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死者を操る者  作者: 海鼠
3/12

夢遊と羞恥心

週一を目標にしてましたが早くも挫折……。連載って大変ですよね。

定期で連載し続けてる作者様方には、本当に尊敬します。

というわけで、駄文ですがどうぞお楽しみください。

 尚も呟く先生を生暖かい眼差しで見守った後、私は着替える為に個室に入った。

 もはや私専用と言っても過言ではない、私物置き兼更衣室の小部屋の中で、仕事着に着替える。

 飾り気のない、簡素なメイド服。実用性のみを追求した、巷に溢れる見た目も考慮した物とはまるで異なる。言ってしまえば、悲しくなるほど可愛くない。

 元々成るように成れ、というコンセプトで営まれていた骨董品屋に、勿論制服などというものは存在しなかった。なんでも、いつの間にかこの店に仕舞ってあったものらしい。こんな場所にあるぐらいなんだから、呪われてないだろうなと思ったけれど、意外に普通の服だった。

 着替えを済ませた私は、勉強道具を携えて店のカウンターに座る。

 路地裏の奥にあり、寂れた風袋の店に来る客なんて滅多にいないから、もはや仕事しに来てるのか、勉強しに来てるのか、そのあたりの境界は曖昧だ。とはいっても、これが出来るからこそ私は安い給料でここにいる。

 以前も述べたが、研究科において優秀ではない私は、こうでもしなければ一定の水準を維持して着いていけない。それに、もし解けない疑問が生じた時には先生に尋ねればいい。性格はあれだが、魔術に関しては優秀だから。

 いつものように不気味なまでに静かな店内で、ペンの走る音のみが響く。集中するにはこれ以上ない環境だけれど、今の私はいつになく気を乱していた。

「あの〜……」

「なんだい?」

 カウンター席の後ろ、本来ならばないはずの椅子をわざわざ持参し、視線で私を背後から射る先生の存在があるからな訳だが。

「何してるんですか?」

「見てわからないかい?」

 わかりゃ聞いてねーよ。

 とりあえず心の中で呟いておいた。

「いえ、いつもなら向こうで休んでますから、なんでこっちに来てるのかなと思って」

「来ちゃいけないのかい?」

 だからなんでこっち来たのか聞いてるんだ!

 ヒクつく頬を引き締め、はぐらかす先生をジロリと睨む。

 そんな様子の私を見て、先生はまたため息を零した。

 最近多いですね。歳ですか?

「あん?」

「何も言ってないです!」

 なんでそんなに歳の話には敏感なのでしょう。

「あんた、今自分がどれだけ不自然な状態か、気がついてないのかい?」

「……は?」

「ないようだね。

 さて、本気で気がついてないだけなのか、それとも気がつかないようにされているのか。どっちにしろ気に入らないね」

 またわからない事を呟き始めた。これは本格的に危ないのかも知れない。

「さぁ先生。向こうで一休みしましょうね。少し疲れているようですし、ゆっくり休みましょう?」

 慈愛の眼差しと、柔らかな声色で先生に語りかける。

「いたたたたたたた!」

 またもや!?

「あんたは学習能力がないのかい?」

 ありますとも!

「なら私にもわかりやすいように説明してくださいよ!」

「今は出来ないのさ」

「はぁ?」

「いや、説明しても無駄っていったほうがいいかね」

 あぁもう本当にボケ老人がっ!

「何か気に入らない気分になった」

「嘘ですごめんなさい許して下さい助けてぇ〜〜!!」

 普段は静かなはずの店内に、私の悲鳴が木霊するのだった。





 いつもの日常とは少し違ったやりとりがあった日から、以降は何事もなく数日が経つ。

 首を捻りたくなるような先生の言動も、時間と共にやがて記憶は薄れ、ささやかな出来事として、思い出す事もなくった。


 壊れた歯車が狂う、その時まで。


 その日も疲労困憊となってベッドという楽園に潜り込む筈だったのだが、普段とは違う疲れ方に、まずったと心の中で顔をしかめた。

 体がだるく、節々の動きが鈍い。

 風邪を引いたのかもしれない。

「無理し過ぎたのかな……」

 過ごし方はいつもと変わらない。もしかしたら気づかない程度に疲労が溜まっていたのか。

 このぐらいでへこたれる歳でもない筈なんだけどな。

 でも疲れているなら早く休むに越した事はない。

 私は明日の準備もそこそこに、いつもより早くベッドに潜り込んだ。





 そして夢を見る。

 見知らぬ道を、迷いなく歩く夢。

 この先に何があるのか、何を求めているのか、求めるモノを知らない筈なのに知っている。


 だから夢。


 ……夢なのだと、囁かれたから。


 景色が揺らぐ。右に左にゆっくりと揺らぐ。少しずつ、少しずつ後ろへと流れていく景色。虚ろな意識は、それがなんなのかを認識しない。見たことがある。見たことがない。水面にたゆたうように、揺れ動いては消えていく。



 行かなければ。行かなくては。行きたい。



 そうでないと私の『 』が消えてしまう。



 消えるのは嫌。



 だから行かなくては。



 移ろう意識は、しかしその一念だけを強烈に想う。


 次第に変わりゆく景色は夢遊を経て、やがて一つの終着点にたどり着く。


 小さな家だった。恐らく一般的な民家よりも小さな、そして簡素な家。

 私は呼び鈴を鳴らすでもノックするでもなく、ただドアの前に立つ。そして、計っていたかのように扉が開いた。

「……」

 姿を現したのは一人の青年。カッチリとしたスーツに身を包み、目元にかかるほど長い髪の間から、睨みつけるようにして私を見ていた。

 挨拶はない。敵意をあらわに、しかしそれが当然の流れのように、青年は身を引く。私は誰に促されるまでもなく、誰のものかもわからぬ家の中へと足を踏み入れた。

 それから青年に一度も視線を向けず、私は廊下を歩く。


 誘蛾灯に誘われるが如く、迷いなく、求めるモノを求めるが為に。


 小さな家は、歩く距離などたかが知れている。やがてたどり着いた行き止まりの扉を前に、ここが私の目的地だと私の中の何かが呟いていた。

 ドアノブを回し、たいした力も必要とせずにドアが開く。

 中はやはり家同様、質素なものだった。ベッド、テーブル、本棚。それ以外は部屋を照らすランプしかない。

「来たね」

 そんな部屋の中、椅子に座ってこちらを見つめる少年がいた。

 まだ幼さの残る、青年に成り切れていない容姿と声色。肌は白く、やや細い線が少年らしさをさらに強めていた。

「思ったよりも早かった。やっぱり略式じゃこの程度か。思うようにはいかないものだね」

 彼の言葉の意味を、私は理解できない。ただ私を見ながら呟く彼の声と表情は、とても悲しげな色に染まっていた。

 そんな声を聞いただけで、そんな表情を見ただけで、私の胸の中が締め付けられるように苦しくなる。

 彼にこんな表情をさせたくない。こんな表情をさせるために来たのではないと、呻きたくなる程に強く思う。

 慰めなくては。

 浮かび上がった強制力を伴った義務感は、しかし、私は逆らう事なく受け入れる。

 否、それはむしろ私自身の感情だったのかもしれない。

「すまない。術の準備は何一つ出来てないんだ。だから、また略式になる……」

 悲しげな表情のまま、ゆっくり立ち上がろうとした彼の肩を、私の手が軽く押す。不意打ち同然に、それだけで彼は、再び椅子へと腰を下ろした。

 その行動が予想外だったのか、少年の瞳がやや驚きに見開いた。

「な……」

 何を、と言おうとしたのだろう。しかし、それは叶わない。

 何故なら、彼の口を、私の口が塞いでいたから。

 柔らかい感触は、私の心を歓喜に震わせ、同時に流れ込む彼の魔力に、魂を震わせる。

 満たされる感情は、満たされたと共に更なる欲望を産み、際限のない想いはより多くの繋がりと、彼の力を求める。

 満たされる幸福と満ち足りぬ想い。背反する二つを静める為に、この甘美な味を深める為に、私は彼を求めた。

「ん、ちゅ……」

 くちゅり、と半開きになった彼の口内へと私の舌が入り込み、





「っっっ!?」

 そして私は夢から目覚めた。





 心臓の鼓動が煩い。体全体がポカポカする。息苦しい。

 朝焼けに染まった窓から差し込む光が眩しい。だけど、そんなことを気にする余裕は今の私には全くなかった。

「え、えぇ……、ちょっと、嘘でしょ……」

 思わず呟いてしまったのは、つい先ほどまで見ていた、いや、見てしまった夢のせい。

 知らぬ道を歩み、知らぬ家に入ったまではいい。いや、実際あまりよくないけど、問題はその後。なんじゃそりゃーと叫んでしまいそうな展開に、思わず手で顔を押さえる。案の定、まるで風呂上がりのように茹で上がっていて熱かった。

「私という奴は、なんて夢を……」

 見知らぬ少年と、なんだかとってもでぃーぷな接吻を交わしていた。

 夢から覚めた今となっては、少年の顔をはっきりとは思い出せない。でも、夢の中の想いは今でも強く感じることが出来た。

 あんな感情、抱いた事なんて初めてだ。もしやあれか。あれが恋と呼ばれるものなのか。現実じゃなくて夢の中でそんな想いを浮かべるなんて、私は……、私って奴は……!

「にゅををををを……」

 自身に対する羞恥心に、しばしの間ベッドの上で一人身もだえるのでたった。

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