不思議じゃないよな、大牙さんなら。
「えーっと…お邪魔でしたか?」
と聞いてみた。奥から大牙の大笑いが聞こえた。
「ほら、勘違いされるだろ?だから俺が出るって言ったのに」
爆笑している大牙を無視して、妖艶美女はいきなり湊太の手首をがしっと掴んだ。
「もう、待ちくたびれた。さっさと入れ」
そう言った声には、聞き覚えがあった。さらりと流れた金髪から、尖った耳が見えた。
「え?クレア…さん?」
湊太はクレアと思われる美女に手首を掴まれ、ぐいぐいと部屋の奥に連れていかれた。
「どうなってるんですか?クレアさんですよね??」
やはりこちらも広い談話室で、湊太達の部屋と同じ作りだ。
部屋は大きく2つに分けられていて、向かって右側には巨大な分厚めのラグが敷かれており、大き目なビーズクッションのようなものが6つほどランダムに置かれていた。
そして向かって左側には3人がゆったり座れるくらいの長いソファがぐるりと4つ、正方形のローテーブルを囲むように置かれている。そこにはアルコールボトルらしきものが数本置かれていて、2本は空になっていた。並べられたグラスは4つ。焼き洋菓子と乾きものといった不思議な組み合わせのつまみも並んでいる。
そして左側壁際のソファーの真ん中に大牙が座っていた。
「ほら、湊太が困ってる。放してやってよ」
大牙も酔っぱらっているのだろうか、昼間とは雰囲気が違い、ちょっと楽しそうに笑っている。
湊太は入り口から一番近いソファーに引っ張って行かれ、座らされた。
「さあ、何を飲む?ビールはないが、ワインとか、ブランデーに近いものならあるぞ?」
本当にこれはクレアなのだろうか?よく似た別人なのか、もう全然分からない。
「だから、未成年は飲ませちゃダメだって!」
大牙が笑いながらクレアっぽい人を制止する。
「ならば、紅茶だな?フルーツのジュースもあるぞ!」
しゃべりながら、クレアっぽい人はぱたぱたと右側の部屋へと消えていった。
「湯を沸かす!ちょっと待て!」
向こうからなおも喋り続けている。別人かな、と考え始めたとき
「昼間のクレアとは別人みたいだろ」
と大牙が笑った。
「クレアさんで合ってるんですね…リアルにそっくりさんじゃないかって考えてたとこでした」
「こっちも湊太が来て助かったよ。何となく来るんじゃないかとは思ってたけど、これで来なかったら俺は単にクレアの絡み酒に付き合わされただけになるトコだった」
「…俺が来るってわかってたんですか?」
透明な酒らしきものと氷が入った、背の低いグラスを大牙は左手でカラカラと揺らす。
「シュートが俺の兄の事知ってたみたいって連絡来たからね。俺ならどうするかなーって考えたら、まあ来るかなって」
湊太はそこで、さっきからモヤモヤしていた気持ちが罪悪感だと理解してしまった。いきなり立ち上がり、思いっきり頭を下げた。
「すみません、大牙さんのご家族の事、勝手に色々ググっちゃいました!」
「…えーっと…」
頭を下げたままなので大牙の表情は読めない。おそるおそる顔を上げると、大牙はぽかんとした顔をしていた。
「いや、謝ることじゃないでしょ。俺だってそういうの聞いたら調べるよ。ネットに載ってることを見たからって謝ることじゃ…うん、まあいいや。湊太はいい子だなあ」
右ひじを膝に置いて頬杖をついて、左手でグラスを弄んでいる大牙は、なんとも絵になる。ぼんやり見惚れていると、ちょっと大牙の周りの空気が変わった気がした。
「で、何が聞きたい?」
「うーんと、何飲んでるんですか?」
大牙の肘が膝からずれて、ずっこけられてしまったように見えた。
「これは芋焼酎…って違うだろ」
「ノリの部分がまだまだやなあ。ノリ突っ込みでけただけ進歩やけど」
「いっ?」
いきなり大牙の座っているソファの向こうから、知らない男性の声がした。二人だけだと思っていた部屋で、しかも姿が見えない状態での声はビビる。湊太は変な声出た、と思いつつ口を押えた。
「…先生、いつから聞いてました?」
大牙の雰囲気がとげとげしくなった。
「湊太クンが謝ってるあたりからやなあ。キミ敏いから、いつ気付かれるかこっちもドキドキやったで。頭だけ出して、ちょっと息止めとったんやけど、あの下手くそなノリ突っ込みでたまらん出て来てしもたわ。ノるときはもうちょっと尺考えて!無駄にそこは長くてもええんよ?」
ソファの陰から、初老の男性がひょっこりと出てきた。
「え?まさか」
湊太が思わず立ち上がって覗き見ると、大牙の座るソファの陰の壁に、あの六角形のフレームがあった。
「二つ目…」
こちらは持ち運ぶことを想定していないのだろうか、しっかり壁に取り付けられている。
湊太達の引き出しサイズよりは大きめだが、人が歩いて通るには小さく、四つん這いかしゃがんで通るしかなさそうだ。遠目からのゲート観察を終えると湊太ははっと現実に意識を戻し、出てきた男性に目を向けた。
―――この人が、多分…じいちゃんと一緒に連れ去られた二人目だ。
「初めまして…あれ?」
これといった特徴があるわけではない、白髪交じりの頭に、関西弁の男性。
でも、湊太は明確にこの人を覚えている。
「初めましてじゃないですね。確か祖父の葬式で…」
「おー、よー覚えとるなあ。こないな特徴のないおっちゃんを」
そう、外見的に何か目立つ要素もない。でも覚えているのだ。この人は葬儀に来ていた。ものすごく綺麗な女性を連れて。
その女性に目が行ったのが最初だったが、とても悲しそうに涙をハンカチで押さえていたその女性のそばで、この人は。
「ずっと…笑ってたので」
それを聞いた途端、大牙がものすごい目でその男性を睨みつけた。睨んでいるというより、明らかに蔑むような目だ。
「サイテーですか、先生は。人として。葬式でずっと笑ってるって。どうなってんですか」
先生と呼ばれたその男は、また今にも笑いだしそうな顔をしたが、慌てて口元を腕で隠した。ゆらり、と大牙が立ち上がった。明らかに怒っている。怒っている大牙は、いつにも増して大きく見えた。
「何やってんですか、また今も笑ってるのバレバレですよ。そんなんで隠してるつもりですか」
「嫌やなあ、そうやってすーぐ責めんといて。もう、なんかワタシ悪者みたいですやん」
「悪いですよ、言われないと分かんないんですか」
「もー大牙クン、ワタシ責めるときだけめっちゃ毒吐くのやめて。痛い、心痛いわ。元々ワタシこんな顔やん?泣いててもわろてるような顔してますやん?」
どうすんのこの空気、と思ったときに奥の部屋からクレアがカートを押しながら戻ってきた。
「にぎやかだと思ったら、ヒロも来たのか。まあ来ると思ってグラスは用意してたがな!」
クレアはふふんと自慢げだ。昼間のクールビューティな雰囲気と違い、なんだかちょっと可愛い。
湊太の前に紅茶のカップを置くと、そのまま湊太の横に座った。
「で、何でタイガはそんなに怒っている?」
「このくそじじいが、湊太のおじいさんの葬式でずっと笑ってたって言うから」
ついにくそじじい呼ばわりだ。上司って言ってなかったっけ?しかも見た目かなり年上で。大牙の立場は大丈夫なのだろうか、と心配になってきた。
「大牙さん、もう良いですって。もうずいぶん前の事ですし…」
「葬儀…そうだな。魂が地に還り、巡る。自然の摂理だ。しかし…失ったものには痛く辛いものだ…」
静かにクレアが呟いた。
しかし、そこから急にクレアの様子がおかしくなった。肩を震わせ…泣いてる!?
「ふぐううぅぅぅ…」
下を向き、ボロボロと涙を流している。
「え?クレアさん?どうしたんです?た、大牙さん、これどうしたら…」
「泣き上戸は知らなかったな。うーんと、とりあえず頭なでなででもしてあげて?」
「テケトーやな、大牙クン。ちゃいますのよ、クレアはんは。旦那はん10年くらい前に亡くしてますのや」
ちょっと困った顔をしながら、先生と呼ばれた男性が答えた。
「10年前って、それこそかなり前じゃないですか」
半年前の祖父の訃報を聞いた時の悲しみですら、湊太の中ではもう薄い。今の家に引っ越した時、入れ替わるように入院で出て行ってしまったので、一緒に住んだ時間が短かったせいもあるのだろうけれど。
10年も前の事が忘れられないなんて、クレアは旦那さんの事がよっぽど好きだったのだろうか。それよりも未亡人だったことにびっくりだ。
そこで、大牙が何かに気付いたように「ああ」と困った顔をした。
「忘れてた。彼女たちは寿命が長い分、『時間が癒してくれる』って間隔もロングスパンで、なかなか癒えないらしいんだよ。いわゆる『時間薬』が効きにくい。10年なんて、俺たちの1年くらいだ」
「それは…辛いな」
寿命が長いのは良いことばかりではないな。
何となく言われるがままに頭をなでると、はっと顔を上げたクレアと目が合った。そこでなぜかいきなり、クレアが抱きついてきた。
「ううう…ジークぅ…私より先に死ぬって分かってたけど、覚悟してたけど!ううう~。ソータはやはりジークと同じだ~落ち着く~…」
「ちょ…っと、クレアさん!?た、大牙さん助けて!」
自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。どうすればいいの、この事態は!?
しかし大牙は興味深そうにキラキラした目で見ているばかりで、助けてくれそうにない。
「先生、湊太ってクレアの旦那さんに似てるんですか?」
「うーん?いっこも似てへんなあ。まあワタシらが初めて会うた時も、もうええ歳やったさかいなあ。でも若い時の写真見せてもろたけど、彫りの深いイケメンやったで?」
「違う!」
クレアが急に叫んだ。
「見た目じゃない、気が同じなんだ!このタイプは珍しい。私の知る限り、私の父と、ジークと、湊太で3人だけだ…あ、ツキコもだな」
「気…?え、月湖って…うちのばーちゃん?」
そこで思い出したかのようにぱっとクレアが離れた。
「ソータの祖父ってコーサクじゃないか!葬式なんて嘘だ!生きてるのに!」
一通り叫ぶと、また湊太に抱き着いた。
「あう~…ジークぅ…」
そのまま、酔っ払いのエルフはすーすーと寝てしまった。さっきまで面白そうに見ていた「先生」は、ばつの悪そうな、何とも微妙な表情になっていた。
「ちょっと…また情報多いんですけど…とりあえずこれ、取ってもらえます?」
湊太は静かに二人を睨んで、クレアを指差した。
酔っ払いが、爆弾投下して寝ちゃいました。
※大阪に幻をゲットしに行くので、次の更新予定は月曜日の予定です。
今日の仕事次第では夕方も行ける…か?