加害者Cの懺悔 その2
地獄のような5日間だった。
ゾーヤはなるべく息をひそめ、拉致した人間たちのカプセルの部屋で過ごした。
食料も持ち込み、ハルカを抱きしめ、あやしながら、隣の声が聞こえないように知っている歌を聞かせた。
ゲートを過ぎたら、恐らく同じ空域に戻ったことを本星には知られてしまうだろう。つまり、そこからの引き延ばしはない。
後2日でこの地獄が終わると思うとゾーヤはほっとしたが、同時に後2日も続くと思うと腹の奥の方がずっしりと重くなった。
『ゲート到着まであと10分。ゲート通過後はアステリア上空を周回ののち、ララカリブスへ向かいます』
1時間前あたりから、船からゲートまでの予定時間の通知が頻繁に来るようになっていた。
ゾーヤはハルカをカプセルに戻し、意を決して操縦室へ移動した。
「もうすぐゲートだ、通信が入るかもしれない。一旦その女をカプセルに入れておけ」
「ちぇー…分かったよ」
ゾーヤの指示で、獣人が渋々人間の娘をカプセルに運んだ。
ゲートへ向かって電気が放たれたらしく、目の前に6つの点が光り始めた。
宇宙空間のゲートはフレームで繋がっていないのだが、空間が六角形に切り取られ、薄く青く光る惑星の輪郭が見えたので、ゲートが起動したことが分かった。
そのまま真っすぐゲートを通ってウーロ星系に戻り、十数秒後。ゲートの死角になる位置に小型の戦闘機が何機も展開しているのに気付いた。ゲートから出た場所が夜だった上、その闇の中に紛れていたので小型機がいると認識するのが遅れてしまったのだ。
「終わったな」そう思ったと同時に、ゾーヤは「助かった」とも思ってしまった。
敵に近しい存在の星団軍に捕まる方がましだと思うくらい、この船の中の状況は彼女にとって耐えがたい苦痛だったのだ。
「全速力で振り切れ!」
もうダメだろうなと分かっていたが、一応命令してみた。
『現在内部からの指示は受け付けません』
予想以上にあっさりと、船から拒絶されてしまった。
速度は全く上がらず、堂々と進路を塞いだ一機の中型船に、ゾーヤたちの船は素直に牽引されて動いた。
「…完全にコントロールを奪われた…」
一度も星団軍に所属したことのなかったゾーヤには、軍のルールが分からない。
この先捕まったとして、どのように扱われるのか全く想像がつかなかった。
ただ、いきなり殺される事だけはないだろうという考えに至ると、変な余裕が出て来た。
「俺たちどうなるんだ…?」
「禁止薬物の方が多分やべえよ。かなり重罪だった気がする…」
「俺たちは連盟から抜けてんだぜ?そっちの法では裁けないはずだ」
3人が交互に不安と気休めを口にしていた。
景色の色が変わり、大気圏に突入したのが分かった。
「とりあえず、俺は逃げる。着地と同時に飛び出して逃げる」
そう言ったのは、3人のうちの誰だったろう。街の光が見え始め、ゆるゆると暗闇の地上が近づいているのが分かった。
「着地ポイントは夜みたいだな。逃げ切れる可能性が高くなったぜ」
いつの間にか3人共、船の着地と同時に3人別々の方向に一気に走って逃げるという計画になっていた。
タラップが一人分の幅しかないのに、3人同時は無理じゃない?
今から本物の重力が掛かるって事忘れてない?
子供のころ授業で習ったでしょ、アステリアでは森に入ったらダメだって。
色んな「逃げるのは無理」な理由がゾーヤの脳裏をよぎったが、緊張とストレスによってハイになっている状態の彼らに聞いてもらえる状況でもなく、そもそも教える気も起きなかった。
3人が外のドアに繋がる前室通路に焦って飛び込むのを確認し、ゾーヤはハルカの居るカプセルの部屋へ移動した。
ああ、ハルカが泣いている。
カプセルのせいでほとんど声は聞こえないが、顔を真っ赤にして泣いているのが分かった。
「ごめんね、すぐに見つけてもらえるから」
気休めにしかならないが、ハルカのカプセルの影に座り込んで身を隠した。
間もなく、ゾーヤは拘束された。
翌日の午前中。
尋問の順番が回ってきた。
ゾーヤは当然、何もしゃべるつもりはなかった。
だが、血液を採取されて早い段階で個人情報が特定されてしまった。ほんの一年前まで惑星間連盟のデータベース上にあったものが、星が連盟を抜けたところで消えているはずもないのだ。
その上、傭兵が先に尋問されていたので、「船長に聞け」とか「軍人はあいつだけだ」、「司令官の女だからあいつが知っているはずだ」などとべらべらと余計な事を喋られてしまっていた。
傭兵が言った以上の事を話すつもりもなかったが、本当に、彼女もそれ以上知らなかったのだ。
船が自動的に信号を出して情報を収集していたらしく、もう一隻のツェーザルの船の動きが割り出されたおかげで、初日の尋問は早々に終了した。
翌朝、再び尋問に呼ばれた。
移動の際、看守がゾーヤの腕に鉄輪をはめながら、傭兵たちが一部屋にまとめられたと告げて来た。
もともとそんなに部屋数がなかったのは見て分かっていたので、まあそうなるだろうな、とも思っていた。
独房を出てすぐ、まとめられた3人の部屋の前を通った。
エルフが相変わらず卑猥な言葉をゾーヤに浴びせつつ、檻の隙間から腕を伸ばしてゾーヤに触れようとしてきたが、看守がその腕を掴んで止めてくれた。
取調室に向かいながら、看守は昼過ぎにツェーザルの船がゲートを通過するであろうことも教えてくれた。
その時ゾーヤが考えたのは、あの傷だらけになった地球の娘の事だった。
ツェーザルたちの船でも同じような事が起こったのだろうか。
腹の奥の方が、またずうんと重くなる。
あのクソ真面目なツェーザルが、もしこの傭兵たちと同じような事をしていたなら、私は奴を噛み殺してしまうかもしれないな、とぼんやり考えていた。
取調室に入り、前日と同じ椅子に座った。目の前のスクリーンに昨日の尋問の時と同じ男が映し出され、お決まりの質問をいくつかされた。
そして、ララカリブスに質問状を送った、と揺さぶりをかけて来た。
『ララカリブスに質問状を送ったが、政府、軍ともども、そんな船は知らない、言いがかりに抗議する、と返答が来たそうだ』
まあ、そうだろうなと思った。最初から誰にも知られてはいけない、そう言う仕事だと言われていた。
ただ、私達が捕まったことが母国に伝わっただけのことだ。
『傭兵は切り捨てやすいので、最初からそう言う人員構成だったのだろうな。君も見捨てられたのかな』
お約束の揺さぶりに、今更動じる事などない。
私が捕まったと聞いて、ランベルトはどう思ったのだろう。
一瞬、長官の声が耳の奥でよみがえった。
『ああ、ゾーヤ、可愛いゾーヤ。僕の天使』
なぜ私は、今ここでそれを思い出したのだ。あんな男に何か期待をしていたのか。助けに来てくれるとでも思っていたのか。
たかだかあと30年もすれば寿命を迎える生き物だ。きっとあの男にとっての私など、私が小リスを愛でるくらいの意味しかなかったのだ。
ゾーヤは心の奥でランベルトに何かを期待していた自分がいたことに、ひどく動揺してしまった。
尋問終了後、取調室には黄色いツナギの人間が現れ、星団管理局からゲートが持ちこまれた。
「丘の上から船を移動させいのだが…生体ロックが掛かっている。君が行かないと船が動かせない」
独房には戻らずに、ゾーヤはそのまま黄色いツナギたちと共に小さなゲートを通り、船の下りた丘の上に連れて行かれた。
前回は夜で良く見えていなかったが、船の下りた丘の上のほど近くには立派な屋敷が建っていた。
振り返ると、噂に聞く『星の塔樹』が見えて
「うわぁ…」
と思わず声が出てしまった。
暖かい風の吹く丘の上で、なぜこの星はこんなに美しいのだろうと見惚れて、足が止まった。
寒いララカリブスにはない緑の草原、星の塔樹を取り囲む明るいオレンジ色の屋根の建物たち。何もかもが明るく眩しく、違い過ぎる。
船の前に移動すると、ゾーヤが何かする必要もなくロックが解除されてドアが開き、動力が復活した。
「そのまま少しお待ちください、権限を書き換えますので」
とても小さな人、恐らくユーディコ星出身と思われる軍服の女性が、画面を多重に開いて細かく指示を出していた。
「終わりました!軍と管理局、どちらも上級職以上の方がいれば動くように設定してます」
「ご苦労!」
軍服を着た、ゾーヤと同じような銀色の毛の狼人がそう言って女性を労うと、彼を先頭に何人かが船に乗り込んだ。
そうして北の方へ飛び去って行った船を見送った後、屋敷の近くに白い鳥かごのようなガゼボが建っていたことに気付いた。
中に、誰かがいる。
「…エルフ、と…」
この間連れ去った地球人の男性二人だ。なぜ、3人で呑気に仲良くお茶をしているのだろう。
「ああ、この星の巫女姫の後継者一族の当主、レーヴェリヒ・シュラーツェン=グラーティアさんだ」
別にエルフの事を聞きたかったわけではないが、地球人を見て驚きすぎて言葉が止まったせいで、そう捉えられてしまった。
「グラーティア?ああ、本物の巫女の血筋か」
ララカリブスにいるニセモノのお姫様とは違う、本物がそこにいた。
「随分と品がある男だな…それより、一緒にいるのは私達が連れて来た地球人か」
「ええ、全員こちらの屋敷で預かっているようですよ」
話好きなのだろうか、緊張感のない管理局がすらすらと雑談するように答えてくれた。
全員。ということは、ハルカもだろうか。
こちらが風上だ。この距離でもエルフなら聞こえるだろう。
「あの赤子は元気か」
風に乗せるように質問を投げた。
返事は聞こえなかったが、元気だ、と口元が動いたのが見えた。
ゲートで軍の地下へ戻った後、黄色のツナギたちがわらわらとゲートを持って退散していった。
昼食後、グノメの使用が一部解禁された。情報を取ることは許されたが、こちらからの通信は当然制限されていた。
ニュースソースに繋ぐと、いきなりバズっていたのはツェーザルの船の帰還イベント中継だ。
向こうの3人部屋でも同じものを見ているのだろう、同じような音声が重なって聞こえていた。
ドラゴンが画面に映った時には
「これが噂の…」
と感動のあまり呟いてしまった。しかしその後、地面に刺さった船を見た時には歯がカタカタと震えてしまった。
ツェーザルは無事だろうか。
ゾーヤは混乱した状態のまま、不安な気持ちを紛らわすように検索を繰り返し、昨夜ララカリブスから発表されたニュースにぶち当たった。
「ランベルトが…」
ニセモノ姫と結婚した。
頭が真っ白になった。何も考えられなくなり、独房の床に座り込んで、ぐるぐると眩暈のする額を抑えた。
何が起こっているのか分からない。
ただ、本当に帰るところがなくなったのだ、という事だけが分かり、より眩暈がひどくなった。
少しして、また取調室に呼ばれた。
3人の傭兵の部屋の前を通ったが、彼らはツェーザルの船のリプレイと続報を他人事のように見て笑っていた。
取調室でまた同じ席に座り、画面越しに同じ取調官の顔が映っているのを見た。
「もう一隻の状況は見たか」
「…見た」
「船内映像の確認が進行中だ。終わったら、見たいか?」
「私が…見てもいいのか」
「結果から先に行っておく、乗組員は全員死亡した」
―――ツェーザル!
ぎゅっと目を瞑り、心の中でゾーヤは叫んだ。
「…見せて…いただけるなら、ありがたい…」
何とか声を絞り出した。
そう言う作戦なのかもしれないが、ここの人間は冷たそうなヤツでもじわじわと人の良さをにじませてくるヤツが多いのが腹が立つ。自分一人が悪人になった気分になる。
来たら心強いと思っていた同僚も、ここに来なかった。相談する相手もいない。行き場なんてない。
ああ、もうどうなってもいいや。
独房に戻る途中、また傭兵のエルフが手を伸ばしてきた。
「船長見た見た?司令官のニュース!あ、あの薬ホントは船長に使えって事だったんじゃねーの?邪魔になったから!」
ニヤニヤと笑いながら、エルフが挑発してくる。頭の中で、何かがはじけた。
その男の顔を一瞥すると、あえてゾーヤはエルフに近寄った。
「カワイそーに。俺が慰めてやろうか?」
エルフが腕を伸ばし、ゾーヤの腰を抱き寄せた。
ゾーヤは鎖がついたままの腕を伸ばし、つま先立ちして鉄の柱の隙間からエルフの頭を近づけると、キスした。
「あっ、おい!何をしているんだ!」
看守が叫ぶ声を完全に無視して、口から、あご、首筋へとゆっくり舌を這わせる。
「いやらしー女だな、おい」
エルフは口を締まりなく開いて大喜びだ。檻の間から、ぐいぐいと股間を押しつけてくる。
「お前は随分としつこかったな。コレで満足か?」
舌が首筋に辿り着いたとき、ゾーヤは首筋に思い切り牙を立て、ブチブチという音を響かせて血管ごと皮膚を食いちぎった。
「あああああ!!」
ゾーヤの顔が真っ赤に染まった。袖で顔に掛かった血を素早く拭くと、獣人の女はぺっと口の中に残った血と肉を吐き捨てた。
エルフは叫んで首を押さえつつ、その場に崩れ落ちた。でも広範囲に皮膚をむしり取られた首から激しく吹き出す血は止まらない。
看守が慌てて応援を呼ぶ声が聞こえたが、ゾーヤの手は止まらない。
血の海に倒れたエルフの後ろで、獣人と人間が壁際まで後ずさりして震えていた。
ゾーヤは鎖をじゃらりと鳴らしながら首の後ろに手をやり、うなじの辺りに隠していた隠し針を髪の毛ごと抜き取った。
体温で柔らかくなり、常温で硬化する針だ。髪の毛に混ぜ込むと分からない。身体検査を受けても見つけられるものじゃない。
「檻が邪魔ね…君たちの大好きな、おクスリの時間だよ」
そう言いながら、ゾーヤは鉄柵の隙間から2本の針を残りの獣人と人間に向かって投げた。
「任務完了」
ものの1分足らずで、3人の始末を終えた。
そう、私の本来の仕事はこれだ。私がこの任務に選ばれた意味は、任務完了後の口封じしかなかったのだ。
ああ、地球を出る前にこうすればよかったんだ。私はランベルトの意図を汲み取れていなかった。順番を間違えた。そうしていれば、私の正体以外の情報を取られる事はなかった。
ゾーヤは見えない空を仰ぎ、目を閉じた。あっという間に、武器を構えた迷彩服の軍人に取り囲まれた。
軍の建物内で3人も殺した私は、どう裁かれるのだろう。
もう、どうせ帰れないんだ。ダメだったら、死刑で結構。でも。
―――ああ…出来れば、最後にハルカに会いたかったな。
思い切り空気を吸い込むと、血まみれの顔で正面の軍人たちに向かってゾーヤは叫んだ。
「ララカリブス独立軍、特殊軍暗殺部隊所属、ゾーヤ・バザロヴァ中尉だ。アステリアへの亡命を希望する!」
ようやく胸糞傭兵退場です。




