25.はじめの一言
リハビリセンターの帰り道、陽咲の胸はずっと高鳴っていた。
あの時――翔汰がかけてくれた短い一言。
「頑張ってるんだね。」
ただそれだけなのに、胸の奥で何度も何度も響いている。
――もし、私からも返せたら。
家に帰りついてからも、その思いは消えなかった。
日記帳を開くと、震える手でペンを走らせる。
「次は、私から声をかけたい。」
そう決めた。
怖いけど、逃げたくなかった。
数日後、陽咲は母に付き添われて再びリハビリセンターを訪れていた。
廊下の窓から見えるグラウンドでは、翔汰がまた走っている。
額に汗を光らせ、必死に前を向いて。
胸の奥に、あの日の言葉が蘇る。
「頑張ってるんだね。」
勇気を振り絞って歩を進める。
足元はまだおぼつかない。
それでも、心は揺るがなかった。
翔汰は走り終え、呼吸を整えていると、ふいに背後から声が届いた。
「……がんばってるの、私も見てたよ。」
息が止まった。
振り返ると、そこに立っていたのは陽咲だった。
杖を支えながら、それでもまっすぐにこちらを見ている。
一瞬、言葉が出てこなかった。
でも、その瞳に宿る勇気が胸を震わせる。
「そっか……ありがとう。」
照れくさく笑った翔汰の声は、少しだけ掠れていた。
ほんの短い会話。
それでも、二人にとっては大きな一歩だった。
「次は……もっと話してもいいかな。」
陽咲が小さく言った。
翔汰は一拍置いて、力強く頷いた。
その瞬間、陽咲の胸の奥にあった重い鎖が、少しだけ外れていくのを感じた。
その夜、翔汰は机に向かって、スマホを開いた。
未送信の画面を見つめながら、深く息を吐く。
――もう、文字の向こうに隠れなくてもいいのかもしれない。
陽咲もまた、日記帳に綴っていた。
「やっと、一言を伝えられた。
次はもっと、私の想いを――」
それぞれの心に芽生えた小さな勇気が、やがて二人を大きく動かしていく。




