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9 勇者の本当の力

 黒耀城、深奥。夜。


 窓のない回廊は静かで、足音だけが石に響く。


 この代になって──

 勇者が魔界へ来たのは、初めてだった。


 レイゼンはひとり、闇を見ている。


 そこへヴァイレンが歩み寄った。


「兄貴」


 短い呼びかけ。


「……勇者の件だがよ」


 レイゼンは振り向かない。


「聞きたいのだろう。なぜここに留め置くのか」


 図星だった。


 ヴァイレンは、無言で頷く。




「勇者の力は、剣ではない」


「勇者の力はな」


 レイゼンの声は低い。


「祝福でも、才能でもない」


 わずかな間。


「絆だ」


 ヴァイレンが眉を寄せる。


「……絆?」


「誰かを想うこと。守りたいと願うこと。失いたくないと恐れること」


 言葉は淡々としている。


「それが重なったとき、理屈を越えた力になる」




「絆は、理不尽だ」


「勇者は追い詰められるほど強くなる」


「瀕死から立ち上がり、不可能を通す」


「努力ではない。繋がりが、現実を押し曲げる」


 ヴァイレンが小さく舌打ちする。


「クソみてぇな力だな」


「その通りだ」


 レイゼンはあっさり頷く。


「理不尽で、不安定で、再現もできぬ」


「だから恐ろしい」




「孤高の勇者は、弱い」


「で」


 ヴァイレンが問う。


「今回の勇者は?」


「仲間もおらぬ。故郷とも切れている」


 間を置かず、答えが落ちる。


「弱い」


 即断だった。


「結ばれておらぬ者は、奇跡を起こせぬ」


「孤高の勇者は、扱いやすい」


 ヴァイレンは腕を組む。


「だから殺さなかった?」


「そうだ」


 レイゼンは静かに言う。

「孤高の勇者は、最も扱いやすい」


「結ばれておらぬ者は、奇跡を起こせぬ」


「だから私は殺さなかった」


 ヴァイレンは初めて見る勇者を思い出す。


 小さい。


 脆い。


 だが、心は折れてはいなかった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。


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