16 赤、牙を剥く
夜明け前。
黒の前線は静まり返っていた。
その沈黙を、地鳴りが破る。
赤の軍勢。
正面突破。
逃げも隠れもない突撃。
先頭に立つ影。
赤角を掲げる将。
──カルザン家の紋。
黒の陣が揺れる。
前衛が押し込まれる。
だが混乱はない。
黒に金を纏う長身の影が前へ出る。
丈八蛇矛を担ぐ。
ヴァイレン・ヴァーレス。
金の瞳が戦場を測る。
五名の武将が左右に展開。
「左、詰めろ」
短い命令。
即座に動く。
胸の奥に、微かな感覚。
盤面が揺れる。
片割れ、レイゼンの静かな意志。
右を、わずかに開ける。
赤はそこへ雪崩れ込む。
突破口に見えた。
だが、閉じる。
黒の両翼が包む。
衝突。
魔力を載せた刃がぶつかり、石が砕ける。
ヴァイレンが踏み込む。
蛇矛が唸る。
横薙ぎ一閃。
赤の兵が吹き飛ぶ。
光らない。
ただ、重い。
赤の将が真正面から来る。
「黒狼ッ!」
激突。
矛と刃が火花を散らす。
一合、二合。
赤は強い。
押し負けない。
カルザンの兵は、最後まで足を止めない。
だが。
ヴァイレンの踏み込みが深い。
蛇矛が回転し、赤の将の肩を裂く。
決着はつかない。
退く。
赤は散る。
統制された撤退。
追撃はしない。
ヴァイレンが矛を下ろす。
「深追いするな」
低い声。
赤はまだ死んでいない。
これは滅びではない。
宣戦だ。
戦の後
朝日が地を照らす。
黒は陣を立て直す。
損耗は小さくない。
赤は削れたが、折れていない。
カルザンは健在。
ヴァイレンは血を払う。
五名の武将が並ぶ。
「赤、再編可能」
「士気は高い」
短く頷く。
胸の奥に静かな感覚。
盤面はまだ動く。
レイゼンの意志。
急がない。
赤は飲み込む。
削り切らない。
後方で、セレンは負傷兵を支えていた。
赤の兵も、黒の兵も、
死に顔は同じだった。
勇者として討つべき“悪”は、まだ見えない。
ヴァイレンが視線を向ける。
金の瞳。
「立ってろ」
それだけ。
戦は続く。
カルザンは、まだ燃えている。




