呪い発動
修羅ギルドの一階ロビーは、今日も冒険者たちで賑わっていた。
ただし、その賑わい方が異常だった。
冒険者たちは皆、顔面が腫れ上がっていたり、青あざだらけだったり、包帯でグルグル巻きになっていたりする。
高難度の依頼をこなした結果だ。
そして彼らは、真実の鏡の前に列を作っていた。
「よっしゃあ! 今日も3だぜ!」
「俺なんか昨日より腫れてるから、絶対3だな!」
「報酬3倍、最高!」
冒険者たちが歓声を上げる中、二階から一人の男が降りてきた。
バルドス・フォン・クレイン。
元ギルドマスターにして、現在は顧問の座に収まっている没落貴族だ。
彼は階段の途中で足を止め、ロビーの光景を見下ろした。
「なんだ、この有様は……」
バルドスの顔が歪む。
冒険者たちの顔は、一人残らずボロボロだった。
腫れ上がった頬、潰れた鼻、裂けた唇。
まるでゾンビの集会だ。
バルドスの視線が、ギルドの掲示板に向いた。
掲示板の上には、大きな看板が掲げられている。
『修羅ギルドの掟』
一、ブサイクは報酬三倍。
二、ブサイクの言葉を人に使ってはならない。
三、来る者は拒まず、去る者は追わず。
「くくくっ……馬鹿馬鹿しい」
バルドスは鼻で笑った。
「ブサイクは報酬三倍だと? なんという低俗な掟だ。私がギルドマスターだった頃には、こんなふざけた決まりはなかったぞ」
階段を降りながら、バルドスは続けた。
「まったく、見るに堪えんな。ブサイクどもが報酬目当てに顔を潰しているわけだ」
ハラリ。
バルドスの頭から、金色の髪が一本、抜け落ちた。
しかしバルドスは気づかない。
「実に滑稽だ。ブサイク、ブサイク、ブサイクだらけではないか」
ハラリ、ハラリ。
髪の毛が、静かに舞い落ちていく。
冒険者たちが、ざわめき始めた。
「おい、あのオッサン……」
「髪の毛、抜けてねえか?」
「やべえ、ギルドカードの呪いだ……」
しかしバルドスは、冒険者たちの視線に気づいても、その意味を理解していなかった。
「なんだ、その顔は。私の言葉が気に入らんのか?」
バルドスは冒険者たちを見回した。
彼らの顔は、驚愕に染まっている。
「ふん、図星か。お前たちのようなブサイクどもには、耳が痛かろう」
ハラハラハラ。
髪の毛が、束になって抜け落ちた。
床に金色の髪が散らばっていく。
「ひっ……!」
「うわあ……」
「と、止まらねえ……」
冒険者たちが後ずさる。
その反応に、バルドスは眉をひそめた。
「なんだ貴様ら、私の顔に何かついているのか?」
誰も答えない。
ただ、バルドスの頭を凝視している。
「答えろ、平民ども! この私を無視するとは――」
ふと、バルドスの視界の端に、真実の鏡が映った。
何気なく、そちらに目を向ける。
鏡に映ったのは――
つるつるに光る頭頂部。
わずかに残った側頭部の髪が、惨めに垂れ下がっている。
「…………」
バルドスの顔から、血の気が引いた。
「な……」
震える手で、頭に触れる。
つるりとした感触が、指先に伝わった。
「なああああああああっ!?」
絶叫が、ギルド中に響き渡った。
「な、なんなんだこれは、私の髪の毛は!?」
バルドスは慌てて周囲を見回す。
すると、床に短い金髪の痕跡が散らばっている。
バルドスは床に這いつくばり、散らばった髪の毛をかき集め始めた。
「これは……私の物だ……!」
バルドスは髪の毛を拾い集めると、頭に乗せて階段を駆け上がって行く。
「そこの鏡は呪われている! そうに違いない!」
そう叫ぶと、バルドスは執務室に飛び込んだ。
そして――
バタン!
扉の閉まる音が、ギルド中に響いた。
そして真実の鏡には、数字の3が虚しく輝いていた……。
◆◆◆
それから数日間、バルドスは執務室から一歩も出てこなかった。
エミリーが呪いの解き方を言っても聞き届けることは無かった。
つくづく分かりやすい男だ。
食事は扉の前に置かれ、用を足す時だけこっそり出てくる。
まるで引きこもりの生活だった。
「顧問様、大丈夫かな……」
「まあ、あれだけ派手にハゲたらな……」
「しかも3だぜ、3」
「元ギルドマスターが報酬3倍対象とか、笑えるよな」
冒険者たちの間で、バルドスは完全に笑いものになっていた。
そんなある日のことだった。
ガチャリ。
執務室の扉が開いた。
冒険者たちが一斉に振り返る。
「お、顧問様だ」
「やっと出てきたか」
「……ん?」
階段を降りてきたバルドスを見て、冒険者たちは目を疑った。
「髪の毛……生えてる?」
「マジだ、フサフサじゃん」
「呪いが解けたようだな」
「でも謝ってたか?」
バルドスの頭には、見事な金髪が復活していた。
いや、復活どころか、以前より豊かに見えるほどだ。
バルドスは不敵な笑みを浮かべた。
「くくくっ……どうだ、見たか平民ども。この私の髪が、たかが呪い程度で――」
その時、バルドスの視界の端に、真実の鏡が映った。
「……」
バルドスの足が止まる。
冒険者たちが息を呑む。
「顧問様、鏡……」
「見ない方がいいんじゃ……」
「いや、でも気になるだろ」
バルドスはゆっくりと、鏡に近づいていった。
その足取りは、まるで処刑台に向かう囚人のようだった。
そして、鏡を覗き込む。
映ったのは――
つるつるに光るハゲ頭。
鏡には、髪の毛は映っていなかった。
そして浮かび上がる3の数字。
「カツラだと映らないんだ……」
誰かがつぶやいた。
「やっぱりカツラだったのかよ!」
「真実の鏡、カツラも見破るのか!」
「すげえ、さすが大魔道士様の作った鏡だ!」
冒険者たちが騒然となる中、バルドスは鏡の前で固まっていた。
その顔は、茹でダコのように真っ赤だった。
「み、見るな……見るなああああっ!」
バルドスは頭を抱えて、再び階段を駆け上がった。
バタン!
執務室の扉が、再び閉まった。
◆◆◆
その日の午後。
「エミリー! エミリーはおるか!」
扉越しに、バルドスの声が響いた。
受付カウンターにいたエミリーが、小首を傾げる。
「はーい、なんですか顧問様?」
「あの鏡を壊せ! 今すぐにだ!」
「鏡……ですか?」
「呪いの鏡だ! あんなものがあるから、私は……私の髪が……」
声が震えている。
エミリーは困ったように眉を下げた。
「でも顧問様、あの鏡は報酬の計算に必要なんです。あれのお陰で冒険者たちは……」
「知るか! 壊せ! 今すぐ壊せ!」
「うーん……ギルドマスターに相談してみますね」
エミリーはギルドの奥へと向かった。
◆◆◆
「うーん、鏡を壊せ、か……」
俺は腕を組んで唸った。
そして、難しい顔でエミリーの事情を聞いた。
「ファブが作ってくれた物を、勝手に壊すわけには行かないな……」
俺は絆の腕輪に手を当て、ファブの顔を思い浮かべる。
「ファブ、聞こえるか?」
『やぁ、ウォールドかい。どうしたんだい?』
「真実の鏡のことなんだが……顧問が壊せって言うんだ。俺は従うつもりは無いけどね」
『へぇー…… じゃあ、壊しちゃおうかな?』
「だめだよ! せっかくファブがギルドの為に作ってくれたんだろ?」
俺は思わず声が大きくなってしまった。
『ははっ、冗談だよ。僕が一旦持って帰るから、別の鏡の破片でも見せればいいよ』
「……ああ」
その手があったか……。ちょっと考えれば分かりそうなことなのに。
俺はまだまだお人好しだ。
『それじゃあ、また必要になったら言ってね』
「助かる」
ウォールドは通信を切ると、エミリーに頷いた。
「ファブが引き取ってくれるそうだ。顧問には鏡は壊したと伝えてくれ」
「わかった!」
エミリーは執務室に戻り、扉越しに報告した。
「顧問様、鏡は壊しました! もう大丈夫ですよ!」
「そ、そうか……よくやった……」
扉の向こうから、安堵のため息が聞こえた。
◆◆◆
そして真実の鏡は撤去され、ファブに返却された。
それはつまり、掟その一が機能しなくなったことを意味する。
「おい、鏡がなくなったぞ」
「マジかよ、じゃあ報酬3倍は?」
「なくなるんじゃねえの?」
「ふざけんな! 俺たち何のために顔ボコボコにしてると思ってんだ!」
冒険者たちの間に、不満が広がっていった。
一週間後。
「お兄ちゃん、大変なの」
エミリーが深刻な顔で、ウォールドの元を訪れた。
「どうした、エミリー」
「依頼の達成率が、すっごく下がっちゃって……」
「そりゃそうだろうな。報酬3倍がなくなったら、わざわざ高難度に挑む理由がない」
「それだけじゃないの。ポーションも全然売れなくなっちゃった」
エミリーは帳簿を広げた。
そこには、赤字の数字がずらりと並んでいる。
「高難度の依頼が減ったから、怪我する人も減って……」
「ポーションの需要がなくなったってことか」
「うん。在庫が山積みなの。このままだと、また資金難になっちゃう……」
ウォールドは頭を抱えた。
せっかく軌道に乗り始めたギルド運営が、振り出しに戻ってしまった。
「全部あのハゲのせいだ……」
「お兄ちゃん、そんな事言ったら、バルドスと同じになっちゃうよ」
「……そうだった」
たとえバルドスであっても、他人を蔑むのは禁じたはずだ。そのために掟まで作ったのに……。
それを俺が破ってどうする。まったくエミリーの言う通りだ……。
ウォールドは苦い顔をした。
「それで、どうするつもりだ?」
「うん、実はね……」
エミリーは、にっこりと笑った。
その笑顔には、どこか策略家の影が見え隠れしている。
「顧問様に、お願いしようと思うの」
◆◆◆
翌日、エミリーは執務室の扉をノックした。
「顧問様、入ってもいいですか?」
「……なんだ」
「ご報告があるんです。とっても大事なお話」
しばらくの沈黙の後、扉が開いた。
中にいたのは、カツラを被ったバルドスだ。
その顔色は、日光を浴びていないせいか青白い。
「手短に済ませろ」
「はい。実は、ギルドの経営が厳しくなってきまして……」
エミリーは帳簿を見せながら、状況を説明した。
真実の鏡の撤去により、依頼達成率が低下。
ポーションの売上も激減。
このままでは、ギルドが立ち行かなくなる。
「……で、私に何をしろと言うのだ」
バルドスは不機嫌そうに言った。
「顧問様には、貴族社会のお知り合いがたくさんいらっしゃいますよね?」
「まあ、それなりにはな」
「そのコネを使って、高額報酬の依頼を回していただけないでしょうか?」
バルドスの目が、わずかに光った。
「ほう……」
「社交界でギルドを宣伝していただければ、貴族の方々から直接依頼が来るかもしれません。そうすれば、鏡がなくても収益を上げられます」
エミリーは真剣な表情で続けた。
「顧問様のお力が、今こそ必要なんです」
バルドスは腕を組んで考え込んだ。
貴族社会でのコネ。それは彼が唯一誇れるものだ。
没落したとはいえ、元男爵家の血筋。社交界への出入りは今でもできる。
「くくくっ……いいだろう」
バルドスは不敵な笑みを浮かべた。
「この私の人脈を使えば、高額依頼など山ほど集められる。見ておれ、すぐにギルドを立て直してやる」
「ありがとうございます、顧問様!」
「あんな鏡に頼る必要など無い、この私が居ればな。ふんっ!」
バルドスは鼻息を荒くしてエミリーを見下ろした。
「次に開かれる、社交界のパーティー。そこでギルドを宣伝してやろう」
「ありがとうございます!」
「それと、参加者だが……」
バルドスは顎に手を当てた。
「ギルドの代表として、ギルドマスターも連れて行く。それから……お前も来い」
「私もですか?」
「ああ。お前にも、私の素晴らしさを教えてやろう」
バルドスの目がいやらしく歪む。
しかし、その目には別の思惑も宿っていた。
(くくくっ……あのブサイクが貴族の前でどんな恥をかくか、見ものだな……)
「わかりました。お兄ちゃん……ギルドマスターに伝えておきますね」
「うむ。準備を怠るなよ」
◆◆◆
その夜、エミリーはウォールドに報告した。
「というわけで、社交界へ行くことになったよ」
「社交界か……。戦いの場だ、気合を入れないとな」
ウォールドは不安そうだ。
眉間に皺を寄せ、腕を組んでいる。
「礼儀も何も知らないからな…… 浮くだろうな、俺……」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
エミリーは、にっこりと笑った。
「ファブさんに頼んでおいたから」
「ファブに?」
「うん。とっておきの仮面を持ってきてくれるって」
ウォールドの顔が、わずかに明るくなった。
「魔法の仮面か……」
「そう! 次に会った時に、新作を見せてくれるんだって」
エミリーは満足げに微笑んだ。
全ては計画通りだ。
バルドスを利用して貴族社会へのパイプを繋ぐ。
修羅ギルドの存在を国中に知らしめる為に。
◆◆◆
社交界デビューの日が近づいていた。
バルドスは、不敵な笑みを浮かべていた。
ウォールドが貴族の前で恥をかく姿を、今から楽しみにしている。
ウォールドは、不安げな顔をしていた。
魔法の仮面があるとはいえ、貴族社会は未知の世界だ。
エミリーは、満足げな顔をしていた。
全ての準備は整った。あとは本番を待つだけだ。
三者三様の表情を浮かべながら、運命の日は刻一刻と近づいていた。




