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しらないところで  作者: 南 紅夏
春休み編

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自然発生の強制クエスト

 東屋から屋敷までの移動中、なぜか由梨香はニコニコと笑顔で、ソフィアと腕を組んで歩いていた。

 片や腕を取られているソフィアは、ぼーっとしていて、心ここにあらずと言った様子に見える。

 そういえば、と思い返してみると、途中から彼女がしゃべっていた記憶が湊太にはない。終盤ずっとソフィアは静かだった。


 長い回廊を、昨日と同じ左側ルートで歩く。

 昨日は暗くて気付かなかったが、回廊の外はソフィアたちに貸している『別棟』と呼ばれる窓のない真っ白な建物が、回廊の端まで続いていた。

「この別棟、メチャクチャ長いな。全部ソフィアたちの部屋なの?」

「えー?…いや…ほんとに入り口のあたりの小部屋だけだよ」

 湊太の問いかけに、ぼんやりと、心なしか寂しげにソフィアが答えた。

 明らかに様子がおかしい。昨日とは全然別人のようだ。


「庭、めっちゃ綺麗じゃん。あー、何だろ?どっかで見たことあるな、この感じ。どっかのホテルだったかなあ?テーマパークだったっけ?なんかこんな感じの庭見た気がする。どっかのお城の庭っぽいよね」


 由梨香はぐいぐいとソフィアの腕を引っ張り、意識を中庭の方に向けさせる。

「ああ…うん、そうだね…」

 やはり様子がおかしい、何とも気もそぞろな返事だ。


 湊太は心配になって、ちらりと腕を組む二人を見ると、ソフィアは遠くを見ているような、目の焦点の合ってないような感じだ。そして誘導するようにソフィアの腕を引っ張る由梨香と目が合うと、軽く睨まれたような気がした。


 回廊を抜け、本館に入り、2階へ上がった。そして昨日同様湊太がドアを押して入ると、部屋にはやはりお茶とお茶菓子が卓上に準備されていた。なぜか、今日はカップのセットの数が多いのが気になったが…。

「おおう、さすがクレアさん。しごできだな」

 秀人が感心している間に、大牙がゲートを手早く壁から伸びているアームにセットし、

「じゃ、俺は一旦部屋に戻るから…」

 と言い、ちらりとソフィアの顔を見ると、困った顔をして、何か言おうとして呑み込んだ。


「後はお任せあれ~」

 ソフィアの腕を掴んだまま、反対の手でひらひらと由梨香が手を振った。

「何かあったら呼んで…ごめん、ユリカちゃん、後頼む」

 大牙は顔の前で片手で「ゴメン」と手を立てると、横目でソフィアを見ながら扉へと向かった。

「OK、任されました」

 由梨香はにこりと微笑むと、大牙を見送った。


「…にしても、お素敵な部屋だね、ちょっと貴族かなんかになった気分。…で、まあ座って」

 ソフィアを大きなソファに座らせると、由梨香はその横に座った。

「野郎どももはよ座れ」

 雑にまとめられた男子二人も、何となく気まずい空気を感じたまま、左右のソファに座った。


 ここまで来ると、いくら鈍い湊太でも分かった。あの、不用意な自分の一言が原因だ。

「…ごめん、こんなことになるとは思ってもなくて」

「いや、俺もあのソフィアの顔見たときはヤバって思ったけど、大前提、えっと…あの瞬間まで俺も湊太も何も知らなかったから…」

 秀人もわたわたとしている。由梨香がぽんぽんと、ソフィアの肩を抱き寄せると、ソフィアの目からぽろぽろと涙が溢れ出した。


「…トラ彼女いたの…知りたくなかった。…ショックすぎる…」

「あー…やっぱり好きだったんだね…まあ、あれはモテるよね、誰がどう見ても。兄ちゃんディスる以外はほとんど完璧じゃん、今のところ」

 昨日から嫌に女の涙見てるな、と思うと湊太はどんよりとした気分になった。


 秀人は何とか空気を明るくしようと何かを言いかけては止め、手を挙げては下ろしを繰り返していたが、

「でも、あのレベルの人が彼女いないって言ったら、世の中の男ども絶望じゃん?普通いると思うよ」

 と、慰めにもならない言葉を投げかけた。

 由梨香は大きく息を吐くと、

「…今まで確認しなかったの?」

 とソフィアの目を見た。

「いない訳ないな、って思ってたから、聞くのが怖かったんだよ~!知りたくなかったの!」


 2か月以上、眼下に見える街にも行かず、ソフィアが不自然にここに留まり続けた理由。大牙の傍に居たかったからなのか、と思うと色々と合点がいった。そうなると次の疑問が浮かんでくる。

「じゃあ、ユリカ呼びたがってたの何で?」

「えっと…それは…ちょっと趣味の相談…したかったんだよ」

 なんだか歯切れが悪い。

「…それと…トラの事も、少しずつ探り入れられたらいいなって。協力してもらいたかったのもあったんだけど…」

 やぶへびだった。

 何てこと聞くんだよ、と言いたげな顔で秀人がこっちを睨んでいる。

「いや…まじでごめん…」

 じわっと聞きたかったことが、湊太の一言で一瞬にして知れてしまったのだ。しかも、何の心の準備もないまま、不意打ちで。


「湊太だけ、大牙さん彼女いるって事知ってたの?」

 ソフィアの肩を撫でながら、由梨香が湊太に向き直った。

「昨日の夜、ちょっと話したくてこっちに来て…大牙さんの部屋で先生って人が来て…」

「先生」が自分の娘を大牙と結婚させたがっていた事、遠距離の彼女がいる事など、湊太は昨夜の大牙と「先生」のやり取りを、なるべく見た通り、順を追って話した。


 一通り聞き終わった後、由梨香は

「…って事らしいけど、ソフィアはどうしたい?私に何かできる?」

 と、ソフィアの肩を撫で続けながら聞いた。何だかとても由梨香が頼りになる。アネゴとか姐さんとか呼んでしまいたいぐらいの安定感だ。

「…無理、諦められない…」

「…そっか、分かった。うーんと…湊太達ジャマ?いても大丈夫?」

「いや、俺の部屋なんだけど」

 湊太や秀人にしても逃げ出してしまいたい状況ではあったが、邪魔者扱いもちょっとひどい。


「別にどうでもいい…」

「おぅ…」

 ソフィアから、まあまあな言葉の刃が返ってきた。悪意あって言った言葉か、翻訳の妙なのか定かではないのだけれど。

「…どんな人だろう、トラの彼女って。すごく素敵な人だよね、きっと…だったら、諦められる気がする」

 湊太達含め、他の人の事は、今の彼女にとって本当にどうでもいいのかもしれない。ソフィアは独り言のように、見知らぬ大牙の彼女に対して自分の妄想だけで思いを馳せている。


「大牙さんの彼女の身上調査ミッションか?それはちょっと厳しいなあ」

 秀人が頭の後ろに両腕を回し、ソファに埋もれながら呟いた。

「どこの誰でどこに住んでるとか、そういう個人情報みたいなのはいいんだって。大牙さんから見てどういう人で、どういう所が好きなのか分かればいいんじゃない?それでソフィアの心の整理がつくんだったら…」


「でも、納得いかない相手だったら、奪い取ってやる!」


 由梨香の言葉を遮って、ソフィアが堂々の略奪宣言をした。秀人はドン引きだ。

「え…そういう感じ?…怖ぁ…」

「いや…略奪とか、まじでやめよ?えー…このタイプ、私の周りに今まで居なかったわ。ちょっとどうしていいか分かんない」

 さっきまでソフィアに協力的だった由梨香も、困った顔で湊太を見た。湊太としても、こっちを見られても困る。


「湊太、なんかヤベー女と一瞬付き合ってたって噂あったじゃん?何とかしてよー」

 由梨香がニヤニヤしながら湊太を見た。

「いや、誰から聞いたその噂!思い出したくもない!」

 中学2年の頃の話だ。まあまあ可愛い同級生に告白され、なんだか周りに流されるままに付き合い始めたが、あまりの束縛系に疲れ、たった2週間で「無理」となった話だった。

 由梨香に急に黒歴史をぶっこまれ、湊太は情報漏洩の犯人を捜して秀人の目を見た。秀人は慌てて、首と手をぶるぶると横に振り「俺じゃねーよ!」とアピールして見せた。


「いやー!違う違う、そうじゃないの!どーしていいか分かんない。彼女がどんな人なんて聞きたくもない、もうなんか頭の中ぐちゃぐちゃで、ホントどうしていいか分からないのー!」

 略奪宣言後、一瞬落ち着きかけていたかと思っていたソフィアだったが、突如のさっきより激しめの慟哭だ。その辛そうな泣き声に、湊太も秀人もいたたまれなくなった。


「俺たち、部屋に行っとこうか?それとも、あっち由梨香の部屋の予定だから、あっち行く?」

 立ち上がりながら入り口から右手の方を湊太が指し示すと、由梨香の口が「逃げんなコラ」と口パクで動くのが見え、

「はい…余計なこと言いました、ごめんなさい」

 と湊太は座りなおした。


「ごめん…ありがと。初対面なのにみっともないとこ見せちゃった。今日は…帰るね」

 叫ぶだけ叫ぶと落ち着いたのか、少し冷静になったソフィアが由梨香に抱き着くと、一人でよろよろと立ち上がった。

「…送って行こうか?」

 ソフィアのふらつく足取りに不安になって思わず湊太は声を掛けたが、

「ありがと。でも、一人で歩きたいんだ」

 と断られた。

 由梨香はソファから立ち上がり、

「今日は何かおいしいもの食べてゆっくり寝なよ?今度一緒に街に出かけよ?」

 と声をかけた。ソフィアは一瞬驚いた顔をしたが、

「うん。きっとね」

 と泣きながら微笑んで、静かに部屋を後にした。




「だあーっ、つ、疲れた。え、今日何する日だったっけ?想定外過ぎてちょっともう寝たい」

 秀人がソファから半ばずり落ちたような体勢で、足を投げ出した。

「シュートなんかほとんど何もしてないじゃん!私こそ何なのよ、異世界ゲームに飛び込んで、ミッションくれって言ったら失恋女子お預かりなんて、何の罰ゲームだよ!」


 由梨香はティーポットから紅茶をだばだばとカップに注ぎ、一気に飲み干した。出過ぎて苦そうな、濃い紅茶だった。さらにもう一杯お代わりで注ぐと、テーブル上のタルトに手を伸ばした。

「部屋!部屋くれるんでしょ?まずそっち見せてよー!色々それから!…あ、タルトおいしっ」


 部屋見せろ、と言いながら2個目のタルトに手を伸ばした由梨香に、まだ立ち上がる気がなさそうだと思い、湊太は疑問をぶつけた。

「なあ、ソフィアとは初対面だったのに、なんであそこまで面倒見たの?」

「ああ、俺もそれ思ったわ。面倒見良すぎじゃね?」

 ずるずるとソファに座りなおしながら、秀人も同意した。

「他にどうしろって?放置すればよかった?私以外あの場にいなかったじゃん、なんとかできる人間が」

「スミマセン…」

 男二人が、小さめな声で謝った。確かに、どちらにお鉢が回されても、由梨香に投げるしかなかった。


「泣いてる女子放置できないでしょ?…あーもう、席替え!この席にあんたたち座って。証人喚問を行います」

 一番大きな長ソファに湊太と秀人をまとめると、由梨香が湊太の座っていた一人用ソファの前にティーカップを移動させつつ

「グノメ、大牙さんに連絡したいんだけど…あ、大牙さん?ソフィア帰ったので、ちょっとこっちに来てもらえます?」

 頼れるアネゴは、手早く「尋問」の準備を始めた。

「こいつ、もうグノメさん使いこなしてやがる…」

 今のところこのガジェットを翻訳にしか利用していない秀人としては、由梨香の順応性が羨ましいらしい。


 少しして、部屋の扉がノックされた。

「はーい」

 湊太が席を立ち、ドアを開けると、そこには大牙となぜかレビ、そして見知らぬ女性一人の3人がいた。一番後ろにいたレビは

「じゃあ、私は先に戻ってるから」

 と言って、部屋には入らず去って行った。


 ―――この人…レビの奥さんだ!


 一目で分かる、説明不要の日本人顔の女性。

「私も、お邪魔しますね」

 にっこりと、無邪気な笑顔は20代真ん中くらいに見える。しかし、事件の話を考えるとどう見積もっても30歳過ぎているはずだ。

「ど、どうぞ!」

 湊太は、大牙とレビの奥さん…確かハルカさんと言っていたか…二人を、部屋へ招き入れた。


由梨香さん、お疲れさまでしたー。

次はテンポ上げていきます!

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