15 勇者バニング
──訓練場
セレンの素振りが止まる。
ヴァイレンも同時に顔を上げた。
天蓋。
黒く閉じた空が、わずかに白む。
空間に円が浮かぶ。
巨大な魔法陣。
複雑な紋様が幾重にも重なり、ゆっくりと回転する。
魔素がざわめく。
ヴァイレンの目が細くなる。
「……転移門か?」
次の瞬間。
一条の光。
天蓋から地へ、まっすぐに落ちる。
轟音はない。
だが空気が押し潰される。
セレンが思わず息を呑む。
ヴァイレンはすでに駆け出してした。
黒耀城。
高塔から鐘が鳴る。
一度。
間。
二度。
警鐘ではない。
来訪。
⸻
正門前、大通り。
光が消える。
そこに立っていた。
中肉中背。
茶髪。
緑目。
男はゆっくりと顔を上げる。
勇者バニング。
黒耀城を、真っ直ぐに見据える。
──黒耀城・正門前
巨大な黒き正門が、重く開く。
軋む音は低く、長い。
そこに立つ。
黒髪金眼。
天を衝く漆黒の二本角。
長身の魔族。
蛇矛を肩に担ぎ、無造作に見下ろす。
「勇者か」
低い声。
「何しに来た」
バニングは一歩も退かない。
「勇者セレンを救助しに来た」
ヴァイレンの口元が歪む。
「救助だ?」
吐き捨てる。
「勝手に刺客として送り込んで」
「どのツラ下げて来てやがる」
空気が張る。
その時。
バニングは感じる。
背後。
角のない人族。
だが内側から滲むような光。
勇者の気配。
確信。
勇者セレン。
セレンは息を呑む。
(勇者……)
胸の奥がざわつく。
同じ側の、匂い。
だが足は動かない。
「止まれ」
ヴァイレン。
低く、よく通る声。
バニングが睨む。
「どけ。彼女を連れ帰る」
セレンが顔を上げる。
小さく息を吸う。
「……待って」
二人の視線が重なる。
「私は、捕まってない」
沈黙。
バニングの眉が寄る。
「何を言っている」
「ここにいるのは……私の意思だ」
強くはない。
だが揺れていない。
「洗脳か!? 脅されているのか!」
その瞬間。
ヴァイレンの目が冷える。
「言葉を選べ」
空気が沈む。
蛇矛がわずかに傾く。
「ここは魔界だ」
「武器持って立った時点で侵入だ」
バニングが剣を握る。
「救助だ!」
「違ぇな」
一歩、前へ。
「そいつは残るって言ってる」
間。
「それでも連れてくなら──」
蛇矛がゆっくりと下がる。
地面に触れる。
音は小さい。
だが重い。
「力で来い」
空気が裂ける。
戦いが、始まる。
──黒耀城・正門前
「いくぞ!」
バニングが剣を掲げる。
瞬間。
靴に、盾に、光の翼が展開する。
光が羽ばたき、推進力だけが跳ね上がる。
地面が弾ける。
消える。
次の瞬間にはヴァイレンの眼前。
斬撃。
速い。
空気が裂ける。
金属が鳴る。
ヴァイレンは動いていない。
蛇矛の柄で受け流す。
「遅ぇ!」
叩き落とす。
火花。
衝撃。
バニングが後退する。
石畳を滑り、体勢を立て直す。
再び踏み込む。
今度は横薙ぎ。
盾の翼が瞬間的に膨らみ、加速。
ヴァイレンの横を掠める。
石壁が切り裂かれる。
だが城は無傷。
ヴァイレンはわずかに角度を変えただけ。
街の中心から遠ざけている。
蛇矛が振るわれる。
重い。
速い。
長い。
空気ごと叩き潰す一撃。
バニングが盾で受ける。
光が弾ける。
衝撃が地面を砕く。
だが建物には届かない。
ヴァイレンは力を絞っている。
それでも。
押される。
「くっ……!」
バニングが再加速。
今度は上空へ。
光の翼が大きく展開し、跳ね上がる。
上からの一撃。
勇者の剣が、真っ直ぐ落ちる。
ヴァイレンは一歩、横へ。
蛇矛が軌道を逸らす。
衝撃が大通りにクレーターを作る。
瓦礫が舞う。
ヴァイレンが踏み込み返す。
「派手なだけか」
柄で腹を打つ。
空気が抜ける。
バニングが吹き飛ぶ。
だが倒れない。
盾の翼が衝撃を逃がす。
呼吸が荒いのは、バニングの方。
ヴァイレンはまだ余裕。
抑えている。
壊さないために。
だが距離は縮まっている。
じわじわと。
逃げ場を削るように。
再び激突。
光と黒。
火花が散る。
石が砕ける。
空気が歪む。
だが城は立っている。
ヴァイレンが低く笑う。
「救助だ?」
一歩。
「まず自分を救え」
蛇矛が弧を描く。
次の一撃は、重い。
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