タイプワイルド
「今日はね、大牙さんの事色々ネットで調べてて、なんか自分でやっててヤな気分になって、色々とモヤモヤしたから来たんです。まあ大牙さん本人の情報は皆無でしたけど?
質問はどうせ明日また3人と…ソフィアも入れたら4人か。だから俺が今個別に聞いても面倒かなって思って」
真正面に「先生」、左手の壁際には大牙、右側のソファには大牙に運んでもらってすーすーと寝ているクレアがいる。若干キレ気味の湊太に対し、大牙はなぜか遠くを見ている。
「じいちゃん生きてるってどういう事ですか」
「クレアはん酔っぱらってはったから…勘違いとちゃいます?」
元々笑ったような顔、という「先生」は、それでもわざと目を逸らしてるのがバレバレだった。大牙が大きくため息をついた。
「もうね、お葬式で笑ってる時点で、良く分かんないけど作戦失敗なんですよ。全部先生の自業自得じゃないですか」
「ワタシのせいちゃいますやろ。元々『死んで異世界転移』とかわけわからん作戦言い出したの耕作はんやし…」
湊太の睨みに耐えかねたのか、「先生」はトングでひょいひょいと氷をグラスに放り込み、卓上の酒瓶を1、2本確認して自分で酒を注ぎ始めた。透き通った茶色の液体が、氷をカランと崩れさせた。
「大牙クン、それ何飲んでんの」
「焼酎ですよ…さっき聞いてたでしょ。もう、誤魔化さない!」
「じいちゃんが、自分で作戦立てて、死んだふりしたんですか。…じゃあひょっとして、こっちにいるんですか?」
死んで異世界転移なんてふざけた事、あのじいちゃんなら言いそうだ。
それは、つまり。
「ここに移住するために芝居を打った…って事ですか」
「先生」の肩の力がふっと抜けたように見えた。
「察しがええなあ。その通りや。みんなで大芝居打ったっちゅーわけや」
グラスを軽くあおると、「先生」は背もたれに体を預けた。
「死亡診断を偽装するために、わざわざ知り合いのドイツの病院に入院した。別の『死体』も用意して、ドイツで火葬させた。
月湖はんが飛行機で日本に抱えて戻ったのは知らん人の骨や。耕作はん本人は、シルビアん家のゲート病院に持ってきてもろて、さっさとこっちに移動」
「随分大がかりですね」
詳細は知らなかったのか、大牙も驚いているようだった。
「ラルフが、全部上手いことやってくれたんや。大病院の院長先生やし、まあノリノリやったわ」
「ラルフ?」
また知らない名前が出てきた。
聞き返しても、既に少し酔っぱらっているらしく、「先生」とやらの反応は鈍い。
そんな上司を見て、大牙が補足してくれた。
「ソフィアのおばあさんのシルビアさんと同じ船で攫われた人だ。シルビアさんと同じ病院に勤めてた後輩で、当時は確か研修医でしたっけ?」
「せやせや、二人が病院の夜勤の当番の日で、病院内で攫われたんや」
机の上のナッツを何個か口に入れると、「先生」はにやりと笑った。
「もうな、あんまり上手くいきすぎて…わろてまうやろ、あんなん。わろたらあかんあかん思うたら余計にわろてしもうて」
誰も死んでない葬式。誰か知らない人の骨を囲んで。確かにそうやって思い返すと滑稽な話だ。
「えーと…いや、こちらこそ、うちのじいちゃんのわがままに付き合わせたみたいで、すみませんでした」
うちの両親も、ばあちゃんもグルか。ちょっとイラっとしてきた。とんだ茶番だった。
…じゃあ、あの時一緒にいた女性は。
「あのー…葬式の時、一緒にいたすっごいきれいな人は?あの人はずっと泣いてて本気で悲しそうだったんですが」
「おー!べっぴんやろ、うちの娘!あの子、私以上に演技無理や思うて、葬式終わって帰るまで黙っとったんよ。ワタシが単身赴任の時とか耕作はんに様子見てもろてたから、えらい懐いとったんやなあ、あんな悲しんで…まあ、戻ってからホンマの事言うたら、えげつない怒り方されましたわ」
娘さんだったのか。そしてよほど娘の事が可愛いのか、怒られたことを嬉しそうに話す。そこでくるりと「先生」は大牙を見た。
「ほら、親の欲目ちゃうやろ、湊太クンもえらいべっぴんさんや言うたやない?どや、うちの娘と結婚せーへん?」
「だからイヤって言ってるでしょ、先生が義理の父とか冗談じゃないですよ。しかも目当ては氷牙とか、願い下げです」
どうやら「先生」は自分の娘を大牙の嫁に推薦しているようだ。
「ええー?兄ちゃんめっちゃカッコええやん。アメリカおった時、何度か試合見に行かせてもろたで!娘もファンでなあ。初代のタイガーマスクばりっちゅーか、あのルチャリブレ特有の空中の軽業がもうなあ…」
「はいはい、氷牙好きな人と俺は仲良くできませんので!この話はおしまい!」
「遠距離やん?お互いやりたいことあるんやろ、もう自由になった方がええやん」
「大きなお世話です。別に遠距離で困ってませんのでお気になさらず」
大牙にも遠距離恋愛中の彼女がいるらしい。そして大牙は例のレスラー三男とは仲が悪いらしいこともうっすら感じた。
氷牙の話はなるべく避けよう、と湊太は勝手に心に決めた。
それよりも気になっている事がある。
「ところで、さっきクレアさんが言ってた『気』ってなんですか?」
「そこが、俺がここで寝泊まりしてる理由にも繋がるんだけどね…説明は出来るけど、実はよくわかってない」
大牙はグラスをテーブルに置くと、ふーっと息を吐いた。
「ワタシは普通や言われたわ。後付けで土と木、樹木の木や。その気言われたなあ」
酔って少し眠そうな「先生」は、ゆるやかにソファに倒れこみながらそう言った。
「俺は圧倒的に風って言われたよ。あと、最近後付けで、少しだけ土?」
焼酎をグラスに注ぎながら、大牙は少し面白くなさそうに言った。
「後付けって…?」
「生まれ持ったタイプと、他に生活習慣とか環境で追加で発生するタイプもあって、それが後付け」
「なんかイヤそうですけど、風だと何かダメなんですか?」
「風がダメとかじゃなくて、1つだけって、何か弱そうじゃない?」
大牙が、ちょっと子供のように不貞腐れている。
なんだかゲームっぽいな、と思うと、自分の気のタイプが気になってきた。
「俺は?俺はなんだろ。クレアさん?完全に寝てるかぁ。エルフにしか分からない何かですよね?」
「ジークはんと同じやったら、火と、木と、水やったかなぁ」
寝言のように「先生」は呟くと、そのままかーかーと寝息を立て、こちらも寝てしまった。
「3タイプ!」
ちょっと嬉しくなった。大牙が感心したように
「いいな…3タイプ持ちとか最強じゃん」
と笑った。大牙がゲーム的な冗談を言ったのは意外だった。
「何かこれって使えるんですか?」
「これが、エルフたちには使えるようだけど俺達にはどうにもならなさそうなんだよな…そこを何とかしたくてこっちで生活してるんだけど」
少し楽しくなってきた。今日は質問するつもりじゃなかったのに、色々気になってしょうがない。
「ちなみにレビとか、クレアさんはどんな属性なんですか?」
「エルフたちは全部持っていて、全部持っていない」
「ん?…謎かけ?」
湊太には、大牙の発言の意味が全然理解できなかった。なぞなぞにしか聞こえない。
「すべて必要に応じて自在に呼んで、還すんだ。今までちょっとファンタジー風に言ってたけど、実際は違う。…ここからは科学の話だ」
大牙がグラスを机に置くと、グラスの周りで結露した水滴が流れ落ち、周りに小さな水たまりを作った。
「水の電気分解って中学生でやったんだったかな」
指先で水を伸ばしながら、ちらりと湊太の顔を見た。
「2H2とO2」
「そうだね、夕方の時にも言ったけど、彼らは電気を起こしてそれも出来てしまうんだ。そして水素と酸素というと、火を近づける実験はやったかな?」
こくこくと頭を上下させた。理科の実験室で、班に分かれてやった。危ないからと言って、実際に火をつけたのは先生の机に近いところ1班だけだったが。
「大気中のイオン、電子、菌まで、とにかくあらゆるナノの世界が見えていて、彼らはそれを自由に操れる。俺たちがこうやって、コップを見て、掴もうとするくらいの自然な感覚で、だ。電子をやり取りする、ぶつける、電気を起こして水からガスを取り出し、炎を操る」
非現実的過ぎてピンとこない。
「それって、もう魔法の世界ですよ」
「人間にできなくて、ほかの動物にできる事なんてごまんとある。電気を発生させるウナギもいれば、光るキノコやコケもいる。
エルフにできて、人間にできない。それだけの事だよ。ナノの世界が見えていて、動かせる。知らなければ魔法、分かってしまえば化学だ…面白いだろ」
ちょっと頭がついていかない。が、これを面白いと言える大牙がすごいな、と思った。
「ちなみに、彼ら人に対してが木とか火とかいうのは、主に常在菌の関係らしいよ。火って言われる人は、可燃性のガスを発生させやすい菌がついてるって事らしい。木は、植物によくいる菌?」
「うわー、一気にがっかりしました。なら土の人って土壌菌ですか」
「おっ、分かってきたね、そういう事。体内に持ってる酵素や、化学物質とかでタイプが変わるらしいよ…あ、待って、水と木をセットで持ってる人はなんか違う事言ってた気がするな。水持ちの木は、植物の成長を促す…的なコト言ってたような?」
グラスに氷と焼酎を追加しながら、大牙はちょっと残念そうにため息をついた。
「それで実際に俺たちに出る影響ってのは、体臭くらいらしいよ。まあざっくり言っちゃうと、クレアさんの亡くなった旦那さんと湊太は、匂いが同じって事だ」
「じゃあ…俺が火って言われても、別に火が操れるわけじゃないんですね…」
がっかりだ。ちょっと期待してしまったのに。
大牙はなおも続ける。
「エルフが何人かこっそり地球に行ったことがあるらしいけど、地球では上手くナノの世界が制御できなかったらしい。『地球は声が弱い』とか、『非協力的』なんて言ってた」
「…声…声か。そりゃ、この星はめっちゃ喋りますもんね」
あのエルフの巫女を思い出す。確かに『星の代弁者』は饒舌だった。
大牙はテーブルに置いていたグラスを持ち上げる。氷が小さい音を立てた。
「普通の人間でも、たまに持ってる『気』のタイプだけなら操作できる人がいるらしいから、俺としてはまず住んで、こっちのマナとやらと仲良くなりたいんだよね」
「でも、俺の火ってのは菌で、エルフの使う火は化学変化の複合技で別物ですよね。なんか使いようがないというか」
「…分かんないよ?菌と仲良くできたら、炎技使えるようになるかもしれないよ?…知らんけど」
大牙は面白そうに笑った。
『お話し中失礼します。もうすぐ日付が変わります。そろそろ失礼した方がよろしいのでは?』
いきなりグノメが話しかけてきて、ちょっと飛び上がってしまった。
「うわ、びっくりした…すみません、遅くまで。そろそろ帰ります」
「うん、俺も色々発見があって面白かったよ。…そうだ、帰ったら『エルフ』って検索してみて。面白い情報があると思うよ。伝承なのか創作なのか分からないものもあるけど、あながち間違ってないから…おやすみ」
「ありがとうございました。おやすみなさい」
ちらりと寝ている酔っ払い二人に目が行ったが、もう気にしないことにした。
心の中で、「押し付けてごめん、大牙さん」と謝りながら、湊太は部屋を後にした。
大牙の部屋から廊下に出ると、ホールから聞こえていたハープの音色はなく、通路はしんと静まり返っていた。全体的に証明は暗めだったが、部屋に帰るには十分な明るさだった。入り口ホール中空の、地球儀ならぬアステリア儀全体が見える位置まで戻ると、ちょうど湊太達の部屋の前だった。
湊太は薄暗い部屋に入ると、ラムダを飾り暖炉の上に戻し、ゲートに近い卓上に放置していた下敷きを掴んだ。
―――両側に色んな部屋があるんだっけ。
帰る前に、ちょっと覗きたくなってきた。
下敷きを卓上に戻し、再びラムダを装着すると、入り口から向かって左側の通路を進んでみた。一つ目の部屋を開けると、ふわりと照明がついた。間仕切りできるカーテンが中心にあって、セミダブルくらいの大き目のベッドが2つ、部屋の左右に十分過ぎる距離が取られて配置されており、それぞれに広い机とクローゼットっぽいものと、手前にはベッド代わりになりそうな大き目のソファーまであった。
「ひっろ…」
扉を閉じて、さらに奥へ進む。次の扉は洗面台とトイレだった。
その奥は先程の部屋とほぼ同じ配置のベッドルームだった。
何となく、吸い込まれるように左手前のソファーに座り込んだ。ぼんやりとそのまま横に倒れこむ。
―――このまま眠っちゃおうかな…。
疲れたような、眠ってしまいたいような感覚と、じいちゃんの事、「気」の事…色々と引っかかることが浮かんでは消え、頭の中がぐるぐるした。
ぎゅうっと目をつぶると、なぜか昔家族で熱海旅行に行った事を思い出した。
―――あの時のホテル、まあまあ良い部屋だったよな、ちょっと奮発したって言ってた。ああ、ちょっとこの部屋と雰囲気似てるんだ。ベッド、ちょっと堅かったよな。このソファと寝心地が似てる。でも、この部屋ほど広くなかったよな…。
「帰ろ」
湊太はがばっと起き上がり、ゲートのある部屋へと戻った。
冬のわたくし電気タイプ。




