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15 後方

 前線は、遠い。


 だが、音は届く。


 地面を震わせる衝撃。


 空気を裂く魔力の波。


 黒耀城から少し離れた補給拠点で、


 セレンは木箱を抱えていた。


「遅い!」


 怒鳴り声が飛ぶ。


 振り向くと、二本角の兵が睨んでいた。


「す、すみません!」


 箱が重い。


 腕が震える。


 魔素濃度が濃く、息が浅くなる。


「勇者様は戦わねぇのかよ」


 別の兵が吐き捨てる。


「……見習いです」


「角もねぇのに?」


 笑いが起きる。


 胸が、熱くなる。


 だが言い返さない。


 言い返せる立場ではない。


「持てるだけ持ってこい」


「前線は血が足りねぇ」


 血。


 その言葉に、喉が詰まる。


 箱を抱え直し、走る。


 足元がふらつく。


 魔界の空気は、まだ重い。


(……遅い……)


 自分でもわかっている。


 遅い。


 弱い。


 それでも――


「そこだ!」


 叫び声。


 負傷兵が倒れている。


 腹部を裂かれ、血が石を濡らしていた。


 周囲の兵は、すでに次へ向かっている。


 止まれない。


 止まれば、死ぬ。


 セレンは、立ち止まった。


「おい!」


 怒鳴り声。


 だが、足は動かなかった。


「……動けますか」


 兵は歯を食いしばる。


「立てるか、こんなもん」


「担ぎます」


 言ってから、後悔した。


 重い。


 だが、持ち上げる。


 腰が悲鳴を上げる。


 足が震える。


「馬鹿、置いていけ!」


「……嫌です」


 自分でも驚くほど、即答だった。


 一歩。


 また一歩。


 息が切れる。


 視界が揺れる。


 だが、止まらない。


 補給所の影にたどり着いたとき、


 膝が崩れた。


「……は……っ」


 兵は転がるように地面へ落ちる。


 だが、生きている。


 衛生兵が駆け寄る。


「間に合ったな」


 その一言で、


 胸の奥が、少しだけ熱くなる。


 背後で、低い声。


「……遅ぇ」


 振り向くと、ヴァイレンが立っていた。


 金眼が細められる。


「勝手に止まるな」


 叱責。


 だが、その視線は負傷兵へ一瞬だけ向く。


「……死んでねぇな」


「……はい」


 息が整わない。


「次からは判断を早くしろ」


「助けるなら、最短で動け」


 それだけ言って、背を向ける。


 去り際に、ぽつり。


「……悪くねぇ」


 小さすぎて、風に紛れそうな声。


 セレンは聞き取れなかった。


 ただ、


 石の上に座り込んだまま、


 小さく息を吐く。


(……怖かった……)


 でも。


(……助けられた……)


 前線には出られない。


 剣も、まだ重い。


 それでも、


 ここでなら、


 役に立てるかもしれない。


 遠くで、また衝撃が響く。


 戦は続いている。


 セレンは、ゆっくりと立ち上がった。


 まだ、走れる。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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