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サラとリュート  作者: 水曜日のビタミン
第8章 魔大陸
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第238話 行ってきます

 


「そのあと、シエロとともに三つの『穴』を巡った。その度に腹に穴が空いてな。

『お前は穴を塞ぎに来たのか、空けに来たのかどっちなんだ?』と呆れられたよ」


「はは」と笑い腹部を摩るフェルド。


「腹に穴が空くたびに、彼女にプロポーズをしてな。……最後についに承諾してもらったよ」


 はるか遠く東の空を見つめるフェルド。


「母様も神羅万象の使い手だったのか……」

「……サラはまだ小さかったからな。無理もない」


 夜風が二人の間を通り抜ける。

 いつしか空を覆っていた分厚い雲は姿を消し、満天の星空が広がっていた。


「……十五年前のことは覚えているか?」

「もちろんだ。あの時、私は二歳だった。でも、優しい母様の瞳と強く抱きしめられたあの感覚を忘れたことはない」


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 それは騎士団が不在の中、魔族の襲来を受けた苦い記憶。

 シグルドが孤軍奮闘するも、多勢に無勢。どこからともなく湧き続ける魔族に防戦一方となり、遂に城内に火が放たれた。

 サラは、どことも分からぬ隠し部屋、そこで膝を抱え小さく蹲り震えていた。

 次第に大きくなる爆音と絶叫に耐えきれず耳を塞ぎ、ぎゅっと目を閉じ続ける。


「……こわいよぅ」


 心の声が零れたその時、暖かな温もりがサラを包み込んだ。


「大丈夫だよサラ。いい子で待っていてね」


 前髪を優しく撫で、穏やかな笑みで微笑む母。

 しかし、母はそう言い残したまま返って来なかった。


 爆音が終わり、鼻をつく焦げた香りが薄れた頃、返り血に塗れたシグルドに抱き抱えられサラは助け出された。


「母様はどこ?」

「……申し訳ございません」


 シグルドが目を背けた先、そこに焼け焦げたなにかが見えた。


「あれ?あの服……」


 いつも摘まんでいたスカートの裾が見えた。


「違う、そんなはずない」


 そう言い聞かせながらヨロヨロと近寄り、呼び掛けるもなにも反応はなかった。


 ――そこからの記憶はない。


 気づけば黒い服を着て棺に白い花を入れていた。


「母様は蒼い花が好きなんだよ……。こんなのはあんまりだよ」


 そう言うのが精一杯だった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 血が出るほど拳を握りしめ、サラは顔を上げた。


「母を奪い、リヒトを殺した魔族を許すつもりは毛頭ない。たとえ星が迫り、世界に災厄が訪れようとも。私は、障壁となるもの全てを蹴散らす」


「そうか……。意志は固いか」

「ああ」


 短く答え天高く輝く星を見つめるサラ。

 フェルドは少し目を細め、寂しげに口を開いた。


「――」


 声は出ない。

 振り返った蒼瞳がフェルドを見つめる。


「……美しい」

「ふっ! この瞳は母様と同じ色なんだろ? 数少ない私の自慢だ」


 いつもなら年頃の娘らしく拒否反応を示すのに、それが無かった。

 フェルドは頷き、こぼれる涙を拭った。


「時が来たのだな」

「父様?」


 サラの問いかけにフェルドは答えない。しかし何度もうなづいていた。それはまるで、自分自身を説得しているようで。


「……サラ」


 言いかけて、次の言葉が続かない。


 しばしの沈黙の後、重い口が開かれた。


「シエロは……お前の母は魔大陸で生きている」

「……なにをいっている?」


 突然の告白に、頭が真っ白になりサラは後ずさる。


「シエロは魔族に討たれてなどいない。お前たちを守るためこの城を去ったのだ」

「バカな!! 都合の良い嘘を並べるな!」


 殴りかかるようなサラの声を父はじっと聞いている。


「葬儀も行った! 覚えているぞ。墓標だってあるじゃないか!」


 それでも、父は答えずサラを見つめていた。

 サラの脳裏にメイスで殴られたような衝撃が走る。

 体中に電撃が走り、芯から冷たい何かがこみ上げてくる。


「……あの墓にあるのは、旅立ちの時に切った髪だけだ」


 静かな、しかし確かな声が響く。


「どうして……そんな嘘を」

「……なら、私は、いや私たち兄妹は母に捨てられたのか」


 全身の力抜け、漆黒の床に自分が沈んでいくような気がした。

 うなだれるサラの肩に武骨な手が乗せられた。

 泥沼から足を引き抜くようにゆっくりと頭をあげると、年月を感じさせる父の顔が見えた。


「違う。そうではない。彼女はこう言って旅立ったのだ。

『穴が開いた。私は閉じに戻らねばならない』……と」


 父の言葉は続く。


「彼女を王妃の立場に縛り付けてしまったのは自分だ。

 彼女には彼女の使命がある。そう知っていたのに……。

 だから儂は伝えた。子どもたちのことは心配するな。――と」


「使命だと!何だそれは!! 私たちが捨てられたことに変わりはないじゃないか!

 生きているなら、誕生日に帰ってきてほしかった!一言祝って欲しかった。それくらいできただろう!!」


 拳を握り、声を荒げ壁を叩くサラ。

 それでも、父が反論することない。


「それに……そんなに強いなら、リヒトを助けて欲しかった。そうだ、私たちはいらない存在だったんじゃないのか?」


 嗚咽交じりの声が黒く重い壁に飲まれていく。


「――」

「……答えてくれ」


 残酷な沈黙が夜の色をいっそう黒く染めていく。


「答えてくれよ……」

「――」


 誕生日の苦い記憶が蘇る。

 豪華な食事、煌びやかな服、積まれたプレゼント。

 もっとも贅沢で、もっとも望んでいないものの山。

 そんなものより、欲しかったのはただ一つだった。


「私は、母様に言って欲しかったんだ。『誕生日おめでとう』って」


 涙が溢れ、世界が歪む。

 体が、いや心が凍えていく。


 ――その時、胸元から温かな光が広がった。

 見れば蒼い光が漏れていた。


「これは……」


 胸元に入れた母の形見、祝貨が光り輝いていた。

 光りは縁から溢れ出し、そっと取り出し触れると蓋が開いた。

 ひと際大きな光がサラを優しく包み込んでいく。


『サラ、誕生日おめでとう。一緒にいてあげられなくてごめんね。

 あなたたちを愛しているわ。世界で一番。誰よりも。

 ――だから、私は行かないといけないの。あなたたちを守るために。――どうか許して』


 そんな声が聞こえた気がした。


「今のは……」


 いつの間にか祝貨は消え、サラの手元には蒼い小さな宝石がのっていた。


「シエロ……お前の思いは確かに伝わったぞ」


 父の言葉にはっとして、サラは宝石を強く握りしめた。


 掌から伝わる感覚。石なのにどこか温かかった。


 ――母は、生きている。


 それだけではない。

 あの人は、たしかに自分たちを想っていた。

 胸の奥で、何かが溶け落ちた。


 凍りついていたはずの感情が、ゆっくりと熱を取り戻していくのがわかった。


「……ずるいな」


 まぶたの裏にはっきりと母の顔が見えた。

 あの時見た笑顔だった。


「そんな顔を見せられたら……許さないなんて、言えないじゃないか」


 涙を拭うこともせず、サラは空を見上げた。

 その瞳には、先ほどまでの激しい怒りはもうなかった。

 あるのはただ、強く、静かな決意。


「待っていてね。母様」


 握りしめた宝石に、わずかに力を込める。

 ようやく、自分の進むべき道がはっきりと見えた気がした。


 その時だった。

 夜空を切り裂くように、ひときわ大きな流れ星が尾を引いて流れていった。


「いってきます!」


 振り返り、父にそう告げるサラ。

 その顔には、悲しい涙の跡などどこにもなかった。


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