【第21話 宴の始まり】
年内に21話投稿するつもりでしたが内容に納得できず、何度も書き直している間に新年になってしまいました。
無念です…
「ここから先は彼奴のナワバリじゃ」
虹色に輝くオーロラカーテン。
フェンリルの領域境界線であるソレは、舞台で言うところの下りた緞帳である。
「確認しておくのじゃが、戦いが始まったら妾はまっしぐらで良いのじゃな?」
「…俺達は引きつけるので手一杯だろうからな。
ソラ、頼めるか?」
「よっしゃ、ニーズはんの事はタイタニックに乗った気で任しとき!」
ウインクで誤魔化してもダメだぞソラ。
大船を上手く例えたつもりなんだろうが、タイタニックに乗ったら沈没に向かって猫まっしぐらだ。
そんなフラグは勘弁してほしい。
チームソラ(ソラと紫)はニーズの護衛と世界樹の根奪還。
チームアザゼル(アザゼルとベリアル)は制空権確保。
チームジン(ジンとルシファー)はフェンリルと真っ向勝負。
基本方針はこんなところだ。
さてと、鬼が出るか蛇が出るか…
緞帳の向こうにはフェンリル。
ああ、緊張で胃が痛い。
誰か胃薬をくれ。
[始めます]
コラコラ、無視かい!?
そんなことは我関せずと下唇の端の方を噛み切り、その血を小指で伸ばして紅を塗るエイリス。
それから両腕を水平に伸ばしてやや下を向いた。
まるで十字架に磔られたジーザスの様である。
《Leathnú Céim》
血化粧された艶やかな唇が魔綴を紡ぐと、コントラストの美しい白髪がエイリスの顔を包み込む様に舞い踊り、加えて白髪の残像が無数に現れた。
周囲には黒板を爪で引っ掻いた様な音が響き渡って強烈な嫌悪感を生む。
[捕まえました]
《Seasta》
激しく踊り狂っていた純白の一糸が千切れ、放たれた矢のようにオーロラの中へと吸い込まれる。
七色のカーテンは六色になり、矢が撃たれる度に一色づつ消えていった。
[完了です]
七本目の矢が吸収されたと同時にオーロラは霧散し、耳障りだった音も既に聞こえない。
その代わりと言ってはなんだが…
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
ドーーーーーーーーン!!!
「来るぞ…」
ルシファーが呟いた時には全員既に臨戦態勢を取っていた。
とてつもなく長い時間に感じた10秒が経った頃に、舞い上がっていた氷塵が薄れてフェンリルの巨大な姿が露わになる。
「でけえ…」
いかんいかん、思わず本音が出た。
そうだな、サイズはタイタニック号程度の大型客船を想像してもらえれば良いだろう。
沈没フラグはあちらさんに熨斗付けてプレゼントしておく。
それにしてもだ、レヴィアタンの時も思ったのだが、巨大ってのはそれだけでも心をへし折るには十分な理由だと思う。
しかも、かなりの数のフェンリル様親衛隊が居られるようだ。
まあ、其方は予定通りアザゼルチームに任せよう。
此方は打倒フェンリルである。
「先手必勝!」
《Domhantarraingt》
両手の間に闇球を創り出したジンは、ソレを空高く掲げてフェンリルの上方中心へ飛ばした。
爆発的に拡大した闇球はフェンリルを中心に超重力フィールドとなり、その圧倒的な重力がフェンリルを大地に縛り付ける。
「良し、効果は有りそうだ!」
一応確認しておかないと不安だからな。
力に限りがある以上無駄撃ちは避けなければならない。
「我、ルシファーの名に於いて命じる。
煉獄の緋よ、不遜なる敵を滅せ!」
ルシファーに召喚された緋炎がフェンリルを包み込む。
『ゴグウウウウオオオオオオオッ!!!』
鼓膜が破れんばかりの大絶叫を上げるフェンリル。
少しぐらい効いてくれていることを信じよう。
こちらも既に加速モードに入っており、コア研から試験を兼ねて預けられた新武装もある。
伊織がブルーから譲り受けた氷竜の鱗を、パイモンが精錬加工したクリスタルブルーの太刀。
パイモン先生の言では、竜の鱗にはそれぞれ特殊な力があるらしい。
だが、通常状態で使用した場合はごく普通のよく斬れる太刀でしかなかった。
加速状態で試験せよと言われてはいたが…
「試してみるか」
加速状態である今、太刀を鞘から抜いただけで周囲の温度が一気に下がり始めたのを感じた。
刀身の表面には大気中の水分が凍りつき、氷刀といった具合に変化してゆく。
具合を確かめようと軽く振ってみた。
おおっ!
本当に空間斬面が凍りついた!
振り始めた点から振り終えた点までの空間軌道が凍結している。
取説には特定条件下で斬面を凍らせる(注*触れたモノの熱を喰うと言われる氷竜の鱗には、時間的加速状態となる事で超高速熱エネルギー減速効果が現れる。その絶対的効果は触れた空間の熱エネルギーにも適応され、空間斬体に於ける指向性運動エネルギーの時間的加速により遠隔操作可能)と書かれていたが…
時間的加速による遠隔操作ってどういうことだ?
まさか…な。
おおおおおおおおおおおっ!!
よく見れば斬体が地面方向へ緩やかに移動している…
そうか、斬撃の始点から終点方向へ移動エネルギーが発生しているということか。
ってことはその斬体を時間的に加速すれば…
始点から終点の軌道延伸線上に斬体を飛ばせるってことか。
加速倍率次第でスピードも変えられる。
試しにフェンリルへ当たるように斬撃位置を調整して10000倍程加速させてみる。
刹那、フェンリルの前足あたりに大きな裂傷が刻まれていた。
「斬撃が飛ぶか…」
飛ぶと言うよりは結果に向かって進む斬撃だな、コレは。
コア研よ、こいつはグッジョブだ!
おっと!
そんなことをやっている場合じゃなさそうだ。
フェンリルが緋炎に包まれた外殻を捨てて大きく様変わりを始めている。
『一次体とは言え、我を傷付けるとはな…
古の神々以外にこの姿を見た者は居らぬ。
褒めてやるとしよう』
わーい、フェンリル様に褒められた〜
んな訳あるか!
先程は巨大な氷狼といった姿だったのだが、外殻を捨てたフェンリルは漆黒の闇を纏った影の姿に変化していた。
『恐怖という感情は我にとって極上の美味である』
狼の形が崩れてジンを含む一帯を呑み込み、絶望の息吹が意識を混濁させてゆく。
「ジン!」
なんだろう、ルシファーの声が聞こえた気がする。
[いけませんジン!
意識を強く持って!]
エイリスが感情的になるのは珍しいな…
雪でも降るんじゃないだろうか…
それにしても…眠い…
「仁先輩!」
聞き覚えのあるハイトーンボイスが頭に響く。
あたりを見回してみると、見覚えのある業務用機材の横から見知った顔が心配そうに覗き込んでいた。
どうやら俺は仕事場に居るらしい。
彼は高木一真。
大学時代からの後輩で、俺が一度も呑み勝った事がない酒豪でもある。
とりあえず高木の事は一旦置いておくことにしよう。
で、俺は何をしていたんだ?
ダメだ、思い出せん。
脳が仕事をサボってやがる。
「……………高木?」
かなり間の抜けた返事になってしまった。
呆れたのではないかと顔色を伺ってみたが、予想に反して高木の表情は安堵に満ちている。
「先輩、お願いですからびっくりさせないでくだい」
「すまん…」
「白眼でボーッとしてるから異世界にでも行ったんじゃないかと…」
座頭市か俺は…
しかし、異世界という単語には少々引っかかりを感じる。
「このクソ忙しい時に目を開けたまま寝るなんて先輩はとても器用なんですね?」
おいおい、言葉の棘が少し痛いんだが…
何故かチクチクする言葉にひどく懐かしいデジャヴを感じてしまう。
俺には目を開けたまま寝る習慣なんて無いんだが…
だが、状況的に仕事中であるのは間違いないだろう。
こいつは気まずい…
「進捗は?」
だんだんと視線が冷たくなってきたので話を逸らしておいた。
「終わりましたので確認して頂けますか?」
「CM用だったな?」
うろ覚えの記憶からなんとか引き出す。
「車のCM用ですね」
資料を漁ってみると黄色のスポーツタイプの車だ。
クライアントの要求は疾走感のある大人な雰囲気でとなっている。
まあ、高級スポーツカーなのだろう。
「ディレイは?」
「いえ、マスターに軽めのリバーブが入っていましたので空間系は重ねていません」
「パラとフィルターでバランス変えただけです」
「シンプルイズベストだな」
「ありがとうございます」
「後でチェックしておくから高木は上がってくれ」
時計の針は既に22時を指している。
そういえば今日は12月24日か…
「イブの夜に遅くまですまなかったな。
奥さんにも謝っておいてくれ」
「もう諦めてますよ…」
年末の恒例行事には溜息しか出ない様子。
「お疲れ様です、先輩」
「ああ、お疲れ様」
高木を見送った後、頭の中を整理して自分の仕事を片付ける。
帰り仕度をしてから、ふとスマホに目をやると日付けは既に25日。
寒い筈だ。
ビルを出ると深々と雪が降っており、世間はホワイトクリスマスの様相を呈している。
イルミネーションも消えた深夜の道。
駐車場へと続く轍の跡がやけに物悲しく見える。
……………
幾度となく繰り返された日常。
そして、これからも繰り返されるであろう日常。
見上げれば白い牡丹が頬を撫で、年を重ねる度に生じる寂寥感が吹き抜けてゆく。
俺は美しくも儚い雪が大嫌いだ。
アスファルトの上で消えてゆく雪が、自分の人生の縮図のように見えたのは一度や二度ではない。
社会での人間関係のような、肌を刺す冷たさも好きになれない。
大人と言われる大半の人間は、大人のフリをした子供なのだろうと思う。
産まれや環境といった台本はあるが、人生は世界って舞台で演じてるアドリブでしかない。
演者である自分が役を作るだけのことだ。
飯食って寝て仕事して、こんなつまらないルーティンに誰がした?
俺だよ。
俺自身が選んだんだ。
他でもない自分自身でな。
ちゃんちゃら可笑しくて、情けないくらい哀れだと思う。
若い頃はもっと仕事や将来に夢見たものだったんだが…
目尻に冷さを感じるが、融けた雪だろうか?
降ってくる雪が霞んでいるというのに、俺は認めることができなかったんだ。
ちっ、煙草も切れてやがる。
空のボックスをコートのポケットに押し込んで白い息を吐く。
ん?
なんだ?
糸?
雪の中、目の前に空から一本の糸が垂れていて、まるで芥川の蜘蛛の糸を思い出す。
ははは、疲れ過ぎて幻覚が見えるらしい。
そこまで堕ちたとは思いたくないんだが。
早く帰ろう…
何処へ?
俺は…一体何処へ帰ればいい?
[ジン!!]
糸が額に触れた瞬間、どこか懐かしい声が俺の頭の中で鳴り響いた。
誰だ!?
[誰だとは失礼ですね。
私を忘れたのですか?]
混濁した記憶の糸を懸命に辿ってみる。
時系列が曖昧だが、磨りガラスの向こう側に欠片の様なモノがある気がする。
そう、この声は………エイリス!!
[良かった、思い出せたのですね…]
これは一体どういうことだ?
[フェンリルに惑わされたジンは、記憶の大海で絶賛沈没中です]
熨斗付き出血大サービスをありがとう。
[サルベージしますのでさっさと髪に掴まってください]
いつも通りのエイリスで涙が出るほど嬉しいよ。
[少し記憶酔いするかもしれませんが…]
記憶酔い?
よく分からんが今は相棒を信じよう。
[では、いきますよ]
サルベージ中、走馬燈のように片桐仁であった頃の記憶が奔流となって流れ込んでくる。
三半規管が狂うかのような螺旋状の奔流に、酔ったような錯覚を覚えたのは確かだった。
それでも、この言葉だけは伝えないと意味がない。
エイリス、ありがとう…
本編ではテンポの都合上説明無しですが、片桐仁の仕事は音楽関係です。
ディレイ、リバーブは音の余韻。
パラはパラメトリックイコライザー。
フィルタはハイパスやローパス等。
ミキシングやマスタリング用語になります。




