旅は道連れ、余はアイヴィス!
「アイヴィス様御一行六名様にて、銀等級採取クエスト『ちょこっと甘々? 魅惑の珍実』の受注、確かに承りました」
「銀等級? 私銅なんだけど、大丈夫なの?」
「はい。ラヴィニス様は金、ちよさんとセバスさんは白金。クジャクさんが達人と来て、ツグミさんは伝説となっております。この場合アイヴィス様はパーティー限定でシルバー、つまりは銀等級のクエストまでは受注することが出来ます」
「え、皆そんなに上のランクなの!? ていうかつぐみん、レジェンドって凄すぎない!?!?」
「……えっへん」
どうやら、俺が認知していた以上に皆は実力者だったようだ。しかし、その筆頭であるはずのツグミの無い胸を張る仕草が何とも愛らしく、思わず和んでしまう。いわゆる”ギャップ萌え”というやつだろう。
職占の儀が終わり、ちよさんとセバスちゃんも連れてクエストを改めて受注する。ドキドキワクワクの初クエストだ。
職占自体は凡そ三十分程で終わったのだが、その時間クジャクさんとつぐみんは待つ形となっていた。
どうやら二人はその合間に、クエストの詳細と現場へ向かう経路などの選定をしていてくれたらしい。
今回の目的地はイリシア、ハルヴァロ、ロハンスと呼ばれる三国の中心地にある『天上の楽園』。そこへの移動は馬車がメインとなるそうだ。
天上の楽園とは何とも大げさな物言いだが、あながち嘘ではないらしい。何故ならその地では数多くの動植物が共存共栄しており、人類という異物が余計なことをしなければ滅多に争いが起きないとのことなのだ。
弱肉強食が常である自然界においても稀有な部類に入るその区画は、上記の三国によって厳重に管理されている。争いの絶えない三国が楽園を守護するなど何とも荒唐無稽だが、その場を中心に絶妙な三つ巴状態が保たれているのだと考えられる。
要は楽園を護るための手段をどうするかと常に意見をぶつけ合い、時に武力を競うのだ。
共通するのは”楽園の維持管理”。まさに天上のバランスの元成立しているその区画を保ち、また内外から守り抜く。その点に限るのである。
維持管理と簡単に言うが、防衛費などの管理費ほど馬鹿にならないものはない。故にギルドでクエストを依頼するのだ。
単純な外敵の排除はもちろん、そこで得た魔物の素材や肉などを仕入れ加工し、それをまた他の冒険者や商人などと売買して費用を捻出すると言った具合だ。
自然界の再生能力以上の乱獲をしなければバランスが崩れることはないので、その見極めも重要となる。
楽園内ではクエストで指定された魔物以外は必要以上に狩ってはいけない。たとえやむなく戦闘となり防衛のためにそれを討伐したとしても、一定数を超過した場合に限り”罰金”という形で支払わなければならない。
恐らくは経験値稼ぎの雑魚狩り対策なのだろう。確かに狩った後の死体が自然の再生能力以上になってしまうと、バランス崩壊だけでなく腐敗などを原因とする疫病などが蔓延してしまい兼ねない。
基本的にはクエスト報酬の減額で行われ、余程故意に殺さなければその金額を割ることは滅多にない。
しかし、”特別指定魔動植物”と呼ばれる絶滅が危惧される魔物や動植物を誤って、また故意に殺した場合は即座に捕縛され、懲役を課せられた上で最悪死刑となることもある。
そして気になるのが、”天上”という言葉だ。
その名が示す通り、どうやら目的地は空の上らしい。三国の領土――領空圏内中心部に、”浮島”として存在しているとのことなのだ。
遥か昔の地殻変動により地上の一部が天に弾かれ、どのような理屈か中空にて固定されたという話だ。
上記の軌跡と地上で覇を争っていた魔物達が偶然にも紛れ込まなかった奇跡から、”天上の楽園”と呼ばれるようになったのだ。
敵対生物のいないストレスフリーの環境下で進化した魔物や動植物は、皆互いに相互支援をしている。無意識どころか遺伝子に刻まれてるため、息をするほど自然に共存共栄を果たしているのである。
しかし楽園も万能ではない。人類を始め、ワイバーンやドラゴンなどの一部の空を飛べる敵対生物が存在する。
そこで三国が保護に名乗り出たのである。これが争いの原因でもあり、同時に土地の少ない彼の国らの貴重な収入源でもあるのだ。
ちなみに利率は浮島領空圏内の割合で定められている。細かな差異はあるが、どの国も純利益の約三割弱を収入がある。維持する費用も土地の割合から計算されるが、利益率から言えば当然利率が高い方が優位となる。
数パーセントとはいえ当然そこには差が生まれる。金額にすると馬鹿にならないということもあり、議論は常に苛烈を極める。火種となる一番の原因と言っても過言ではないだろう。
「アイ、ちゃんとお弁当は持ったかい? 手巾と生理用品も忘れるんじゃあないよ」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと昨日のうちに鞄に仕舞っておいたからね!」
「あい、剣、磨いた? 防具もキチンと付けないと、駄目」
「むむっ! つぐみんまでなんなのさ! 大丈夫だって。忘れ物も無いし、武具の準備もバッチリだよ!」
面倒見の良いクジャクさんが俺の鞄の中身をチェックをし始める。完全におかんと化しているが、本人には言わぬが花というものだろう。
それに当てられたのか、何やらツグミもお姉さん風を吹かしてきた。悪い気はしないが、ダメな子と言われてるみたいで納得がいかない。
確かに忘れっぽい所があるのは認めるが、以前から今か今かと待ち望んでいたクエストの受注だ。隙などあるはずが無いのである。
ギルドカード等の大事なものは財布の中に入っているし、無くさないように服に縫い付けているほどだ。……まぁ、心配したラヴちゃんが昨日やってくれたのだけれどね。
――あれ? もしかして俺、ダメな子だったりする?
《解答。皆、アイヴィス様が心配なのでしょう。かく言う私も何かしてあげたくなって参りました》
などとイヴまでもが母性を駆り立てられている。言われてみれば、この可愛らしい容姿の娘の一生懸命な姿を見せられたら、俺でも間違いなくそうすると思う。つまりはそういうことなのだろう。
「あらあら、奥様は愛されていますのねぇ。私、羨ましいですわぁ」
「チセ。心配せずとも、私が付いています」
「ふふ、そうねぇ。セバスがいてくれて、本当に助かってるわぁ」
こちらも絆を再確認したようだ。奴隷となる前はとある団の団長とその補佐である副団長であったそうなのだが、その時に積み上げてきた信頼は今もなお変わらず健在なのだろう。何とも微笑ましい限りである。
ここだけの話、セバスが奴隷となったのは先に捕縛されたちよさんを助けるためだったらしい。自らの危険も顧みないその姿は無謀ではあるが、実に情熱的だ。ちよさんが彼女に対して絶大な信頼を置くのも頷ける。
自身の家族に対しては一貫してかなりドライだったので、正直意外である。彼女にとってちよさんは、それほどまでに大切なヒトなのだ。
「アイヴィス様。お分かりだとは思うのですが、一応念のために申したいことが御座います。少々宜しいでしょうか?」
「む? しーちゃん、どうしたの?」
完全に姉と化したツグミによって防具の微妙な位置調整をされているところに、シフォンが申し訳なさそうに話しかけてきた。何やら伝えたいことがあるらしい。
まず第一に治癒士の”適性スキル”だ。
後衛職ということもあり、剣術は少々苦手となる。正確に言うならば、レベルアップに必要なJPが多くなる上に上限値も低くなってしまうのだ。
現在の俺の剣術スキルはLv1。治癒士でのジョブスキル上限はLv3。つまり最高値はLv1+Lv3でLv4となる。ちなみに銃術のジョブスキル上限値はLv5。つまりは最大Lv6となる。
その代わりに”白魔法”と呼ばれる新たな魔法の習得が可能となる。治癒や強化に特化した魔法で、治癒士の代名詞でもある。
個々人が所持する属性でも、光(10)>水(8~9)>火(7)≧闇(6~7)>その他属性(5)の順に適性値が変動する。白魔法の最適解は光属性となり、レベル毎の必要なJPが軽減され、レベルの上限値も高くなる。
ちなみに俺の場合は火属性で基礎スキル無しなので、最大Lvは7だ。
シフォンに薦められるままに初めて職に就いた際に貰えた初期JPを使い、とりあえず白魔法をLv2まで上げてみることにした。
それにより”治癒Ⅱ”、”解毒Ⅰ”の二種の回復魔法と、強化魔法”攻撃強化Ⅰを習得した。
ヒールとは傷ついた身体を治療する魔法だ。擦り傷や切り傷、打撲や骨折に至るまで治すことが出来る。当然重傷になるほどに治療に時間がかかり、その分魔力の消費も激しくなる。
一方で、部位欠損などの重体の治療は不可能だ。傷を塞ぐことは出来ても、失われたものが再び元に戻ることはない。
アンチドートは文字通り解毒の効果があり、パワーライズは筋力の一時的な増強である。
ちなみに英数字はその魔法のレベルであり、数値が増えるごとに効率、また効果が上昇するとのことだ。
次点は”適性武器”だ。治癒士は魔法職なので、杖や本などの魔法を発動させるための媒体が必要となる。
出発する際にお買い忘れの無いようにとシフォン。確かに某有名RPGでも装備は身につけないと意味がないという戒めがある。
彼女のこの言葉をしっかりと記憶に刻み込んでおこう。
余談だが、烏丸内に保管されている装備の中に剣と杖が一体となった珍しい武具を見つけたため、それを拝借して使用することに決めた。
全長約70cm。拳を保護する籠のようなヒルトが特徴的な少し短めのブロードソードだ。16世紀のヴェネツィア共和国において”スキアヴォ-ナ”と呼ばれた武器の特徴に酷似している。
相違点は刀身を軽くするための溝、いわゆるフラーの部分に鋼鉄の杖が内蔵されているとことだ。それを媒体に魔力を通すことにより戦闘をしながらの魔法の詠唱を可能とする。
刀身に強化を掛けより頑強にしたり、追加効果を狙ったりすることも可能だ。基本的な攻撃また回復魔法と合わせることで、さらに戦略のバリエーションを大幅に増やすことの出来る万能な刀剣である。
その上この剣にはそのもの自体にも”重量軽減”の魔法が付与されている、一般的に”魔剣”と呼ばれる代物なのだ。
……使いこなせるかどうかは結局俺次第となってしまうのだけどね。ま、最悪イヴに任せよう。
ついでに全長17cmの9mm口径、装弾数8発の小型の自動拳銃も見つけたので、もしもの時の護身用に懐に忍ばせておくことにしよう。デザインは、コルト社のディフェンダーに似たシルバー基調となっている。
俄かとはいえ、せっかく剣術や銃術のスキルがあるのだから利用しない手はないと考えた結果である。
ちなみにデザートイーグルの様な大口径自動拳銃やM500に似た大型リボルバーのも存在したのだが、この身体で使用するには難しいと判断して断念した。ロマンも大事だが、まずは実用性が重要なのだ。
防具にも余念がない。
一点目はつぐみんが用意してくれた黒い網網がセクシーな上下に分かれた全身タイツだ。驚くほどに軽量で通気性も良く、首元から手足までもしっかりと保護してくれる。
まるで何も着ていないのではと錯覚するほどに着心地抜群で、防御力も高い。どのような構造になっているのやら、ほとんどの斬撃や銃弾を通さず、魔法攻撃にも一定の防御力を発揮するらしい。
ただし、細身の刺突剣による剣撃とメイスなどの打撃、衝撃はそのまま通ってしまうので注意が必要だ。つぐみんは回避特化故に着物を羽織っているだけだが、俺の場合はある程度被ダメを防げる防具が必須だろう。
二点目はラヴちゃんとお揃いのドレスアーマーだ。人体の急所と呼ばれる部分はしっかりと防護し、プレートの内側に内蔵されている衝撃吸収材で打撃にも備えることが出来る優れものだ。
何より見た目の愛らしさが素晴らしい。生存だけを考えるなら全く必要のないが、この点は譲れない。スキルや防御力だけが全てではない。俺はそう二十八年の人生において――各種ゲーム、またアニメより――学んでいるのである。
俺用なのでラヴィニスのと比べてボーイッシュな仕上がりとなっているのが味噌だ。
三点目は装飾品だ。刀剣を収めるソードベルトに拳銃や短剣を収めるレッグ型ホルスターを左中心に携え、またドレスアーマーに合わせて仕立て直してもらった消耗品用のベストの三種類を着用している。
どれも軽量でコンパクトなのに収納力も抜群だ。デザインもおしゃれで文句なしの一級品。装備だけなら誰も銅等級とは思わないだろう。我ながら、実に恵まれている。
他にも左腕用の小型のアームシールドや解体用の短剣、魔法効果を高めるマントなどを邪魔にならない程度に装備してみるとしようか。
ちなみに利き手である右手で剣を構え、防御や銃撃は左手で行う予定である。銃撃もスキルと練習のおかげか二十メートル先のダミー人形(ルーア作成)相手なら九割型当たるようにもなっている。……両手で撃った場合だが。
忘れてはいけないのが頭防具だ。本来ならばあまり重々しいのは好みではないのだが、コレばかりは見た目より安全性を考慮し、フルプレートの物を採用した。
なるべく軽量で視界の開けたタイプを選んだつもりだが、やはり非着用時に比べて幾分か動きづらい。しかしそれでも妥協はしない。
……今の俺は一人ではない。特に頭部にはイヴの存在を認めているため、蔑ろになど出来るはずも無いのである。
最後に”消耗品”だ。
薬草や解毒草のような治療薬や、砥石に弾薬などの戦闘における必需品。ポーションと呼ばれる魔力回復も必須となる。
ある程度のものは既に準備してあるのだが、必ずしも現地で調達できるとは限らないことを考慮にいれると、もう少し補充しても良いかも知れない。
どのようなものにも言えるだろうが、準備段階が一番楽しく、何より一番重要なのである。
「よしっ! 準備も気持ちもバッチリ整った! 早速出発しましょうかー!」
気合一発力を込めて顔をピシャリと叩く。少し残っていた不安も吹き飛び、意気揚々と出立することが出来そうだ。
そんな俺の姿を見たラヴィニス達――ちよとセバスは除く――は柔らかく微笑み、半歩後ろを傅くように続くのであった。
「だぁぁ、お尻が痛ぁーい。うう、馬車の旅がこんなにキツいとは思わなかったよ」
「あい、だらしない」
「むむ、慣れてないんだからしょうがないじゃんかー。逆に何でみんな平然としてるのさ」
「……全くもう。ほら、しゃんとしなっ! もう少しで今日泊まる宿屋に着くからね」
「痛っ! もうクジャクさん! お尻は痛いって言ってるでしょっ!」
夜烏から馬車に乗り数時間。道すがら何度か休憩をとったものの、慣れない馬車旅に俺はすっかりグロッキー状態となってしまった。
馬車自体は魔法学園に初めて通ったときに経験済みだ。それ以外にも何度か街に繰り出す際に利用もしている。
しかしそれはあくまで”整備された道での短時間の利用”でしかなかったことを、今まさに痛感しているといった具合だ。
本来の馬車旅は、碌に整備もされていない砂利道を時間をかけて進むのが基本のようだ。快適とは程遠くガタガタと常に微振動を続けるうえ、小石などを踏み上げるとそれがそのままの威力を持ってお尻に突き刺さるのである。
車内には藁草を布で包んだクッションのようなものもあったのだが、現代日本のものに比べて粗悪極まりない。今までの生活がどれほど豊かだったのかと、今改めて思い知らされている。
「あらあら。もしかして奥様は、何処かのお姫様だったりするのかしらぁ?」
「え? いやいや、何の変哲もない普通の一般人だよ?」
普通に自動車を運転したり、電車で通勤通学したりする善良な一般市民だよ。とちよさんに伝えると、自動車? 電車? 善良? などと様々な疑問符を頭上に浮かべてしまった。
そうか、そもそも自動車や電車なんて知ってるはずがないのか。つい今までの生活の感覚で言ってしまったよ。
ん? でもちょっと待って。善良? はおかしいだろ! それは知ってるはず! その言葉は知ってるはずっ!!
そう考えていたのが視線で伝わったのか、ちよさんは「嫌ですわぁ、冗談ですよぉ」とおっしゃり、あらあらうふふと宣いやがるではないですか。
「アイ様。申し上げにくいのですが、これでも昔に比べて楽になったのですよ。なにせ、歩かなくても良いのですから」
「え、もしかして今までこの距離を歩いていたの? ……嘘でしょ?」
俺がちよさんにまんまと振り回されていると、セバスちゃんがアヴィスフィアにおいての基本的なライフライン事情を教えてくれた。
ギルドが発端となり大陸全土に働きかけたことで、今でこそ国を繋ぐ馬車が一般的となったそうだ。しかし以前は徒歩で通うなど当たり前で、砂利道すら存在しなかったらしいのだ。
そもそも商人でもない限り滅多に外国へ渡航する必要もなかったし、国内でも外国人を見かける機会はあまりなかったようだ。
これは余談だが、最初にギルドを考えた人は相当な手腕を発揮したに違いない。余程の力と知恵が無ければ、他国に治外法権を求めるなど不可能と言っても過言ではないのではないか。
ともあれ、俺だけこのまま我が儘をいう訳にもいくまい。今すぐ慣れるのは無理だが、良い大人なのだ。我慢の一つくらいどうってことないのである。
「アイヴィス様。私ので宜しければ、背中をお貸ししましょうか?」
「え? いや、大丈夫だよラヴちゃん。ごめん、我が儘を言ったね」
「無理をなさらなくても大丈夫ですよ。もし私に背負われるのが恥ずかしいのならば、ルーアを召還して抱き上げてもらうのもひとつの手かも知れませ――」
「――いやいや、そっちの方が恥ずかしいって。……大丈夫、一晩休めば回復するから。心配してくれてありがとね」
そうですか。と、ちょっと寂しそうなラヴィニス。気に掛けてくれるのは純粋に嬉しいが、少々困惑してしまう。俺としても不満は漏らしたが、ほんの軽い気持ちからだったのだ。
うう、そんな顔されると困るぅ。でもこの年でおんぶは流石の俺も恥ずかしい! お姫様抱っこなんてもってのほかだ!
常日頃から俺のことを一番に考えてくれる彼女からしたら気が気では無いのだろう。馬車旅の道中もずっとこちらを気にかけてくれていたし、これ以上情けない姿を見せるわけにもいくまい。
うん、切り替えよう。今日泊まる宿でがっつりご飯を食べてしっかりベットで爆睡すれば、気力もお尻もばっちり回復するはずだ。
「よぉしっ! そうと決まればさっさと宿屋に向かおう!」
「あ、こら待つんだよアイ。あんた、方向音痴だろうっ!」
「そっち、逆」
……ふむ。そういえばそうだった。初めて来た街で目的地を見つけるなど、まず俺には不可能だ。ここは素直につぐみんとクジャクさんに付いていこうではないか。
「あらあら、奥様が愛される理由の一つが分かった気がしますわぁ」
「危なっかしくて、放って置けませんね」
何やら非常に不名誉な理解を深められた気がするが、事実なだけにぐうの音も出ない。
確かに地図を携帯しその通りに進んでいたはずなのに、いつの間にやら全く別の場所へとたどり着いてしまうのだ。……きっとそういう呪いが地図に仕組まれていたに違いない。
「……ふふっ」
「――――ッ!」
俺の言い訳――もとい考えを読み取ったのか、ラヴィニスがクスリと笑みをこぼした。
う、それは反則だよラヴちゃん。……可愛い過ぎる。
そんな彼女の菩薩の様な微笑みが二つの意味でクリティカルヒットした俺はお尻が痛い事実も忘れ、ぼけっとしながら大人しく彼女達の後に続くのだった。
「満室ぅ~!? 一体どこに目を付けていやがる! 見た限り客なんざ人っ子一人いねぇーだろうがっ!」
「ですからお客様。先程も申しましたが今晩は”貸し切り”となっておりまして……」
「だからそのクソ迷惑な野郎共が何処にいるっていうんだよっ! あ゛ぁっ!? このボルボ様が一言物申してやるわっ!」
夜烏から南西に進んで数時間。カラサギと呼ばれた元獣人国の跡地を超えた数十里先。砂の妖精『ラスティア』が治める国『イリシア』近郊の町、『カレンダール』へと辿り着いた。
散策前にまずはチェックインを済ませてしまおうと目的地へ向かうと、何やら件の宿付近で濁声の男性の大きな怒鳴り声が聞こえてくるではないか。
最終目的地である楽園にはイリシアから飛行船を利用して向かう手筈となっている。アヴィスフィア連合から向かった場合ジャスティラス王国を経由するか、このカレンダールのどちらかでイリシア入国の手続きをしなければならない。
前者は計二回国を跨がなければならないので時間効率が悪い。つまり連合からのルートは実質一択なのだ。
ともあれ今はトラブルの回避だろう。おそらくこの流れから推察するに、店内で騒ぎ立てている奴との衝突は避けられまい。
なぜなら貸し切りにしたのは我らがイサギさんだろうからである。
……どうしてそう思ったか、理由は簡単だ。
まず目の前に見えるこの宿、見渡す限りこの街一番の宿泊所だろう。貸し切りにするにはそれなりの資金を持つ者に限られる。
二つ。彼女は銅等級の俺の同伴者に、明らかな過剰戦力のつぐみんとクジャクさんを同行させている。受けられても銀等級、その上採取クエストなのに達人級と伝説級の二人を薦める辺り、かなりの過保護っぷりだ。
そして最後に我らの目的地が此処であるということだ。言うまでもなく貸し切りなのだから、まず間違えようが無い。何時予約したかは定かではないが、おそらくはしーちゃん経由で伝わったのだ。
要約するならば、このままでは中で怒鳴り散らしている野郎に十中八九絡まれるということだ。赤子でも予測できる簡単な未来図である。
とは言っても百パーセントではない。どこぞの王族が娯楽のために楽園で狩りをするために貸し切りにした可能性もある。むしろ本来なら、そっちの予想の方が先に思いつくはずなのだ。
まぁ、しょうがない。正直ささっと受付を済ませて身軽になってから街の散策をしたかったのだが、面倒事はごめんこうむりたい。このまま一旦街に繰り出し、時間調整でもしましょうか。
「もしかして、アイヴィス様御一行でしょうか?」
「――はい? 確かに私はアイヴィスですが……」
そう思ってつぐみんとクジャクさんに話しかけようと思った俺だったが、背後から知らぬ女性に声を掛けられ実行することが出来なかった。
誰だと訝しみ振り返ると、新緑色の三角巾と同色のエプロンを着こなし、弾けんばかりの笑顔を放つ健康的な少女が立っていた。
買い物帰りなのだろう。ショルダーバックに色とりどりの見たことのない野菜や果物がたくさん詰め込まれている。
「まぁ、まぁまぁよくいらっしゃいましたっ! 私はこの宿の配膳担当をさせて頂いているカレンと言います。この度はご予約、誠にありがとうございますっっ!」
「いえ、こちらこそ。今晩はお世話になりますね?」
「はいっ! 任せて下さい! 腕によりをかけておもてなしさせて頂きますねっっ!」
自らを看板娘と名乗る少女カレンの勢いにのまれ、あれよあれよの内に宿の中へと連れ込まれてしまう。
こちらに来て下さいねとニッコリと微笑む少女。見るからに清純な彼女の純朴な笑顔に一体誰が逆らえるというのであろうか、いや、そんなものは男、ひいては人では無いだろう。
「お母さーん。お客様がいらっしゃいましたよ~? あれぇ、お母ぁさーん?」
「お嬢様、オーナーはただいま外出中ですよ」
「全くもう。いつもタイミングが悪いんだから。……ごめんなさいお客様。直ぐに準備致しますので、こちらで少々お待ちになって頂いてもよろしいですか?」
「分かりました、ここで待ってますね」
どうやらこの娘の母親がこの立派な旅館を経営しているらしい。碌に着飾っていない少女でさえこの可憐さだ、母となればさぞかし美人に違いない。……ふむ、テンションが上がってきたな。
ラヴィニスを始め、クジャクにちよさん、セバスちゃん。つぐみん――は見たことないけれど、間違いなくこのパーティは顔面偏差値は高い。
しかしそれでも新たな美女との出会いは心が躍るのだ。これは男の悲しき性なのでどうしようもない。たとえ胡乱な眼差しで見つめられようとも逃れることが出来ないのである。
別に何も男だけに言えることはない。どんな女性だってイケメンを見るのを嫌いな人は少ないはずだ。……なるほど、確かに腹が立つ。
これからはなるべく振り回されないよう善処しよう。そう俺は何度目か分からない上辺だけの反省をするのだった。
「おいこら坊主。お前かぁ? このボルボ様を差し置いて俺のハルカさんに近づこうとする愚か者はよぉ~?」
「へ、坊主? いや、さっぱり何のことやら……」
げげっ、すっかり忘れてた! あちゃぁ、早速罰が当たったっぽいな。つぐみぃん、クジャクさぁん……ラヴちゃんまでそんな冷たい目で見てないで助けてよぉ。
……ふむ。しかし何というか、物凄い顔面だな。恐らくはドワーフなのだろう。胴長短足低身長。野性的な風貌に筋骨隆々の美丈夫といえば聞こえは良いが、三頭身なのでどうしてもコミカルな雰囲気となってしまっている。
睨みを聞かせる眼光も鋭く、それなりの修羅場を潜り抜けてきているのか、癒えぬ傷が腕に刻まれているのが見える。
「かぁ~っ! どこぞの坊ちゃんか知らんがこんな美女達を侍らすたぁ~、えぇ!? 良い御身分じゃぁねえかぁ!」
「はぁ。あの、顔面が怖いのであんまり近くに寄らないで欲しいんですが……」
「あ゛ぁん!? おいこら坊主ぅ、舐めてんのかごらぁ! その中に俺のハルカさんを加えようなんざ、俺の髭が黒いうちは絶対に許さねえぞ!!」
「うわっ、汚っっ! 唾飛ばすなよ! それにハルカさんって誰さ!? 俺今着いたばかりだし、心当たり何てねーよおっさん!」
本来ならばその迫力に腰が引けて話せなくなりそうなものだが、そのずんぐりむっくりな見た目からどうしてもビビれない。
何より意味の分からない言いがかりを付けられてムッとしているのも大きい。怒りは時に、恐怖を凌駕するのである。
しかしながらどうしたものか。喧嘩して勝てるとも思えんし、何より来国していきなり問題を起こすのは不味い気がする。
「こらっ! ボルボさんっっ!! お客様が困っているでしょう!」
「だ、だがよぉカレンちゃん。俺のハルカさんを狙う野郎がまた一人増えちまったんだ。ビシッと言ってやらにゃいかんだろうーがよぉ」
「はぁ。何度も言ってますが私のお母さんはボルボさんのものでは無いし、守ってもらう必要もありません!」
まさに天の助けといった所か。ボルボの怒鳴り声が調理場まで聞こえたのだろう。慌てて飛び出してきたカレンちゃんがこの喧騒の仲裁に入ってくれた。
仁王立ちする少女とたじたじとなる強面のおっさん。身長だけでいうならほぼ同サイズなのでシュールだが、あの迫力の男性相手に物申せるとは実に豪胆である。
「かぁ~っ! 健気だねぇ。母娘二人でこんな不条理な世の中と戦おうなんざ、くぅぅ。涙が出るぜぇっ!」
ボルボは実に直情的な性格をしているのだろう。言葉の通り少し涙を浮かべ、それを豪快に袖で拭っている。
更に言うならこの男、完全に酔っている。フルフェイスの鉄仮面のせいで気づくのが遅れたが、よく見れば頬も上気しているし、質の悪い安酒の匂い――工業用アルコールような匂いもする。
どうやら彼は泣き上戸な上に絡み酒のようだ。……典型的な”はた迷惑なよっぱらい”である。
「と・に・か・く! 迷惑なので、宿から出て行って下さい! これ以上管を巻くようでしたらふん縛って、街の衛兵に突き出しますからねっ!!」
「だ、だがよぉ――うわっ、危ねぇ! 分かった! 分かったから包丁をこっちに突き出すんじゃねぇってんだい!」
包丁を持つ右手の袖を左手で捲り、むんっと威圧するカレンちゃん。歯切れの悪いボルボのおっさんに今にも引導を渡してしまいそうな勢いだ。
流石にこれは不味いと思ったのか、彼はそそくさと早足で宿から退散した。その姿はまるで娘に叱られた休日の親父さんのようである。
もし彼の言う通り彼女の母が彼のハルカさんなのだとしたら、存外間違ってはいない。
目線の先でボルボを対応していた受付のお姉さんが、ホッと息をついているのが見える。
ふいに目が合い、ニコリと儚く笑うお姉さん。気持ちは分かると伝えるために、俺も軽い会釈で返しておこう。
さて、何にせよ助かった。ここはお礼の一つも言った方が良いだろう。彼女のおかげでトラブルの発生を一つ未然に防げたのだから。
「ありがとうカレンちゃん、助かったよ。最近絡まれることが多くて、ほとほと困っていたんだ」
「いえいえ。ああ見えてボルボさんも悪い人では無いんですよ? 少々口調と酒癖が気になりますけど」
腰に手を当て、まったくもう。を溜息を吐くカレンちゃん。将来の女将さんの風格の片鱗が既に見え隠れしている。
どうやら宿の他にも酒場を併設しているそうで、ボルボはほぼ毎日通う常連さんのようだ。
飲み過ぎた時やお弟子さんなどを連れてきたとき際には宿の利用もするそうだ。今日はちょうどその前者だったのだろう。
何でも彼はそこそこ名の知れた鍛冶職人で、弟子もそれなりに多いらしい。言われてみれば、そのような身なりをしていた気もするな。顔のインパクトが強すぎてはっきりとは思い出せないけども。
では調理に戻りますね。とカレンちゃん。どうやら彼女は看板娘の他に調理も担当しているらしい。
タタタと走り去る彼女を目で見送ると、目線の先で入れ替わるように壮年女性の仲居さんが現れた。
どうやら彼女が部屋まで案内してくれるらしい。落ち着いた物腰と柔らかな口調で対応されると、思わずクエストという一種の仕事で訪れたのを忘れてしまいそうになる。
此方の部屋になりますという彼女の声に導かれ、俺の初めてのクエストの初めての外泊が始まるのであった。