第一話
「時に倉敷さん、人はどうして他人を陥れて愉悦を感じるんだと思う?」
「えっと…どうしてでしょうか?」
「なんだ分からないのか、まったく…本ばかり読んでいる癖に肝心な知識が抜けているんだから、やっぱり君もまだまだ子供だな」
夕日が迫る帰り道、私「倉敷美桜」と並んで住宅街を歩く親友が、手をやれやれとさせていつも通り突拍子もない質問を投げ掛けてきた。
「あうう…すみません」
「まあまだ高校生になったばかりだし、仕方ないとは思うけど、人がどうしてそんな行動をするのか少しは考えた方が生きやすいから、知識として頭に植え付けとく事をオススメするよ」
「はあ…」
「じゃないと、私の碌でもない前世みたいな生き方をする事になってしまうからね」
真ん中から色の違う黒と白のアシンメトリーカラーな髪は彼女曰く地毛らしく、ロングストレートで長い睫毛をバサバサさせて、非常に細く整った輪郭をした親友「黒井白帆」さんは、キツネみたいな顔をニンマリと歪ませて、前世の記憶がある事を隠しもせず、いつも上から目線でアドバイスをしてくる。
まあ、身長差もだいぶあるから上から目線なのは仕方ないとしても、高校で出会った彼女は唯一の話し相手である私に、前世の苦い経験と今世で培った哲学の知識を通して「生きる意味」とは何ぞやを説いてくるのだ。
「人間は、自分が傷つけられると思うとき、あるいは他人に嫉妬するときに嘘をつき、人を陥れる…byフランシス・ベーコン」
「……美味しそうな名前ですね」
「イギリスの哲学者にして神学者でもあり、法学者、政治家、経験論の創始者として名高い彼が言うには、人は他人を陥れる時は、自分の心を守りたいあまり相手を悪者に仕立て上げ、他人の成功を素直に喜ばずに不当に評価を下げようとする時みたいなんだ」
「はあ…」
「防衛本能、嫉妬心、恐れやねたみからくる攻撃性、その内のどれかが突出して爆発した時、どうやら人は他人の傷付く姿も考えず、自分の身代わりとして差し出してしまうらしい」
「な、なるほど…」
「まったく、恐ろしい生き物だね。人間という生き物は」
席があいうえお順で前と後ろになった私と彼女は、入学して直ぐの頃から、それぞれ別の理由でぼっちを貫き通し、互いに寂しい高校生活を送っていた。
「でも黒井さん、私達も同じ人間ですよ?」
「倉敷さんと私は違うだろう? 他人を傷付けてまで人生を輝かせたいと思うかい?」
「まあ、そうですけど…」
「それもまた善し悪しなんだけどね? 自分の身を犠牲にしてまで他人の幸福の手助けをする生き方はやがて身を滅ぼすのだよ…前世の私が良い例さ。嘘か真か分からない家庭の事情に気遣って、他人の残業を肩代わりしてた彼は、案の定40歳直前で早死にしたしね」
梅雨に突入した段階で寂しさの限界がきた私は、そんな誰も近付けないようなオーラを放つ黒井さんに思い切って話し掛けた。
派手な外見で常に警戒を怠らず、近付いてくる人を全て品定めしてたような彼女は、当然の如く皆から敬遠されて、殆ど空気に近い私とはまた別の理由で入学してから二ヶ月間、ただ先生の話を聞いて頷くだけのボット人形と化していた。
「社畜ってやつですか…?」
「どうなんだろうね? 他人に嫌われるのが嫌で自ら身を差し出していた彼はただの馬鹿だったように思えるけども、まあ月45時間を超える残業時間を無視していた会社は畜を扱うに相応しかったと思うし、ピンハネされてる事に気付かず働いてた彼は、やっぱり君の言う通り立派な奴隷だったんだろうね」
───等と話す黒井さんはどうしてか初めから、私の目を離す事はしなかった。
椅子を横向きにして振り向いた私を真っ直ぐに捉えて、一拍置いてからニンマリと口角を上げて、頷いてから『君となら本音の付き合いが出来そうだ』と、逆に手を差し出して来たのだ。
『君と私は今日から友達だ』って言って…
今はそんな梅雨が明けた段階で、日中の太陽がようやく役目を終えて沈もうとしている夏の季節だ。
遠くの方でカラスがカーカー鳴いていて、カナカナカナとヒグラシの鳴き声が重なって合唱しているように聞こえる。
少し前までカエルの鳴き声しかしなかったのに、緑色の彼等はどこに姿を隠したんだろうって、ついつい探してしまいたくなる。
右を歩く黒井さんは私から見れば綺麗な白髪の美人さんで、そんな彼女は鼻をふふんっと鳴らして右側の髪と同じ色で飛ぶカラスを嘲り笑うように見ていた。
おかっぱ頭で猫背で、胸も身長もない私はそんな彼女の隣を歩くのは本当は相応しくないんだろうなって思うけど、前世の記憶がある黒井さんは逆に『中身オッサンでゴメンね、嫌だったらいつでも離れてくれていいから』と言うのだ。
「あー…倉敷さん、本当に嫌だったら嫌って言ってくれていいからね?」
「嫌じゃないですよ」
「本当に? ハッキリ言われない限り私は君の隣を歩き続けるけど、大丈夫なんだね?」
「ふふっ…大丈夫です」
いつも自信満々な黒井さんが時折見せるこんな慌てた表情を知っているのは、きっとクラスで私だけだろう。
手をワタワタさせて、真正面から見る黒井さんは今日も綺麗なアシンメトリーカラーだ。
白側の彼女が今世の哲学好きな黒井さんで、黒側の彼女が前世の社畜工場作業員の黒井さんだと、私は勝手に認識している。
それは本人も自覚しているみたいで、だから彼女はそんな汚れた姿を見せたくなくて、いつも右側を歩くのだけれど、だけれど私はそんな頑張って働いて生きていた人を敬遠するのはおかしいと思うから、たまには左側を歩いてくれてもいいのになぁと思うのだ。
「……黒井さん、明日もまた新しい哲学の話を聞かせて下さいね?」
「本当にさ…前世で君と知り合えてたら、もう少し彼も長生き出来たかもしれないのにって思うよ」
「私は、そんな出来た人間じゃないですよ?」
「他が汚すぎるのかもね…みんな純粋に、裏表なく話せたら良いのにさ…」
私に前世の記憶がある事を教えてくれたのは、差し出された手をおずおずと握った一番最初の帰り道で、威風堂々な彼女が初めて気弱な姿を見せて『私、前世の記憶があるんだよね…』と、傘を打つ雨音に負けそうな声で話してくれた。
別に話さなくてもいいのにって思ったけど、話さなきゃきっと彼女は前に進めなかったのだろう。
「それもまた、哲学の話ですか…」
「……かもしれないね」
答えのない素敵な事象を想像して、私と黒井さんは今日も「生きる意味とは何か」を語らいながら、暑い夏の夕方を涼しげなセーラー服で歩いていった。




