コトダマ
「なんで昨日の今日でこんなことになってんだよ」
朝一の教室で、湊太は後からやってきた蓮にいきなり問い詰められていた。
「こんな事…とは」
一応惚けてみる。なのはがどういう方法で噂を流したのか知らないが、登校直後からずっと湊太の顔を見に来る人間が絶えない。
「うわー、何その余裕、めっちゃむかつくわー」
蓮は湊太の髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
「やめろってー!それより何なんだよ、たかだか同級生に彼氏できたってだけで、なんでこんな騒ぎになるんだよ。そっちの方が不思議だわ」
「きぃー憎らしいっ!ハゲろ!」
途中から蓮は明らかに笑いに走っていた。湊太の髪を適当に毟ろうと手をばたつかせている。
「なんだと、お前こそハゲろ!」
そんな二人を隣の席で由梨香はニコニコと見ている。
「湊太ハゲさせたら、私が蓮の頭毟るからね?」
その様子を遠巻きに見ていた女子たちから「きゃあ」などという悲鳴が上がった。
そのうち、女子一人がやってきて
「ご同行願おうか」
と言って由梨香の腕を掴むと、ぐいぐいと教室の隅に連れて行った。
由梨香のいなくなった席に、蓮が座った。
「まあ…遅かれ早かれ、こうなる気はしてたんだよな…」
大きなため息をつきながら、上目遣いに湊太を睨む。
「だから…何でこんな騒ぎになるのか分かんないって」
湊太の席からちょうど蓮の肩越しに、真っすぐ前を見据えたまま微動だにしない早紀が見えた。そして視線を少し右に動かすと、窓際の一番前の席から早紀を監視するように見ているなのはが目に入る。
「何でだろうな。なんだか祭りだよな。何でこんなに盛り上がってんのか俺にも分らん」
蓮もはあっとため息をつく。
「ま、今まで誰に告られても3年間NOって言い続けたやつが、昨日突然現れたヤツにあっさりYESと言った。ストーリーとしちゃ盛り上がるんじゃね?」
―――俺、別に告ってませんけど?何も言わせてもらえませんでしたけど?
喉元まで出かけた言葉を、湊太はぐっと飲みこんだ。そして、ああ、これはなのはが触れ回ったシナリオが、何人かにぶっ刺さったんだな、と唐突に理解した。
教室の後ろの角で、由梨香を囲んでいた女子たちから「きゃー!」という歓喜の声が上がった。そこで見えた由梨香の横顔に、湊太はもう一つ気付いてしまった。
―――あれ?これも、全部演技だ。
「うおーい、お前らチャイム鳴ったぞ?テスト前なのに余裕だな」
担任の大岩が大した迫力もなく入って来て、みんなゆるりと席に戻った。
そしてホームルームの後、3時間続くテストが始まった。
4時間目の「総合」の時間が終わり、昼休み。
由梨香は弁当を持ってなのはの隣の席に移動した。少し経つと、いつの間にか何人かの女子がその周りに集まっていた。
入れ替わるように湊太の席の周りには、弁当を持った男子数人が集まった。
蓮の仕切りで、高校入試組の男子も集められて顔合わせの様相を呈してきた。そして昼休みの間中、湊太は質問攻めにあった。それは見知らぬ者同士が会話を始めるのにちょうどいいネタを投下した形になっていた。
校内の案内、図書館の使用方法、学食の使用ルールなど、4、5時間目の総合学習の時間を使って各クラスが順に校内を回り、放課後となった。
部室へ向かおうと隣のクラスへ秀人を誘いに行くと、昨日と同じく…いや、昨日以上の人数に秀人が取り囲まれていた。
「シュート、来おぉい!」
由梨香が教室の後ろのドアから叫ぶと、視線が一斉に由梨香の方へと集まった。するとその群れから女子が一人、なかなかの勢いで飛び出してきた。昨日も秀人に絡んでいた女子の一人だ。アイナとリリコ…だったか。
「ユリカ、詳しく話して!もしくはレポート用紙にまとめて提出。2枚以上で!」
「こえーよアイナ。以内じゃなくて以上かよ」
ぐいぐい由梨香に来ている、こっちがアイナらしい。黒髪ツインテの子だ。由梨香の左手が湊太の腕に絡まっているのに気付くと
「いやーん。爆ぜやがれ」
と言って去って行った。
「…おもろい子だね?」
湊太が由梨香の方を見る。
「おもろさだけなら保証する」
湊太の言葉を受け、由梨香は大きく頷いた。
由梨香と湊太、そしてアイナに視線が集まった隙をついて、秀人が群れから抜け出してきた。
「助かった、ありがと…違うな、囲まれたのお前らのせいだわ」
礼を言っておきながら、笑いながら秀人が一言付け足す。
「よっし、とにかく部室に移動!」
湊太が目配せすると、3人は急ぎ足で部室棟に移動した。
「そうだ。湊太、醤油とすき焼きのたれありがと。すげーな、足りないもの良く分かったな」
途中理科棟を抜けながら、秀人が湊太に礼を言った。秀人の明るい声を久々に聞いた気がする。
「推理が当たってよかった」
と湊太も笑顔で返した。
「シュートのお母さん、薄味なの?」
由梨香がそこまで言って
「あ…そっか、無添加とか自然派とか言ってたな。それ関連か」
秀人から笑顔が消え、普段の表情にもどった。
「一回父親の健康診断で高血圧気味って言われてから、ずっと薄味。無添加云々は…まあ、部室で話す」
「あれ?そういやなのはは?あいつも今日部室で話すってんじゃなかったっけ」
湊太がきょろきょろとなのはの姿を探すが、周囲にいない。
「なのはは…ちょっと確認事項があるから、少し遅れてくる」
由梨香のその言葉が終わるころ、ちょうど部室に着いた。
部室のドアを開けようとしたとき、いきなり中から先にドアが開けられた。
「うわ、びっくりした」
由梨香が驚いて飛びのく。中から出てきたのは部長の彰斗だ。
「ちょーど良かった!湊太くん手伝って。今から鉄道研の終焉を見届けに!」
「…何て?」
「詳細は向かいながら話すから。シュートくんとユリカちゃんは残って和美の指示聞いて」
そのまま湊太はカバンだけ残して、連れていかれてしまった。
「何…?鉄道研?」
秀人は湊太のカバンを抱えつつ、由梨香について部室に入った。見ると、オカ研の残した本が全部棚から降ろされて山積みにされていた。
「えー!?これ、どうするんですか」
秀人が珍しく大きめな声で叫んだ。
空になったスチール棚を引きずっていた和美が、手を止めた。
「んーとね、順を追って話します。鉄道研が、今年2年の1名を残して、年度末で潰れました。一人残ってたってのがここのオカ研より面倒で。残った一人がギリまで部員勧誘に勤しんでおりました」
「…見つからなかったんですね」
由梨香が無の表情で薄く笑った。
「そう。今年の新一年勧誘すればいいじゃないって思うかもしんないけど、年度末が判定基準だから、もう継続は不可能となりました。部室取り上げです。部室狙ってるグループは他にもございますので」
「ああ…」
秀人と由梨香が同時に嘆息した。
「部員本人は基本撮り鉄だったので、写真部に吸収されて活動自体はほぼ今まで通り可能という事にあいなりましたが、問題はその部室。その部屋の半分を占める鉄道ジオラマ、これを壊すのはもったいないと、OBまで口を出してくる始末」
まるで和美が講談師のようだ。扇を持たせてみたいとユリカはぼんやり考えながら聞いていた。
「…まあ、気持ちはわからんでもないです」
秀人が同情の目で頷く。
「しかし…なんと図書館が、スペースの一角を開けてそれを常時展示してくれることになりました!ええ話っ!」
話しながら和美は自分で拍手した。
「おー!」
由梨香と秀人もつられて拍手する。
「そしてそして、あっきーとその残り一人の撮り鉄が幼馴染だったということで、ジオラマ下にあるデスク類、優先的に譲ってくれることになりました!」
由梨香がばっと顔を上げた。
「まじすか!」
「条件はジオラマの運搬の手伝い。そしてそうなると私たちに必要な作業は?」
「…本と棚の撤去?」
「正解!ということで、シュートくんが個人的に欲しいものがあれば避けて持って帰っていただいて構いません。それ以外はこっちも図書館に運搬じゃぁー!」
「おー!」
机だけ来ても、パソコンはないよね…二人してそう思ってしまったが、とりあえず揃って元気に腕を上げてみた。
湊太は彰斗から話を聞きつつ鉄道研の部室についた。制服の人間は一人だけ、あとは明らかに外部の人間と分かる私服が数名。そして
「あれ、大岩先生?」
なぜか湊太の担任がその場にいた。
「えーと…あ、湊太だ。うん、俺ここのOBなの。そして生物部と兼務の顧問」
「…まじすか」
副委員長になったせいか、既に先生は湊太を覚えていてくれたようだ。
「クラブ説明会明日なのに、もう部活決めてるんだね」
「はは…まあ、そうっすね。入部届もまだ書いてませんけど」
私服の先輩方は大事そうに車両を箱に入れ、レールを外している。
「じゃ、土台はあっきーと後輩クン、順に運んでね。私達はレール向こうで敷設するから」
唯一の制服の人は、目元の涼やかなきりっとした美人だった。こんな人が勧誘しても、誰も入らなかったのかと湊太は驚く。そして撮り鉄イコール男だと思っていた自分の認識も殴りたい気分だ。
「えー、どっからどう運んでいいか分かんないよコレ」
「ちゃんと分解できるように作ってあるから!一個一個丁寧に扱ってね?」
パーツの多さはなかなかのものだ。大きなため息をつきつつ、彰斗はくるりと湊太の方を見た。
「…って事だ。よろしく頼むぜ」
そういった彰斗の声は、運ぶ前からとても疲れていた。
「苦渋の選択…」
そう言いながら、秀人は10冊ほど本を選んだ。いずれも宇宙人とUMAの本だ。
「この辺の本は、多分図書館に持ってっても始末されそうな気がする。…こっちは多分図書館でも受け入れてもらえると思う」
かなり悩みつつ本を選び、秀人基準でいくつかの山に分類し、選び終わったようだ。
秀人が本を選んでいる間に、和美と由梨香でスチール棚を廊下に運び出した。1つだけ残して、全てだ。
『廃棄』と書いた紙を貼られたその遺物たちは、通行の邪魔にならないよう廊下の壁際に整然と並べられていた。
「じゃあ、台車借りてくるよ。そこの段ボール組み立てといて」
そう言い残し、和美が部室を出て行った。
「…二人がうまく行って良かった」
秀人が、ぽつりと呟いた。段ボールの底にガムテープを張りつつ、由梨香は一瞬目を細めた。
「そういう風に見えるなら、今はそれでいいよ。シュートがどう思ってるか知らないけど、私にとっては二人とも大事なゲーム友達。それ以上でもそれ以下でもない」
「え…湊太の事、好きじゃないの?」
「…だから、友達としては好きだよ?恋愛感情は、ない」
秀人はかなりびっくりした顔をしている。こんな秀人は見たことがない、というくらい目を見開いている。
「違うの?」
「前に彼女が出来たって噂聞いたときは、もやっとはしたよ?でも、女友達に彼氏できてももやっとするじゃん?単純に友達として遊ぶ時間無くなるな、とかそんなやつだよ…シュートは『野望』なんて言っちゃったから、そっちになればいいなって、そういう風に思いたいだけじゃないの?」
しばしの間、秀人はガムテープを持ったまま固まっていた。
そして、急にふっと笑った。
「あの時、ユリカは『それも良いかもね』って言った」
「…そんなの、会話のノリじゃん」
「ノリでも、そういうの口にしたらダメだよ。それなりに拘束力がある」
「んなわけないじゃん!子供の冗談だよ?」
「今考えたら、湊太のやってる事ってそうなんだよ。料理始めたのも、そうなんじゃないかなって最近気づいた」
「…それ…は…」
由梨香はぎゅっと目を瞑った。新作ゲームを徹夜で進める母のために、笑顔で家事をする父の姿が脳裏をかすめた。
「ユリカも嫁に欲しいって言った」
「…言い…ました…」
「あんな好条件なかなかないと思うけど。料理出来て、優しくて、俺なんかよりはるかに真っすぐなヤツだ。…しかも、あんな特殊なゲートを持ってるのは、地球上に6人だけのSSR」
「あーもう、そういう暗示?呪いみたいでイヤ!もうー…」
「呪いじゃないよ」
秀人は詰めかけていた本を一冊手に取り、本の背表紙を指差した。
「『言霊』って言うんだ」
「こと…だま?」
背筋にぞくっと来て、ユリカは秀人の指した本の文字を見た。
「俺の言った言葉で、湊太は動いた。ユリカも、冗談でもそういう言葉を口にした。それが呪いって言うなら、何の力も持たない俺は、自分の野望のために言霊でそれを実現するよ」
遠くから、ガラガラと台車が走ってくる音が聞こえて来た。
「…もし、お互いもっと合うゲームのパートナー出来たらどーすんだよ」
何か分からないが悔しくて、由梨香は3人がバラバラになる「IF」をぶつけてみる。
「そいつがゲームで相性良くても、プライベートで合うとは限らない…ま、決めるのは俺じゃない。俺はただの傍観者だ。そうなればいいな、を隣で言い続けるだけだ」
「怖いわっ」
笑いで返したが、なぜ秀人にここまで干渉されなければいけないのか、そこに納得がいっていない自分に気付いた。
「シュートに、私の彼氏やら結婚相手を決められる筋合いはないんだけど?」
「それはそう」
秀人は軽く笑うと、ムキになっている由梨香の目を見て不意にニヤッと笑いかけた。
「ユリカに分かりやすい言葉で言おうか?『推しカプにイチャイチャして欲しい』」
「はぅあっ!」
謎の悲鳴を上げ、思わず由梨香は床に座り込んでしまった。
「…ものすっごく、腑に落ちた…」
「な、言い方一つだ。言葉って面白いよな」
秀人がとても楽しそうに笑った。
がらりと扉が開き、和美が帰ってきた。
「はい、台車オン台車!2台借りて来たよ~!…あれ、どうしたユリカちゃん、何で床に座り込んでるの」
「何かよく分からない敗北感で、ちょっとパニクってます…」
由梨香は軽く首を振ると、立ち上がってスカートをぱんぱんと払った。
「さ、気合い入れて運びましょうか」
「頼もしぃ~!じゃあ、どんどん台車に載せちゃってー!」
3往復くらいいりそうだよね、と言いながら、3人はどんどん台車に箱を載せていった。
「総合」…いわゆる「総合的な学習の時間」とか、実は知らない世代です。




