初めてクエスト行くことになった!
朱羽夜がアヴィスフィアに来て、初めてのクエストを受注します。
一章はイサギ主体だった為今頃になってしまいましたが、異世界物で絶対に外せない一度は描きたいストーリーなので気合が入っています。
空回りして致命的な差異を生まぬよう、気を付けたいと思っております。
同盟が結ばれて早二週間。前春一月の半ばである麗らかなある日。俺はイサギさんのいるギルド長室に訪れていた。
どうやら彼女はギルド長をメインに据え、国としての公務は全てアルマスとドルマスに一任するらしい。当人曰く、「シュウ君と一緒に働けない職場に常駐するなんて、そもそも選択肢に入らないからね」とのことである。
何とも自己中心的というか俺優先主義というか、有難いけれど少々不安を覚えてしまうのはしょうがないことだろう。
アリスとシャルルはそれに伴い象徴として、国内での演説の場や諸外国との会食などの公の場での公務に勤しんでいる。そこではステラやエステルが二人を全力でサポートしている姿が良く見受けられた。
何で私達だけ別々なのだと習慣となっている皆での夕食の際に愚痴を言っていたが、学園が再開した暁にはまた一緒に登校できるように調整しようとクロウことイサギが約束したことにより、今では双方ともに熱心に公務に取り組んでいるようだ。
さて、色々と立場が変動した新年――アヴィスフィアでは前春一月を指す――を迎えた訳だが、今更ながらに俺はとんでもない過ち、というかもったいないことをしていることに気が付いた。
「イサギさん! 俺、ギルドに入団しています!」
「む? まぁ、私がそうお願いしたからそうなるね?」
興奮しているせいか、一人称が男言葉になってしまったが仕方ない。どうしてもやらなければならないことがあるのである。
俺が用意したコーヒーを口に運ぶイサギさんは、仮面越しでもわかるほどには柔らかな表情で此方を見つめてきた。
……何か、変なことでも言っちゃったかな? まぁ、何でも良いか。
「イサギ先生……クエストが、クエストがしたいですっ!」
「……ふむ。確かに異世界でギルドと言えば、クエストの受注は必須と言っても過言ではないね」
「そう! 流石イサギさん分かってる! てなわけで、私にクエストを受けさせて下さい!」
なぜそのような頼み方なのかは触れない方が良いだろうと華麗なスルーを決め込んだイサギさんは、それでも違えることなく俺が言いたいことの委細全てを理解してくれた。
分かって頂けたならばと話が早いと、さっそくクエストの受注を頼み込んで見ることにしようではないか。
一人称もバッチリ直したし、これでもう俺に隙は無い。だからその温かい眼差しを向けるのは止めなさいイサギさん。
「それならばシフォンの所に行きなさい。彼女にはクエストの管理を全て、任せているからね」
「え? しーちゃんって受付嬢だったのか。てっきりイサギさん専属のメイドさんなのかと思ってたよ」
「ふむ。私というか将来的にはアイ、キミのなのだが、そこに間違いはない。従者としての役割と共に務めて貰っているのだよ」
ほぉ、しーちゃんって仕事できるタイプの娘だったのか。意外といえば意外だが、確かにラヴちゃんと対等に張り合えるのだから相応に優秀なのだろう。
しーちゃん? シフォンと名付けただけでなく、愛称で呼んでいるのか。……少々、妬いてしまうね。と嘯くイサギさん。
冗談だとは思うけど、目が笑っていないのは気のせいだろうか。ギルドのクエストカウンターで書類整理をしていると思われるシフォンが「くちゅんっ!」と可愛くクシャミをしているのが聞こえたが、まさか関係などあるはずもない。
「これは興味本位なのだが、一体どのようなクエストを受けるつもりでいるんだい?」
「んー、悩んだけどやっぱり……”採取クエ”かな?」
「む、意外だな。てっきり「○○を狩るっ! 狩って狩って狩りまくるぞー! おー!」と言わんばかりのノリと勢いで討伐クエストでも受けるものかと思っていたよ」
「私を何だと思ってるんだ……。確かにコレがファンタジーゲームならそうしたかもしれないけど、何の因果か現実だからね」
「ふむ」
「ちょっとばかし剣術や魔法が使えるようになったからいきなり戦闘しようなんて、流石に無謀の極みかなぁ、と。……何より生き物を”殺す”というのは気持ち的にも、少々ハードルが高いです」
なるほど、確かにその通りだね。と納得顔を見せるイサギ。しかし採取クエストとは言え戦闘にならないとは限らない。その点は覚悟しておいた方が良い。と釘を指すことも忘れていない。
その時は殺られる前に、殺ったります! 何時までもラヴちゃんやイサギさんに甘えてばかりでは居られないからね! と自らを奮い立たさせるために、俺はイサギさんとラヴィニスの前で堂々と宣言をした。
無理をなさらずとも全て私に任せて頂いて良いのですよ。とラヴィニスが心配してくれたが、俺も男の端くれだ。いつまでも嫁にばかり負担を掛けさせる訳にはいかないのだよ。
全く、ラヴィニスはアイに甘すぎる。しかしそうだな、ツグミとクジャクも連れて行くと良い。とイサギさん。幹部と呼ばれる二人の同行を薦める辺り、彼女も大概に過保護であることは間違いない。
俺自身流石にそれは大事になり過ぎなのではとも思ったのだが、せっかくの好意なので受け取っておくことにした。
「……イサギさんは、一緒に行かないの?」
「――――っ!? ……ハーレムに男が交じっては興が冷めてしまうだろう? 例え、自分自身の姿形をしていても、ね」
それにこの情勢下で私がキミと共に表に出ては、それこそ本当に騒ぎになり兼ねないからね。とイサギさん。
証拠こそ無いが、クロウとイサギの関係性を勘繰るものは少なくない。元々奴隷専門を取り扱っていたギルドなので、そもそも隠すことが難しいのだ。
反応からも本当は自分も一緒に行きたいのであろうことが伝わってきたが、彼女なりの矜持――朱羽夜の欲望を全て叶える――としてそこは譲れないらしい。
俺ってそこまで心底ハーレムを求めているのかな? 確かに男の夢ではあるが初めてのクエストだし、出来れば良く知る鈴音さんが同行してくれたら嬉しかったのだが……。
《回答。彼女にも考えがあるのでしょう。推察するに、互いがあるべき姿になるその日まで楽しみを取って置いているのではないでしょうか?》
なるほど。確かに鈴音さんはそう言った、可愛らしい乙女な部分も持ち合わせていたね。
《羞恥。恥ずかしいです。改めて言葉にされると、困ってしまいます》
――え? なんでイヴが恥ずかしがるの? え、え? もしかして俺また、変なこと言っちゃった?
《否定。大丈夫、問題ありません》
問題がないのなら良いのだが、何だか引っかかる。しかし分からないことにこれ以上時間かけても仕方がない。今はそう、クエストの時間なのだ! イサギさんの言う通り、早速シフォンの元を尋ねてみることにしようではないか。
「まさか、再び貴女と一緒に行動する日が来るとは思いませんでしたわ」
「…………」
「……ルリアラ? 何か、あったのですか? チコの時は違い、豪く静かではありませんか?」
「…………やはり夜月、貴女がココだったのですね」
桜に近い淡い色の花が咲く木の下で、傾国と言っても過言ではない二人の美女が対面している。
夜月と呼ばれた紫兎は微笑を浮かべ、表情が希薄な灰狼ルリアラに努めて心配そうな声色で語りかける。
互いに直接話したことはないが、同じ暴君であるエルクドの元で側女、また近衛としてこの三年間過ごしていた。その事実が今回の戦争で明らかになったのだ。
ルリアラはチコで夜月はルナ、延いてはココとして。別のルートを通じ、奴隷として仕えることになったのだ。
実際には夜月は己の魔法を用い、一度もエルクドと接触――それどころか同じ空間にすら居たことがないため少々異なる。
彼女は”ココ”という幻想をルリアラ以外の奴隷に宿し、操ることで間接的に彼を支配してきた。
余りに過激な行為が続き、支配下の奴隷が耐えられなくなりそうになったらもう一つの幻想を掛け、その度に開放してきた。
故にドルマスが定期的に使えなくなった奴隷の変わりを探していたのだ。
彼は基本的に道具は使い捨てにする。つまり、捨てられた後ならば比較的容易に悪夢から脱出することが出来るのである。
夜月が操っていたとは言うが、正確には当人に了承を得た上で行っている。その方が魔力効率も良い上、整合性の誤差による不文律の差異を埋められるため、失敗する確率を大幅に減少することが出来るのだ。
だからと言って褒められた行為ではないが、この世知辛い世の中で生き抜くためには仕方がない。正攻法ではほんの一部の例外を除き、自身の人権を主張することすらままならないからだ。
なぜ彼女がルリアラを使わなかったのか。そこには当然元仲間であるからという理由もある。だがしかし最大の理由は”とても扱い辛いことを知っている”から、である。
彼女は直情的だ。幻術のげの字の部分からでもかかってしまいそうなくらい、真っ直ぐな性格をしている。
相性だけでいえばこれ以上ないとも言えるのだが、実際は違う。脳筋と言えばいいだろうか。考えるよりも先に、身体が動いてしまうのだ。
これは操る側としては致命的だ。何せ、思考というプロセスを通さずに行動を起こしてしまうからである。
ルナの幻術はあくまで対象の思考を操作するのであって、直接身体を操る訳ではない。一人を短時間ならともかく、とても魔力の容量が追い付かないからだ。
繊細で緻密な魔力操作の元で支配をしている夜月は状況によって、脳筋ほど扱い辛いものはないということになる。
ただこれはあくまで潜入という隠密行動の場合に限る。相手の精神を完全に破壊、または魅了による完全支配が行われたら状況は反転する。それほどまでに同じ身体の中に二つ精神があるというのは負担になるのだ。
魅了は脳筋ほど通じやすいがその代わり、見るからに操り人形のように虚ろになってしまうため状況を選ぶ。便利そうで、中々に難儀な能力なのである。
「やはり……? 意外ですね。貴女が私を認識していたとは驚きです」
「……年数だけでいえば、夜月が一番の付き合いとなってしまいましたからね」
「生き残った中ではですが」とルリアラが呟くと、「ルリアラ、貴女が皮肉を言えるようになるなんて」と夜月。
互いにとってこの三年間は、身体的により美しく成長しただけでなく、精神的にも大きな変化を齎したようだ。
「ふむ。二人は知り合いだったのか。世間というのは、存外狭いものなのだな」
「イサギ様。準備、完了いたしました」
「…………イサギ様こそ意外に、鈍感なところがありますよね」
「「…………?」」
疑問を浮かべるイサギとルリアラ。姿も性別も違うため、ルリアラはしょうがない。
しかしイサギはリンネの時に、よく特訓をしてあげていたのだ。夜月の言う通り、気が付いてもおかしくはない。
「まぁイサギ様は朱羽夜様しか見えておられないので、仕方ないのかも知れません」
「……うむ。私はシュウ君の為だけに存在していると言っても、過言ではないからね」
「何だかこの感じ、ちょっとした既視感を覚えます」
敢えて朱羽夜と呼ぶことで、リンネが存命だということを語らない夜月ことルナ。イサギの構想の邪魔をしないための配慮なのだろうが、ルリアラは何処かこの感覚に覚えがあるようだ。
件のイサギはその指摘を不思議に思ったようだが、間違いないことなので肯定している。
「さて、ちゃちゃっと済ませて、我らが家に帰るとしようではないか。はっはっはっ!」
美女を二人従え、快活に笑うイサギ。そしてこの話は終わりだとばかりに背を向け、しなければならない責務を果たしに行くのだった。
「しーぃちゃんっ!」
「ひゃわぁっ! ――アイヴィス様!? んもう! 脅かさないで下さいませ!」
「ふわぁ。やっぱりこのモフモフは堪らないねぇ。はぁ、癒されるぅ」
「ふわぁん! あ、あぁんもう! そんなに尻尾に頬を擦り付けないで下さ――ふぅぅんっ!」
はぁ、なんて良い手触り――いや頬触りなんだ。このまま首に巻いてひと眠りしたらきっと極上の夢が見れるな、うん。
ギルドの受付にて書類の整理をしていたシフォンを背後から強襲する。難しい顔をして考え込んでいたので気が付かなかったのだろう。余程びっくりしたのか、尻尾が反り返るようにピーンと伸びてしまっている。
本当は普通に肩を叩き要件を伝えようと思っていたのだが、椅子の隙間から悩ましく振り子運動するモフモフの誘惑に負け、ついつい驚かせてしまう形での登場になってしまったのだ。
ラヴちゃんの視線が刺さったので泣く泣く離すことにしたが、出来うるならもう少し蹲っていたかったのが本心である。当人も焦ってはいたが大した抵抗もしていない。声色からも嫌がってはいないと思うのだが、確かに目的は別にあるので仕方あるまい。
ほへぇと惚けた顔で女の子座りをするシフォン。少々大げさな気もするのだが、見るからに余裕がない。
……ごめんなさい。今度はちゃんと、声を掛けてから触るよう善処致します。
「氷葬の美姫を手玉に取るとは、流石はアイ。といった所だねぇ」
「クジャクさんっ! うわぁ、久しぶりです。息災でしたか!」
学園に通い始めてから会っていないため、凡そ一ヶ月半ぶりだろうか。相変わらず抜群に似合うセクシーな群青のチャイナ服を着こなしている。思わずスリットに目がいってしまうのが、その魅力には抗えないため仕方がない。
シフォンを始め、他のドレイレブンの娘達には二週間ほど前に再会を果たしていたのだが、彼女はイサギさん勅命の任務の関係上今日まで諸外国へ渡航していたのである。
ちなみに”氷葬の美姫”とはシフォンのことで、なにやら昔はその通り名でブイブイ言わせてたらしい。
聞いた話なのだが、その瞳に捕らわれたが最後、次の瞬間には世界を氷漬けにされてしまうとのことだ。後に残る氷柱が氷の棺のように見えることからその二つ名が付き、当時は怖れ奉られていたようだ。
正直今の彼女から想像するのが難しく、どこか遠い昔話を聞いているような感覚に陥ったのを覚えている。
「クジャクさん! その名で呼ぶのは止めて欲しいって、いつも言っているでしょう?」
「ごめんごめん。今のキツネ――いや、シフォンにどうしても慣れなくてねぇ。つい無意識に同一人物なのだろうかと確認してしまうんだよ」
「もうっ、嫌ですわ。同一も何も、今の私がシフォンです。昔は昔、今は今ということですよ」
そんなこと言ったらクジャクさんだってとシフォンが言いかけると、慌てて彼女の口を抑えて「わかった、わかったよ。次から気を付けるからその話はこの辺にしようではないか」とまるでイサギさんの口調で捲し立てるクジャク。
どうやら彼女にも俺に知られたくない昔の自分がいるようなのだが、敢えてこの場では言及しないでおこう。
その内、機会があったらイサギさんにでも聞いてみようかな。
「アイ。イサギ様にこの事を聞こうなんて、思ってはいないだろうね?」
「――えっ!? あぁ、うん大丈夫! 思ってないよっ!」
じーっというクジャクの疑わしい視線を受け、背筋に冷汗が流れるのを感じた。しかし、この張り付いた満面の笑みを見なさい。どう見ても”やってない”でしょ? だから大丈夫!
シフォンまでそんな目を向けないで欲しい。このままだと変な性癖に目覚めてしまいそうになってしまうから。
そんなアホなことを考えてるという心理を悟られたのだろう。ついにはラヴィニスまで胡乱な目でこちらを眺め始めた。
あ、これは駄目だ。今俺の中で何かイケナイ自分が目を覚ましたかもしれない。……はぁはぁ。
「――私、来た」
「うひゃわぁぅっ! ――ちょっともう、つぐみん! ビックリするから気配消して忍び寄らないでって、いつも言ってるでしょ!」
突如背後に出現したツグミの意識外からの登場により、珍妙な叫び声を上げてしまった。……なんか悔しい。
ペストマスクを被っているはずなのに、クスクスと笑っている姿が幻視出来る。いや、素顔は見たことないんだけれど。
シフォンやクジャクにも言えることだが、一緒に生活する時間が長くなるに連れ彼女とも、少しずつ仲良くなれて来ているという自負がある。……揶揄われているのは癪なんだけどね。
「あい、反応面白い」
「私で遊ばないでよ! ビックリして危うくおっぱいがこぼれるところだったんだからね!」
必死に抗議する俺と「? こぼれる?」と反応するツグミ。他の三者も同様に首を傾げているのが横目に映る。
――しまった。これはやらかした。……あの、イヴ? その、他意はないからね?
《…………》
――うあぁん! 違うの、無意識だったの! いや無意識におっぱいなんて言ってるようじゃ、もう駄目なのかもしれないけどっ!
《……………………通告。私は、気にしてません》
――はぅわ! 好きっ! いやホント、俺はイヴのおっぱい大好きだからっ!
《――通告! 最低ですっ!》
外からだけでなく内からも鋭い眼光に近い圧力を感じ、いよいよ駄目になってしまった奴とはそう俺のことだ。
元々ツリ目やネコ目が好きなのもあるが、どうにもニラマレに弱いらしい。無自覚だったが、改めて自身のどうしようもない性癖を知ってしまった。
イヴをプンスカ怒らせてしまったが、どうやら元気は取り戻したらしい。手段は最低かも知れないが、落ち込んでいるのを見るのは嫌だからしょうがないのだ。
……原因も俺なのは、ご愛嬌ということで。
ともあれ、役者は集まった。早速手頃な採取クエでも探そうではないか。
「……こほん。さてしーちゃん。イサギさんから聞いてると思うんだけど、クエストを受注したいんだ。頼めるかな?」
「はいっ! 勿論です! 小鬼退治に用心護衛、闘技大会の審判員に、貴重な各種魔鉱石発掘ツアーなど。今ならファイアワイバーン大討伐も御座いますよ!」
満面の笑みで様々なクエストを紹介してくれるシフォン。確かに異世界ギルドの以来として魅力的なものが多いのだが、正直どれも現実的に達成が困難である。
というか審判員とかツアーとか、そんなクエストも存在しているんだね。
小鬼ならとか、言ってはいけない。個体数が多く、人間のように小狡い知恵もあり武器も使用する。毒を使う個体もいれば、弓を扱うものまで存在するらしい。
一般兵に当たるゴブリンは大人でもおよそ三尺ほどの背丈しかないが、小柄故の素早さと身軽さを持ち合わせている。
ゴブリンの中では一番数が多く性格も多種多様だ。恐らくは母体となった個人に起因するのだろう。総じて言えるのは、良い部分が削ぎ落されていることだろうか。
性格が合わなければ味方同士でも殺し合いに発展することは日常茶飯事。いじめも暴力もなんでもござれ、まさに世紀末の様相を呈していると言っても過言ではない。
なにより彼らの大多数は雄で構成されていて、人間やエルフ、ドワーフなど誰構わず別種族の女性を攫っては巣に持ち帰り種の繁栄に従事するのだ。
また、オークと呼ばれる豚頭の魔物も同様に雄の方が数が多いため別の種族、特にエルフの女性ばかりを好んで拐している。
雌が少ない種族であるが故に、繁殖力が並外れて優れているのだ。
長くなってしまったが結論として、俺やラヴィニスを含め女性の多いこの編隊では、むざむざ繁殖そのものを助長する結果に繋がり兼ねないのである。
ギルド内で生活をしているため、被害にあったものの報告などを耳にする機会も少なくない。内容は不憫そのもので、これが現実だと認識することすら難しかったと記憶している。
「魅力的なクエストばかりで目移りしちゃうけど、今回は”採取クエスト”を受けようと思ってるんだ。何か良いのは無いかな? 難しすぎず、でも歯ごたえのある絶妙なのを探してるんだ」
「採取、でございますか?」
「うん。恥ずかしながら魔物とはいえ、生き物を殺すのは慣れてなくてね。出来うるなら今は遠慮したいんだよ」
「なるほど! 分かりました、任せてくださいっ!」
きょとんとするシフォン。その可愛らしい反応を見る限り、どうやら予想外だったようだ。
理由を説明すると納得してくれたようで、今まさに目の前で数多の書類の中からあーでもないこーでもないと厳選している。
本当に目を通しているのだろうかと疑ってしまうほどの勢いで積まれる書類の山々。初めて見たがその凄まじい仕事っぷりに、俺は思わず見惚れてしまう。
アイに見られてるせいか、いつも以上に張り切ってるねぇ。と揶揄うクジャクさん。聞こえていないのかスルーしているのか、シフォンは全く反応を見せなかった。
「……そうですね、ショートチョコルドンの実の採取なんて如何でしょうか?」
「ちょ、チョコルドン? 何か甘そうな名前だね」
「流石のご慧眼です、アイヴィス様。全くもってその通りで、それは甘い、あまぁーい果実が取れるそうですよ!」
ビタッと動作を停止させたシフォンがゆらりとこちらに振り向き、これしかないと言わんばかりの声色でクエストを薦めてくれた。雰囲気は静謐なのだが、眼力が凄い。
余談だが、チョコレートという名前の菓子はアヴィスフィアには存在しないらしい。故にこのチョコが現代日本のものと同様かどうかは実際に味を見ないと分からない。
南部原産の為、元皇国であるこの地区には余り出回らない高級品。ギルドで出張したときにたまたま口にする機会があった団員の話からすると、俺が作ったケーキより多く甘味成分を含んでいるらしい。
お菓子作りの一端を齧っている俺にとって、このクエストはかなり魅力的だ。ふむ。シフォンはやはり出来る子だったね。
「大人しい草食恐竜なので、こちらが敵対しない限り攻撃はしてきません。その背中には樹木が宿り、実る甘い実はオスのみが持つそうです。性別による個体差が大きく、メスはより糖度の高い果実を実らすオスを好むとのことです」
「メスはオスの十分の一程しかないですが、こちらは下手に近寄ると戦闘になってしまいます。しかし対象のオスの実より甘い香りを宿したにおい袋で誘導すればその限りではなく、比較的容易に分断することが可能です」
「連れ歩くメスが多い、それ即ち糖度の高さと比例します。当然難易度も上がりますが、市場価値も高くなる。お菓子作りがお得意なアイヴィス様にはまさにもってこいのクエストなのではと、愚行致しますわ」
以前はその見た目の違いにより同じ種の恐竜だと認識されず、メスは別名”カカオルニクス”と呼ばれていたそうだ。
こちらは小柄だが空を飛び、オス(の実)に近づく敵対生物を攻撃する性質を持ち合わせているらしい。
戦闘力もそれなりに高く、その数次第では大型の肉食生物を倒すまでに至らずとも、撃退することが可能とのことである。
――ふむ。なんだかハーレムの主みたいな恐竜だな。人ではないから何とも言えんが、正直羨ましいね。
《通告。何だかマスターみたいな恐竜ですね。甘いもので女性を釣って連れ回す――》
――ちょっ! 人聞きの悪いこと言わないでくれよイヴ。俺がいつ誰を釣って、いつ誰を連れ回したっていうんだよ!
《謝罪。マスターの場合は勝手に女性が付いてくるのでした。私としたことが、間違えてしまいました》
――もっと質が悪くなってる!? 違う、違うからね? 俺が不甲斐ないからイサギさんやラヴちゃんが心配してくれて同行を薦めてくれたんだし、そもそも今の俺は女性だから! 友人通し共に過ごしてもいいじゃんか!
《疑問。悪いとは言ってません。ただイヴはマスターがモテ過ぎて、少々嫉妬を覚えただけです》
――ふぇっ!? あ、いやその……なんか、ごめんなさい。確かに最近可愛い子に囲まれて浮かれてました、すいません。
イヴの鋭い指摘に思わず過敏に反応してしまう。たしかに以前日本にいた時に比べ、明らかにモテているなという実感もあったので余計である。
単にアイヴィスのこの容姿が可愛らしすぎるのがいけないのだとは思うが、男よりも女にモテるのは正直謎だ。
最終的に素直過ぎるイヴの激白を聞き、ひどく狼狽してしまった。胡麻化そうにも俺の感情は彼女には包み隠さず伝わってしまっているだろうから、そもそも隠そうとすること事態が意味を為さないのである。
「アイヴィス様……? どうかなさいましたか?」
「――え!? あ、うん。大丈夫だよ。新しい甘味を使ったお菓子を想像したみたんだけど、実際に味を見ないと分からないかってね」
おそらくは百面相でもしていたのだろう。心配そうに顔を覗きこんでくるシフォンに驚きつつも、とっさに浮かんだそれっぽい言い訳を並び連ねる。
ぱぁっと花が咲くような笑顔を見せる彼女。そういえばこの娘は人一倍甘いものが好きなんだったな。
せっかく数多の書類から厳選してくれたのだ、この可愛らしい笑顔の為にもクエストを受けることにしようではないか。
「しーちゃん。その依頼、受けようと思う。娯楽の少ないこの世界においてスイーツは重要なファクターとなりえるからね」
「アイヴィス様っ! 分かりました。では早速クエスト受注の手続きを行いましょう」
実際にわんにゃん亭を経営してみて分かったが、この世界には娯楽が少ない。
遊園地やゲームセンターはおろか、甘味処や温泉すら存在しないのだ。天然に沸いた温泉は存在するが、それを商いとしている者がいないという意味で、である。
現代日本の知識を使うことはチート、つまりはズルでもあるのかも知れないが、今いるこの世界は紛れもない現実だ。出来うることを最大限行うことで生活が向上するのならやるべきだ。俺はそう考えている。
ちなみに定食屋や酒場、劇場や賭場などの存在は確認している。特に夜烏の生活圏はその手の娯楽は多く、夜にはそれに準じた連れ込み宿――いわゆる風俗も多数含まれる。
実際にウチのギルドも十数件経営しているし、現代でいう風俗嬢の友人も出来た。国や貴族の裏話などを聞く機会もあり、どの世界でも下事情はそんなに変わらないものなのだなと実感した。
さて、ともあれクエストだ。不安もあるが、楽しみの方が勝っている。恐竜という太古の遺産と巡り会うこと、その種が宿す未知なる甘味を食すこと。ああ、まさにファンタジー。この瞬間俺はそう、最高にテンションが上がっていた。
「――ん? シフォン、まさかこの場所って……」
「はい? ああ、かのお転婆姫たちが治める三国の中心地ですよ?」
などというクジャクとシフォンの不穏な会話は確かに聞こえていたはずだった。明らかなフラグ、トラブルの予感。
しかしそれを思い出したのは、実際にとんでもなく面倒な事態に巻き込まれてからだったのである。
背後関係と実際のストーリをどう組み合わせるか、そのロジックを考えるのが好きです。前後との調整も難しいので中々捗りませんが、なるべく分かり易く読みやすい文章に出来ればなと思っている次第です。