第20話 自称魔王との遭遇
「ふはははは! よう来よったな、勇者一行! ウチの名前は魔王ルシファー! 魔界を治める王や! ひれ伏すがええ!」
名乗りにしてはあまりに愛嬌たっぷりな声色。そして、どこかズレた口調に、リュートは思わず隣のサラを見やる。
「……魔王」
ぽつりと呟いたサラの横顔には、既に戦意が漲っていた。
口角がつり上がり、大剣を大上段に突き上げる。
「――いや、あのサラさん。一応“魔王”って言ってますので、いきなり斬りかかるのは、ちょっと……」
諫めるリュートの声に、サラは一瞬だけ「え? ダメなの?」と不満げな表情を浮かべたが、渋々と剣を納めた。
「……うむ。そうや、そうや。賢い子の言うとおりや。そない物騒なでっかい刀、さっさと仕舞わんかいな。ウチに斬りかかっとったら、百の魔術でぎったんぎったんにしとったところやで? ぬはははぁ」
どくろがぺかぺかと明滅しながら、昭和のオノマトペ交じりに震え声で応じる“自称魔王”。どうにも平和な空気が場に漂う中、敵か否かを探るべく、リュートが問う。
「それで、魔王ルシファー様は……わざわざ魔界から出てこられて、こんな場所で何をなさっていたのです?」
「う~む。賢き子よ、よい質問や。……というか、ここ、どこや?」
返ってきたのは、質問の形をした迷子の告白だった。リュートは呆れながらも答える。
「ここは、人間の世界にあるイーノ村の地下。最近出現したダンジョンの内部かと」
「そうか。ダンジョンやったんか……ふむ。ならばウチを外まで案内せぇ」
即座に命令口調。だが、魔王を名乗る者の実力や気分次第で、災厄が村へ及ぶ可能性も否定できない(ほぼなさそうだと思いつつも念のため)。リュートは時間のロスとリスクを秤にかけ、言葉を選ぶ。
「魔王様のご護衛とは、光栄の至りですが……あいにく僕たちは、このダンジョンの奥に急用がありまして。出口も近く、強い魔物も見当たりませんし、魔王様であれば単独でも問題なく脱出可能かと。つきましては、一点だけ……人里を荒らさぬよう、お願い申し上げます」
「そないつれないこと言いなや。あんたら、運がええわ。教えたる。このダンジョンにはな、白い雪の塊が三つ並んだ、えげつない悪魔がおるんや……。そいつにちょっとでも手ぇ出したら、凍てつく吹雪でな、あっという間に雪像にされてまうで」
リュートは室内を見回し、状況を察した。――この銀世界の原因は、おそらく彼女(?)がその“雪だるま”にちょっかいを出したからだ。
「ですが、魔王様ともあろう方が、あのような小物に遅れを取るとは……?」
挑発気味の問いに、どくろが派手に点滅した。
「ギクぅ! い、いや、それはやな……寒いのが苦手なんや。冷えると節々が痛くなるんやぁ……相性、悪いんやぁ……」
言い訳というより、ただの弱音だった。リュートは“こいつ、弱いな”と確信し、サラと顔を見合わせて小さく頷くと、何も言わずに部屋を後にしようとした。
そんな気配を察して、慌てて、どくろが喋りだす。
「ちょ、待ちぃや! ウチを外に出してくれたら、契約してやってもええで? どや? 魔王との契約やで? かっこええやろ? はくが付く思わん?」
呆れ顔のリュートがふり返り、ぼそっと尋ねる。
「魔王様と契約するメリットって、何でしょう? 悪魔との契約って、大抵ろくなことにならない気が……」
「なんやそれ! 可愛い顔して、そない物騒なこと言わんとってぇな……そのぅ……百の魔法が使えるとか……たぶん……きっと……知らんけど……」
語尾が消え入り、説得力が底を尽きた。リュートたちは一言も返さず、そのまま部屋を出る。
「ウチが悪かったですぅぅ……こんな暗くて、さみしくて、ちゃっぶいところに置いてかんとってぇぇ!」
泣き声混じりの訴えと共に、何かが、どくろからふわりと飛び出してきた。
白い肌に銀色の瞳。いたずらっぽい八重歯をのぞかせ、勝気そうな顔を涙でぐしゃぐしゃにして飛び回っている。小鳥のような羽をぱたぱた動かしながら、重力を無視したトリッキーな軌道を描いていた。
「……もしかして、精霊?」
がっかりしたような顔のサラとは対照的に、リュートが驚いたように問いかける。
「そうですぅ! ウチ、魔王なんかやあらしまへん! 嘘つきましたぁ。ほんまは、かわいくてちっちゃな小鳥の精霊ですぅ。助けてぇなぁ!」
空中で土下座ポーズを取りながら、懇願する小精霊。
「申し訳ないですが、僕たちは迷い込んだ子供たちを探しに来ています。先を急ぎますので……では」
「置いていかんとってぇぇ! 邪魔せぇへんから!」
涙をうるうると浮かべた目に負けて、リュートはため息をついた。
「勝手について来る分には構いません。ただし、僕たちは奥へ進みます。安全は保証できませんよ」
「ありがとぉぉ! 助かったぁ! ウチ、モズいうねん。よろしゅうなぁ!」
指を額に当て、得意げに敬礼する“精霊”に、リュートは確信する――あの涙は演技だったと。
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罠避けのゴーレムを先行させ、二人と一頭と一匹はダンジョンの奥へと進んでいた。リュートは子供たちの手がかりを探りつつ、ふわふわと飛び回るモズに視線を向ける。
「それでモズは、なぜこのダンジョンに?」
「それがな! ほんま不思議やねん。ウチ、イーノ村の近くの森でな、大好きなはちみつ探しとったんよ。そしたら突然、ピカッと白い光に包まれて――気づいたらここや。……びっくらこいたわぁ。あ、屁はこいてへんで? 乙女やし」
モズは手足を大袈裟に動かしながら、自信満々に話す。だが、先のやりとりで嘘が苦手な性格だと分かったリュートは、核心を突く。
「つまり、転移させられた……?」
「そうそう。ウチが好き好んで、こない寒くて暗くて、おっかない所に来るわけあらへんやろ? しかもやな、ウチは飛んでたんや。転移魔法陣を踏んだとか、そんな間抜けとちゃうで? ちゃんと浮いとったからな、空飛ぶ乙女やねん」
モズはふざけた口調とは裏腹に、飛行中の強制転移という異常性を強調する。リュートは、その話を咀嚼しつつ、伝承と照らし合わせるべくサラへ視線を送った。
「伝承では、ダンジョンの誕生時に人が消えたとまでは語られていない。ただ、強大な魔物が現れたという話がある……となれば、失踪者が出てもおかしくはない」
サラは腕を組み、慎重に言葉を紡ぐ。仮に転移が人為的なものでないとすれば、この現象はダンジョンそのものの特性か、あるいは封印されていた何かが動き出した兆しとも考えられる。
リュートは思案顔で唇を噛み、やがて前を向いて言った。
「……とにかく、先を急ぎましょう」
「おお、少年。さっきから思うてたけど、あんた、年のわりにしっかりしとるなぁ。……おっとこ前やわ。そや、ウチ、契約したってもええで?」
ぱちりと八重歯を光らせ、モズが笑みを向けてくる。ぴたりと距離を詰めるその様子に、リュートは手のひらでそっと制した。
「たしか、精霊契約ってどちらかが死ぬまで続くんですよね? モズほどの実力があるなら、既に誰かと契約していてもおかしくないかと」
図星だったらしい。モズは一瞬目を泳がせ、口をへの字に曲げた。
「ギクぅ……いや、ウチの有能さに皆が気づかんだけや。ほんま損な役回りやで。これでもお得やし、かわいいし、なんたって有能やし!」
ぶんぶんと身振り手振りを交えて主張するが、くねらせたスレンダーな身体に揺れるものはなかった。リュートの無反応ぶりにモズはふと気づく。
ちらりとサラの豊かな胸元を見比べ、何かを悟ったような顔で呟いた。
「……所詮、体が目当てかぁ」
小声だったが、飛び方から察するにダメージは大きかったらしく、羽の動きがどこか力なくなっていた。
「ん?」と不思議そうにサラが首をかしげるも、モズは慌てて飛び方を立て直した。
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通路はらせん状に左へと続いていた。途中、雪だるまのような魔物が何体か姿を現したが、どれもこちらが手を出さなければ何もしない。
「へっ! ウチに恐れをなして無視やて? 腰抜けめぇ!」
モズは小物感全開の捨て台詞を残し、誇らしげに空を舞っていた。
数度の曲がり角を越えた先、ついに一行は四角い部屋に突き当たる。
「なんやぁ、行き止まりやなぁ」
モズがそう呟き、先行していたゴーレムの前に出た瞬間――足元が崩れ落ちた。
ゴーレムは落下に抗い、咄嗟にモズの足をつかもうと手を伸ばす。
「わあああ! あかんやろぉぉ! 殺生やぁ~~!」
コミカルな絶叫を残して、二体はそのまま闇へと消えていった。
「ここか?」
何事もなかったかのように、サラがリュートに目配せする。
リュートは苦笑しつつ、モズたちが落ちた床に手をかざし、魔力を流し込んだ。
床がずりずりと回転する音が響く。だが、回転が終わっても新たな通路は現れなかった。
「……?」
小首を傾げたサラの隣で、リュートは壁に再度魔力を注入。すると今度は、左手の壁がぐるりと回り、新たな通路が姿を現した。
パトリシアが鼻を鳴らし、前足で地を軽く叩く。進むべき方向を察知したらしい。
「どうやらこのダンジョン、仕掛けが鍵のようですね。今回は“床→壁”の二段階構造……つまり二回転」
「全くもって、やっかいな作りだな」
肩をすくめるサラに、リュートは頷き返す。
こうして二人と一頭は、仕掛けのダンジョンを進み、地下第三階層へと足を踏み入れた。




