幼馴染の証言
和美が借りて来た台車は2台だったので、本の片付け担当の3人のうち一人、留守番で残ることになった。じゃんけんの結果、由梨香と秀人が運搬係、和美が残って掃除をすることになった。
「5時間目に図書館案内してもらったけど、2階だったよな?」
本の入った段ボール山積みの台車を押しながら、秀人が疑問を口にした。
eスポーツ部の部室は部室棟1階の一番奥だ。理科棟、校舎A棟、その向こうの事務棟の2階にある図書館への運搬方法が秀人には分からない。
「こっちこっち」
由梨香が理科棟に入ると、いつもはそのまま真っすぐ抜けるところを左に曲がった。理科棟の外に出ると、そこには階段とスロープがあった。
「なるほどね」
中学の3年間いただけに、由梨香は校舎の構造には詳しかった。しかし、由梨香が押してみたところで台車はスロープを登ってくれなかった。
「重っ!…無理くね?」
由梨香があっさり諦める。そこに、上から鉄道研の手伝いを終えた湊太と彰斗がちょうど下りてきた。身動きの取れない残念な状態を見られてしまい、由梨香は若干気まずそうな顔をした。
「二人とも何してんの」
湊太が苦笑しつつ質問するが、見ただけでもう状況は把握しているようだ。
「いや…重すぎて」
「代わるよ」
湊太が由梨香の推していた台車を受け取り、スロープを上り始めた。
由梨香がほーっと感心していると、にやにやしている秀人と目が合った。
「シュートもはよ行け」
ぷんぷんと怒ったフリをしつつ、由梨香が秀人にも運ぶよう促す。
「いや、俺も無理だった」
「なんでだよー!」
彰斗が試しに押してみたが、やはり動かない。
「うー…これ、俺も無理だぁ」
実は秀人の方の台車はもともと積んでいる箱が多かったので、運べないのも無理はなかった。彰斗と秀人二人掛かりで台車を押し、なんとか2階へ持って行った。
本は2往復であらかた片付いた。
「台車の置いてある場所聞いときたい、教えてー!俺が返しに行くから」
と湊太が言ったので、由梨香が案内して湊太が押して台車を返しに行った。
「食堂の建物の横に倉庫があって、そこだよ。事務室行って、鍵借りて返してが若干面倒なんだけどね」
台車を戻し、鍵を返し終わって事務棟から出たところで、校外から帰ってきたらしいなのはとばったり会った。なのははもう一人、後ろに女子を連れている。
「今から部室行くことだったけど、何してんのさ」
春先に腕まくりしている湊太と由梨香を見て、なのはが笑った。
「あれ…?」
よく見ると、なのはの後ろにいた女子は、早紀の友人の美奈子だった。
部室に戻ると、鉄道研OBが運んでくれたとの事で、すでにデスクは部室の壁際にきれいに配置されていた。
そして廊下に出しておいたスチール棚は、『廃棄』と書かれた紙が取り外されて『文芸部』と貼られたものが1つ残っていただけで、他はいつのまにか消えていたそうだ。不用品が他の部室で活用される、エコなシステムである。
「パソコンも何もないから、スマホでゲームするだけの自称eスポーツ部でーす」
彰斗にそう言われて、躊躇いつつ美奈子は部室に入ってきた。
「ウチ部員じゃないのに、場所借りてすみません」
なのはが先輩二人に頭を下げる。
「いやいや、大事な部員の問題だし、それくらいはサービスさせていただきます。なのはちゃんも入部してくれても…いいんだからねっ!」
彰斗はふざけつつ二人を歓迎すると、部屋の一番奥の窓際でパイプ椅子に座り、貰ったばかりのデスクでパズルゲームを始めた。
なのはと美奈子が並んでソファに座り、向かいに由梨香と湊太が座った。和美と秀人は両端でパイプ椅子だ。
「昨日の、湊太が言ってた駅のコインロッカー。美奈とちょっと仕掛けて行ってみた」
「仕掛けた?」
由梨香が怪訝そうな表情で美奈子を見た。
美奈子は、由梨香と目が合うと疲れた表情でため息をついた。
「昨日の帰り、私、早紀と一緒に駅まで行ったんだ。私は自転車だから、押して一緒に歩いて…駅まで早紀送って、そこで別れて。だから、その後駅で待ち伏せしてたって言われても信じられなくて」
「だから、今日も昨日と同じ状況にして、別れた後、少し待って二人でこっそり見に行ってみた」
少し顔色の悪い美奈子と、淡々としゃべるなのはは対照的だ。
「いたの?」
由梨香の眉間に力が入る。
「いた。見事に湊太の言ってたまんまの場所」
なのはの言葉に、湊太も唇を噛み締める。
和美が端の方で紙コップにジュースを注いでいる。それを受け取り、湊太と美奈子が全員に回した。
「自転車って事はこの辺の人だよな?なんで辻井と知り合いなんだ?…あ、3組の吉沢です」
秀人が自己紹介しつつ質問する。
「6組の藤原美奈子。母親同士が地元が一緒の同級生で仲良くって…家も近かったから、昔から家を行ったり来たりする感じだったの。5年生の時に早紀のとこが家建てて引っ越して…」
そこで、美奈子が顔を上げて湊太を見た。
「引っ越してすぐに、すっごく優しくてカッコいい人に出会ったって、LINEが来たの」
真っすぐ見られて湊太は慌てた。何を言っているのか全然理解できない。
「…ん?え?俺?」
とりあえずお約束のように左右を見る。
「えーと…人違いでは…」
自分で言うのも情けないが、その条件に当てはまるとは思えない。
美奈子はふーっと息を吐くと、記憶を辿りながら過去に早紀から聞いたという話をした。
転校して間もない頃の事。
理科の授業の前、休み時間にトイレに行って戻ると、教室には誰もいなかった。
移動教室という事は分かっていたが、転校したてで理科室が分からない。
教科書とノート、筆記用具を持ってウロウロ探してみたがやはり分からない。
途方に暮れて廊下で泣いていたら
「どした?どっか痛い?…あ、転校生?理科室分かんないのか。連れてってやるよ」
そう言って、その男子は手をつないで、理科室が見えるところまで連れて行ってくれた。
「えー何それ、惚れるわ」
和美がうぎゃーと悲鳴を上げた。
「え、ちょっと待って?5年でしょ?同級生の女子としれっと手つなぐ男とか怖いんですけど」
由梨香はドン引き、真逆の反応だ。
「いやいや、ちょっと待って、まじで。俺じゃないそれ!…いや…あれ?」
似たような記憶がうっすらある。でも、何か違う。
「妹と同じくらい?2年か3年の転校生だって思って…すっごく小さい子だったと思ったんだけど。そういう事があった気が…」
「うん、4年生終わった時点では、早紀はめちゃくちゃ小さかった」
美奈子がじっと湊太を見た。大牙の顔が思い浮かび、心臓がばくんと跳ねた。
―――大牙さん、エスパーですか。俺やっちゃってました。あなたの予想通りです!
「じゃあ、剣道部の先輩への当てつけってのは誤報なの?誰かの妄想?」
なのはが慌てている。
湊太も、酷い誤解をしていたのではないか。自分も最初から色眼鏡で早紀の事を見ていたのではないか、と考えると、チクリと心に何かが刺さる。
「本当は最初から、湊太の良いところ見てくれてたって話になるな」
秀人がため息をつきつつ湊太と、そして由梨香の顔を見た。
みんなの噂する「当てつけ」説を全面的に信じてしまっていた。最初から間違えてしまっていたのだ。
「えー?じゃこうなったのってやっぱり俺が原因?俺が悪いの?」
湊太が頭を抱える。
「いや、悪くはないな」
「確かに悪くはない。女子の手握った以外は」
即座に秀人と由梨香は否定してくれたが…。
「…ユリカさんがやたら手握ったにこだわります。怖いです」
そう言った瞬間、わき腹に肘打ちが入った
「あいたっ」
「原因がそうだったとしても、ストーカーを許していいわけない。それとこれとは話が別。絆されんな」
由梨香が真面目な顔で湊太を睨んだ。自分で言っておきながら、手を握った云々の話は肘打ち一つでスルーされた。
「はいそこ、イチャイチャしなーい。問題はストーカー行為でしょ。その幼馴染ちゃんは何かいい解決法でも思いつきそうなの?」
和美が美奈子に振る。
「分かんないです、どうすれば良いか。でも、あんな顔の早紀初めて見た…」
膝の上で、ぎゅっと握った拳が震えている。
「説得…してみる」
「やめなって。それであんたにまで矛先向いたら、こっちの罪悪感が爆上がりするだけだわ」
由梨香が目を伏せ、大きくため息をついた。
「私からお願い、聞いてもらえるなら一つ。あの子まだクラスで誰とも話してるの見てないんだ。クラス委員の仕事かもだけど、今私が話しかけるのも感じ悪いでしょ?なのはにも協力してもらうつもりだけど、クラス内で友達ができるまででいいから、なるべくあの子の話し相手になって欲しい。で、他に目向けて貰いたいんだ」
「それは…それくらいなら全然」
美奈子はほっとしたように顔を上げた。逆に由梨香が目を逸らす。
「なんか私、あんたに目の敵にされてるみたいだったから、今日情報くれただけでもまあ十分有難かったけどね」
「う。…いや…もう、ユリカに彼氏できたなら、もういいよ。誰とも付き合わずに、みんなに良い顔してるのが気に入らなかっただけだから」
「へ…?私そんな事してないよ?」
由梨香がびっくりした顔で美奈子の顔を見た。
「だ…から。もう良いって言ってる…」
美奈子の目が泳いだ。なのはが急に隣の美奈子の顔を覗き込んだ。
「ははぁ。好きな男子がユリカの事イイとか言ってたってパターンですかぁ?」
「ちが…だから、もう良いって!」
「同じ学年でウチに相談してきたのは6人、私通さずに直接告った先輩2名。この中にいますかぁ?」
なのははニヨニヨと口元を緩めて美奈子を追求した。
「もう!悪かったから。もうやだぁ」
美奈子は両手で顔を覆って隠した。
「おい、苛めんな」
秀人が困ったように笑いながらなのはを止めた。
「俺からも一つ。湊太とユリカが付き合ってるって情報が、辻井の耳に届いてるか、それとなく聞いて欲しい。今日も同じ場所に居たってんだったら、情報が入ってないのか、知った上で尚同じこと続けてるのか…。難しかったら、無理しなくていい。ユリカの言う通り、矛先がそっちに向いたらホントに俺たちが申し訳なくてしょうがなくなるから」
「…うん、わかった。えーっと、吉沢君だっけ」
「シュートで良いよ」
「シュートは、矛先が向くって具体的にどういう心配してるの?」
美奈子の質問を受けて、秀人が湊太の顔を見る。秀人の視線に頷き、湊太が答えた。
「俺は、とりあえず刺されることを警戒してる」
「そんな、いきなりそういう話になるかなあ!?」
湊太の意見に美奈子は目を見開いた。そして逃げるようにソファの隅に寄る。
「ゴメン、俺も湊太と同じ意見。ストーカーの知り合いなんていないから正直分かんないけど、過去事件になってるやつ見ると、警戒し過ぎって事はないと思う」
秀人の発言で、全員がしんとなった。
膝の前で指を組んで、湊太が昨夜の事を思い出しつつ口を開いた。
「ある人に、周りの大人に相談しろって言われたんだけどね。今のところ具体的に何か危害加えられた訳でもなくて。ただ待ち伏せされてるだけって相談も難しいというか」
「確かし」
なのはが頷いた。
「中2の時から一年間、友達が守ってくれたんでしょ?これから3年、私とシュートで守ればいいじゃん」
由梨香はジュースを一口飲むと、表情も変えずそう宣言した。
「きゃあ、ユリカちゃん男前!」
和美が嬉しそうに茶化す。
「えー、ところで宴もたけなわですが」
突然秀人が立ち上がった。
「ごめん、塾があるから帰る」
湊太もスマホを持ち上げて時間を確認した。
「ああ、そっか木曜か。気を付けて。…あ、念のため。防刃シャツあるけど、渡しとこうか」
持ち上げたカバンをどさっと落として、秀人が湊太を凝視した。
「え?え?ちょっと…それって試してみた?効果があるか、とか」
「いやまだ全然?念のため腕だけの付けてるけど」
腕まくりした制服のシャツの下、黒い袖を湊太が指差した。
「それ、長袖の黒T着てるんじゃないんだ…ん?ちょっとツヤッとしてる?」
由梨香が興味津々で湊太の腕を触った。つまんだり、ひっぱったりして観察している。腕を触られている感覚が、湊太からすると何ともむず痒い。
すると、ストーカーの話題にはまるで絡まず、窓際の席でゲームをしていた彰斗がいきなりスマホを放り投げて立ち上がり、カッターを持ち出してきた。
「湊太くん、そういうのは実験してみたいと思わんかね。…その腕の、外していただこうか」
彰斗の様子を目にした秀人は
「あーダメだ、もう無理」
と叫び、スマホを操作し始めた。そして
「塾、時間変更した。それ、切ってみようぜ」
と目を輝かせた。
「湊太、昨日の今日で準備はえー!」
なのはは大喜びで手を叩いている。
「なんでそんな物持ってんの?意味わかんない」
美奈子はなのはの肩を掴んで、背中に隠れるようにしつつ卓上を見ている。
卓上には、オカ研遺品の本のうち、廃棄するつもりだった雑誌が置かれている。全然オカルトと関係のない、普通の週刊少年漫画だ。湊太は防刃スリーブを腕から外し、クロスワードの雑誌を丸めてそれに被せ、卓上の雑誌の上に置いた。
「はあっ!」
大げさなポーズで彰斗が切り付きかけて、手を止めた。
「ホントに切れて弁償とかなったらイヤだから、湊太くんドーゾ」
そう言ってカッターを湊太に手渡すと、わくわくと眺めるギャラリー側に変わった。
湊太はまず、刃先を当ててぐっと押してみた。刺さる感じはない。次に、すっと刃先を引いてみた。
「すげ、切れてない」
外して、下の雑誌を見てみるが、押し当てた跡も、切った線も紙の方にない。
次に、漫画雑誌の上に置いて、思いっきり刃を上から刺してみた。
「…切れてないな」
彰斗が覗き込む。
「中の本はどう?そっちにダメージあったら、結局人間は痛いって事だよな?」
秀人に言われ、雑誌の表紙を見てみた。少しへこんでいるが、尖った刃先が当たった跡というより、竹刀の付きでも食らったような、面積の広いへこみ方だ。
「すげー、どういう構造?これ。素材なんだよ…ないな、素材の情報」
彰斗が洗濯表示タグを探すが、縫い目も何もないただの筒だ。
「その、持ってきたTシャツの方は?」
秀人は防刃グッズの出所が分かっているので心配そうに湊太の目を見たが、湊太はにこっと笑ってTシャツを取り出し、彰斗に渡した。
「何もないんですよ、縫い目も」
「マジか。洗濯困るじゃん」
何のタグもないのを確認すると、彰斗はTシャツを和美に渡す。
「うわー、ほんとだ。ホールガーメントってやつ?」
和美も縫い目がない事を確認すると、なぜかぐるっと自分の左腕にTシャツを巻き付けた。そして卓上に置かれていたカッターを手に取ると、迷わずその手を振り上げた。
「え、ちょっ…」
「おいおい待て待てー!」
みんなが驚いて止める前に、カッターは和美の腕に振り下ろされていた。
「きゃああっ」
美奈子は悲鳴を上げて目を閉じた。由梨香も無言で湊太の右肩にしがみついた。
「…ふーん。何だろ、先の出てないボールペン刺したくらいの感じっていうか」
あっけに取られている全員と裏腹に、和美は呑気に感想を述べる。
「すっごいな、こんなのどこに売ってんのよ」
「えーっと、海外の知り合い…の、軍関係の人からというか」
アキバで買った、と言おうかとも悩んだが、店を聞かれても困る。湊太はぼかしてごまかす事を選んだ。
「すっごいじゃねぇよ、お前の頭のネジのがどうなってるか聞きたいわ」
まだたった2日の付き合いだが、ずっとふわふわとふざけ気味の彰斗が声を荒げたのを、湊太達は初めて聞いた。
「きゃははっ、先輩たちキャラ濃すぎ。まじでウチもここ入ろっかな」
なのはが二っと歯を見せて、楽しそうに笑った。
ホールガーメント、ユニクロなどでも使われてる、縫い目のない服作る技術です。




