外伝 白角の女1
黒が金討伐を成し遂げるよりも前
レイゼン・ヴァーレスが地方武家の当主だった頃……
執務室は、静まり返っていた。
黒耀の床に跪く、白角の女。
痩せた身体、伏せられた瞳。
だが、その気配だけが──場違いなほど澄んでいる。
レイゼンは机に肘をつき、低く問う。
「お前か。
ヴァーレス家に保護を願い出たという預言者は」
「はい」
即答だった。
レイゼンは眉をひそめる。
「真の白角を名乗るなら──」
「先見をしてみせよ」
執務室に緊張が走る。
エリーシャは顔を上げた。
その瞳は、レイゼンを“見ていない”。
それでも、迷いなく告げた。
「レイゼン様の《金討伐》は成功します」
「……!」
肘掛けが、軋む。
「知っているはずが……」
「それは通過点です」
遮るように、エリーシャは続けた。
レイゼンは、言葉を失う。
「……続けろ」
「いずれ」
「他氏族を従え、魔界を支配するでしょう」
レイゼンは鼻で笑った。
「耳にいい話だけを並べるな」
「詐欺師の常套句だ」
エリーシャは、首を振らない。
「レイゼン様は、いずれ」
「地上も、天界も──」
「取るおつもりでしょう」
沈黙。
笑えない。
なぜなら──
その未来を、レイゼン自身が一度も否定したことがなかったからだ。
「……」
エリーシャの声が、わずかに落ちた。
「ですが」
レイゼンは、しばし黙り込み、低く言った。
「だが?」
「……世界の破滅が、迫っています」
その一言に、空気が変わる。
レイゼンの指が止まる。
(嘘か?)
(それとも──)
「世界の破滅の前に」
エリーシャは淡々と続ける。
「地上統一など、児戯に等しい」
レイゼンの背筋を、冷たいものが走る。
「……何が起きる」
問いは短い。
エリーシャは、逃げずに答えた。
「ヴァーレス家の双子」
「片割れの──」
一拍。
「ヴァイレン様が、世界を破壊します」
「──なに?」
思わず、声が荒れる。
(……弟が、世界を壊す?)
(あの単純で、不器用な──)
だが、火種は抱えている。
消えぬ怒りを。
それが爆ぜたらどうなるか──
想像は、できた。
「……」
頭を抱えたい衝動を、必死に抑えながら。
レイゼンは、低く呟いた。
「……我が家に、とんでもないものが来たな」
エリーシャは、静かに頭を垂れた。
「はい」
否定しなかった。
それが、何よりの答えだった。
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