9 え? ソラにも言うの?
王都の門は透明化の魔法であっけないほど簡単に通り抜けられた。
街の中に入ると、人でごった返している。
ソラはすぐに二人の腕を引っ張り、入り組んだ路地裏に連れ込んだ。
魔法の効果を解くと、ソラはイスラム教徒の女性が頭に巻いている、ヒジャブのようなものを巻いて髪の毛を隠すと、ルナにも同じ物を渡した。
「ルナも髪の色と……あと耳は隠した方が良いわね」
「俺は?」
「ん? 真っ黒な髪も珍しいけど、暗い色の髪の人は結構居るから大丈夫じゃない? 心配だったらそのローブのフードでも被っておけば?」
……なんかソラが冷たい。
「えーっと、これからどちらに向かいますか?」
微妙な空気を感じたのかルナが話題を変えるように明るく言った。
「そうね、街の中心部の方に行くと見つかる可能性もあるから、下流区近くで宿をとって、ゼノン達が来るのを待ちましようか」
そう言うと俺を見て、フンっと鼻をならしてスタスタと歩いて行ってしまう。
俺とルナは苦笑いしながら走って追いかけて行った
ヨークシャン王国の王都であるこの街は、北部を王城とそれに付随する建物で占めている。城付近と中央部には貴族街がある上流区があり、そこから壁に向かって中流区、下流区といった造りになっている。
壁の南には、今ソータ達が入って来た南門があり、東にはガルーア大平原に繋がる東門、西にはオルストラ森林に出る西門、北には一般には知られていない山脈に抜ける山門がある。
中央から外側に行くにつれ、町の雰囲気は徐々に乱雑になっていく。
てっきり近くの宿に入るのかと思っていたら、ソラはズンズン進んで中流区に入って行った。
中流区も下流区程ではないが、人が多く賑わっている。
しばらく進むと、中流区の中程にある素材屋の前で立ち止まった。
「ここに入るわよ」
「何でここ?」
素材屋なら下流区にもあったはずだし、今までも何件か素通りしてたような?
「アイテムを売るなら、下流区よりも中流区の方が、高く買い取ってくれるからね」
ソラはそう言って店に入って行く。
なるほど、お姫様なのにしっかりしてんだな……見かけによらず。
「早く入ってきなさい!」
お店から顔を出して、ソラが怒鳴っているので、俺とルナも店内に入っていった。
「いらっしゃい」
店のカウンターの中から、人の好さそうなおっちゃんが声をかけてくる。
おお、頭頂部が薄くなってるけど、髪の毛が水色だ。
なんかシュールだ。
街中で見かけた人達は、たまに赤茶色とかオレンジっぽい人もいたけど、こげ茶色と薄い茶色が多かったから、それ程違和感はなかったけど、水色のおっちゃんは異世界感がハンパない。
俺がおっちゃんを見詰めていたら、ソラに袖を引っ張られた。
「ちょっと!」
「ん? 何?」
「何じゃないわよ。どうしたのよ、急にボケっとして」
「いや、見とれてた」
「はあ? ……まあいいわ。それより手に入れたアイテムで、要らないものあったら売っちゃうから出しなさいよ」
そうだった、アイテムだ。
思わずおっちゃんに心奪われてしまった。
ルナを見ると、魔獣の毛皮やら何やらを、カウンターの上に乗せている。
俺も隣に行くと同じように乗せ始めた。
「お客さん達のそれは収納魔法かい? 若そうなのに、珍しい魔法使えるんだね」
水色のおっちゃんが、感心しながら話しかけてくる。
「ええ、まあ……」
曖昧に答えながら、アイテムを並べていく。
収納魔法なんてのがあるのなら、収納庫の事をいちいち隠さなくても魔法って事にしちゃえばいいかな。
けど、珍しい魔法って言ってたよな? どれくらい珍しいんだろ……。
「サイクロプスの角か!?」
びっくりした。
おっちゃんは、ルナがカウンターに置いたアイテムを見て、急に大声を出してきた。
「それで、全部でいくらで買い取ってくれるのかしら?」
そう言ってソラが最後に、ゴトッと何か重いものを乗せた。
「これは……ミスリルのインゴットか? ふむ……」
おっちゃんはブツブツ言いながら店の奥に引っ込むと、算盤のようなものを持って戻ってきた。
「縞ウサギの毛皮が38、緋色狼の毛皮が27、牙が54、とサイクロプスの角が1か……全部で738000ゴルだな。魔獣の肉は肉屋に持っていくといい」
えーと、確か1ゴル=1円位の価値があって、王都の中流区だと月に10万ゴルあれば普通に暮らしていけるって言ってたから……そう考えると結構いったな。
魔獣を狩って生活出来るかも。
女神の封印とかなかったら、ルナと二人で中流区辺りに家を建てて暮らすとかもアリだな。
あ、ログハウスがあるから土地だけ有ればいいのか。
「ちょっと! なんでミスリルの金額が入ってないのよ!?」
俺の妄想を邪魔するようにして、ソラが大声でおっちゃんに詰め寄った。
「そもそもミスリルを買い取れるだけのお金がうちの店には無いし、仮にあったとしても、ここいらにはミスリルを買ような客は来ないからな。上流区じゃないとそれは売れないよ」
おっちゃんはソラを宥めるように言った。
「……それもそうね。わかった。ならその金額でいいわ」
そう言ってミスリルをリュックに仕舞うと、俺とルナを見比べてからルナに言った。
「お金の管理はルナがしてちょうだい。ソータだと、無駄遣いするか、変な事に使っちゃうに決まってるんだから」
なんだと!……まあ、あまり強く否定は出来ませんが。
まあルナだったら頼めばなんとかなるかな。
ソラはおっちゃんからお金を受け取るとすぐにルナに渡した。
「欲しいものがあったら、私とルナに言うように」
「え? ソラにも言うの?」
「当たり前でしょ? ルナはあんたの言う事だったら何でも聞いちゃうじゃない」
ちっ、読まれてたか。
「マスターの言うことでしたら……私、どんなことでも受け入れます」
ルナは顔を赤くして、顔を手で覆いながらイヤンイヤンしている。
ん?……何か微妙にニュアンスが違いませんかね?
て言うか、そんな芸風いつの間に覚えたんだ?
ふと気がつくと、水色のおっちゃんが険しい目付きで俺を睨んでいた。
絶対何か勘違いされているな。
「ねえ、おじさん。この辺で肉を買い取ってくれる所と、中流区で下流区の近くのキレイで食事が美味しくて安全な宿を教えて」
ソラの空気を読まないワガママ質問のおかげで、俺はおっちゃんの視線から解放された。
おっちゃんに紹介された肉屋で、魔獣の肉を買い取ってもらった俺達は、中流区の下流区寄りにある宿屋の向かいの店に入り、テラス席でコーヒーを飲んでいた。
コーヒーが名産なだけあって、中流区のあちこちに、こうしたカフェテリアがある。
ちなみに下流区では立ち飲みのコーヒー店やテイクアウト専門店が多く、上流区にはコーヒー飲む店がないらしい。
「なあソラ、宿に入らないのか?」
「しっ、今確認してるんだからちょっと待ってよ」
店に入ってから、ソラはずっと宿屋に出入りしてる人を確認している。
俺はルナに目で問いかけると、ルナも首を傾げている。
宿屋には割りと頻繁に人が入っていく。
男性客が多いが、家族連れや女性だけのグループもあった。みんな大きな荷物を持っているから宿泊客かな。
逆に出てくる人は少ない、と言うより宿の従業員らしい女の子が、何回か出たり入ったりしているだけだ。
「よし、あの宿屋に決めたわ」
やっと、ソラが宣言した。
俺とルナの飲み物はとっくに無くなっている。
「外観もまともだし、掃除や手入れも行き届いているみたいだし、出入りしている客層もまともだしね」
それを見てたのか、ほんとソラはしっかりしてるな。
ソラが冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、俺達は目の前の宿に向かった。
カランカラン
「いらっしゃいませ!」
ドアベルの音を鳴らしながら3人が宿屋にはいると、受付カウンターから少女の元気な声がした。
さっき、出たり入ったりしてた女の子だ。
「こんにちは、2人部屋を2つ、期間は1か月だけど空いてるかしら?」
ソラが愛想よく尋ねる。
さすがに対人スキルは完璧だな。
「申し訳ありません、今空いてるのは4人部屋1つだけなんです」
受付の少女はすまなさそうに言った。
いつまでもカフェにいたからな。その間もお客さん入ってたし。
俺がそう考えていると、ソラはルナの方をチラッと見た。
「私は4人部屋で構いませんよ」
ルナがそう言うと、ソラは少し考えてから受付の少女の方を向いた。
あれ? 俺スルー?
「いつもより街に人が多い気がするんだけど、何かあるの?」
「え? お客さん達お祭りに来たんじゃないんですか?」
「お祭り?」
「はい。2週間後に王様が即位して1年経つので、来週からずっとお祭りになるんですよ。それで、今はちょうど収穫時期も終ってるので国中から人が集まって来てるんです。えーと、多分他の宿もそろそろ一杯になっちゃうと思います」
カランカラン
男性4人組が宿屋に入って来た。
「……4人部屋でお願いするわ」
「ありがとうございます」
今週試験があるので、間隔が開くかもです。