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第一話 午前二時十三分、響灘にて」

⚠︎︎注意⚠︎︎

灯台擬人化

※これは灯台史に基づくフィクション作品です。実在する人物とは関係ありません。この作品に出てくる灯台は実在します。灯台オタクによる勝手な妄想の延長線です。

海には、忘れられない記憶が沈んでいる。


人々が忘れた海難事故。語り継がれなくなった震災。誰にも見送られなかった船と、帰りを待ち続けた者たち。


そうした記憶は、時として形を持つ。


船幽霊。


それは、海の底から這い上がり、生きている人間を自分たちのいる場所へ連れて行こうとするもの。


そして、それらを人知れず追い払う者たちがいる。


灯台に宿る付喪神――灯台さん。


彼らは今日も、海と陸の境界で光を掲げていた。


もっとも、彼らの仕事は幽霊退治だけではない。


仲間同士の喧嘩の仲裁、行方不明になった同僚の捜索、再建によって変わってしまった仲間の世話。そして、時折開催される会議という名の騒乱。


今夜もまた、その騒乱の種がひとつ、響灘に芽吹こうとしていた。


Ⅰ.異常光


午前二時十三分。


響灘・玄界灘支部の管轄海域にて、異常な光が確認された。


「……おかしいな」


部埼灯台は、手元の懐中時計を開いた。


針は正常に動いている。秒針の音も、いつもどおり規則正しい。


しかし、海の向こうにあるはずのない光がひとつ、浮かんでいた。


白でも、赤でも、ましてや灯台の光でもない。


青白い光。


まるで、海の底から空を見上げている者の瞳のような色だった。


「六連島」


「はーい?」


「今すぐ起きろ」


「えっ、もう朝?」


「午前二時だ」


「じゃあ、まだ夜だねえ」


「そういう問題じゃない」


六連島灯台は、眠たげに目をこすりながら窓辺にやってきた。彼の羽根ペンが、何も触れていないのにひとりでに動き、紙の上に不吉な線を引いている。


六連島はその線を見つめた。


「……あれ?」


「何だ」


「これ、船の航路じゃないね」


部埼の表情が変わった。


六連島のペンは、海の上を走っていた。正確には、海の上にある何かをなぞっていた。


海図には記されていない航路。


しかも、その線は沖へ向かっているのではない。


海の底へ向かっていた。


「烏帽子島を呼べ。角島と特牛にも連絡。妙見埼にもだ」


「了解。……ねえ、部埼さん」


「何だ」


「これ、船幽霊だよね?」


部埼は答えなかった。


その代わり、懐中時計の蓋を閉じた。


「……ああ。だが、妙だ」


船幽霊は普通、海難事故や震災の記憶をまとって現れる。海域によって姿も性質も違うが、いずれも生者を海底へ引きずり込もうとする点では共通していた。


だが、今回の光は違う。


幽霊が現れる前兆にしては、あまりにも静かだった。


波ひとつ立たない。


鳥の声もない。


まるで、海そのものが息を潜めているようだった。


部埼は窓の外を見つめた。


「……誰かが、呼んでいるのか?」


その問いに答える者はいなかった。


ただ、青白い光がひとつ。


またひとつ。


暗い海面に浮かび上がった。


Ⅱ.集まる灯火


「で、結局どういうことなんだ?」


烏帽子島灯台はステッキを肩に担ぎ、険しい顔で海を睨んでいた。


「説明したとおりだ。未確認の船幽霊が複数出現している」


「未確認ってことは、俺が倒して名前をつけてもいいってことだな!」


「駄目だ」


「即答かよ、部埼!」


「お前が名前をつけると、絶対に碌なことにならん」


「『玄界灘の大英帝国・第二艦隊』とか!」


「帰れ」


「ひどくねえ!?」


その横では、角島灯台が特牛灯台の襟元を直していた。


「特牛、前に出すぎるなよ。何かあったら僕の後ろにいろ」


「うん。でも、僕だって戦えるよ」


「分かってる。分かってるから、無茶をするなと言ってるんだ」


「……角島さんって、お兄ちゃんみたいだね」


「誰がお兄ちゃんだ」


「えっ、違うの?」


「……違わないが、今それを言うな」


角島は一瞬だけ言葉に詰まり、特牛から顔を背けた。


その手には、特牛のランタンが握られていた。


本人が持っていないことに気づいていないあたり、心配性もここまでくると立派な才能である。


そこへ、ひときわ静かな足音が響いた。


「状況を聞かせてもらえますか」


妙見埼灯台だった。


長巻を携えた彼は、海図を一瞥するなり眉を寄せた。


「……この位置。船幽霊が出るには不自然ですね」


「だろうな」


部埼が頷く。


「過去の海難事故の記録と照合したが、該当するものがない。震災の記録にも、直接の関係は見当たらない」


「ならば、記録されていない事故か……あるいは」


妙見埼は言葉を切った。


「灯台さんを狙っている?」


六連島が、珍しく笑わなかった。


沈黙が落ちる。


灯台さんは怪我をする。光を失い、能力を封じられることもある。


死ぬことはない。


だが、廃灯になれば話は別だ。


その存在は消滅するか、あるいは灯台のあった土地に取り残される。


船幽霊が灯台さんを狙う理由は、十分に考えられた。


「……ひとまず現場へ向かう」


部埼が懐中時計を開く。


その針が、午前二時十四分を指した。


「全員、武器を構えろ。海の様子がおかしい」


彼らの手元で、小さなフレネルレンズが光を放った。


それぞれのレンズから、武器へと力が流れ込んでいく。


懐中時計。


羽根ペン。


ステッキ。


長巻。


彼らの光は、長い年月をかけて海を照らしてきた。


その光を、今夜も絶やすわけにはいかない。


Ⅲ.海の底から


最初に異変に気づいたのは、特牛だった。


「……ねえ、角島さん」


「どうした?」


「海の中、何かいる」


その瞬間。


海面が盛り上がった。


波ではない。


海そのものが、巨大な何かに押し上げられている。


黒い船体が、ゆっくりと姿を現した。


帆は破れ、船縁は朽ち、甲板には無数の影が立っている。


人の形をしている。


だが、顔がない。


彼らの足元には、海水ではない何かが滴っていた。黒い影は船の縁から海面へと広がり、周囲の光を次々と飲み込んでいく。


「……なんだ、あれ」


烏帽子島が息を呑んだ。


「船幽霊なら何度も見てきた。だが、こんなものは……」


部埼は懐中時計を構えた。


「全員、聞け。あの船をこちら側へ近づけるな。人間の航路に出たら被害が出る」


「了解」


角島がバックソードを抜く。


「特牛、後方支援を頼む」


「うん!」


「妙見埼、海域全体の光度を維持しろ。六連島は俺と一緒に動け」


「分かったよ」


それぞれが位置についた。


その時だった。


船の甲板に立つ影のひとつが、こちらを向いた。


顔はない。


目も、鼻も、口もない。


それなのに、全員が確かに感じた。


――見られている。


次の瞬間、船から声が響いた。


『……灯……台……』


ひどく遠く、ひどく懐かしい声だった。


『灯台……灯台……』


『光を……返せ……』


部埼の手が止まった。


「……何?」


『光を返せ』


『我らの光を』


『我らの帰る場所を』


無数の声が重なり、海を震わせた。


船幽霊が、一斉に顔を上げた。


その胸元には、小さな光が埋め込まれていた。


フレネルレンズによく似た、歪んだ光の結晶。


「まさか……!」


妙見埼が声を上げた。


「部埼さん、あれを見てください! あの光は、船幽霊のものじゃない!」


「何だと?」


「灯台の光です!」


海が、吠えた。


黒い船が急激に接近し、甲板から無数の影が飛び出した。


部埼は懐中時計を握り締めた。


「全員、迎撃!」


烏帽子島のステッキが閃く。


角島のバックソードが黒い影を切り裂き、特牛のランタンが周囲を照らす。


六連島の羽根ペンから放たれた光が、海面に幾何学模様を描いた。


だが、倒しても倒しても、影は海から湧き上がってくる。


しかも、そのたびに胸元の光が明滅していた。


まるで、彼らの光を奪おうとしているかのように。


「くそっ、きりがねえ!」


烏帽子島が叫ぶ。


「部埼さん! こいつら、こっちの光に反応してる!」


「分かっている!」


部埼は懐中時計を開き、秒針を逆回転させた。


その瞬間、彼の周囲に無数の時計の針が浮かび上がる。


時間を刻むように、規則正しく並んだ光の刃。


それらが一斉に黒い影を貫いた。


しかし。


『……清虚……』


船から、ひときわ大きな声がした。


部埼の動きが止まった。


『清虚の……光を……』


その名を聞いた瞬間、部埼の胸の奥で何かが軋んだ。


清虚。


自分が受け継いできた光。


何代もの灯台を通じて紡がれ、守られてきた光。


それは、誰に誇るでもなく、ただ彼の中にあり続けるものだった。


なのに。


なぜ、この船幽霊がその名を知っている?


『返せ』


黒い船が、部埼へ向かって動いた。


『その光は……我らのものだ』


「……違う」


部埼は、低く呟いた。


「これは、俺たちが守ってきた光だ」


懐中時計の針が、強く輝いた。


「お前たちに渡すものじゃない」


彼が一歩踏み出した、その時。


海の底から、巨大な影が浮上した。


それは船の形をしていなかった。


灯台の形をしていた。


崩れた塔。


砕けたレンズ。


折れた光。


そして、その頂上には――


誰も知らないはずの、古い灯台の紋章が刻まれていた。


妙見埼が息を呑む。


「……あれは」


六連島の羽根ペンが、真っ二つに折れた。


角島が特牛を背後へ押しやる。


烏帽子島はステッキを握り直した。


部埼は、ただその紋章を見つめていた。


知っている。


見たことがある。


忘れるはずがない。


それは、灯台さんたちの歴史に刻まれた、ある記録に残る紋章だった。


かつて存在し、今はどこにもない灯台の紋章。


その塔の中から、声が聞こえた。


『……まだ、光はあるか』


悲しげな声だった。


『まだ……誰か、海を照らしているか』


部埼は答えようとした。


だが、その前に。


海の底の灯台が、ゆっくりと目を開いた。


その光は、青白かった。


そして、その光を見た瞬間、妙見埼は悟った。


これは、ただの船幽霊退治ではない。


灯台さんたちが今まで知らなかった、あるいは知っていても目を背けてきた何かが、海の底から戻ってきたのだ。


そしてそれは、彼らの光を求めている。


いや。


もしかすると――


彼ら自身を、呼んでいるのかもしれなかった。


次回予告「船幽霊対策本部、開廷」

響灘での異常事態を受け、急遽招集される船幽霊対策本部。

ヴェルニー灯台とブラントン灯台が顔を揃えるはずだった会議は、開始五分で剱埼と犬吠埼の口論により崩壊。

さらに野島埼まで乱入し、和田岬が胃を痛め、友ヶ島がなぜか楽しそうに笑う。

そんな中、観音埼は古い記録の中に、ひとつの名前を見つける。

それは、誰も覚えていないはずの灯台の名前だった。

そして観音埼は、ぽつりと呟く。

「……ねえ、剱埼さん。僕、この灯台さんのこと、知ってる気がする」

その瞬間、剱埼の表情が凍りついた。

――忘れたはずの光が、再び灯ろうとしていた。

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