被害者Aの回顧録 その9 支援者
「面白い人でしょ?…ああ、ごめんなさい。皆さんにまであの人がご迷惑かけたみたいね」
昼食時、今日は休みだというエルサが同じ食卓に着いた。
「面白い人なんだけど、信用はしてないの。あの人、この屋敷に住みたがったけど、一歩も入れてないわ」
エルサがクスクス笑いながらパスタを口に運んだ。プライベートのエルサは、メイドの時とは別人のように悪戯っぽく笑う。
「通い妻?そんなとこ。半分別居みたいなものよ。私はここが好きだし、仕事もあるしね」
「旦那さん異動って聞きましたけど、エルサさんもその…他の星について行くんですか?」
「うーん…いずれは行くつもりだけど、多分2、3年くらいは遅れて行く予定…かな」
耕作の質問にそう答えると、エルサは自分の腹を押さえた。
「二人目がいるから、この子が出て来て、ほどほど手がかからなくなったらね?」
「はー!そうか、それはおめでとうございます」
耕作がお祝いの言葉を口にした。
なるほど、信用はしていないが、仲が悪いわけではないらしい。
「色んな夫婦がおるんやなあ…夫婦ゆーのは不思議なもんやなぁ…」
博昭は素のエルサが意外なほどクセが強い事に圧倒されつつ、カルチャーショックも受けていた。
「じきにみーこさんの子たちも生まれてくるだろうし、しばらくこの屋敷も賑やかになりそうね」
みーこの子、という言葉が博昭の胸にちくりと突き刺さった。
「ちなみに、一人目のお子さんは今は何を?」
博昭の微妙な表情に気付いたのか、耕作が慌てて話題を変えた。エルサは顔を上げると少し遠い目をして
「ああ、星の塔樹にいるわ」
と言った。
「えっ…」
耕作も博昭もびくっと顔を上げた。
「ああ、違う違う。巫女と…小さい頃から仲が良かったから。専属の秘書みたいな立場で行ってるの。今の巫女はちょっと特殊だから、手下が必要って言うか」
「代理って書いてありましたね、そう言えば」
「あ、巫女姫の歴史読んだんだ、すごーい!そう、本当の巫女は自分に星の意思を住みつかせて、抑え込んで、中で対話できるの。今のあの子は抑え込む力がない代理だから、完全に星に乗っ取られてる状態。思い付きで動かれちゃうから、その辺の調整とか連絡役をしてるの。たまに気付かない間に出て行かれちゃうから大変みたいだけど」
食べながら、話しながらなのに、エルサの所作は実にスマートで品がある。
「我が娘ながら有能みたいよ?ふふっ、あのオリヴェルの変な癖の強さが娘に遺伝しなくて良かった。離して育てて正解」
実に楽しそうにエルサは笑った。
「でもね、たまには様子見に行かないと。今日の夕飯ぐらいは、出向いてあの人と一緒に食べるつもりよ」
「はぁ~…」
本当に不思議な夫婦だ。
エルサの旦那の扱いが理解できず、博昭は力が抜けるほど大きく息を吐いた。
昼食を終え、食堂を出たところでラルフから連絡が入った。
『コーサクさん、ヒロさん、ヒマっす!遊びに来てくださいよぉ』
「はぁ…もうラルフはグノメ使いこなしとるんやな…」
『何言ってるんですか、隣の子供二人なんか、もっと色々と使いこなしてますよ。何か…何か壮大なプロジェクト始めてるんですよ、何なんですかあの子たち』
ラルフの声からは、誰かと話したくて仕方ない感じが溢れている。地球だったらスマートな会話が難しいはずのドイツ人との対話が、ストレスフリーで感情まで手に取るようにわかるという現状が不思議でもあった。
「えー?あの子たち何してるんだろ、見に行こうかな」
耕作は、ラルフよりも二人のパトリックの方が気になったようだ。
『ダメっすよ、ボク見てもワケわかんなかったですもん。なんかプログラミングして動かすとか言って、仮想サーバー?とかなんとかをグノメさんに用意してもらったって言ってて…もう意味わかんない』
会話しつつ、二人の足はすでに回廊の方へ向かっている。
「そういや、ラルフはもう世界樹は見たの?」
『世界樹?ああ、到着して、宇宙船下りた時すぐに見ましたよ』
「そっか、昼だったもんね。…天気もいいし外の東屋に行こうよ。あそこで話そう」
『え?え?ボク外出しても良いのかなぁ?』
「いや…いいでしょ、さっき街まで行ったんだから。気になるなら誰かお医者さんとかに聞いたら?」
『そうします!』
博昭たちが屋敷から出るのと、ラルフが医療棟から出てくるのはほぼ同時だった。
「気持ちのええ天気やなあ」
誰もいない東屋に3人でのんびり歩きながら向かった。
「一応、ここでも医療関係者扱いになってるんです、ボク」
東屋のソファに腰を下ろすなり、ラルフが透かし模様の入った机に突っ伏した。
「奥の処置室にもなんだかんだ呼ばれるんですけど、ホントにね、シルビアさんの脇腹ががっつり空洞なんですよ。丸ごと水槽みたいなのに浸かってて、体自体は冷凍保存に近い状態状態だそうです。
傷口のとこは、ずっとなんかシュワシュワ泡が出てて、細胞分裂繰り返して増殖中、臓器は少しでも残ってたら再生可能って言うんです。地球じゃ考えられないし、もう絶対に助けられない」
「まあ…それは、ここで助けられたことがありがたいって思うしかないよね…?」
「でも、完全な再生には半年以上は掛かるって言うんです。まあ、半年で臓器が再生するなら全然OKだと思うんですけど…それまでボク達は帰れないんですかねぇ?」
「それは…さすがに困るわ…」
ラルフが急に勢いよく顔を上げた。頬にがっつり机の透かし模様が刻み込まれている。
「で、もし先にボク達が帰った場合ですよ?シルビアさんの娘さんと旦那さんに、どう説明すりゃいいんですか?」
「お子さん、まだ小さいんやろ?」
ラルフが30で研修医を終える頃なら、シルビアの子供はまだ小さいと予想できた。
「確か…15歳かな?」
「え?シルビアさん何歳?そんな年には…」
耕作がびっくり顔でラルフを見た。
「35ですよ、多分。彼女色々変わってて…彼女のお母さんがシルビアさん産んだのがかなり高齢だったらしいんすよ。
医者目指すなら、子供産むのは30歳越すって言ったら、その頃じゃ両親が体力的にもう孫の面倒見れないって反対したらしくて。話し合いの末、学校の夏季休暇に合わせて、計画的に二十歳で産んだそうです」
「…すごい事するなぁ…」
「それも、よく知った幼馴染の中から顔が好みの大人しい文学青年選んで、種だけくれって言ったって。別に結婚する必要はないし、子供の顔見たけりゃ見に来てもいいからって」
「エキセントリックすぎひん!?」
「結局、その後結婚して今に至るそうで…まあ、優しそうな旦那さんですよ。…ああ、なんて言えばいいんだよぉ…」
反対の頬を下にしてまたラルフが机に倒れ込んだ時、3人の目の前に同時に画面が立ち上がった。
画面に現れたのはレビだったが、歩いているのか走っているのか、何か忙しなく画が揺れる。
『3人共東屋か。丁度良かった、君たちに来客だ』
画面の中、レビの声が珍しく息が上がっているように聞こえた。
『すぐそちらに向かう…あっ』
頭が画面の下に消え、そのまま画面が閉じた。
「コケた?」
「転んだね…」
博昭と耕作が顔を見合わせていると、机の上に倒れたまま世界樹の方を見ていたラルフが、
「あっ、なんか変なの飛んで来た!」
と指差しながら体を起こした。
初日にメイドのジゼルに乗せて貰った円盤と同じようなものに乗って、薄い黄色のツナギの男がこちらに向かって飛んできている。
「あの黄色のツナギ…星団管理局か?」
「ほんまや。何であの色なんやろな?もっさいわぁ…」
東屋の先にある大きな木の傍に着地すると、男は紫色のゴーグルを頭の上に上げ、背中に背負っていた袋から棒を何本か取り出した。そして、何か確認しながらその棒の角を合わせて繋げていくと、六角形の輪が出来上がった。
「あれ…ゲートちゃいます?」
「ポータブルってそーいう事かぁ!」
そして男はまたゲートを回しながら角を確認していたかと思うと、頷きながらその六角形の輪を木の幹に立てかけた。立て掛けると、懐から布を出してゲートのフレームを磨き始めた。
「何で今、磨き始めたの?あの人」
ラルフがあごに手を当て、小ばかにしたように笑う。するとすぐにゲートの中が暗くなり、靄に包まれ、どこかの部屋が映し出された…が、向こうに見える景色の地面がナナメだ。男は慌てて角度を直すと、身体を屈めてゲートを通って帰って行った。
「あー、電気いるって言ってたな。なるほど、静電気起こしたのか」
「…何しに来たんや…丸いキックボード置きっぱなしやし」
少しすると、六角形の中に見えていた向こうの景色が消えた。
「…何やったの?あの人…」
「あー、レビが来た?…何だあれ、でけぇ鳥に乗ってるー!」
ラルフが屋敷の方を見ながら叫ぶ。
「その鳥医療棟の裏の子だよね?乗れるんだー!それよりさっき転んでなかった?ダイジョーブ?」
ラルフの問いかけに、レビは少し目を反らした。
「だ、大丈夫だ…それより、まだ誰も来てないのか」
「なんか黄色いツナギの人が来たけど、ゲート置いて帰ってたよ?」
耕作が大きな木の根元を指差すと、レビは安心したようにソファに腰掛けた。
「はあ…ならば間に合ったか」
するとすぐにゲートにもやが掛かり、ぞろぞろと男が3人出て来た。一人は襟のあるシャツの上からニットを重ね、チノパンを穿いた「休日に庭いじりをする老人」と言った風貌の初老紳士、もう一人は黄色のツナギの若い男性、最後に出て来たのはジョルジュだった。
「レビ、久しぶりだね…君が家督を継いで以来だから、2年振りくらいか?」
『休日の老人』が声を掛けた。
「お久しぶりです…そちらもお元気そうで」
レビはいつも通りの特に感情のない顔だ。久しぶりとすら思っていなさそうだ。
「ふむ、席が足りないな。君は帰っていいよ」
その男性は黄色いツナギに向かって軽く告げた。
「…いえ、私は立ったままで結構ですのでお気になさらず」
「オリヴェルはまだこの家に入れて貰えなんだろう?そんな奴の仲間に今からの話は聞かせたくないんだけどね」
「…私は支局長の部下で、オリヴェル戦略部長の部下ではありません。不必要に彼に情報を漏らすつもりもありません」
「ふーん…」
星団管理局の職員を一瞥すると、今度はレビを睨む。
「…で?紹介はしてくれないのかな?座ってもいいかい?」
「どうぞお座りください…はあ。面倒だな。この人は地球にあるゲートを守っている集団の一人で、現代表のロバート・ベレスフォードだ。地球側でのゲートの所有が団体での管理のため、こちら側のゲートは星団管理局の管理下にある。来るときは星団管理局からになる」
レビの紹介を受けて、休日のイギリス紳士は地球人3人に笑顔を見せた。
「イギリスから来た、秘密結社の親玉だ。ロブでいい」
ロバートはさっきまでの棘のある雰囲気から一転、穏やかに自己紹介した。
「槌田耕作、日本人です」
「山下博昭、同じく日本人ですぅ」
「ラルフ・シューマン、ドイツ人です」
3人もさらりと自己紹介した。
「で、君たちの置かれている状況は大方聞き及んでいる。日本の情報は…すまない、入ってこないけど、ラルフ君、君の方の病院の監視カメラの映像は手に入れた」
「…まじっすか」
「見る?」
「え、見れるんすか?」
「いくつかのシーンかをプリントしてもらった。画像は荒いけどね」
ポケットから写真の束を出し、ロバートはばさり、と卓上に投げた。
「宙づり?」
見えない誰かの肩に抱えられ、二つ折り状態の体が二つ浮いているおかしな絵だ。
「良かったなラルフ、これなら彼女に浮気を疑われなくて済むよ。見るからに宇宙人に攫われましたって絵だぞ?」
耕作が笑顔でラルフの方を向いた。
「いや…そうかも知れないっすけど!…でもこれカッコ悪いなー…」
「アメリカの少年二人の方は、攫われる直前に家族が悲鳴を聞いているので、事件として扱われているよ…さて」
ロバートは卓上に両腕をのせ、身を乗り出した。
「私達へオリヴェルの馬鹿から来た依頼は、何らかの国際機関との渡りをつけろ、との事だった。ヤツの思う作戦内容も聞いたが、彼含め、こちらの人間は地球を知らなすぎる。まあ、うまく行くとは思えない。だが、言っても分からないだろうし、オリヴェルの馬鹿は止めてもやりたいようにやるだろう。
私たちは私達で最善を考える必要がある…何にしても君たちは10日近く行方不明状態だ。利用できるものはさせて貰おう。でないと君たちは通常の生活に戻るのに支障が出ると思うがどうだね?帰る場所がなくなってしまうよ?」
彼が喋ると、オリヴェルの名前の後にはもれなく馬鹿がつく。そして説明不要なくらいに全てを理解していそうな老人に、博昭は不思議と信用してもいい、という気分になった。
「我らデルージュの遺児は、世界各国にいる。そしてそれなりの権力者もいるんだよ。オリヴェルの馬鹿な作戦を利用して、君たちを無事に国々に返す。悪だくみはいくつになっても胸が躍るね」
デルージュ…大洪水…ノアの大洪水、だったか。耕作から教えられた巫女姫の歴史で、洪水の記述があった。その時に地球に移り住んだ人たちのネットワークが、まだ存在しているという事だろうか。つまり、このロバートという人も元はこの星にいた人間やエルフの子孫ということになる。
「ジョルジュ、地球へは船を出すのだろう?搭乗予定のメンバーを出してくれ。可能であればこちらの手の者を多めにねじ込め。
戻すのは結局何人だ?アメリカとドイツ、日本…3か国でいいのか?」
「戻すのは6人だ。シルビアは、半年は動かせない。ハルカは…帰さない方がいいと思うのだが、みんなの意見はどうだろう」
レビが不安そうに耕作を見た。
「うん、僕も帰さない方がいいと思う」
「当主だろう、決断に自信を持て。レビの決断でみんなが動くんだ。当然我々も」
ロバートがレビを叱咤した。
「…ところで、既に仮で組み終わっている作戦がある。聞くか?」
にやりと笑った老人に
「すまないが、その作戦に重要案件を追加させてくれ」
とレビが話を止めた。
「もう一人…治療中の女性がいるのだが、しばらくの間、定期的にこちらで検診を受けて欲しいそうだ」
「…話は聞いている。惨過ぎて犯人を八つ裂きにしてやりたいところだったが…仲間に殺されたのだったな。その仲間がやらなければ、私がやるところだったよ」
眉間にしわを寄せつつ、老人が本当に手を下すのではないかというくらいの強さで憤った。
「みーこさん…?帰られへんの?」
博昭が絶望的に呟くと
「いや、ちゃんと返す。そして…ゲートを託す」
いつもよりもさらに表情のない顔でレビがそう告げた。
「はあぁぁぁ~!?」
さっきのみーこの件に対する怒りよりも、更に血管が切れそうな声でロバート翁が叫んだ。
もう…なんだろ。ホントにおっさんしか出てこない…




