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アヴィスフィア リメイク前  作者: 無色。
二章 新たな時代
42/55

バァロウを一頭解体してみた!

人はただ生きるだけで他の生物の命を奪っている。その事実を再確認し、感謝すること。それだけで少し気持ちが豊かになる気がします。

 この様な感覚は生まれてこの方味わったことが無い。ふんわりと宙に浮き、のんびりと宙を泳ぐ。並走する故知らぬ鳥たちは皆一様に、綺麗な扇状を保ち優雅に漂っている。


 個体差もあるのだろう。群れの一羽が列から少しずつ後れを取ってしまっているのが見える。それでも懸命に羽をバタつかせ、必死に付いていくその姿は何とも可愛らしく、ついつい声に出して応援してしまっていた。


「アイヴィス様、そして皆様。この地こそが我らが誇る”楽園”。そして、その主幹と考えられている”世界樹”です」


 そんなことをしているうちに、いつの間にやら目的地にたどり着いたようだ。


 ”妖精”に辿り着いてから手続きまでが約一時間。ギルドからは飛行船でこの浮島まで約一時間。単純計算だが、現在時刻はちょうどお昼ごろといったところだろう。


「ふぁぁっ! 凄い、凄いよ本当に浮いてる! わわっ、何アレ? 牛? いや馬なの?」

「あぁっ! アイヴィス様、そんなに身を乗り出したら落ちてしまいますよ。……んもう」


 当然、落ち着いてなど居られない。……大丈夫、今の俺は美少女だ。多少はしゃいでも可愛いから許されるだろう。


 ラヴちゃんが早速馬っぽい牛の真似をしているな。いや、単純に俺に呆れただけなのだろうけども。


 ララさんによると馬牛の正体はバァロウの亜種らしい。アインズ周辺では鳩胸の牛ような姿のパワー型だったが、こちらは馬。つまりはスピード型なのだという。


 性格も大人しく臆病だが、後ろ足で蹴られると骨折はおろか最悪人なら殺せるほどの馬力はあるらしい。


 最高時速は約80㎞/h。……ふむ。高速道路で走る車くらいのスピードは出せるということか。


 同じ種類でも環境によって変化するものなのだろう。思い起こせば現代日本において(ひとえ)に牛といっても約100種類ほどいるはずだしね。


「よし、昼食はそいつにしようかね。一頭仕留めれば全員分の食事は優に賄えるさね」

「わかった。――えいっ!」

「「――――へっ?」」


 クジャクさんが俺が見つけた個体をみて早速調理の算段をつけ、それを聞いたつぐみんが手裏剣の様な飛び道具で首を刎ねた。


 なんということでしょう。先程まで元気に野原を駆け回っていた馬牛が、天まで届けと言わんばかりの熱い血潮(文字通り)を滾らせているではないか。


 当然俺は唖然とする。ちよさんもきょとんとしているし、何なら一足先に辿り着いていた冒険者たちもポカンとしているのが分かる。


 ちなみにラヴィニスを始めとした他の仲間たちは冷静そのものだ。ララさんも動揺した様子が無い。……この人達の胆力は、一体どうなっているのだろう。


 ふむ、それはさておき。


「つぐみん! ちょ、いきなり何やってるのさ! ――クジャクさんも! 吹けない口笛は良いからちゃんと止めたげてよっ!」

「え? 食料……」

「――っ!? つ、ツグミ? あー、その。殺すときはなるべく目立たないようにした方が良いね」


 取り敢えず叱らねばなるまい。ララさんに屠殺(とさつ)許可も貰っていないし、何よりTPOを守れていない。


 首がポーンと吹き飛ぶ衝撃的な殺害を見たショックからか、少々口調が強めになってしまったのは否めない。


 でも言わねばなるまい。例えそのせいで、つぐみんが少ししょんぼりとしてしまっても、だ。


 しかし、クジャクさんも少々ズレている気がする。吹けないことを指摘され、恥ずかしがっている姿はとても可愛いのだが。


「つぐみ。次からはララさんの許可を貰った方が良いわ」

「――らぶ。……うん、わかった」


 はぅわ。ラヴちゃんがフォローしてる。尊いよ! 仲の良いことは良いことだ。やっぱり友達って、良いね。


 ラヴィニスといいツグミといい、基本的に人に頼らず自己完結してしまう傾向が強い。当然やりきるだけの実力があるということなのだが、俺としてはやはり心配なのだ。


 互いに認めてるからこそ相手の言葉が耳に入るし、理解も出来る。大きな難題も、二人乃至三人ならば苦労も分散できる。無理する必要など、一切合切無いのである。


「奥様って、時折年相応の大人な部分が見え隠れするわねぇ」

「そうですね。言動は兎も角、基本的に真面目な性格をしているのでしょう」


 そんな姿を見ていたのか、ちよさんとセバスちゃんが何やら俺の生態を考察している。


 あの、恥ずかしいので本人の前では止めて欲しいんですが……。


「ふふ、心配なさらずともかの生物は大丈夫ですよ。しかし、次からは声を掛けて頂けると助かります。……強制的に止めなくても良くなりますので」


 ――怖っ! え、なになに笑顔が怖い。怒ってる? いや、見ただけじゃ分からない。女の人って難しい!


 ふ、ふむ。しかし俺の指摘は間違っていなかったということだ。アヴィスフィアという異世界の、イリシアという外国でも日本の常識が通じている。当然全てとはいかないが、差異のある部分は少しずつ埋めていけば良いだろう。


 大幅な矛盾は今考えても無駄なので、その都度対応するしかあるまい。事前情報などがあるといいのだが、調べる方法にも限度があるからね。


 ともあれ死体をいつまでも放置するわけにもいくまい。着いたばかりだが、早速下処理をしようではないか。


 とは言ったものの魚ならいざ知らず、動物の捌き方など分からない。ここは専門家に知恵を借りようではないか。


「クジャクさん。バァロウの捌き方を教えてくれない? 幸い血抜きはほとんど済んでるし、挑戦してみたい」

「アイ。……そうさね。セバス、綺麗な水の用意を。チヨもその受け皿を作っとくれ」


 夜烏の一の料理人といえばクジャクさんを除いて他にいない。スイーツ部門では密かに俺も活躍しているが、料理全般は彼女の足元にも及ばない。


 肌身離さず持っている包丁も一流の職人さんが加工したもので、その切れ味は日本刀を彷彿とさせるほどのものである。


 フライパンや鍋に似た調理道具もこだわっており、全て銅に似た鉱石”魔銅石”から作られている。魔力を帯びているせいか、現代日本における銅よりも硬く熱の伝導率も高い。


 早い話頑丈でよく火が通るため、調理道具にはもってこいなのだ。


 ちなみに遠征中の彼女は基本的な道具以外全て現地で調達する。ブッシュクラフトに近いスタイルを貫いている。


 彼女が携帯しているサテン生地の竜柄巾着は、ギルドの木箱同じ”格納(ストレージ)の魔法が付与されているため、調理道具一式はこの中に収納されている。また同様に本人以外の使用は不可能であり、物も無限に近い量を容れることが出来る。


 それでもスタイルを崩さないのは彼女なりの矜持なのだろう。巾着内は鮮度も保たれるため、より多くの食材集めたいという意思の表れでもあるのかも知れない。


「了解しました。チセ、準備を」

「はいはい。さぁ黒ちゃん達、素材を集めてきてねぇ」


 二つ返事で了承するセバスちゃんと、渋々という感じのちよさん。


 ……前から思っていたが、セバスちゃんはちよさんのことチセって呼ぶんだよね。何でだろう? ちせ……千世……ちよ? まさか、イサギさんコレ――。


 ま、まぁそれは置いておこう。今は彼女達の魔法のほうが重要である。


 ふむ。手、だな。黒紅色の手。手袋のようなものを飛ばしているのかとも思ったが違う。彼らはどうにも個々に性格があるようなのだ。


 黙々と作業をする手。ワタワタと仲間の真似をしながら作業をする手。……しまいには談笑している手や、眠りこけている手まで多種多様である。


 あ、サボっていた手がちよさんの魔法をくらってる。……しかも彼女、無詠唱だ。


 夜烏の白金級おそるべし。学園に通っていた知識だけだが、無詠唱で唱えられるのは賢者に分類させる魔法使いだけだったと記憶している。


 つまりはそういうことなのだろう。ちよさんって見た目もそうだが、思っていたより凄い人なのかも知れないな。


 それに問題はあの黒紅の手達だ。これも学園の知識だが、図書館の文献にも載っていなかったぞあんな魔法。


《通告。彼女のオリジナル魔法でしょう。一つ一つに独立した意思を持たせ、制御の負担を減らしているのだと愚行します》


 はー、凄いな。自作魔法なのか。そもそも負担の前に、どうやって意思を持たせているのかすら分からない。……もしかして、ルーアみたいな精霊でも中に入っているのだろうか。


《驚愕。良く分かりましたね、マスター。……正確には”悪魔”ですが》


 あ、悪魔!? 悪魔ってあの悪魔? わわっ、ファンタジーっぽい! やっぱり実在するんだねぇ。


 どうにもあの手、低位の悪魔を受肉させているらしい。指示を送るのが一番強くて偉い個体で、指示に従うのがその部下達だ。


 精霊同様に低位の悪魔は思考が幼く、言うことを聞かないものも多いのだという。


 そのためにもちよさんのように”分からせる”必要があるそうだ。強い者が正義、何とシンプルかつ真理な上下関係なのだろうか。


 そんな考察をするうちに、木で出来た机と人数分の椅子が完成した。石を組み合わせた竈に、葉で出来た大きな皿まである。


 これでもまだ途中なのか、一つの手が俺の隣で熱心に木を彫りスプーンのようなものを作っている。


 視点を変えるとセバスちゃんが一際大きな葉で出来た深皿に、彼女の商売道具である銀のピッチャーで水を注いでいるのが見える。


 当然”格納”の魔法が付与されているのだろう。明らかにピッチャーの容量を超す大量の水が尽きることなく流れ出ている。


 ちなみに彼女のメイド服につけられたポケットは、某狸型ロボットを彷彿とさせる仕様となっているのは言うまでもない。


「ふぁー、魔法って極めると凄いんだね。学園で少し学んだ気になっていた俺が恥ずかしいよ」

「ふふ。アイヴィス様はこういったオリジナルの魔法を見るのは初めてのようですね」


 気が付いたら独り言を喋ってしまっていた。恥ずかしい。でもこんな凄いものに魅せられたら、しょうがないでしょ。


 俺の隣に控えていたララさんが微笑する。相変わらず可愛らしい。……持って帰りたいくらいに。


 ――はっ! イカンイカン。彼女は物じゃ無いし、この考えは危険だ。いくらお人形さんみたいだとはいえ、ね。


 どうやら彼女曰く、オリジナルの魔法というものは存外多く存在するようだ。


 しかし有用性のあるものはその中の極僅かで、ちよさんほどのクオリティの魔法は中々例がないらしい。


 魔法というものを特別に捉えがちだが、医学や工学のように常に発展や変遷を繰り返すものなのだ。


 より一般的に普及したオリジナル魔法が基礎魔法となり、それを派生させたのが軍団魔法や生活魔法と呼ばれるのである。


「さてアイ、まずは皮を剥ぐところからさね。”松明”の魔法でそのナイフを炙り、滅菌処理してから始めとくれ」


 太くて頑丈そうな樹木の枝に、滑車の要領で後ろ足を蔦で縛ったバァロウを吊るし終えたクジャクさんが言う。


 あれだけの巨体を吊り上げる耐久力を持つ蔓も蔓だが、それを引くクジャクさんは更に凄い。……あの細腕のどこにそんなパワーがあるのだろうか。


 未だ原型を留めている生き物にナイフを突き立てるのは正直抵抗があるが、この世界で生きていく以上経験しておくに越したことは無いだろう。


 恐る恐るだがごくりと生唾を飲み込み、吊り下げられているバァロウの後の左足の踝辺りに切れ込みを入れる。


 想像していたよりも肉は柔らかく、皮はゴワゴワとした肌触りをしている。身を守るためかしっかりしていて、内側から皮を引くのは比較的スムーズに終えることが出来そうだ。


 手が届かないので土台を用い作業しているのためか、自身の体の震えが直に伝わりカタカタと音を立てているのが聞こえる。


 ……命の重み。まさにそれを実感しているのだ。


 現代日本では食べやすいサイズまでカットされていたため、殺しているという実感が沸かなかった。しかし元を正せば対象動物を殺害し、その血肉を分けて頂いていたのである。


 屠殺。言葉ではたった二文字で表される。しかし自身の手でそれを行うことにより、その本当の意味を知れた気がする。


「初めてにしては上手だよ、アイ。でも少し時間をかけ過ぎさね。鮮度を保つためにも、すぐに内蔵の処理をしないといけない。……出来るかい?」

「大丈夫。……やってみるね」


 決して良い手際ではなかったのだが、クジャクさんは優しいので褒めてくれた。厳しいように聞こえる指摘も、食材を何より大切にする料理人の誇り故である。


 俺に気を使ってくれているのが伝わる。情けない話だが、手の震えは未だ止まる気配はない。……それでも最後までやり遂げたいのだ。


 ラヴちゃんが心配そうに見つめているのを横目で察しながらも、徐に腹部にナイフを突き立てた。


 白物と呼ばれる部位、胃と腸の摘出である。いくら血抜きをしているとはいえ、既に俺の両手は真っ赤に染まっている。


 採りだした部位をセバスちゃんが用意してくれた水で綺麗に洗浄することで、漸くその色が白だと判別出来た。


 クジャクさんの指導の下で解体しているので何とかなっているが、これはいきなりやれと言われても無理だろう。


 次は赤物だ。部位でいうなら心臓、肺、肝臓である。全ての食用の部位を余すことなく利用する。偽善と言われればそれまでだが、一つの命に対する礼儀であろう。


 少し血になれたのか、いつの間にか震えは止まっていた。……解体され原型を留めなくなったからという要因も、大いにあるとは思うが。


 ともあれ内蔵の摘出は完了だ。後はしっかりと洗浄して、細かく解体(ばら)すだけである。


「……ふぅ。あー、怖かった! でも、私にも出来たよ。ありがとうクジャクさん」

「あ、あぁ。それは何よりだよアイ。……顔が血塗れになってるから、洗ってきとくれ」


 顔に飛んだ血を拭い、クジャクさんにお礼を述べた。どうにも猟奇的に映ったのか、俺の爽やかな笑顔をみた彼女が若干引いている気がするが、気のせいだろう。


 顔を赤くして俯いているから、もしかして照れているのかも知れない。……そう、きっとそうだと思っておこう。


 ちなみに頭部の兜は楽園にてクエスト開始と共に装備するつもりだったので、宿を出発してから今まで未着用である。


 ……嵩張るんだよね、あっついし。


 頭部だけでも”纏衣(まとい)”が出来れば、格段に利便性も上がりそうだ。一部位だけなら難度も低そうだし、こっそりこのクエスト中にでも練習しておこうかな。


 既にスキルは所持している。後は練度、数を熟すのみなのだ。……補助的な意味合いが強いから後回しにしてたのは、ここだけの内緒である。


 後はお任せください。そうラヴィニスが言うと、バァロウは見る見るうちに細かく刻まれていく。中でも特に背中を一太刀で両断したのは圧巻だった。


「くじゃく。香草、採ってきた。……これも、食べられる」

「おや珍しい、これはローリタの双葉だね。バァロウの肉の旨味を引き出すには最適さね」

「――! 行脚(あんぎゃ)大蒜(にんにく)ですか。普段は他の植物に擬態しているため判別が難しく、歩く姿も滅多に見ることが出来ない幻の植物。……()()()ツグミ様といった所ですね」


 姿が見えなかったつぐみんが不意に出現した。正直それだけで驚いていたのに、どうやら彼女はまたとんでもないものを採取してきたようだ。


 クジャクさん曰く、”ローリタ”は双子葉類で成長がとても速いそうだ。芳醇な香りが特徴的だが成長する事に渋みが増え、最終的にはとても食用として利用出来なくなってしまうらしい。


 中でも種から最初に出てくる双葉は希少で、市場にも滅多に出回らないとのことである。


 ララさんのいう”行脚大蒜”は栄養価が高く、一粒食べれば寿命が一年延びるという逸話があるほどの逸品だ。


 行脚という名の通り、それらは皆より良い土壌を求めて根を足のように器用に動かしながら徒歩で移動する。生体反応を察知する能力を持つため発見難度が高く、こちらもあまり市場には出回らない珍品なのだという。……つぐみん、恐ろしい子。


「……これ、だいじょうぶ?」

「? ……ふふ。問題ないですよ」


 驚く俺の視線にハッとした様子のつぐみん。おずおずとララさんに採取の許可を取っている。


 いや、そういうつもりで見てたわけじゃないんだが。でも確かに事後とはいえ、確認を取るのは大事だね。


「――!? あい、私は子供じゃない」


 そんな様子がとても可愛らしかったので、ついつい頭を撫でてしまった。


 口でこそ不満そうに言っているが、手を振りほどかないので嫌ではないのだろう。……ふむ。娘がいたら、こんな気持ちなのかも知れない。


 しばらくそのまま撫でまわしていると、バァロウの解体を終えたラヴちゃんが寄ってきた。


 ん? モジモジとして、どうしたんだろう? ……あぁ、ラヴちゃんも撫でて欲しいのかな。


 俺と違い血で汚れた様子もない。やはり鈴音さんの妹だけあって剣術のセンスは抜群だ。


 空いていた左手で彼女の頭を撫でながら、剣道を嗜んでいだ頃の鈴音の道着姿を想像する俺は既に末期である。


「まるで忠実な犬と気まぐれな猫さね。……差し詰めあたしは”籠の中の鳥”と言ったところなのかね」

「クジャクさんなら簡単に籠を破壊出来そ――おほん。どちらかというと”幸せの青い鳥”かな。おかげさまでこうしてギルドの皆と仲良く出来ている訳だしね」

「幸せの、青い鳥……?」


 仮に俺が飼い主だとして、彼女達もペットにしたいくらい可愛いのは間違いない。でもそんなの、背徳感でどうにかなってしまいそうだよ!


 ていうか意外に乙女だなクジャクさん。もしかしたらちよさん同様に”可愛いヒト”なのではなかろうか。


 からかわれたのでお返しに一言物申そうと思ったが、キッとした視線を受けたので取り敢えず咳払いで茶を濁してみる。


 何とかこの場を凌ごうと頭をフル回転し、俺の故郷である日本の童話に例えるという神回避を達成した。


 ……天才かも知らん。そう思ったのだが、クジャクさんはあまりピンと来ていないようだ。


「私の故郷の古い童話だよ。理想を求めて旅に出るけど、最終的に『幸せは身近にあるもの』だと教えてくれる物語さ」

「へぇ、良い話じゃないか。確かに近くにいるとその有難みというのは実感しにくいものさね」

「そうそう。だからいつもありがとね、クジャクさん」

「なっ――! い、いきなり何言ってんだい。恥ずかしい子だね、まったく!」


 よしよし、いい感じに照れてるな。説明ついでに意趣返しをする作戦は成功だ。……俺も結構恥ずかしいんだけど、ね。


 そもそも前提として、美女に睨まれるのはご褒美でしかない。故に述べたのはただの感謝である。


《通告。マスターも存外、素直ではありませんよね》


 ……イヴ、うるさい。全く、言わなくても分かってるって。普段冗談めいたことばかり言っていると、中々口にしづらいのよ。


 つぐみんの口調に似た言葉を心に浮かべる。俺も当然感謝の気持ちはあるのだが、それを口にするには相応の勇気がいるのだ。


「アイ様は人たらし。理解しました」

「あらあら奥様は悪いお人ねぇ。うふふ、そうやってイサギ様にも近づいたのかしらん?」


 そこも黙りなさい。んもう、なんだかんだで結局いつも振り回されてる身にもなって下さいってば。


 後ね、セバスちゃん。納得してないで横に立つちよさんにフォロー入れて? あらあらうふふが怖いの! 目が笑ってないっ!


 ともあれ今は食事の準備だ。クジャクさんも平静を取り戻したようだし、解体した肉の下処理でもしよう。


 流石に七人でバァロウ一頭を丸ごと食べきるのは不可能だ。料理に使用する以外は格納が付与されたウエストポーチにでもしまっておこう。


 ちなみにこのポーチは皆で物資を共有するためのギルド支給品だ。一応俺は書類上ではリーダーなので、代表して所持しているといった具合である。


 しかしまぁ、鮮度も保てて場所も取らないなんて。あぁ、魔法って素晴らしい。欲を言えばこの世界にお菓子やスイーツ、アイスクリームなんかがあったらもっと最高なんだけどね。


 ふむ、そのうち挑戦してみよう。……しーちゃんが飛んで喜んでくれそうだし、ね。


 ちなみにクジャクさん謹製の昼食のメニューは二種類だ。


 一品目はローリタで煮込んだバァロウの肉に持参したワインとミルクを注ぎ、塩で味を調えたバァロウのシチュー。


 見た目は完全にビーフシチューなのだが、使われている肉と香草が異なるためか周知のものよりさっぱりとした味わいである。


 もう一品はシンプルイズベスト、焼き肉だ。バァロウ肉の油で炒めた行脚大蒜が鼻腔を擽り、今にも涎が滴りそうになってしまう。


 こちらは少し前に作り置きしておいた煮込んだ野菜と香料から作ったソースを付けダレとして使用し食すのだが、これがまた甘辛くて最高なのだ。


 結構なボリュームもあったというのにペロリと食べてしまった。クジャクさんの料理はどれも美味しいが、屋外というロケーションも加味されて、いつもより一味も二味も旨味が増して止まらなかったのだ。


 周囲をみるとまだ皆食事中なので、俺が余程がっついていたのだろう。……何かこの身体、すぐお腹が減るんだよね。


 贅沢を言うならば白米が欲しいところなのだが、アヴィスフィア同盟内では見かけたことがない。


 かつての獣人国では粟や稗の酒が存在していたそうなので、もしかしたら何処かに自生あるいは栽培されている可能性もある。


 そもそもパンはあるのだ。小麦がある以上、同じ穀物である白米もあるはずだ。


 ちなみに俺はイヴが翻訳兼通訳を同時にしているので、俺が小麦として認識しているものがこの世界において”小麦”という名なのかどうかは分からない。


 早い話、小麦に似た何かなのだ。それは砂糖や塩も同義である。


 仮にこの世界に白米に近い穀物が存在していたとする。しかし俺が白米だと思うものをイヴがそう変換するので、実際にその白米が”白”かどうかは分からないのだ。


 俺が何を持って白米を白米と認識しているかは正直見当がつかない。しかし色や形、或いはその両方だった場合、味は白米でも色が黒い場合は”白米”と認知できないということになる。


 つまりはもう見つけている可能性すらあるのである。万能だと思えたイヴの変換能力も、俺が認識出来なければ意味がない。


 後は実際に食べてみるか、そういうものだと俺が気づけなければならないのだ。


 ま、焦っても仕方がない。ゆっくりまったりと探していこうじゃあないか。……その方が見つかったときに感動もひとしおと言った具合よ。


 しかし尚早だが、このクエストを受けて本当に良かった。改めて自然の大切さや尊さ、そして厳しさを知ることが出来たよ。


 何なら始まったばかりなのだがこのとき俺はそう感じ、また素直に大自然への感謝を思い浮かべていた。


「……呆れた。貴方達、まだこんなところでとろとろしてたの? 信じられないっ!」

「――へっ? ……? …………誰?」

「はぁ。さっき会ったばかりの人すら覚えてないの? これじゃあ日が落ちてもクエストの達成は難しいわね」


 人がせっかく感傷に浸っているというのに何だってんだ? ……大体君、何処の誰よ? ツンデレのテンプレみたいな登場しよってからに。


 甲高いキーキー声というか(かしま)しいというか、そんな感じの声が俺の耳に突き刺さった。


 何やら不満を爆発させている様子。正直知らない人にそんなことを言われる筋合いは無いと思うのだが。


「むむ、失礼な娘っ子だ。そんなこと言われても知らないものは知らないし、何でそんなこと言われてるのかも分からないよ」

「知らないとは言わせないわ! ……アイヴィスって貴女でしょ? ルーク様に色目を使ったこの、勘違い女! 自分が可愛いとでも思ってるのっ!?」


 あー……。もしかして、殺気を一番ギンギンに放ってた神殿騎士のお姉さんかな? いや確かに会ってはいるけど、君その時は恐ろしい鬼の形相だったでしょうが。 ……気が付けんよ、そんなのはさ。


 しかしどうにも聞く耳持たなそうだな。ふむ。どうしよう、面倒くさい。適当にあしらったら居なくなって貰えないかな? ……無理だよな、やっぱり。はぁ。


 ちよさんのねっとりした殺気は恐ろしいが色気があるのでまだ許容出来るが、この娘っ子は煩過ぎるし子供っぽい。


 早い話、興味がない。物凄くどうでも良いし、ひたすらにうっとうしい。これは、こっちも言うことだけ言って追い返すのが吉だな。


「ルーク様? あぁ、あのイケメンさんか。……悪いけど私、男には興味が無いんだよね」

「はぁ? そんなのでごまかせるとでも思ってるの? この、貧乳ブスっ!」


 当然ルーク青年のことは印象に残っている。イケメンなのは勿論、惚れ惚れするほどには紳士的だったからね。


 しかし言った通り男には興味がない。象徴を取り、女性へ転性したのならともかく、男性であるのなら許容範囲外なのだ。


 男としての生殖活動が残っている俺以外の者がラヴちゃんに近づくなんて、絶対に耐えられないっ!


 そして、とりあえず言わねばならないだろう。イヴがブチギレてこの娘っ子を文字通り灰燼にしないうちに、ね。


「貧乳? ブス? ……はぁ、君は分かってないね。確かに大きいのは魅力的だけど、自分に在ったら邪魔でしょうがないじゃないか」

「――は、はぁ? 一体、何言ってるの?」

「それにちっぱいはそもそもステータスだし、私のこの天使のような可愛さをより際立たせているのが理解出来ないのかな? ……可愛そうな子、涙が出ちゃいそう」

「な、ななな、何なの貴女……ナルシストが過ぎるわ! 気持ち悪い、近づかないでっ!」


 何よりこの娘っ子は分かっていない。俺はこの姿こそが至高なのだ。もし仮にイヴの胸が大きくなったら、それこそ神がかった絶妙なバランスが崩れてしまう。


 それにしても、気持ち悪いは酷い。キモいと言われるより精神に刺さる。


《羞恥。あんまり褒められるとその、恥ずかしいです。本心から言ってくれてるのが分かるので、余計に》


 むむ? イヴさんがこれ、照れてますね? うん、凄く可愛いよイヴっ! そして、大好きだよ。


《……憤怒。マスター。あんまり揶揄うと、怒りますよ? ……気持ちはとても、嬉しいですが》


 言葉の割には怒った様子はない。嘘ではないとバレてるからね。……あれ、なんか急に恥ずかしくなってきたな。


 ま、まぁ。イヴさんも怒りが静まったみたいだし、良かった良かった。後は娘っ子がドン引きして消えてくれれば何も問題はない。


「ま、そんな訳だからさ。ルーク殿にも言っといてよ。お互いクエスト頑張りましょうってね」

「は? 言う訳ないでしょっ! この変態っ!」


 握手しようと思ったら逃げられた。全く、最後まで嵐のような娘っ子だったな。


 しかし、この変態っ! か。……ふむ。最後の捨て台詞は中々に王道でポイント高いよ? 他はマイナスだけどな。


 ツンデレはライバル多いからね。などと馬鹿みたいなことを想像しながらも、皆の食事を待とうではないか。


 ていうか関心無さすぎじゃない? 皆、またか。って顔してるしさ。……立ってないし、立ててないよ? フラグなんてさ。ただただ一方的に、絡まれただけだから。


 唯一ラヴちゃんだけは俺の横に立ち牽制してくれた。そのことに安心しているからこそ言えるけど、もっと心配してよね!


 多少ごたついたが、皆も食事を終えたようだ。


 つまりはここからが本番ということになる。腹ごしらえもしたし、気力も十分だ。


 良し、待ってろチョコルドン! 漸く貴様に出会う日が来たぜ。せっかくの初めてだ。お互い、甘く蕩けるような濃密な時間を過ごそうじゃあないか! ――ちょこだけにっ! ……ちょこだけに、なっっ!!

二週間に一回更新を目指して書き溜め中。今のところ順調なので、引き続き頑張って行きたいです。

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