18 奇跡は、まだ起きない
──治療室
黒耀城、内郭。
治療室は静かだった。
薬草の匂いと、魔素の濃い空気。
セレンは寝台に横たわっている。
脇腹には包帯。
深くはないが、浅くもない。
「動くな」
短い声。
ヴァイレンは壁にもたれている。
腕を組み、いつもの不機嫌顔。
「……すみません」
「謝るな」
即答。
「前に出たのはお前の判断だ」
一拍。
「甘ぇ判断だったがな」
セレンは目を伏せる。
悔しい。
それでも。
「……あの人、黒の兵を斬るつもりでした」
ヴァイレンは否定しない。
「ああ」
「だから出たんだろ」
図星を刺され、セレンは黙る。
静かな間。
外で、天道の熱光がゆっくり角度を変える。
地下の世界でも、朝は来る。
「……どうして」
セレンがぽつりと呟く。
「どうして、助けたんですか」
ヴァイレンは眉をひそめる。
「あ?」
「私は……まだ役に立ってないのに」
視線が泳ぐ。
「勇者なのに、何も出来なくて」
「今日だって、足手まといで」
「奇跡起こせなかった……」
拳が震える。
「私……何なんだろうって」
ヴァイレンは少しだけ、目を細める。
その顔は、怒っていない。
「俺の部下が斬られそうだった」
それだけ言う。
「部下を守るのは、将の仕事だ」
セレンは顔を上げる。
「……私、部下なんですか」
「武官見習いだろ」
ぶっきらぼう。
だが否定ではない。
セレンは、小さく笑った。
ほんの少しだけ。
そのあと、視線を天井に戻す。
「……私、孤児なんです」
唐突に、言葉が落ちる。
ヴァイレンは動かない。
止めない。
「縫製工場で育ちました」
「孤児院って名前でしたけど、実際は仕事場で」
淡々としている。
泣いていない。
「役に立たない子は、消えていきました」
「私は……手が器用だったから残された」
一拍。
「ある日、光が出たんです」
手のひらを見る。
「それで、勇者だって言われました」
「初めて“必要だ”って」
一拍。
「私のいた地域の教会は……」
「貴族と、繋がりが強くて」
「“青き血”の流れない勇者は……」
言葉を選ぶ。
「……必要とされてませんでした」
ヴァイレンの視線が、わずかに揺れる。
セレンは続ける。
「……帰り道は、最初からありませんでした」
「片道だったんです」
「誰も、私の帰りを待ってない」
静かに言う。
恨みがましくない。
ただ事実として。
「だから」
小さく息を吸う。
「奇跡が起きなくても、当然だと思いました」
沈黙。
長い。
ヴァイレンが、ようやく口を開く。
「……クソだな」
短い。
「教会も、貴族も」
それ以上は言わない。
慰めもしない。
同情もしない。
ただ。
「明日も訓練だ」
それだけ。
セレンは、少し目を丸くして。
「……はい」
ヴァイレンは背を向ける。
扉の前で止まる。
振り向かないまま言う。
「帰り道がねぇなら」
一拍。
「ここで強くなれ」
扉が閉まる。
静寂。
セレンは目を閉じる。
痛い。
苦しい。
それでも。
(……まだ、終わりたくない)
地下深く、天道の熱光が巡る世界で。
勇者は、初めて「生きたい」と思った。
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