22.届かない声
翌日の放課後、翔汰は無意識に昨日のカフェへ足を向けていた。
理由は分からない。ただ、あの場所に行けば彼女にまた会える気がした。
だが、当然のようにそこに陽咲の姿はない。
窓越しに見えるのは、カップルや学生たちの楽しげな笑顔ばかり。
翔汰は店の前で立ち尽くし、ポケットの中のスマホを握りしめた。
――連絡したら、また返事をくれるだろうか。
でも、彼女は「もう迷惑をかけたくない」と言った。
あの別れ際の涙を、俺は忘れていない。
画面に浮かぶチャット欄。
未送信の文字列がいくつも並んでいる。
「会いたい」
「大丈夫?」
「昨日、見かけた」
打っては消して、消しては打って。
けれど送信ボタンを押せないまま、画面は黒く閉じた。
その頃、陽咲は自室のベッドに横たわっていた。
リハビリで疲れた身体を休めながら、天井を見上げる。
昨日の光景が、まだ鮮明に脳裏に残っていた。
――気のせいじゃなければ、あれは翔汰くんだった。
ほんの一瞬、目が合った気がした。
でも、声は届かなかった。
いや、届かないように、私が避けたのかもしれない。
「もう、巻き込みたくない。」
唇から漏れたその言葉は、自分に向けた呪文のようだった。
けれど、心の奥では別の声が響いていた。
――本当は、また会いたい。
――笑って、隣を歩きたい。
矛盾する思いに胸を締め付けられながら、彼女は枕を濡らした。
その日の夜、翔汰は机に向かい、パソコンを開いた。
本来ならプログラミングの勉強を進める時間だったが、コードは一行も書けなかった。
代わりに、メモ帳に指が動く。
「もしもう一度会えたら、何を伝える?」
そう打ち込み、箇条書きのように並べていく。
・無理に笑わなくていいこと
・辛いときは辛いって言ってほしいこと
・俺はまだ、隣にいたいと思っていること
書き出すほどに、辛くなる。
でも――実際に言葉にしたら、彼女は困るだろうか。
「……臆病だな、俺。」
そう呟いて、画面を閉じる。
同じ時間、陽咲は日記帳を開いていた。
「もし声をかけられたら、どうすればいい?」
自問しながら、震える手でペンを走らせる。
・笑って誤魔化す
・「久しぶり」とだけ言う
・いっそ逃げる
ページを見つめるうちに、胸が痛くなった。
本当は――そのどれでもない。
「会いたい」
たった一言、それが素直な本音だった。
でも、それを言ってしまえば、また彼に迷惑をかける。
その恐れが、彼女の唇を縫い止める。
互いに言葉を探しながら、互いに届かない距離をもどかしく思いながら。
その夜も、二人は別々の場所で眠りについた。
同じ空の下で同じ名前を心に浮かべながら。




