33.歩幅の違い
夜の道を、私と翔汰は並んで歩いていた。
並んでいるはずなのに、肩が触れるほど近くもなく、手を伸ばせば届く距離でもなかった。
ほんの数分前まで、彼にメッセージを送ったことを後悔しそうになっていた。
けれど、こうして偶然にも顔を合わせてしまった今は、その後悔と安堵が複雑に絡まり合い、胸の奥を締め付けている。
「……痛み、まだ残ってる?」
ふいに、翔汰が口を開いた。
「え?」
「足。ちょっと歩くの、辛そうだから。」
彼の声は静かで、心配そうだった。
私は慌てて笑顔を作ろうとした。
「……大丈夫。もう慣れたから。」
強がりだった。
本当はまだ長く歩くと痛みが残るし、疲れると動かすのも難しくなる。
でも、彼に心配をかけたくなくて、無理に平気なふりをした。
「そっか。」
翔汰はそれ以上追及しなかった。
ただ、歩幅をほんの少しだけ落とした。
私が無理をしなくてもついていけるように。
その小さな気遣いが胸に刺さって、言葉が喉に詰まった。
沈黙が再び訪れる。
けれど、先ほどとは少し違っていた。
気まずさよりも、柔らかなものがそこに漂っていたからだ。
「……コンビニ?」
自分でも驚くほど小さな声で、私は尋ねた。
「うん。飲み物、切らしてて。」
翔汰が袋を持ち上げる。中にはスポーツドリンクやおにぎりが見えた。
彼の生活の一部を垣間見たような気がして、胸の奥が温かくなる。
「相変わらずだね。」
「何が?」
「そういうの、簡単に済ませちゃうとこ。」
言った瞬間、自分でも可笑しくなった。
以前なら、彼がコンビニ弁当ばかりなのを心配して、料理を作ってあげたことだってあったのに。
今はもう、その距離に戻れない。
そう思うと、懐かしさと寂しさが入り混じって、笑顔が少し揺らいだ。
翔汰は苦笑しながら、袋を少し振ってみせた。
「まあ、まだ自炊する余裕はないな。……でも、そのうち。」
その言葉に、ほんのわずか未来を感じてしまう自分がいた。
“そのうち”――それが自分と関わる未来であってほしいと、心のどこかで願ってしまう。
「……ねぇ。」
思わず口を開いていた。
「ん?」
「今日……偶然、会えてよかった。」
勇気を振り絞って言葉にした。
翔汰は少し驚いたように目を見開き、やがてゆっくりと頷いた。
「……俺も。」
その一言だけだった。
でも、胸の奥に溜まっていた不安が少しだけ軽くなった気がした。
歩き慣れた道のはずなのに、今日はどこか新鮮に感じられる。
彼の隣を歩く感覚が、もう一度戻ってきたみたいようだ。
家の前に着くと、自然と足が止まった。
夜風が頬を撫で、沈黙が二人を包む。
「じゃあ……また。」
翔汰が軽く手を挙げる。
私は頷くだけで、声が出なかった。
別れ際、彼の背中を見送りながら、胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われた。
でも同時に、その穴の奥には小さな光が差し込んでいる気もした。
――私たちは、まだ完全には終わっていない。
そんな予感が、確かにそこにあった。




