天野真芽
タンタタンタタンタタン。
軽快なステップがだんだんと近づいてきて、ポスターを貼っている僕のうしろで止まった。
嫌な予感がする。
「あれれ、誰かと思えば真中先輩じゃあないですか。こんなところで何してるんですか、パシリ?」
あたかも今気づいたかのような顔をしているけれど、僕だとわかって近づいてきているのは明白だ。
白々しいやつめ。
天野真芽。
色々と名前を文字って、自らを“天邪鬼”と称する、ちょっと厨二病ぎみの高校一年生である。
僕が属する、全メンバー4人の慈善活動グループについこの間加入した。もちろん、こいつ含めて4人なのである。
「パシリなんて人聞きの悪いことを言うな。立派な委員会活動だよ」
まあ、パシリみたいなものだけれど。
「ふうん、校飾も大変ですねぇ。何のポスター貼ってるんですかぁ?」
「演劇部の秋公演の宣伝だ」
ええ、と天野が大仰に驚く。
「演劇部といえば、我が校きってのマンモス部じゃあないですか。ポスター貼る要員すらいないんですかねぇ」
…ああ、そういえば、こいつは秋公演を見るのは初めてなのか。
「演劇部は四季それぞれで大きな公演をやるんだ」
「…急になんの話ですか」
「まあ聞け」
目上の話は静かに聞けって習わなかったのか、まったく。
「…つまり演劇部は年間で4回公演をすることになる。他にも細かいやつはたくさんあるらしいが、まあそれはいい。
大きな公演にはそれぞれ特徴があってな。
春は、3年生の最終公演。
夏は、2年生…つまり、3年生が引退して主導となる学年だな。新生演劇部のお披露目公演ってやつだ。
そして秋は、2年生と1年生の全部員が総出演する公演なんだ。
つまりだな、下っ端として細々と働いていた新入生の初の晴れ舞台となるわけだ。
よって、ポスターを貼る手間が惜しいと。
当日の観客整備も校飾が担当するんだよね…」
「それは、大義ですねぇ」
僕の懇切丁寧な説明は、気のない相づちと共に、大きなあくびでかみ殺された。
なんて説明しがいのないやつだ。
「そういえば、私の演劇部の友人も、役をもらったとか言って喜んでましたねぇ。そういうことだったんですね」
「…天野、お前、広海以外に友達がいたのか」
「な!」心外だとでもいうように、天野はぷりぷりと怒ってみせた。
「いますよ!失礼な!」
ふうん。友達がいなさそうなタイプだと思ったのだけれど、世の中優しい人もいるものだ。
「というか、先輩って私のこと“天野”って呼んでましたっけ?それじゃあ、マサと区別つかないんじゃないですか?」
マサとは、天野の双子の弟、天野正義のことだ。
「2人いるときは分けて呼ぶけれど…1人づつだったら、苗字呼びでも不便じゃないだろ」
と、まあこれは広海のうけうりなんだけれど。
「それに、お前だって名前呼びはちょっと気恥ずかしくないか?なかなか下の名前で呼ばれる機会ってないだろう」
それとも、女子は結構名前呼びをするんだろうか。
「ああ、私の学年は何故か双子が多いですからね。双子は名前呼びがなんとなく定着しているんです。だから慣れてますよ」
「双子、多いのか」
「はい。ええと…私たち含めて、3組いますね。
双子ってなかなかいるものじゃないから、入学当時はちょっと話題になったんですけど、まあ俗世に疎い先輩が知っているはずがないですね。すみません」
馬鹿にされた。
僕だって別に、常に周りに無頓着に生きているわけではないのに…。
…まあ、その話は聞いたことがなかったけれど。おかしいな。
「私たちは男女別の二卵性で、1組は男男の二卵性。もう1組は…すごいですよ。女女の一卵性なんですけど、これがもう恐ろしいくらいに似ているんです。背格好も、声もですよ。まだ母親にもよく間違えられるらしいんです。きっと、先輩も見たら、びっくりしますよ」
そうか。
興味はないけど、そんなに似ているなら一度くらい見てみたい気もする。
「というか天野。お前、一体何しにきたんだ。まさか僕の仕事を手伝いに来てくれた訳じゃないんだろ?」
当たり前じゃあないですかぁ!という笑いによって一蹴された。
ちょっぴり殺意がわいた。じゃあ何しにきたんだよ。
「ヒロミを探しているんですよ。見ませんでした?」
「広海?今日来てるのか」
「ええ、朝見た感じだと、相変わらずひどそうでしたけどね」
広海。
高校一年生にして、慈善活動グループの実質リーダーだ。
いつもは元気たっぷりの小憎たらしいやつなのだけれど、どうやらここ数日風邪をひいたようで、ずっとしんどそうにしている。
昨日部室に来た時は、巨大なマスクをしてゴホゴホを咳をしていたので、てっきり今日は休んでいるものだと思っていたけれど…。というか、正直風邪をうつしてほしくないから来ないでほしい。部室は角部屋で、窓も少ないから通気性も悪いしな。
「保健室じゃないのか?」
「今見に行って来たんですけどね。いませんでした。教室に鞄があるから、帰ってはいないと思うんですがねぇ」
それは不思議だ。
まあ大方、あいつのことだから、あてもなく廊下をぶらぶらしているか、どこか見えないところで昼寝でもしているんだろう。何せ、稀に見る自由人だからな。




