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黒狼の航路(ブラックルート) ― 魔王戦記  作者: 一場れい
第1部勇者動乱編

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5 監督官ヴァイレン

 訓練場の朝は、いつも同じ匂いがする。


 石。汗。魔素。


 そして──人族の匂い。



「……角、ねぇんだよな」


 腕を組み、ヴァイレンは見習いを見下ろす。


 女勇者――セレン。


 魔族の女と並んでも、身長は見劣りしない。

 骨格も悪くない。肩の位置も脚の長さも、鍛えれば形にはなる。


 問題は──体力だ。


 脆い。

 打たれ弱い。


 一発ごとに限界が来る。


 それでも。


「立て」


 短い命令。


 セレンは歯を食いしばり、立ち上がる。


 足が震え、呼吸は荒い。

 今にも倒れそうだ。


 ──だが、逃げない。


(……何度目だ)


 今日だけで、もう数えきれない。


「……っ、は……」


 息も整わないまま、剣を構え直す。


 構えは甘い。

 隙も多い。


 だが、昨日よりほんの少しだけ踏み込みが深い。


「……」


 ヴァイレンは舌打ちした。


「折れねぇな……」


 思わず出た言葉に、すぐ顔をしかめる。


(いや、違ぇ)


(勇者だからだ)


 そう決めつけようとする。


 だが。


 剣を握る横顔。

 汗に濡れた金髪。

 腰まで流れる長いポニーテールが、動くたびに揺れる。

 必死に前を見る碧眼。


 一瞬、言葉が喉まで出た。


「……マブ――」


「はぁ!?」


 自分で自分にツッコむ。


 違う。違う違う。


 角もない。

 短命。

 魔素もろくに扱えねぇ。


 魔族とは違う。


 ――はずだ。


 なのに。


(……なんでだ)


 並んで立たせると、そこまで弱く見えない。


 体力は劣る。

 脆い。


 だが。


 倒れても、立つ。


 何度でも。


(……クソ)


 情がわきかけている。


 自覚した瞬間、ヴァイレンは声を張り上げた。


「走り込みだ!」


「えっ、まだ!?」


「黙れ!」


 指を突きつける。


「考える暇があるなら走れ!

 魔界じゃ、息切れした奴から死ぬ!」


 セレンは一瞬だけ唇を噛み、それでも走り出す。


 足は重い。

 呼吸は浅い。


 だが、止まらない。


(角なし)


(短命)


(それ以外は……)


 思考を断ち切るように、頭を振る。


「余計なこと考えるな」


 自分に言い聞かせる。


「俺は監督だ。情はいらねぇ」


 だから今日も。


「止まるな!」


 容赦なく、追い立てる。


 そうしなきゃ、生き残れない。


 魔界では。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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