12話 『封印をかけた勝負』
「奴隷、ですか⋯⋯」
エーベルトが額に汗を垂らしながら繰り返した。
奴隷。それは人間でありながら私有物のように扱われる屈辱的な身分。
「ええそうよ? いーっぱい可愛がってあげるわよぉ?」
そう言って無駄に色気のある仕草を見せる。
「奴隷になるなんてまだ決まってない。勝負はこれから」
フュールが言うと、フェミリーはふんと鼻を鳴らした。
「まぁいいわ。とにかく勝負よ。表に出てちょうだい」
そう言った瞬間、フェミリーの姿がきれいさっぱり無くなった。その場にエーベルトとフュールだけが取り残される。
「どうするんだフュール。このままじゃ奴隷行きだぞ?」
「大丈夫。その心配はない。私の方が上」
「本当か? なら頼もしいな」
「ここからフェミリーの所まで転移する」
そう言ったとき、2人の足元に光の輪が出来、2人はフェミリーの所まで転移した。
▲
「ふっ。来たわね」
エーベルト達を見てフェミリーは不敵な笑みを浮かべる。
「絶対に負けない」
対してフュールも負ける気はないようだった。
今3人がいるのは何も無い更地だ。これなら存分に魔法を使っても被害が出ない。
「さぁかかって来なさい。この<魔槍・オベリスク>で焼き尽くしてあげるわ!」
そう言って槍をフュールに向ける。対してフュールは何も武器を持っていないようだった。
「おーい! フュール! お前は武器ないのかー?」
遠くから観戦しているエーベルトが大声でフュールに言った。
「大丈夫。私は素手でやる」
「素手!? 本気か!? 相手は槍を持ってるんだぞ!?」
エーベルトが悲鳴じみた声を上げた。
「黙って見てて」
そう言ってフュールは宙に浮き、構える。相手のフェミリーも宙に浮いた。両者が睨み合う。エーベルトはゴクリと唾を飲み下した。
「《ドラッヘンヴィント》!」
フュールが先に魔法の名前を言うと、いきなりフェミリーの足元から凄まじい竜巻が巻き起こった。エーベルトもその凄まじい勢いに耐えるのがやっとだった。
「うがっ! くっ⋯⋯! まだまだよ! せやっ!」
そう言ってフェミリーは、槍で竜巻を切り裂いた。竜巻は無くなり一瞬の沈黙が訪れる。
「今度は私からよ! 《アイシクル・インクリース》!」
フェミリーが唱えると、槍の先端から太い氷柱が1本出てきたかと思うと、小さく分裂し、フュールを襲った。小さくかつ早いためフュールは全てを避けきれなかった。
「うぐっ!」
苦しそうな声をあげるフュール。
「もう終わりかしら? なら倍返しよ! 《トルネードブレイズ》!」
フェミリーが言うと、フュールの足元から炎を纏った竜巻が渦を巻きながらフュールを襲った。
「ははははっ! 灼熱の炎でやられるがいいわ!」
「フュール!!」
エーベルトが叫ぶも、竜巻の音で消されてしまう。――まずいこのままでは負ける――
そう思ったときだった。
「なっ!?」
フェミリーが声を上げた。それも当然である。竜巻をぶち破りフュールが中から出てきたのである。――それも無傷で。
「⋯⋯フュール!? お前その格好は――」
そう。フュールの今の格好は局部的ではあるが、フェミリーと同じ魔装だった。
「局部魔装。これで少しは魔力を解放できる」
「まさかあなた! これを狙って!?」
「そう」
フュールは短く答えた。
フュールはわざと攻撃を受けて、その間に魔力を集中させ、局部魔装を引き出したのだ。
「さすがは封印されたと言ってもマギアビーストね⋯⋯。でもこれはどうかしら! 《アースゾーン》!」
フェミリーが言った途端、地面が割れだし、突然地面からフュールに向かって岩の棘のようなものが襲いかかった。
フュールはそれをすんでのところで避けると、素早い動きでフェミリーの目前まで迫り、思い切り殴りかかった。しかし、その拳は容易く片手で止められた。
「はははっ! 残念ね! 食らいなさい! 《ショックウェーブ》!」
「ぐはっ⋯⋯!」
フェミリーが言いながら、フュールの腹の前に手を置いた瞬間、その手から衝撃波が放たれ、フュールは凄まじい勢いで飛ばされた。
数十メートル飛ばされたところで体制を立て直す。しかし、フュールは今の一撃でかなり憔悴していた。
「フュール! 大丈夫か!」
エーベルトが声をかけると、その表情を僅かに崩し、震える声で言った。
「⋯⋯大丈夫。まだ、全然」
エーベルトの目にはこれが全然大丈夫に見えていなかった。
自分に出来るのはキスで魔力封印することだけで、魔法は一切使えない。そのことが今とても悔やまれた。
「あらー? もう終わりかしら。大したことなかったようね。じゃあこれでラストにしようかしら」
そう言ってフェミリーが魔法を唱えようとしたときだった。
上空から何やら夥しい数の黒い粒が現れたと思うと、急にその黒い粒がエーベルト達に向かって銃を乱射してきたのだ。
「《バリア》! 何よこれ! いったい何ごと!?」
フェミリーがバリアを張りながら悲鳴をあげる。エーベルトもフュールのバリアによって守られている。
「まさか⋯⋯あの集団」
フュールが警戒の目で黒い粒を見つめる。
「フュール、何か心当たりがあるのか?」
エーベルトが問うとこくりと頷いた。
「恐らくあれはABC。マギアビーストを倒すための組織」
「その通りだとも。フュール・ヘルミーネ」
突然背後から声がし振り向くと、そこにはアッシュブロンドの髪色をした若い男性が人形のロボットから顔を出していた。
「あなたは⋯⋯」
フュールが言うと、男性は「おっと失礼」といって礼をした。
「私、オズウェル・ドルフレッドと言うものです。お見知りおきを」
そう言ってフュールの方へ向き直る。フュールは警戒の色を薄めないまま尋ねた。
「あなたたちは何が目的でここに来たの」
「おっと、先ほどあなたが言っていたではないか」
そう言って男性――オズウェルはニヤリと唇の端を歪める。
「――マギアビーストの討伐ですよ」
「くっ⋯⋯!」
マギアビーストの討伐。すなわちマギアビーストを殺す組織。それはフュールやフェミリー達を殺すことと同義となる。
「まぁ今回は勝負事をしていたようですので、引かせてもらいますが、次回からはあなたたちの首をいただきますよ」
そう言うと、オズウェルは再びロボットを操縦し、どこかへ飛んでいってしまった。
「⋯⋯いったい今のはなんだったんだ?」
エーベルトが言うと、フュールとフェミリーが顔を合わせた。
「あーあやめやめ。邪魔が入って萎えたわ」
「え!? じ、じゃあこの勝負は⋯⋯」
エーベルトが言うと、フェミリーはエーベルトの顔をじーっと見たあと、くすりと笑って言った。
「あなたたちの勝ちでいいわよもう。魔力封印でもなんでもしてちょうだい」
そう言って諦めたように肩をすくめるフェミリー。
「そ、そのー、魔力封印ってのはその⋯⋯」
エーベルトが戸惑っていると、フェミリーが「焦れったい!」と言って口を出した。
「で? 魔力封印はどうやるのよ?」
「その、キ、キスです」
エーベルトが赤面し言い切ると、フェミリーはしばらくぽかんとした顔になり、次第に堪えきれずといった感じに笑い出した。
「まさか魔力封印の方法がキスだったなんてねぇ。エーベルト君、まさか私にキスするのが怖いの?」
フェミリーが挑発するように指をピンと立てる。
「こ、怖いわけじゃありませんけど⋯⋯」
「じゃあしてみる? キ・ス」
言って自分の唇に指を乗せる。エーベルトは心臓の鼓動が早くなっていくのを感じた。エーベルトのキスはこれで2回目だ。やはり1回したとはいえ緊張感は変わらなかった。
「魔力封印をするにはそれしかないですからね⋯⋯うん。しますよ、します」
「何よーその言い方ー。じゃあ遠慮なくしてちょうだい。あ、キス以上のことはダメよ? 興奮は抑えてちょうだいね?」
「こ、興奮なんてしませんよ!」
フェミリーが目をつぶり顔を近づけてくる。その美貌にエーベルトはますます緊張していた。そして、吐息が交わる距離、2人は唇を重ねた。とても柔らかくてあたたかい唇が重なりエーベルトの緊張は最高潮に達した。
キスをしたその瞬間、フェミリーの服がはだけ、全裸の状態になった。そして、胸の部分からマギノステインが出てきて、エーベルトの手に収まる。
「いやん。エーベルト君のエッチ♡」
「み、見てないですから! しかも俺のせいでもない!」
エーベルトは恥ずかしそうに視線を逸らしながら言った。と、横から何やら視線を感じその方向を見ると、フュールが無表情でこちらをじっと見ていた。
「な、なんだよフュール」
「ずるい。私にもキスして」
「もうしただろ!? やめろ! 顔を近づけるな!」
その隣で胸を抑えながらコホンと咳払いをし、フェミリーが言った。
「と、とにかく家に戻りましょう。話はそれからよ」
「そうですね。じゃあフュール。転移頼む」
「了解」
フュールが転移の魔法を口にし、次の瞬間、3人の姿は消え、フェミリーの家に転移していた。
▲
「それで私は検査のためにヴァルエスト大陸に行けばいいのわけね?」
フェミリー家に転移して、フェミリーは服に着替えていた。今3人は今後のことについて話し合っている。
「そうです。でも検査っていってもちゃんと封印できてるかを見る簡単な検査ですから安心してください」
「そうなのね。それなら良かったわ」
そう言ってふぅと安堵の息を吐いた。
それから数時間後。3人は自分たちの好きなように過ごした。もうすっかり辺りは暗くなり、空はオレンジ色に彩られていた。
「もうこんな時間ですね。どうしますか?」
エーベルトが聞くとフェミリーは考えた仕草を見せ、言った。
「そうね。私も荷支度は出来てるし、ヴァルエスト大陸に行きましょう」
「分かりました。じゃあフュール。ヴァルエスト大陸まで頼んだ」
「了解」
そして3人はフュールの魔法によって、ヴァルエスト大陸に転移した。