深夜、リビングにて
ちょっと今回短いです。
「朝海はもう寝た?」
地球に戻ると23時になる少し前だった。
湊太はそのままリビングまで移動すると、まずは妹がそこに居ないことを確認した。
「おう、おかえりー」
父親の慎士がちらりとこっちを見ると、「帰還した」息子をのんびりと迎えてくれた。
ゲートを使ってアステリアに行った事はもう知っているようだ。知っているというか、予想通りだったのかもしれない。
部屋に入ってきた湊太を追うように、猫タワーに居た猫2匹が飛び降りて、湊太の足元をうろうろとしはじめた。
「じいちゃん生きてるって聞いたけど」
間を置かず、湊太はテレビを見ていた両親に『案件』を叩きつけてみた。
「え?大牙くんそんな事言わないでしょ?誰から聞いた?」
夕湖は、緑茶の入った湯飲みを片手に、チョコでコーティングされたナッツをバリボリとかじりながら言った。
「だからなんで質問を質問で返すの?聞いてるのはこっち!」
両親の座っているテレビ真正面のソファの、90度左隣のオットマンに湊太は座りながら夕湖を睨んだ。
その場の空気などお構いなしに、茶トラの「とらじろう」が慌ててソファに飛び乗り、湊太の膝にどっしりと乗っかってきた。膝を取られたもう一匹は、どかっと体を投げ出し、湊太の足の甲に腹を乗せた。
「まあ…そうだけど?…おじいちゃん生きてるって事、他には言わないでね」
とめどなくチョコナッツの子袋を開封しては口に放り込んでいく。夕湖の頬がパンパンだ。
「リスかー!?口の中無くなってから次入れなさい!」
「で?誰から聞いたの?」
口いっぱいだが、夕湖は器用に喋る。
「…クレアさんだよ。めちゃくちゃ酔っ払いの」
何だか話が先に進みそうになかったので、あきらめて不機嫌顔のまま湊太は答えた。
「えー!酔っ払いクレアって超レアー!見たかったー!」
ばらした相手を責めたかったわけではなさそうだ、なぜだか夕湖はけらけらと笑っている。
チョコで酔っぱらうのか、この人は、と思ってしまうくらい変なテンションだった。
中途半端に浮いていた湊太の手に、とらじろうが頭をぐりぐりと押し付けてきた。無言の「撫でろ、そして愛でろ」の強要に、仕方なく頭をなでる。
「まあいいや。さっさとお風呂入って寝ちゃって。明日はあんたがホストよ」
―――ホスト?ホストって?え、あれ?俺ホストだったの?またクレアさんに抱き着かれる?
一瞬ホストクラブのホストかと思って、湊太は変な顔をしてしまった。
「いや、ずっと大牙くんに説明させるつもり?今日聞いた分くらいは、湊太とヒデ君で仕切って、由梨香ちゃんに説明してよ。新しい事だけ大牙くんに聞いて」
「ああ、そういう意味…いや、大牙さんじゃなくてあんたらが説明しろよ」
大牙に押しつけず、せめて当事者の身内の人間が話すべきだと思う。アステリアの言うとおりだ。なぜ巻き込まれただけの大牙に押し付けるのだろう。
「こらー!親に向かってあんたらとは何事よ」
夕湖はまたけらけらと笑った。父の慎士はそうっと反対を向いて、知らん顔をしている。
「とーちゃんも知ってたんだろ?」
急に矛先が向けられ、慎士は鳴らせない口笛を吹くふりをして、目を泳がせる。
「なにそのマンガみたいな誤魔化し方…」
「いいじゃん、憧れの異世界っぽい生活!」
慎士はさわやかにサムズアップして笑って見せた。
どうにも色々と騙されたり誤魔化されたりしている気がしてならない。
「いやそうかもだけど…向こうでの生活費とかはどうなってるの?タダで住めるわけないでしょ、あんな豪華な部屋」
はた、と両親の動きが止まり、二人してまじまじと湊太の顔を眺めた。
「へえ~…そういう事に気が回るようになったんだなあ…」
「成長してるね、お母さん嬉しいわ」
「胡散臭え!」
二人の演技じみた発言に、湊太は叫んでしまった。
「随分前に温泉旅行行ったじゃん。熱海だったっけ?いい部屋で高かったって。あの時の部屋の何倍も広いじゃん。…あー、思い出した、そういや一回しか行ったことなかったけど、じいちゃんが昔軽井沢に別荘買ったって。あんときスゲーって思ったけど、あの建物すら比較にならないレベルじゃん」
夕湖は立ち上がり、急須にお湯を注ぎつつ、湊太の湯飲みも運んできた。
「湊太もお茶いる?」
「…貰う…」
―――そういえば、クレアさんが淹れてくれた紅茶、飲まずじまいだったな。
今更だが、湯気の立つ湯飲みを眺めていると、喉の奥が渇いていることに気付く。卓上の湯飲みに腕を伸ばそうとすると、膝の上のとらじろうが邪魔で届かなかった。それを見て、笑いながら夕湖が湯飲みを取って手渡してくれた。
「そこは心配しなくていいよ、星団通貨がうちに入ってくるルートは複数完成してるんだ。問題は日本円に換金しづらい事かな…そうじゃなくてもレビたちは、私達からお金を取るつもりはないみたいだけど。こういうのは、甘えてばっかりってのは長い目で見ると良くないから」
そこまで言うと、夕湖はお茶を一口啜り、少し真面目な顔をして湊太を見た。
「時々、レビに限らずあの家の人たちから何か頼まれたら、できるだけ聞いてあげて。とりま、レビ本人は、ヒデ君の雑学に期待してるみたいだから」
確かに秀人の雑学の知識は凄かった。今日一日で、色々と思い知った。
「…俺は何にも期待されてない感じ…?」
「そだなぁ…湊太の得意な事って何だと思う?」
少し考えてみた。
残念ながら、とりたてて「これ!」と言える人より優れているとか、得意なものが思い当たらない。心の奥の方に、またイヤな感じのモヤモヤが浮かんでくる。
最近ちょっとやって見てはいるが、料理だって趣味程度だ。
「…うー…。剣道…くらい?」
小学生の頃から始めた剣道は、そもそも祖父の耕作から「異世界転生したら剣が必要になると思うぞぉ?」と、今考えたらかなり意味不明な理由で勧められて始めたのだ。
中学生の部活ではそこそこ良いところまで行けたと思う。
しかし、これで将来食べていけるわけでもないし…と考えると、高校では続けるつもりはなかった。そこで湊太はハッと気づいた。
―――そうか、じいちゃんが剣道を勧めたのは、アステリアで必要になるって事だったのか。だったら、高校でも続けた方がいいのか?
何か脳内でパズルが填まったような高揚感が湧いてきた。やっぱ、高校は剣道部に入って腕を磨いた方が良いのか?と考えかけたところで
「いや、剣道関係ないな。もっとあるでしょ」
一瞬で夕湖に否定され、剣道関係ないんかい!と心の中で盛大に祖父にツッコんだ。
―――じゃあ、じいちゃん何で剣道勧めたんだよ!
そして、それを否定されると他に思いつかない。
「え…ないよ、他に」
「思いつかないの?…色々あるよ、いいところ。味覚とか良い方なんじゃない?もしあそこの料理長さんとかに呼ばれたら、話聞いてあげてね。あ、レビの家のお菓子類全般はクレアがほぼ一人で作ってるから、お菓子の事で聞かれたらヨロシク!」
ここでクレアの名前が出て、どきっとした。なるべく顔に出さないように気を付けながら言葉を選ぶ。
「いや…味覚って…それはどう使えばいいのか…」
「明日の昼の肉うどん、お肉の味付けよろしくね~!」
「騙したのか、ちくしょー!風呂入ってくる!」
捨て台詞のように言い残して、湊太は席を立った。急に膝から降ろされたとらじろうが、不満そうにニャッと短く泣いた。
「…色々と器用な子だと思うけどなあ…」
バタンと閉まったドアを見つめながら、さっきまで黙っていた慎士がぽつりと呟いた。
そして、一人になった洗面所で、湊太はずっと続いていたモヤモヤの正体に気付いてしまった。
さっき大牙に会いたいと思ったのは、なぜ「学者」の道を選んだのか、不思議に思ったからだ。
個人情報を検索した後ろめたさは確かにあった。それよりも、家業ではないけれど「格闘一家」という肩書の家に生まれて、それを無視して大牙の進んだ別の道。
いつ、どうして、それを選び取ったのだろう。
サラリーマンの家に生まれ、家業なんてない自分には、ある意味無限の選択肢がある。逆に言うと、何も方向性も決まっていない自分には、選びきれない無限の選択肢しかない。
文理選択。あと半年で、自分でその無限の選択肢を半分に削ぎ落す事になる。
正直、何もない、何も決めていない自分に、その取捨選択はとても恐ろしいものだった。
やっと長い一日が終わりました…




